第二ボタンと新しい制服
「『前向きに考えておきます』……か。はあああ」
生徒会室で新入生歓迎会の資料に目を通しながら、オレは一年前に光子郎に言われた言葉を思い出して盛大なため息をついていた。その理由はと言うと。
「光子郎の進路は分からず仕舞い。あいつ結局、どこの高校に行ったのかなあ」
友達・仲間としての付き合いは六年。恋人として付き合って二年も経つのに、進学先の高校をどこにしたのか聞いても、光子郎は頑なに教えてくれなかったのだ。そう、今日に至るまで。
本人が教えてくれないなら自力で調べるしかない。だけど、みんなに聞いても知らない、もしくは分からない、の一点張りで、手がかりをひとつも掴めずにいた。オレがいくら考えても、答えは浮かんでこない。その答えを知るのは光子郎と光子郎のおじさんとおばさんだからだ。
このことを考えていると憂鬱になる。憂鬱なのについ考えてしまう。オレの大好きなヤツのことでこんなに悩むなんて、落ち込むなんて、思いもしなかった。
この悩みの始まりは約一年前の三月。オレがお台場中学校を卒業した頃まで遡る。中学を卒業し、高校に進学することにより、オレと光子郎は学校が離れてしまった。
オレと光子郎の年齢差は一歳。その一歳差というのはときに残酷で、これまで一緒だった学校に通えなくなり、離れ離れになってしまう。オレたちのように恋人付き合いしている者にとって、それは試練のようなものだった。しかも、去年は光子郎が受験生。あいつは元々頭がいいけれど、さすがに受験生ともなると頻繁に会うわけにはいかない。オレは頭を悩ませた。
そんなときオレが思いついたのは、勉強会の名目で光子郎に会う。そのついでに高校の授業で分からないことがあったとき、ちゃっかり聞いてしまおうということだった。そう、特にあいつの得意な数学を教えてもらいたいという口実で。高校に入学して数日が過ぎた頃、オレは勇み足で光子郎のところへ向かった。
「オレ、高校生にはなったけど勉強はお前と一緒にやりたい。だから、これからも一緒に勉強会やらないか。あとここだけの話、高校の数学がサッパリ分からないんだ。これなんだけど、光子郎は分かるか?」
このように切り出し、ドキドキしながら光子郎の返事を待つ。
「勉強会の申し出、素直にうれしいです。でも……高校の数学の分からないところを中学生に聞く高校生なんて、普通いますか……?」
光子郎は訝しげな眼差しでオレを見ている。
「だってしょーがねーだろ? 分からねえんだからさ」
「太一さん、あなたって人は」
光子郎はため息を吐いた。そうだよな、高校の数学の問題を中学生、しかも受験生に聞くなんてどうかしていたなと思い直し、引き下がろうとしたそのとき。光子郎から思わぬ言葉が返ってきた。
「分かりました。いまから解いてみますから、上がってください」
「……いいのか?」
オレは思わず拍子抜けした。だって断られると思ったから。
すると光子郎は少し驚いた顔をした。
「いいのかって……太一さんが言ってきたんでしょう? それに勉強会をするならこれまで通りのパターンになりそうですから、大丈夫です」
「ワリイ、恩に着る!」
こうしてオレは、光子郎に会うための名目の勉強会の約束を取り付けた。この勉強会には光子郎と一緒に過ごすためだけでなく、もうひとつの目的があった。それが……。
「なあ、光子郎~。いい加減おまえの志望校教えてくれよ。教えてくれたって減るもんじゃねえんだしさ。どこ受験するんだよ」
そう、秘密と言って頑なに教えてくれない進学先のこと。オレはどうしてもその手がかりを掴みたかった。出来る限り光子郎のそばにいれば、いつかは教えてくれるかもしれないと信じて会っていたんだ。
去年の年末……12月半ば頃まではそれを続けていた。だけど、光子郎から受験勉強に集中したいから、との理由で勉強会は中断してしまったのだ。もちろん、志望校がどこかを聞き出せぬまま。
ところでちょっと話を変えて。昔のオレはサッカーや遊ぶことに夢中で、勉強なんて二の次、だと思っていた。そんなオレがどうして勉強に打ち込んでみようと思うようになったかというと。それは、2002年に起きた「及川事件」を含む例の一連のデジモン関係の事件がキッカケだった。
あの事件の後、オレたちの周りはにわかに騒がしくなった。空の父さんである武之内教授、ヤマトとタケルの母さんはテレビに引っ張り凧になり、それまで一般には都市伝説のような噂にとどまっていたデジモンが、テレビで話題にならない日はない、というくらいにまでなっていた。
ヤマトとタケルの父さんの機転で、オレたち当事者の子供が表立ってテレビや雑誌に出なくて済んだのは、とてもありがたかった。
そんなふうにデジモンに関する世間の話題が尽きない中、オレたちは今後、デジタルワールドとデジモンにどう関わっていくべきかを考え始めていた。
それぞれ受験や進学、進級などで身の回りの環境がどんどん変わり、全員が揃って集まれる回数は減っていった。けれど、みんな口に出さずとも、なんらかの形でデジモンと、デジタルワールドに関わることをしたいとは思っているようだった。
オレもあのころはまだ、未来のことをすぐに決められるような考えを持ってはいなかった。だけど分からないなりに、考えついたことがあった。
兎にも角にもまずは勉強する、ということだ。
目の前には高校受験が迫っている。小さい頃から好きなサッカーは高校でも続けるにしても、スポーツ推薦だけじゃ心もとない。プロになれなかったときのことは中学に上がる前からずっと考えていた。あの夏にデジタルワールドを旅しなかったら、オレはいまでもプロのサッカー選手を夢見て走り続けていたのかもしれない。
もちろんいまでも、プロに憧れはする。だけど――
いつの間にかサッカーは、オレにとっての最重要項目ではなくなっていた。
それは、アグモンを始めとするデジモンと出会い、そしてデジタルワールドの存在を知ったからだ。
オレに大切なものを教えてくれた世界。あの世界で出会った、アグモンという大切な、もうひとりのオレの存在。
そんな掛け替えのないもののために、オレに出来ることがあるのなら、オレはその道に進みたい。いつの間にかそう考えるようになっていた。
とにかくどんな形であれ、オレはデジモンとデジタルワールドに関わって、生きていく。それだけは心に決めていた。
その時点ではそういったことをする職業がなにか、見当もつかなかった。だからこそ。兎にも角にも勉強する。勉強すれば、道が開ける。なんとなく、オレはそう思っていた。
そういった意味では、なりたいものがはっきりしている、光子郎や丈はいいなぁと密かに羨ましく思う。具体的な話はしていないけれど、光子郎が好きなデジモンやデジタルワールドの研究はあちこちでされているようだし、現に光子郎はいろんなヤツらとメールのやり取りで情報交換していたり、テレビに引っ張り凧の武之内教授と仲がよかったりしている。そのうち研究室が出来そうな勢いだし、デジモン関係の職に一番乗りで就いていそうなのが光子郎だ。あいつの将来はデジモンとデジタルワールドの研究者だな。いまもやっているけれど。
そして丈は前人未到のデジモン専門医を目指している。いまだかつてデジモンの医者になった人は当たり前だけど誰一人いない。だけど、医者を目指すには方法がすでにちゃんとあるし、オレの勝手なイメージだけど、オレたちの世界にいる動物とデジモンは親戚みたいなもんに思えるから、獣医の勉強でもイケそうな気がする。相変わらず勉強漬けの日々を送っているようだけど、そんな夢のために勉強に打ち込む丈は間違いなくカッコいいと思う。
こいつらに共通する点はふたつ。将来もデジモンに関わることをしたいと思っていること、そして勉強が出来ることだ。
前者はオレも思っているけど、後者は正直全然違う。
勉強が出来ないことで損することはあると思う。しかし、出来ることで損はしないだろう。
そんなわけで、オレの勉強に対するやる気は以前とはまるで違っていて、光子郎に勉強会をしようと持ちかけたのは単に光子郎に会いたいからという欲だけではなかったんだ。
あいつの教え方は上手いし、解りやすい。質問すればオレが納得するまで辛抱強く教えてくれる。そんな心強い先生がそばにいれば勉強も頑張れると思ったんだ。
事実、オレの高校での成績は中学時代とは打って変わって赤点レベルの成績を取ることはまずなく、苦手の数学ですら最低点数は50点台半ばと赤点ラインより遥か上の点数だった。テストのたびに礼を言うけど、光子郎は「それは太一さんの頑張りですよ」と言ってくれる。けど、本当にあいつのおかげなんだ。
受験勉強の時からの勉強の習慣は定着して、高校生になってからも自然と机に向かうようになった。身体を動かす方が好きなのは好きだ。だけど、勉強も面白いと思えるようになったのは大きな変化だと思う。
勉強会の三つの目的は、光子郎と一緒に過ごす事、そして勉強を頑張ること。それはすでに達成されていることだ。
でも。ただひとつ目的を達成できずにいたことがあった。
そう、光子郎の志望校のこと。あいつはいつまで経っても志望校を教えてはくれず、しかも去年の年末に「受験に集中したいので、申し訳ないのですが勉強会を中止したいです」と言われてしまった。そこからめっきりと会う回数が減ってしまったのだけど、会えた時はしつこく聞いていたんだ。それを光子郎の中学の卒業式の日まで続けていた。
最初、行けないかもと言いつつ、なんとか予定がつき、お台場中に向かうことが出来た。そして光子郎にも会うことが出来た。出来たのだけど。そこでもはぐらかされて、結局分からず仕舞い。オレはそこでようやく悟った。
オレに進学先を知られたくない、ということは。オレとは違うところへ行くからなのだろう、と。つまりオレが進学した月島総合には来ない、ということなのだろう、と。
「まさかあいつ、高校に行かないとか。そういうのはないよな」
オレの脳裏に浮かんだのは高校に進学しない選択肢。
日本において98パーセントという驚異の進学率を誇る高等学校という学校だけど、高校は義務教育じゃない。だけど大学に行くには高校卒業が必須だ。光子郎が高校に行かないなんて、そんな選択肢を選ぶワケないか、と思い直す。
となると、やっぱあれか。
海外に、留学する、とか――
生徒会室で新入生歓迎会の資料に目を通しながら、オレは一年前に光子郎に言われた言葉を思い出して盛大なため息をついていた。その理由はと言うと。
「光子郎の進路は分からず仕舞い。あいつ結局、どこの高校に行ったのかなあ」
友達・仲間としての付き合いは六年。恋人として付き合って二年も経つのに、進学先の高校をどこにしたのか聞いても、光子郎は頑なに教えてくれなかったのだ。そう、今日に至るまで。
本人が教えてくれないなら自力で調べるしかない。だけど、みんなに聞いても知らない、もしくは分からない、の一点張りで、手がかりをひとつも掴めずにいた。オレがいくら考えても、答えは浮かんでこない。その答えを知るのは光子郎と光子郎のおじさんとおばさんだからだ。
このことを考えていると憂鬱になる。憂鬱なのについ考えてしまう。オレの大好きなヤツのことでこんなに悩むなんて、落ち込むなんて、思いもしなかった。
この悩みの始まりは約一年前の三月。オレがお台場中学校を卒業した頃まで遡る。中学を卒業し、高校に進学することにより、オレと光子郎は学校が離れてしまった。
オレと光子郎の年齢差は一歳。その一歳差というのはときに残酷で、これまで一緒だった学校に通えなくなり、離れ離れになってしまう。オレたちのように恋人付き合いしている者にとって、それは試練のようなものだった。しかも、去年は光子郎が受験生。あいつは元々頭がいいけれど、さすがに受験生ともなると頻繁に会うわけにはいかない。オレは頭を悩ませた。
そんなときオレが思いついたのは、勉強会の名目で光子郎に会う。そのついでに高校の授業で分からないことがあったとき、ちゃっかり聞いてしまおうということだった。そう、特にあいつの得意な数学を教えてもらいたいという口実で。高校に入学して数日が過ぎた頃、オレは勇み足で光子郎のところへ向かった。
「オレ、高校生にはなったけど勉強はお前と一緒にやりたい。だから、これからも一緒に勉強会やらないか。あとここだけの話、高校の数学がサッパリ分からないんだ。これなんだけど、光子郎は分かるか?」
このように切り出し、ドキドキしながら光子郎の返事を待つ。
「勉強会の申し出、素直にうれしいです。でも……高校の数学の分からないところを中学生に聞く高校生なんて、普通いますか……?」
光子郎は訝しげな眼差しでオレを見ている。
「だってしょーがねーだろ? 分からねえんだからさ」
「太一さん、あなたって人は」
光子郎はため息を吐いた。そうだよな、高校の数学の問題を中学生、しかも受験生に聞くなんてどうかしていたなと思い直し、引き下がろうとしたそのとき。光子郎から思わぬ言葉が返ってきた。
「分かりました。いまから解いてみますから、上がってください」
「……いいのか?」
オレは思わず拍子抜けした。だって断られると思ったから。
すると光子郎は少し驚いた顔をした。
「いいのかって……太一さんが言ってきたんでしょう? それに勉強会をするならこれまで通りのパターンになりそうですから、大丈夫です」
「ワリイ、恩に着る!」
こうしてオレは、光子郎に会うための名目の勉強会の約束を取り付けた。この勉強会には光子郎と一緒に過ごすためだけでなく、もうひとつの目的があった。それが……。
「なあ、光子郎~。いい加減おまえの志望校教えてくれよ。教えてくれたって減るもんじゃねえんだしさ。どこ受験するんだよ」
そう、秘密と言って頑なに教えてくれない進学先のこと。オレはどうしてもその手がかりを掴みたかった。出来る限り光子郎のそばにいれば、いつかは教えてくれるかもしれないと信じて会っていたんだ。
去年の年末……12月半ば頃まではそれを続けていた。だけど、光子郎から受験勉強に集中したいから、との理由で勉強会は中断してしまったのだ。もちろん、志望校がどこかを聞き出せぬまま。
ところでちょっと話を変えて。昔のオレはサッカーや遊ぶことに夢中で、勉強なんて二の次、だと思っていた。そんなオレがどうして勉強に打ち込んでみようと思うようになったかというと。それは、2002年に起きた「及川事件」を含む例の一連のデジモン関係の事件がキッカケだった。
あの事件の後、オレたちの周りはにわかに騒がしくなった。空の父さんである武之内教授、ヤマトとタケルの母さんはテレビに引っ張り凧になり、それまで一般には都市伝説のような噂にとどまっていたデジモンが、テレビで話題にならない日はない、というくらいにまでなっていた。
ヤマトとタケルの父さんの機転で、オレたち当事者の子供が表立ってテレビや雑誌に出なくて済んだのは、とてもありがたかった。
そんなふうにデジモンに関する世間の話題が尽きない中、オレたちは今後、デジタルワールドとデジモンにどう関わっていくべきかを考え始めていた。
それぞれ受験や進学、進級などで身の回りの環境がどんどん変わり、全員が揃って集まれる回数は減っていった。けれど、みんな口に出さずとも、なんらかの形でデジモンと、デジタルワールドに関わることをしたいとは思っているようだった。
オレもあのころはまだ、未来のことをすぐに決められるような考えを持ってはいなかった。だけど分からないなりに、考えついたことがあった。
兎にも角にもまずは勉強する、ということだ。
目の前には高校受験が迫っている。小さい頃から好きなサッカーは高校でも続けるにしても、スポーツ推薦だけじゃ心もとない。プロになれなかったときのことは中学に上がる前からずっと考えていた。あの夏にデジタルワールドを旅しなかったら、オレはいまでもプロのサッカー選手を夢見て走り続けていたのかもしれない。
もちろんいまでも、プロに憧れはする。だけど――
いつの間にかサッカーは、オレにとっての最重要項目ではなくなっていた。
それは、アグモンを始めとするデジモンと出会い、そしてデジタルワールドの存在を知ったからだ。
オレに大切なものを教えてくれた世界。あの世界で出会った、アグモンという大切な、もうひとりのオレの存在。
そんな掛け替えのないもののために、オレに出来ることがあるのなら、オレはその道に進みたい。いつの間にかそう考えるようになっていた。
とにかくどんな形であれ、オレはデジモンとデジタルワールドに関わって、生きていく。それだけは心に決めていた。
その時点ではそういったことをする職業がなにか、見当もつかなかった。だからこそ。兎にも角にも勉強する。勉強すれば、道が開ける。なんとなく、オレはそう思っていた。
そういった意味では、なりたいものがはっきりしている、光子郎や丈はいいなぁと密かに羨ましく思う。具体的な話はしていないけれど、光子郎が好きなデジモンやデジタルワールドの研究はあちこちでされているようだし、現に光子郎はいろんなヤツらとメールのやり取りで情報交換していたり、テレビに引っ張り凧の武之内教授と仲がよかったりしている。そのうち研究室が出来そうな勢いだし、デジモン関係の職に一番乗りで就いていそうなのが光子郎だ。あいつの将来はデジモンとデジタルワールドの研究者だな。いまもやっているけれど。
そして丈は前人未到のデジモン専門医を目指している。いまだかつてデジモンの医者になった人は当たり前だけど誰一人いない。だけど、医者を目指すには方法がすでにちゃんとあるし、オレの勝手なイメージだけど、オレたちの世界にいる動物とデジモンは親戚みたいなもんに思えるから、獣医の勉強でもイケそうな気がする。相変わらず勉強漬けの日々を送っているようだけど、そんな夢のために勉強に打ち込む丈は間違いなくカッコいいと思う。
こいつらに共通する点はふたつ。将来もデジモンに関わることをしたいと思っていること、そして勉強が出来ることだ。
前者はオレも思っているけど、後者は正直全然違う。
勉強が出来ないことで損することはあると思う。しかし、出来ることで損はしないだろう。
そんなわけで、オレの勉強に対するやる気は以前とはまるで違っていて、光子郎に勉強会をしようと持ちかけたのは単に光子郎に会いたいからという欲だけではなかったんだ。
あいつの教え方は上手いし、解りやすい。質問すればオレが納得するまで辛抱強く教えてくれる。そんな心強い先生がそばにいれば勉強も頑張れると思ったんだ。
事実、オレの高校での成績は中学時代とは打って変わって赤点レベルの成績を取ることはまずなく、苦手の数学ですら最低点数は50点台半ばと赤点ラインより遥か上の点数だった。テストのたびに礼を言うけど、光子郎は「それは太一さんの頑張りですよ」と言ってくれる。けど、本当にあいつのおかげなんだ。
受験勉強の時からの勉強の習慣は定着して、高校生になってからも自然と机に向かうようになった。身体を動かす方が好きなのは好きだ。だけど、勉強も面白いと思えるようになったのは大きな変化だと思う。
勉強会の三つの目的は、光子郎と一緒に過ごす事、そして勉強を頑張ること。それはすでに達成されていることだ。
でも。ただひとつ目的を達成できずにいたことがあった。
そう、光子郎の志望校のこと。あいつはいつまで経っても志望校を教えてはくれず、しかも去年の年末に「受験に集中したいので、申し訳ないのですが勉強会を中止したいです」と言われてしまった。そこからめっきりと会う回数が減ってしまったのだけど、会えた時はしつこく聞いていたんだ。それを光子郎の中学の卒業式の日まで続けていた。
最初、行けないかもと言いつつ、なんとか予定がつき、お台場中に向かうことが出来た。そして光子郎にも会うことが出来た。出来たのだけど。そこでもはぐらかされて、結局分からず仕舞い。オレはそこでようやく悟った。
オレに進学先を知られたくない、ということは。オレとは違うところへ行くからなのだろう、と。つまりオレが進学した月島総合には来ない、ということなのだろう、と。
「まさかあいつ、高校に行かないとか。そういうのはないよな」
オレの脳裏に浮かんだのは高校に進学しない選択肢。
日本において98パーセントという驚異の進学率を誇る高等学校という学校だけど、高校は義務教育じゃない。だけど大学に行くには高校卒業が必須だ。光子郎が高校に行かないなんて、そんな選択肢を選ぶワケないか、と思い直す。
となると、やっぱあれか。
海外に、留学する、とか――
