第二ボタンと新しい制服
「えっ? 太一にドッキリを仕掛ける??」
僕がヤマトさんと空さんに思いつきの相談を持ちかけたとき、ふたりは声を揃えて同じ反応をした。
「つまりあと10ヶ月近く、光子郎くんの進路のことを太一には黙っておくってこと?」
「さすがにそれ、無理じゃないか」
初めはこのように、空さんとヤマトさんは難色を示していた。確かに、この先数ヶ月も太一さんに僕の進路について黙ったままにするのは至難の技かもしれない。
「太一さんの驚く顔がどうしても見たいんです。協力してもらえませんか」
僕がそう頼み込むと、ふたりは熟考したあとにこう返事をくれた。
「光子郎くんは滅多にそんなこと提案してこないし……やれるところまでやってみようかしら」
「確かにそうだな。難しいだろうとは思うけど、面白そうだから光子郎に協力してやるよ」
そう言ってふたりは了承してくれた。
「ありがとうございます。ヤマトさん、空さん」
ここから、僕のちょっとした太一さんへのドッキリ企画は、相談を持ちかけたヤマトさんや空さんを始めとして、太一さんの妹のヒカリさんやほかの選ばれし子どものメンバーも巻き込んだ大きめの企画になった。
僕自身も、さすがに途中でバレてしまうかな、と思っていたけれど、一年が経ったいまでも太一さんには気付かれていないようだ。
僕がこの話の序盤から太一さんに気付かれないか心配していたのは、この制服を着て太一さんにバッタリ会ってしまうと、このドッキリ企画がスッキリ終わらない、というなんとも勝手な理由からだった。
ドッキリを仕掛けた割に、どうやってネタばらしをするかまでは僕でも考えが至らなかった。太一さんに対して、どうやってネタばらしをするか……それが僕の近頃の悩み事だ。
キーンコーンカーンコーン
(あ、始業時間だ)
ようやく一時間目の予鈴が鳴り、担任の先生が教室に入ってきた。この時間はHRの時間だ。
(あれ?)
先生はなんだか困ったような顔をしている。
先生の話を聞くに。新入生歓迎会で代表挨拶するはずだった生徒が風邪でダウンしてしまったのだ。しかも、その人は僕のクラスの人なんだ。そのため、代理が必要とのこと。クラスのみんなは沈黙している。どうしよう。
そのとき、僕の中に僕の憧れのあの人なら、こんなときどうするだろう、という突飛な考えが浮かんだ。彼だったら、率先して引き受けるのではないか――そう思った僕は、思わず手を挙げた。
「あの、僕……やってもいいですか」
先生やクラスメイトが一斉に僕のことを見る。
「泉くん、いいの?」
「はい」
「みんな、いいかしら?」
先生の確認の質問に。満場一致の拍手が聞こえてきた。僕はなんだか気恥ずかしくなってきた。
「助かるぜ」
「ありがとう、引き受けてくれて」
クラスメイトからそんな言葉を次々にかけられる。困っているみんなのために動くこと。それは僕があの夏で学んだこと。ちっぽけだけれど、他人の役に立てたら、嬉しいと僕は思っている。
*
休み時間に僕は担任の先生から新入生歓迎会の新入生代表挨拶について話を聞いた。
この学校では生徒側が主体になってやる行事が多く、新入生歓迎会はそれの筆頭らしい。もちろん、取りまとめをする先生はいるとのこと。新入生歓迎会の進行などは生徒会メンバーや実行委員が中心となって動いているようで。
「放課後に実行委員の2年生が来るから、あとのことは実行委員の子に聞いてね」
担任の先生は話の終わりにそう言った。
「分かりました」と、僕は返事をした。
そして、放課後。
実行委員の先輩が僕の元へやってきた。
その先輩はなんと――
「よろしくお願いしま……って空さん!?」
「光子郎くん! どうして」
僕も空さんもお互いの顔を穴が開きそうなくらい見て、表情から驚きを隠すことが出来そうになかった。
*
「まさか空さんが新入生歓迎会の実行委員になっていたとは。僕、思いもしませんでしたよ」
「それはこっちのセリフよ。先生から泉、って名前を聞いてまさかとは思ったけど……。光子郎くんはこういうの、積極的にやるタイプじゃないでしょう? 何でまた代役を」
割と僕のことをよく知る空さんもそこは疑問に思ったようだ。なので、こっそりと憧れの人についての話をすることにした。
「クラスで他に誰も引き受ける人がいなかったのもありますけど……ちょっとお恥ずかしい話なんですが。太一さんならこんなとき引き受けるかな、と思いまして。空さんはそうは思いません?」
僕の憧れの人。そう、それは太一さんのことだ。
「ああ、それはなんとなく分かる気がする。太一もなんだかんだ言って面倒見ちゃうタイプだし」
空さんはしみじみしながらそう言った。
「光子郎くんでも恋人に影響されちゃうのね」
意外そうな顔をしながら空さんは言った。恋人に影響される、その言葉に僕は急に恥ずかしさがこみ上げてきた。
「い、いまの話は太一さんには秘密にしておいてくださいね」
「大丈夫、分かっているわ。安心してね」
「ありがとうございます」
歩いていた空さんがある教室の前で足を止めた。どうやら目的地に着いたらしい。
「ここが生徒会室よ。この中で太一を待たせているの」
他の教室は引き戸だけれど、生徒会室はドアノブ式のドアだった。この扉の向こうに太一さんがいる。
「じゃあ、太一に話してくるから、光子郎くんはここで待っていてね。ドッキリの種明かし、あたし楽しみにしているから」
笑顔を見せながらそう言って、空さんは生徒会室の中に入っていった。
それから数分後。
「泉くん、入ってきて」
中から空さんの合図の声がした。敢えての実行委員の先輩としての呼びかけ。これならそのときまで太一さんに気付かれないだろう。
空さんの配慮に感謝しつつ、僕は生徒会室のドアを開けて中で待つ人物に向かってこう言った。
「お久しぶりです、八神先輩」
僕がヤマトさんと空さんに思いつきの相談を持ちかけたとき、ふたりは声を揃えて同じ反応をした。
「つまりあと10ヶ月近く、光子郎くんの進路のことを太一には黙っておくってこと?」
「さすがにそれ、無理じゃないか」
初めはこのように、空さんとヤマトさんは難色を示していた。確かに、この先数ヶ月も太一さんに僕の進路について黙ったままにするのは至難の技かもしれない。
「太一さんの驚く顔がどうしても見たいんです。協力してもらえませんか」
僕がそう頼み込むと、ふたりは熟考したあとにこう返事をくれた。
「光子郎くんは滅多にそんなこと提案してこないし……やれるところまでやってみようかしら」
「確かにそうだな。難しいだろうとは思うけど、面白そうだから光子郎に協力してやるよ」
そう言ってふたりは了承してくれた。
「ありがとうございます。ヤマトさん、空さん」
ここから、僕のちょっとした太一さんへのドッキリ企画は、相談を持ちかけたヤマトさんや空さんを始めとして、太一さんの妹のヒカリさんやほかの選ばれし子どものメンバーも巻き込んだ大きめの企画になった。
僕自身も、さすがに途中でバレてしまうかな、と思っていたけれど、一年が経ったいまでも太一さんには気付かれていないようだ。
僕がこの話の序盤から太一さんに気付かれないか心配していたのは、この制服を着て太一さんにバッタリ会ってしまうと、このドッキリ企画がスッキリ終わらない、というなんとも勝手な理由からだった。
ドッキリを仕掛けた割に、どうやってネタばらしをするかまでは僕でも考えが至らなかった。太一さんに対して、どうやってネタばらしをするか……それが僕の近頃の悩み事だ。
キーンコーンカーンコーン
(あ、始業時間だ)
ようやく一時間目の予鈴が鳴り、担任の先生が教室に入ってきた。この時間はHRの時間だ。
(あれ?)
先生はなんだか困ったような顔をしている。
先生の話を聞くに。新入生歓迎会で代表挨拶するはずだった生徒が風邪でダウンしてしまったのだ。しかも、その人は僕のクラスの人なんだ。そのため、代理が必要とのこと。クラスのみんなは沈黙している。どうしよう。
そのとき、僕の中に僕の憧れのあの人なら、こんなときどうするだろう、という突飛な考えが浮かんだ。彼だったら、率先して引き受けるのではないか――そう思った僕は、思わず手を挙げた。
「あの、僕……やってもいいですか」
先生やクラスメイトが一斉に僕のことを見る。
「泉くん、いいの?」
「はい」
「みんな、いいかしら?」
先生の確認の質問に。満場一致の拍手が聞こえてきた。僕はなんだか気恥ずかしくなってきた。
「助かるぜ」
「ありがとう、引き受けてくれて」
クラスメイトからそんな言葉を次々にかけられる。困っているみんなのために動くこと。それは僕があの夏で学んだこと。ちっぽけだけれど、他人の役に立てたら、嬉しいと僕は思っている。
*
休み時間に僕は担任の先生から新入生歓迎会の新入生代表挨拶について話を聞いた。
この学校では生徒側が主体になってやる行事が多く、新入生歓迎会はそれの筆頭らしい。もちろん、取りまとめをする先生はいるとのこと。新入生歓迎会の進行などは生徒会メンバーや実行委員が中心となって動いているようで。
「放課後に実行委員の2年生が来るから、あとのことは実行委員の子に聞いてね」
担任の先生は話の終わりにそう言った。
「分かりました」と、僕は返事をした。
そして、放課後。
実行委員の先輩が僕の元へやってきた。
その先輩はなんと――
「よろしくお願いしま……って空さん!?」
「光子郎くん! どうして」
僕も空さんもお互いの顔を穴が開きそうなくらい見て、表情から驚きを隠すことが出来そうになかった。
*
「まさか空さんが新入生歓迎会の実行委員になっていたとは。僕、思いもしませんでしたよ」
「それはこっちのセリフよ。先生から泉、って名前を聞いてまさかとは思ったけど……。光子郎くんはこういうの、積極的にやるタイプじゃないでしょう? 何でまた代役を」
割と僕のことをよく知る空さんもそこは疑問に思ったようだ。なので、こっそりと憧れの人についての話をすることにした。
「クラスで他に誰も引き受ける人がいなかったのもありますけど……ちょっとお恥ずかしい話なんですが。太一さんならこんなとき引き受けるかな、と思いまして。空さんはそうは思いません?」
僕の憧れの人。そう、それは太一さんのことだ。
「ああ、それはなんとなく分かる気がする。太一もなんだかんだ言って面倒見ちゃうタイプだし」
空さんはしみじみしながらそう言った。
「光子郎くんでも恋人に影響されちゃうのね」
意外そうな顔をしながら空さんは言った。恋人に影響される、その言葉に僕は急に恥ずかしさがこみ上げてきた。
「い、いまの話は太一さんには秘密にしておいてくださいね」
「大丈夫、分かっているわ。安心してね」
「ありがとうございます」
歩いていた空さんがある教室の前で足を止めた。どうやら目的地に着いたらしい。
「ここが生徒会室よ。この中で太一を待たせているの」
他の教室は引き戸だけれど、生徒会室はドアノブ式のドアだった。この扉の向こうに太一さんがいる。
「じゃあ、太一に話してくるから、光子郎くんはここで待っていてね。ドッキリの種明かし、あたし楽しみにしているから」
笑顔を見せながらそう言って、空さんは生徒会室の中に入っていった。
それから数分後。
「泉くん、入ってきて」
中から空さんの合図の声がした。敢えての実行委員の先輩としての呼びかけ。これならそのときまで太一さんに気付かれないだろう。
空さんの配慮に感謝しつつ、僕は生徒会室のドアを開けて中で待つ人物に向かってこう言った。
「お久しぶりです、八神先輩」
