第二ボタンと新しい制服
「僕が留学、ですか?」
オレがその疑問を光子郎に持ちかけたとき、光子郎は不思議そうな顔をして首を傾げた。
「うん。だってさ、光子郎は頭いいし、よく「アメリカの友人が~」とかなんとかって言っているだろ? それに世界中の選ばれし子どもと一番コンタクトを取っているの、おまえじゃないか。だから、そういうところからそんな話が持ち上がったりしないのかなって思ったんだけど」
事あるごとに海外のメール友達の存在の話をしている光子郎。あいつのネットつながりの友達は、話を聞く限り規格外の凄いヤツらばかりで。内心ビビリつつも、さすがはなんでも出来る光子郎の友達なんだな、と感心した覚えがある。海外には飛び級で小学生でも大学に通うような子供もいるようだし、またまたオレの勝手なイメージだけど、なんだかよく分からない、すげえ研究をするには外国人と一緒に研究チームを組んでいるような気がする。あと、デジタルワールドやデジモン的なモンスターものの研究は海外の方が好んでしていそうなイメージもオレにはある。
それに将来的に――いや、将来なんて話ではなく、いま現在進行形でデジタルワールドとオレたちの世界は関わりを深めている。対策などが追いついているかの話は別にして。世界中に選ばれし子ども――ゲンナイさんや光子郎が言うにはパートナーデジモンを持つ子どもたち、それが増え続けているのだし、近頃は歪みが発生したところから迷いデジモンが現れるという事件も多発している。人間はもはや、デジタルワールドやデジモンと無関係ではいられない、対策を考えなくてはいけないところまで来ているのかもしれない。
だからこそ、当事者でありデジモンやデジタルワールドのことを研究している光子郎が留学するという話が出てもおかしくはないと思っていた。
しかし当の本人は、それはありえないと完全否定した。
「もし、そういう話が仮にあったとしても。現時点で僕は、日本を離れてまで研究をするつもりは全くありません。先立つものもありますし」
「先立つものって。おじさんとおばさんのことか?」
「まあ、それもあるんですけど……」
光子郎のおじさんとおばさん。つまり光子郎の親はあいつの本当の親ではないそうだ。そのことを光子郎から聞いたのはいつだっただろう。少なくとも、それを聞いたのはオレが光子郎と恋人付き合いを始めてからだと思う。
これまで深く考えたことはなかったけれど、以前から光子郎は常に他人とよそよそしく接していた。オレに対しては先輩だし年上だから、まあ当たり前かと特に気にも留めていなかったのだけど。その話を打ち明けられたとき、他人と距離を置いていたその理由を知ることになったんだ。
あの夏の冒険の最中、ヴァンデモンの城のゲートを通って東京に戻ってきていた時、ビッグサイトでおじさんとおばさんからその養子だということを打ち明けてもらったそうで。光子郎はもっと小さい頃におじさんとおばさんがそのことを話しているところを偶然にも聞いてしまって、そのときからずっと人知れず悩み続けていたらしい。
親も含めて他人とどう接したらいいのか分からなくなって、このままじゃいけない、でもどうしたらいいのか分からないと悩んでいたそんなとき、「太一さんと出会って僕の世界が少しずつ変わっていったんです」とあとでこっそり教えてくれた。あいつの秘密を知った時、オレは少なからず動揺した。だって、いつもよくしてくれるおじさんとおばさんがあいつの本当の親じゃないなんて。オレがもし、父さんと母さんの本当の子供じゃなかったとしたら、あんなに冷静でいられないと思うから、光子郎は本当にすごいと思う。
ビッグサイトで事実を打ち明けてもらったことにより、ずっと抱えていたわだかまりが解けたのだと話してくれた。
だけどいまでも、おじさんとおばさんに対してよそよそしくなったり、気を遣ってしまったりする癖はなかなか直せないらしい。
光子郎にとっての「先立つもの」というのはあいつにとって大切なおじさんとおばさんのことなのは間違いないと思うけど。それ以外になにがあるのか、オレには分からなかった。それから光子郎はこんなふうに話してくれた。
「お父さんとお母さんのこととは関係なしに、もし僕にそんな話が来たとしても留学はしません。研究というものはどこでも、誰でも出来ます。日本に居たって、中学生の僕にだって。僕が一番やりたいことは、デジタルワールドの謎を解明すること。そして増え続ける僕たちの仲間をサポートすることです。それは昔から変わっていません。自分のことだけでなく、そう思えるようになったのは、太一さんやヤマトさんをはじめとする、みんなに出会ったおかげなんです。みんなと出会ったからそう思えるようになったんです。僕は勉強や調査・研究することが元々好きです。デジタルワールドやデジモンたちのことももっと知りたい。でも、僕は。研究だけの人生に、それだけの人生にはしたくありませんから――」
*
あのとき、そう言って微笑んだ光子郎はオレなんかよりも数倍大人びて見えたし、なによりも。そう言い切った強い意志を持っている光子郎にオレは深く惚れてしまった。
光子郎は可愛いし、カッコいい、オレの大切な恋人。
オレはあいつのことが大好きだから、あいつのそばにもっと居たいのに。
(オレ、光子郎とは恋人同士のはず、だよな? それなのにどうして志望校を教えてくれなかったんだ?)
オレの頭の中をぐるぐると回るのはそればかり。
我ながら情けないな、と思ってしまう。
留学はないにしても、進学校の私立や国立、高専なんて進路もある。なにも選択肢はオレの進学した月島総合だけではないのだ。
もし、別の高校に進学を決めたのだとしたら。それならそうと教えてくれたっていいじゃないかとも思う。
オレだっていつまでも子供じゃないし、駄々を捏ねたりはしない。離れ離れになるのは寂しいけれど、オレは光子郎のやりたいことを制限したくないし、あいつのことを応援したい。のになあ。
そのとき、オレの中にイヤな予感が走った。
(まさかとは思うけどあいつ、ほかに好きな子が出来て、オレのことをフェードアウトするつもりじゃないだろうな)
オレは正直、気が気じゃなかった。光子郎は自分ではモテないと思っているようだけど。頭の良さ、ほとんど怒ることがない穏やかな性格、そして時折見せる優しさ――それって十分にモテる要素じゃないか。
オレはサッカーで目立つポジションを務めてきたから、キャーキャーいわれることもあるけれど、スポーツが出来て持てはやされるのは高校生ぐらいまでだと思う。勉強が面白いと思えるようになってきたけど、苦手意識は完全には抜けない。面倒見がいいとか言われることもあるけれど、結構短気だと自分で思う。そう思うと。
(オレの数倍、光子郎のほうが魅力的だよなあ)
何度目か分からないため息を吐いた。
それにしてもだ。
この件で不可解なことがある。オレたちの仲間うちで……三月まで同じお台場中だったパソコン部の後輩の京やオレの妹のヒカリ。そしてタケルに大輔、学校が違うけど割と気が合うらしい賢に聞いても知らないと言う。ヤマトや空に聞いても知らないと言われ。アメリカにいるミミちゃんにメールで聞いても「そんなの光子郎くんに直接聞いちゃえばいいじゃないですか~」と返される始末。もちろん、丈や伊織も分からない、と答えるだけだった。
なんでだろう。どうしてだろう。オレ、光子郎のそのことに触れちゃいけないのかな。もしかしてオレ、なにかやっちゃいけないことをしてしまったんじゃないだろうな。
そんなことを悶々と考えていたとき、生徒会室のドアがガチャっと開いた。
「太一、待たせてごめんね」
入ってきたのは空だった。空もオレと同じく、新入生歓迎会の実行委員だ。オレと違うところは、空が生徒会の書記を務めていること。生徒会役員でもないオレが生徒会室にいる理由は、新入生歓迎会の変更点の打ち合わせを生徒会室でやるため、だからだ。
「別に、そんなに待ってねえから気にすんなって」
「うん、ありがと」
「さてと。歓迎会の打ち合わせ、始めるか」
「そうね。まずは最優先の新入生代表挨拶のことなんだけど」
「ああ、あれか。あれなあ……」
光子郎の進路のことをぐるぐると考えている暇はなかった。目の前にある問題から目を逸らしてはいけない。
今度行われる新入生歓迎会で、新入生代表の挨拶をしてくれるはずだった生徒が風邪をこじらせ、数日休むことになってしまったそうだ。休む間に新入生歓迎会は行われる。だから、代理で挨拶をしてくれるヤツを探さなくてはいけなくなったんだ。だけど。
「普通はああいうの、やりたがらねえよなあ」
小学生とかギリギリ中学生ぐらいまでなら代表挨拶をしたがるヤツはいると思う。だけど高校生にもなると、なるべくやらずに済むなら避けたいと思っているヤツが大半だと思う。代理は見つからない、誰かに無理にお願いするしかない、とオレは勝手に思っていた。
「なあ、代表挨拶の代わりのヤツってさ、見つかった……のか?」
「うん。見つかったわ」
予想外の空の返事にオレは耳を疑った。
「ほ、ほんとか!? う、うそじゃないよな」
「嘘だと思うかもしれないけど本当よ。あたしも見つからないかと思っていたけど、ありがたいことに名乗り出てくれた人がいて」
珍しいこともあるものだ。普通、代表挨拶なんぞは目立つからやりたくないと避けるヤツが多いような気がするのに。
「マジか。よかったあ。オレ、見つからなかったらどうしようかと思っていたぜ」
オレは内心ホッとした。そしてオレは代役にわざわざ名乗り出てくれたヤツのことが無性に気になって空に質問した。
「その代理のヤツってどんなヤツなんだ?」
「男の子で、今年の新入生の中で一番の成績の子、らしいわよ」
「へ、へえ」
学年一の成績って。すげえガリ勉じゃん。どんなヤツだよ。
「あたしたちより年下なのは当たり前だけど、その割に落ち着いていて、知的で、優しそうな子ね。それで」
「それで?」
「デジモンのこと知っているわよ。あのね、太一もよく知っていると思うんだけど」
「え、ほんとかよ」
学年一の成績で、落ち着いていて、優しそうで、デジモンを知るヤツって。オレ、そんなヤツ知っていたか?
いろんなことを考えすぎて考えるのが面倒になったオレは、たまらず、
「なあ、空。そいつ、名前は」
と聞いてしまった。すると空は含み笑いをして、
「泉くん、って言うんだけど。そういえば、ドアの向こう側に待たせたままだったわ。呼んじゃうわね」と答えた。
「ち、ちょっと待ってくれ。泉ってまさか」
「お待たせ! 入ってきていいわよ」
空はオレのことはおかまいなしにドアの向こう側へ声をかけた。
「失礼します」
ドアのノック音に続いてゆっくりとドアが開き、その泉という新入生がオレの前に姿を現した。
「お久しぶりです、八神先輩」
オレは目を見開いた。だって、そこにいたのは。
「僕の中学の卒業式以来ですかね。お会いするのは」
そう声をかけてきた新入生は、ほかならぬ光子郎で。
「まさかあなたが実行委員をされているなんて。思いもしませんでした」
そしていつものように微笑んで、
「会いたかったです。太一さん」と言った。
いや、言っていた気がする……?
なんで曖昧なのかというと。
(ど、どうしてだ? 光子郎がオレと同じ制服を着て、オレの目の前にいるだなんて。なにかの間違いじゃないのか……?)
「太一さん? どうかしたんですか?」
(オレ、光子郎に同じ高校に来て欲しいがあまりに夢でも見ているんじゃないのか……?)
「あのー……」
突然の劇的展開に、光子郎の呼びかけにも反応できないくらい、オレの思考は停止寸前だったのだ。
「ちょっと、太一? 太一! ……どうしちゃったのかしら」
「空さん。僕、ちょっと太一さんのこと、正気に戻してきてもいいですか」
「え?」
「たぶん、僕と急に会ったのでビックリして気持ちの整理がついていないのだと思うので」
「分かったわ。じゃあ光子郎くん」
「なんですか」
「なるべく、手短にね。打ち合わせが終わってからなら、何時間でも話をしていてもいいけれど」
「すみません、すぐに戻りますから」
オレは空と光子郎の会話をほとんど耳に入れちゃいなかった。だけど。
「太一さん、ちょっとこっちに来てください」
そう言われ、腕を引っ張られ、オレは引きずられるように光子郎の後を付いていった。
連れてこられたのは生徒会室から近い空き教室。教室の真ん中で、呆然としているオレに光子郎は問いかけてきた。
「太一さん。ほんと、どうしちゃったんですか」
「おまえ、本当に光子郎か?」
こんなに近くにいるのに、オレの中から疑念が晴れない。
「夢の中の幻、じゃないよな」
「夢でも幻でもありません。僕はちゃんとここにいるんですよ」
オレを納得させようと、光子郎は真剣な眼差しで見つめてくる。
そのとき、オレの中にある変わった考えが浮かんだ。
「じゃあ、それを証明してみせろよ」
「証明って……なにを証明するんですか」
「ここにいること。それを証明してみせろよ」
「こうやって話をしているだけではダメなんですか?」
子供じみているとは思う。だけどオレは無言で光子郎に訴えた。すると光子郎は諦めたようにため息を吐き、
「分かりました」
と言ってこんなことを切り出してきた。
「では、僕がいいと言うまで目を閉じていてください」
わがままを言っているのはこっちだから、光子郎に言われるがままに、オレは目を閉じた。
「いいですよって合図するまで、絶対に目を開けないでください」
オレはそのまま大人しく、光子郎の言うことを聞こうとした。が、途中でバレないタイミングで薄眼を開けて光子郎が何をするのか見てやろうと思った。
そのまま待機していると、自分の唇になにか柔らかい感触がした。恐る恐るうっすらと目を開けると、なんと目の前に光子郎が……。
オレは思わず硬直した。こ、こ、これって。こ、光子郎から、キ、キ、キス、されている……? 思わぬ展開にオレの頭の中は真っ白になった。
唇が離れたあと、目を閉じていた光子郎は目を開けた。
そして。
「太一さん。目、開けちゃったんですか。開けないでって言ったのに」
恥ずかしそうに俯きながらそう言った。
「でも。これで僕がここにいるって証明出来ましたよね。それと。ぼんやりしていたようですけど目、覚めましたか?」
その言葉の意味を飲み込むのに少々時間がかかった。すとんと落ちたその瞬間。
「えええええええっ!?」
オレは学校中に響き渡りそうな勢いで大声を出してしまった。
「太一さん、うるさいです」
光子郎はその掌でオレの口を塞いだ。
「そして、空さんのことを待たせています。急いで戻りましょう」
早足で先を行く光子郎を、少し遅れて慌てて追いかけた。
「空さん、お待たせしました」
「あら、終わったの?」
「はい。迷惑をおかけしてすみません」
「ちょ、光子郎!」
オレは光子郎の両肩を掴み、ぐるっと回して正面を向かせた。
「わわっ! なんです、太一さん」
「これはいったいどういうことなんだ?」
「太一のその様子だとバレてなかったのね。よかった」
空が発した「バレてなかった」という言葉。それは一体。
疑問符だらけのオレに、光子郎が種明かしをした。
「これはあなたに対するドッキリです」
「……ドッキリ? じゃあ、おまえがここにいるのもドッキリなのか?」
「太一さんは何を勘違いしているんです?」
「は?」
「僕は正真正銘、平成17年度、月島総合高校の新入学生です。その証拠にこれを見てください」
そう言って光子郎は制服の内ポケットに入れていたらしい生徒手帳を開いて見せてきた。まじまじと見ると、確かにオレやこの学校の生徒が持っているのと全く同じもので、証明写真が貼ってある学生証のページも同じだった。
「ほ、ほんとだ。じゃあ、ドッキリっていうのは」
「まあ、言うなれば。僕が太一さんに志望校を教えず、今日まで黙っていたこと。それがドッキリですね」
「うん???」
オレは光子郎の言葉の意味が飲み込めずにいた。
「どうしても太一さんが驚くところを見たくて。一年前から みんなに協力してもらっていたんですよ」
「オレが驚くところ……みんなに協力……」
「太一さんがものすごく勘ぐってきたから完遂出来ないかと思っていたんですけど。僕が月島総合に進学すること、バレてなくてよかったです」
それを聞いた瞬間。
「ああ~~っ! そういうことか!!」
オレは崩れ落ちた。通りで。みんな教えてくれるわけがない。
「ドッキリの意味、ご理解いただけましたか?」
「ああ、そりゃあもう……」
オレは頭を抱えた。見事にハメられた。なんで気がつかなかったのだろう。心の中で声にならない何かを叫んでいた時、
「あと、さっきの騒ぎで頭に入っていないとあれですので。太一さん。僕が新入生歓迎会での代表挨拶やりますので、よろしくお願いします」
そう言って光子郎はぺこりと頭を下げた。
「光子郎が?」
空から聞いていたけれど、本人から言われると改めて驚いてしまう。
代表挨拶代理のヤツの正体が光子郎と知る前から、自分からやろうと名乗り出るなんて珍しいと思っていたのに。長年の付き合いで光子郎の性格は分かりきっているから、オレはその行動が不思議で仕方がなかった。
「おまえ、そういうの進んでやるタイプじゃないだろ」
「そうなんですけど……クラスメイトのピンチヒッターで」
光子郎はその顔に苦笑を浮かべながら答えた。
「でも、入学ガイダンスのときに先生方から打診はあったんです。なにぶん、僕が今年度の新入生の中で成績トップだったようで、是非と言われていたんですけど。太一さんの言う通り、僕そういうの苦手なので丁重にお断りしたんです」
サラリと成績について、すげえことを言われたけど、ここは敢えてスルーだ。
「一度は断ったんだろ? なんでまたわざわざ」
せっかく回避できたのに、どうしてなのか疑問だった。
すると、光子郎はその経緯を話してくれた。
「誰も名乗り出なくて、先生やクラス委員の人が困り果てていたんです。それを見て……。困っている人がいたら、太一さんだったら見捨てないでしょう? 僕もそうしたいなと思ったんです」
光子郎からの思わぬ告白に、オレはなんだか照れてしまった。
「ま、まあ。確かにオレ、困ってるヤツがいたら見捨てておけないタチだけどさ。別にそんな真似しなくとも」
「真似はしていません。リスペクトです」
「真似とリスペクトってどう違うんだ?」
「えっと、それはですね」
なんだかんだ言って、オレの分からないことを嬉しそうにオレに説明してくれる光子郎。そんな光子郎と久しぶりに会話出来て、オレも嬉しくて当初の目的がなんだったのかどうでもよくなってきたけれど。そこにオレたちを現実に引き戻す空の一言があった。
「再会に浸っているところ悪いのだけど、早く打ち合わせ始めない? 終わったら、いくらでもいちゃいちゃしていていいから」
そうだった。新入生歓迎会の打ち合わせ。これを終わらせないと、せっかく光子郎が名乗り出てくれた代表挨拶代理の件も無駄になってしまう。
「おー。りょーかい。じゃあ、光子郎。続きは終わってからな」
「分かりました。すみません、空さん。久しぶりでついつい話し込んでしまって」
「ふふ、いいのよ。早いとこ打ち合わせ、終わらせちゃいましょ」
小学校のサッカークラブ時代からオレたちの間柄を知り尽くしている空は、全てを見透かしたように笑った。
オレがその疑問を光子郎に持ちかけたとき、光子郎は不思議そうな顔をして首を傾げた。
「うん。だってさ、光子郎は頭いいし、よく「アメリカの友人が~」とかなんとかって言っているだろ? それに世界中の選ばれし子どもと一番コンタクトを取っているの、おまえじゃないか。だから、そういうところからそんな話が持ち上がったりしないのかなって思ったんだけど」
事あるごとに海外のメール友達の存在の話をしている光子郎。あいつのネットつながりの友達は、話を聞く限り規格外の凄いヤツらばかりで。内心ビビリつつも、さすがはなんでも出来る光子郎の友達なんだな、と感心した覚えがある。海外には飛び級で小学生でも大学に通うような子供もいるようだし、またまたオレの勝手なイメージだけど、なんだかよく分からない、すげえ研究をするには外国人と一緒に研究チームを組んでいるような気がする。あと、デジタルワールドやデジモン的なモンスターものの研究は海外の方が好んでしていそうなイメージもオレにはある。
それに将来的に――いや、将来なんて話ではなく、いま現在進行形でデジタルワールドとオレたちの世界は関わりを深めている。対策などが追いついているかの話は別にして。世界中に選ばれし子ども――ゲンナイさんや光子郎が言うにはパートナーデジモンを持つ子どもたち、それが増え続けているのだし、近頃は歪みが発生したところから迷いデジモンが現れるという事件も多発している。人間はもはや、デジタルワールドやデジモンと無関係ではいられない、対策を考えなくてはいけないところまで来ているのかもしれない。
だからこそ、当事者でありデジモンやデジタルワールドのことを研究している光子郎が留学するという話が出てもおかしくはないと思っていた。
しかし当の本人は、それはありえないと完全否定した。
「もし、そういう話が仮にあったとしても。現時点で僕は、日本を離れてまで研究をするつもりは全くありません。先立つものもありますし」
「先立つものって。おじさんとおばさんのことか?」
「まあ、それもあるんですけど……」
光子郎のおじさんとおばさん。つまり光子郎の親はあいつの本当の親ではないそうだ。そのことを光子郎から聞いたのはいつだっただろう。少なくとも、それを聞いたのはオレが光子郎と恋人付き合いを始めてからだと思う。
これまで深く考えたことはなかったけれど、以前から光子郎は常に他人とよそよそしく接していた。オレに対しては先輩だし年上だから、まあ当たり前かと特に気にも留めていなかったのだけど。その話を打ち明けられたとき、他人と距離を置いていたその理由を知ることになったんだ。
あの夏の冒険の最中、ヴァンデモンの城のゲートを通って東京に戻ってきていた時、ビッグサイトでおじさんとおばさんからその養子だということを打ち明けてもらったそうで。光子郎はもっと小さい頃におじさんとおばさんがそのことを話しているところを偶然にも聞いてしまって、そのときからずっと人知れず悩み続けていたらしい。
親も含めて他人とどう接したらいいのか分からなくなって、このままじゃいけない、でもどうしたらいいのか分からないと悩んでいたそんなとき、「太一さんと出会って僕の世界が少しずつ変わっていったんです」とあとでこっそり教えてくれた。あいつの秘密を知った時、オレは少なからず動揺した。だって、いつもよくしてくれるおじさんとおばさんがあいつの本当の親じゃないなんて。オレがもし、父さんと母さんの本当の子供じゃなかったとしたら、あんなに冷静でいられないと思うから、光子郎は本当にすごいと思う。
ビッグサイトで事実を打ち明けてもらったことにより、ずっと抱えていたわだかまりが解けたのだと話してくれた。
だけどいまでも、おじさんとおばさんに対してよそよそしくなったり、気を遣ってしまったりする癖はなかなか直せないらしい。
光子郎にとっての「先立つもの」というのはあいつにとって大切なおじさんとおばさんのことなのは間違いないと思うけど。それ以外になにがあるのか、オレには分からなかった。それから光子郎はこんなふうに話してくれた。
「お父さんとお母さんのこととは関係なしに、もし僕にそんな話が来たとしても留学はしません。研究というものはどこでも、誰でも出来ます。日本に居たって、中学生の僕にだって。僕が一番やりたいことは、デジタルワールドの謎を解明すること。そして増え続ける僕たちの仲間をサポートすることです。それは昔から変わっていません。自分のことだけでなく、そう思えるようになったのは、太一さんやヤマトさんをはじめとする、みんなに出会ったおかげなんです。みんなと出会ったからそう思えるようになったんです。僕は勉強や調査・研究することが元々好きです。デジタルワールドやデジモンたちのことももっと知りたい。でも、僕は。研究だけの人生に、それだけの人生にはしたくありませんから――」
*
あのとき、そう言って微笑んだ光子郎はオレなんかよりも数倍大人びて見えたし、なによりも。そう言い切った強い意志を持っている光子郎にオレは深く惚れてしまった。
光子郎は可愛いし、カッコいい、オレの大切な恋人。
オレはあいつのことが大好きだから、あいつのそばにもっと居たいのに。
(オレ、光子郎とは恋人同士のはず、だよな? それなのにどうして志望校を教えてくれなかったんだ?)
オレの頭の中をぐるぐると回るのはそればかり。
我ながら情けないな、と思ってしまう。
留学はないにしても、進学校の私立や国立、高専なんて進路もある。なにも選択肢はオレの進学した月島総合だけではないのだ。
もし、別の高校に進学を決めたのだとしたら。それならそうと教えてくれたっていいじゃないかとも思う。
オレだっていつまでも子供じゃないし、駄々を捏ねたりはしない。離れ離れになるのは寂しいけれど、オレは光子郎のやりたいことを制限したくないし、あいつのことを応援したい。のになあ。
そのとき、オレの中にイヤな予感が走った。
(まさかとは思うけどあいつ、ほかに好きな子が出来て、オレのことをフェードアウトするつもりじゃないだろうな)
オレは正直、気が気じゃなかった。光子郎は自分ではモテないと思っているようだけど。頭の良さ、ほとんど怒ることがない穏やかな性格、そして時折見せる優しさ――それって十分にモテる要素じゃないか。
オレはサッカーで目立つポジションを務めてきたから、キャーキャーいわれることもあるけれど、スポーツが出来て持てはやされるのは高校生ぐらいまでだと思う。勉強が面白いと思えるようになってきたけど、苦手意識は完全には抜けない。面倒見がいいとか言われることもあるけれど、結構短気だと自分で思う。そう思うと。
(オレの数倍、光子郎のほうが魅力的だよなあ)
何度目か分からないため息を吐いた。
それにしてもだ。
この件で不可解なことがある。オレたちの仲間うちで……三月まで同じお台場中だったパソコン部の後輩の京やオレの妹のヒカリ。そしてタケルに大輔、学校が違うけど割と気が合うらしい賢に聞いても知らないと言う。ヤマトや空に聞いても知らないと言われ。アメリカにいるミミちゃんにメールで聞いても「そんなの光子郎くんに直接聞いちゃえばいいじゃないですか~」と返される始末。もちろん、丈や伊織も分からない、と答えるだけだった。
なんでだろう。どうしてだろう。オレ、光子郎のそのことに触れちゃいけないのかな。もしかしてオレ、なにかやっちゃいけないことをしてしまったんじゃないだろうな。
そんなことを悶々と考えていたとき、生徒会室のドアがガチャっと開いた。
「太一、待たせてごめんね」
入ってきたのは空だった。空もオレと同じく、新入生歓迎会の実行委員だ。オレと違うところは、空が生徒会の書記を務めていること。生徒会役員でもないオレが生徒会室にいる理由は、新入生歓迎会の変更点の打ち合わせを生徒会室でやるため、だからだ。
「別に、そんなに待ってねえから気にすんなって」
「うん、ありがと」
「さてと。歓迎会の打ち合わせ、始めるか」
「そうね。まずは最優先の新入生代表挨拶のことなんだけど」
「ああ、あれか。あれなあ……」
光子郎の進路のことをぐるぐると考えている暇はなかった。目の前にある問題から目を逸らしてはいけない。
今度行われる新入生歓迎会で、新入生代表の挨拶をしてくれるはずだった生徒が風邪をこじらせ、数日休むことになってしまったそうだ。休む間に新入生歓迎会は行われる。だから、代理で挨拶をしてくれるヤツを探さなくてはいけなくなったんだ。だけど。
「普通はああいうの、やりたがらねえよなあ」
小学生とかギリギリ中学生ぐらいまでなら代表挨拶をしたがるヤツはいると思う。だけど高校生にもなると、なるべくやらずに済むなら避けたいと思っているヤツが大半だと思う。代理は見つからない、誰かに無理にお願いするしかない、とオレは勝手に思っていた。
「なあ、代表挨拶の代わりのヤツってさ、見つかった……のか?」
「うん。見つかったわ」
予想外の空の返事にオレは耳を疑った。
「ほ、ほんとか!? う、うそじゃないよな」
「嘘だと思うかもしれないけど本当よ。あたしも見つからないかと思っていたけど、ありがたいことに名乗り出てくれた人がいて」
珍しいこともあるものだ。普通、代表挨拶なんぞは目立つからやりたくないと避けるヤツが多いような気がするのに。
「マジか。よかったあ。オレ、見つからなかったらどうしようかと思っていたぜ」
オレは内心ホッとした。そしてオレは代役にわざわざ名乗り出てくれたヤツのことが無性に気になって空に質問した。
「その代理のヤツってどんなヤツなんだ?」
「男の子で、今年の新入生の中で一番の成績の子、らしいわよ」
「へ、へえ」
学年一の成績って。すげえガリ勉じゃん。どんなヤツだよ。
「あたしたちより年下なのは当たり前だけど、その割に落ち着いていて、知的で、優しそうな子ね。それで」
「それで?」
「デジモンのこと知っているわよ。あのね、太一もよく知っていると思うんだけど」
「え、ほんとかよ」
学年一の成績で、落ち着いていて、優しそうで、デジモンを知るヤツって。オレ、そんなヤツ知っていたか?
いろんなことを考えすぎて考えるのが面倒になったオレは、たまらず、
「なあ、空。そいつ、名前は」
と聞いてしまった。すると空は含み笑いをして、
「泉くん、って言うんだけど。そういえば、ドアの向こう側に待たせたままだったわ。呼んじゃうわね」と答えた。
「ち、ちょっと待ってくれ。泉ってまさか」
「お待たせ! 入ってきていいわよ」
空はオレのことはおかまいなしにドアの向こう側へ声をかけた。
「失礼します」
ドアのノック音に続いてゆっくりとドアが開き、その泉という新入生がオレの前に姿を現した。
「お久しぶりです、八神先輩」
オレは目を見開いた。だって、そこにいたのは。
「僕の中学の卒業式以来ですかね。お会いするのは」
そう声をかけてきた新入生は、ほかならぬ光子郎で。
「まさかあなたが実行委員をされているなんて。思いもしませんでした」
そしていつものように微笑んで、
「会いたかったです。太一さん」と言った。
いや、言っていた気がする……?
なんで曖昧なのかというと。
(ど、どうしてだ? 光子郎がオレと同じ制服を着て、オレの目の前にいるだなんて。なにかの間違いじゃないのか……?)
「太一さん? どうかしたんですか?」
(オレ、光子郎に同じ高校に来て欲しいがあまりに夢でも見ているんじゃないのか……?)
「あのー……」
突然の劇的展開に、光子郎の呼びかけにも反応できないくらい、オレの思考は停止寸前だったのだ。
「ちょっと、太一? 太一! ……どうしちゃったのかしら」
「空さん。僕、ちょっと太一さんのこと、正気に戻してきてもいいですか」
「え?」
「たぶん、僕と急に会ったのでビックリして気持ちの整理がついていないのだと思うので」
「分かったわ。じゃあ光子郎くん」
「なんですか」
「なるべく、手短にね。打ち合わせが終わってからなら、何時間でも話をしていてもいいけれど」
「すみません、すぐに戻りますから」
オレは空と光子郎の会話をほとんど耳に入れちゃいなかった。だけど。
「太一さん、ちょっとこっちに来てください」
そう言われ、腕を引っ張られ、オレは引きずられるように光子郎の後を付いていった。
連れてこられたのは生徒会室から近い空き教室。教室の真ん中で、呆然としているオレに光子郎は問いかけてきた。
「太一さん。ほんと、どうしちゃったんですか」
「おまえ、本当に光子郎か?」
こんなに近くにいるのに、オレの中から疑念が晴れない。
「夢の中の幻、じゃないよな」
「夢でも幻でもありません。僕はちゃんとここにいるんですよ」
オレを納得させようと、光子郎は真剣な眼差しで見つめてくる。
そのとき、オレの中にある変わった考えが浮かんだ。
「じゃあ、それを証明してみせろよ」
「証明って……なにを証明するんですか」
「ここにいること。それを証明してみせろよ」
「こうやって話をしているだけではダメなんですか?」
子供じみているとは思う。だけどオレは無言で光子郎に訴えた。すると光子郎は諦めたようにため息を吐き、
「分かりました」
と言ってこんなことを切り出してきた。
「では、僕がいいと言うまで目を閉じていてください」
わがままを言っているのはこっちだから、光子郎に言われるがままに、オレは目を閉じた。
「いいですよって合図するまで、絶対に目を開けないでください」
オレはそのまま大人しく、光子郎の言うことを聞こうとした。が、途中でバレないタイミングで薄眼を開けて光子郎が何をするのか見てやろうと思った。
そのまま待機していると、自分の唇になにか柔らかい感触がした。恐る恐るうっすらと目を開けると、なんと目の前に光子郎が……。
オレは思わず硬直した。こ、こ、これって。こ、光子郎から、キ、キ、キス、されている……? 思わぬ展開にオレの頭の中は真っ白になった。
唇が離れたあと、目を閉じていた光子郎は目を開けた。
そして。
「太一さん。目、開けちゃったんですか。開けないでって言ったのに」
恥ずかしそうに俯きながらそう言った。
「でも。これで僕がここにいるって証明出来ましたよね。それと。ぼんやりしていたようですけど目、覚めましたか?」
その言葉の意味を飲み込むのに少々時間がかかった。すとんと落ちたその瞬間。
「えええええええっ!?」
オレは学校中に響き渡りそうな勢いで大声を出してしまった。
「太一さん、うるさいです」
光子郎はその掌でオレの口を塞いだ。
「そして、空さんのことを待たせています。急いで戻りましょう」
早足で先を行く光子郎を、少し遅れて慌てて追いかけた。
「空さん、お待たせしました」
「あら、終わったの?」
「はい。迷惑をおかけしてすみません」
「ちょ、光子郎!」
オレは光子郎の両肩を掴み、ぐるっと回して正面を向かせた。
「わわっ! なんです、太一さん」
「これはいったいどういうことなんだ?」
「太一のその様子だとバレてなかったのね。よかった」
空が発した「バレてなかった」という言葉。それは一体。
疑問符だらけのオレに、光子郎が種明かしをした。
「これはあなたに対するドッキリです」
「……ドッキリ? じゃあ、おまえがここにいるのもドッキリなのか?」
「太一さんは何を勘違いしているんです?」
「は?」
「僕は正真正銘、平成17年度、月島総合高校の新入学生です。その証拠にこれを見てください」
そう言って光子郎は制服の内ポケットに入れていたらしい生徒手帳を開いて見せてきた。まじまじと見ると、確かにオレやこの学校の生徒が持っているのと全く同じもので、証明写真が貼ってある学生証のページも同じだった。
「ほ、ほんとだ。じゃあ、ドッキリっていうのは」
「まあ、言うなれば。僕が太一さんに志望校を教えず、今日まで黙っていたこと。それがドッキリですね」
「うん???」
オレは光子郎の言葉の意味が飲み込めずにいた。
「どうしても太一さんが驚くところを見たくて。一年前から みんなに協力してもらっていたんですよ」
「オレが驚くところ……みんなに協力……」
「太一さんがものすごく勘ぐってきたから完遂出来ないかと思っていたんですけど。僕が月島総合に進学すること、バレてなくてよかったです」
それを聞いた瞬間。
「ああ~~っ! そういうことか!!」
オレは崩れ落ちた。通りで。みんな教えてくれるわけがない。
「ドッキリの意味、ご理解いただけましたか?」
「ああ、そりゃあもう……」
オレは頭を抱えた。見事にハメられた。なんで気がつかなかったのだろう。心の中で声にならない何かを叫んでいた時、
「あと、さっきの騒ぎで頭に入っていないとあれですので。太一さん。僕が新入生歓迎会での代表挨拶やりますので、よろしくお願いします」
そう言って光子郎はぺこりと頭を下げた。
「光子郎が?」
空から聞いていたけれど、本人から言われると改めて驚いてしまう。
代表挨拶代理のヤツの正体が光子郎と知る前から、自分からやろうと名乗り出るなんて珍しいと思っていたのに。長年の付き合いで光子郎の性格は分かりきっているから、オレはその行動が不思議で仕方がなかった。
「おまえ、そういうの進んでやるタイプじゃないだろ」
「そうなんですけど……クラスメイトのピンチヒッターで」
光子郎はその顔に苦笑を浮かべながら答えた。
「でも、入学ガイダンスのときに先生方から打診はあったんです。なにぶん、僕が今年度の新入生の中で成績トップだったようで、是非と言われていたんですけど。太一さんの言う通り、僕そういうの苦手なので丁重にお断りしたんです」
サラリと成績について、すげえことを言われたけど、ここは敢えてスルーだ。
「一度は断ったんだろ? なんでまたわざわざ」
せっかく回避できたのに、どうしてなのか疑問だった。
すると、光子郎はその経緯を話してくれた。
「誰も名乗り出なくて、先生やクラス委員の人が困り果てていたんです。それを見て……。困っている人がいたら、太一さんだったら見捨てないでしょう? 僕もそうしたいなと思ったんです」
光子郎からの思わぬ告白に、オレはなんだか照れてしまった。
「ま、まあ。確かにオレ、困ってるヤツがいたら見捨てておけないタチだけどさ。別にそんな真似しなくとも」
「真似はしていません。リスペクトです」
「真似とリスペクトってどう違うんだ?」
「えっと、それはですね」
なんだかんだ言って、オレの分からないことを嬉しそうにオレに説明してくれる光子郎。そんな光子郎と久しぶりに会話出来て、オレも嬉しくて当初の目的がなんだったのかどうでもよくなってきたけれど。そこにオレたちを現実に引き戻す空の一言があった。
「再会に浸っているところ悪いのだけど、早く打ち合わせ始めない? 終わったら、いくらでもいちゃいちゃしていていいから」
そうだった。新入生歓迎会の打ち合わせ。これを終わらせないと、せっかく光子郎が名乗り出てくれた代表挨拶代理の件も無駄になってしまう。
「おー。りょーかい。じゃあ、光子郎。続きは終わってからな」
「分かりました。すみません、空さん。久しぶりでついつい話し込んでしまって」
「ふふ、いいのよ。早いとこ打ち合わせ、終わらせちゃいましょ」
小学校のサッカークラブ時代からオレたちの間柄を知り尽くしている空は、全てを見透かしたように笑った。
