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第二ボタンと新しい制服

「それじゃあ、当日はさっきの説明の流れのように。お願いね、光子郎くん」
「はい。任せてください」
「太一も。当日頼んだわよ」
「おう。分かった」
「じゃあ、あたしは用事があるから先に失礼するわ。ふたりとも遅くならないうちに帰りなさいよ」
「分かっているって」
「空さん、気をつけて」
「じゃあな~」
 空が帰るのを見送った後、オレと光子郎はほぼ同時に顔を見合わせた。
「太一さん、驚いてくれましたか?」
「まったく、驚いたってもんじゃないぜ」
 オレは一年前からついさっきまでの出来事を思い返していた。
「おまえがあんなドッキリをするなんて思わなかったぞ」
 光子郎は「すみません」と言って肩をすくめた。
「おまえがここに進学するって知っていたのってさ、空だけじゃなくて。ヤマトや丈、ミミちゃん、タケル……まさかとは思うけどヒカリも……?」
「もちろんです」
「え、じゃあ。大輔や賢、京、伊織もそうか?」
「当たり前じゃないですか」
 と、いうことはだ。
「光子郎が月島総合に来るの知らなかったの、オレだけだったのか!」
 オレは再びその場に崩れ落ちた。
「そうじゃなきゃドッキリにならないでしょう」
 言われれば、確かにそりゃそうだけど。
「まったく」
 ふらふらと立ち上がったあと、両腕を伸ばして光子郎を抱き寄せた。
「ほんっとこの一年、おまえのことで悩みまくったんだぞ!」
「ごめんなさい。太一さんの驚く顔、どうしても見たくなって」
「おまえに……嫌われてなくてよかった」
「僕が太一さんを嫌うわけがないですよ。それどころか」
 ただでさえ至近距離なのに、腕の中にいる光子郎は顔を近づけてきた。
「数ヶ月離れてみて、あなたのことがますます恋しくなりました」
 嬉しいことを言われ、近づいた額にオレの額をコツンと当てた。
「マジで? オレもだ」
 光子郎のことでオレは、久々に心から笑顔になれた。
 その顔を見た光子郎も笑顔を返してくれた。

     *

「なあ。いつ頃から月島総合へ進学することを決めていたんだ?」
 この際だから気になっていたことを、とことん聞いてみようとオレは口を開いた。
「まさか、とは思うけど……おまえにオレの制服を強引に試着させたときか?」
 同じ高校となったいまは杞憂だったと笑えるけど、あれこれ悩んでいた頃は、光子郎に月島総合に来て欲しいあまり、オレが強引に月島総合の制服を光子郎に着せて口説いたことがあったんだ。それが逆に重くなってマズかったかもと勝手に落ち込んでいた。でも光子郎はこの学校に進学してきた。ということは、それは逆にキッカケかもしれない、というのは思い込みが激しいだろうか。
 光子郎から返ってきた答えは予想外のものだった。
「太一さんがこの高校を志望したそのときから、僕の志望校も決まっていたんですよ。太一さんと同じ高校に進学すること。それが僕の望みですし、僕は少しでも長い時間、太一さんのそばにいたいから……」
 オレは驚いた。らしくない選択のような気がして、思わずこんなことを口走った。
「光子郎、おまえ本当にそれでよかったのか? おまえの頭ならこの高校よりも上を狙えただろうし、推薦もたくさん貰えただろうし。ましてや国立も行けたんじゃないのか? それに、前にも言ったかもしれないけど留学だって」
 そこまで言った時、光子郎がオレの言葉を遮った。
「確かに、僕にはこの高校以外にも推薦の話は来ていましたし、おっしゃる通り海外にいる僕たちの仲間と研究する、という選択肢もありました。でも太一さん。あなたと過ごす時間は、他の何にも代えられません。僕は少しでも長い時間あなたのそばにいたい、あなたと同じ制服を着て隣を歩きたい――この高校を選んだ理由がそれではダメでしょうか?」
 オレを見つめる意思の強い、黒い瞳。これは、本気だ。
 オレの中にいろんな感情が込み上がってきた。
「おまえなあ……あとから後悔しても知らねーぞ!」
 憎まれ口を叩きつつも、オレは嬉しさのあまりさらに強く光子郎を抱きしめた。
「た、太一さん、苦しいです」
 その一言で慌てて腕をゆるめた。
「悪い。大丈夫か?」
「大丈夫です」
 苦笑を浮かべつつ、精一杯微笑んだ光子郎は。
「後悔なんてしませんよ。僕がそうしたくて決めたことですから」と言った。
 強い意志を持つヤツに、これ以上オレから何かを言うのは野暮だ。
「おまえの気持ちはよく分かった。ありがとな」
 好意を素直に受け止め、優しく頭を撫でた。
「光子郎の制服姿すげえいい。似合ってる」
「ありがとうございます」
 照れながらはにかんで返事をする。
「太一さんはもう二年生ですけど、ノータイやめたんですね」
「んー。なんとなくな」
 オレのちょっとした変化にも気付いてくれて嬉しい。
 オレの中に込み上がる感情があった。
「な、キスしても……いいか?」
 オレの問いかけに光子郎は黙って頷く。そして。
 久々にオレから唇を奪った。
 しばらくの間重ね合ったのち、オレは静かに唇を離した。
「さっきは突発的にしてしまったんですけど。やっぱり太一さんからされるほうが僕は好きです」
 不意打ちキスについて、こんなことを白状された。
 そう言われると嬉しいけど。
「オレは光子郎からしてもらえて嬉しかったんだぞ? もっとおまえからキスしてくれてもいいのに」
 たまにはさっきみたいに恋人からしてほしいことだってある。光子郎は滅多にそんなことをしてこないから尚更だ。
「まあ、前向きに考えておきますね」
「おま、それって例のドッキリの最初と同じ返事かよ」
「たまには僕からすることを考えます」
「考えます、じゃなくてしてくれよ〜」
「それではありがたみというか、レア感が減るでしょう?」
「オレはっ、光子郎からしてもらえたらいつだってありがたいって思うぞ!」
「そ、そうですか……」
 光子郎は真っ赤になった。
「ど、努力はしてみますが、き、期待はしないでくださいねっ」
 そんなこと言われたら、逆に期待してもいいのだろうか。
「じゃあオレ、すげー期待しとくからな」
 オレの言葉に光子郎は曖昧に笑った。
 そのあと、少しの沈黙。
「……そろそろ帰りませんか?」
 その言葉に時計を見やると、確かにいつの間にかだいぶ遅い時間になっている。オレも同意した。
「よし、それじゃあ……。久しぶりに一緒に帰れるな」
 光子郎は嬉しそうに「はい」と返事をした。
「せっかくだ。おまえんちの玄関まで送ってくから」
「いいですよ、そこまでしなくても」
「オレの勝手でおまえを送りたいんだよ……いいだろ?」
「分かりました」
 こうしてオレたちは久しぶりに同じ帰路を歩くことになった。

      *

 同じ制服を着たオレたちはふたり並んで同じ速度で歩く。
 オレのとなりにいるのは、
 同じ制服を着ている、ひとつ年下の大好きな恋人。
「その制服、やっぱりおまえによく似合っている」
「ありがとうございます」
「今度はサイズぴったりだな」
「当たり前です。僕の体格にちゃんと合わせて作ったんですから」
 学校という場では一年離れていたが故に、学校帰りの些細な会話の応酬がとても嬉しい。一年ぶりのこの感覚。その感覚が嬉しくて何度も顔を見合わせて笑う。

「また二年間よろしくな、光子郎」
「こちらこそ、よろしくお願いします。太一さん」
 オレたちはお互いに向き合って笑いあった。
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