第二ボタンと新しい制服
まずは第二ボタンの話からだ。
時を遡ること一年二ヶ月前。2004年の2月末。太一さんがあと一ヶ月もしないで中学を卒業するというころだった。
「もうすぐ卒業ですね」
僕はそれまでの一年間を感慨深く思いながら、太一さんに向かってそう言った。
「この一年、あっという間だったよ。ほんと、ありがとうな」
「いいえ、どういたしまして。でも太一さん、お礼を言うにはまだ早いですよ? それは来週の高校入試で志望校に受かってから言ってもらえると――」
僕がそう言うと、太一さんは痛いところを突かれた、というような顔をした。
「ああ、わりぃ。そうだった」
「まだ気を抜かないでくださいね。僕があれだけ受験勉強にお付き合いしたんですから、受かってもらわないと困ります」
「うえー。手厳しいなあ」
「当然です。僕は太一さんの家庭教師を引き受けていたんですから。責任がありますし」
僕の口から出る言葉は若干厳しくなる。肝心の入試前に気が緩んで、それまでの頑張りが無駄になってしまうのはとてももったいない。
「それ、光子郎だけじゃなく、オレも責任重大じゃん」
太一さんは大きなため息をついた。
「あと少しの辛抱ですから。頑張りましょう?」
「ああ、頑張るさ。しっかし、入試が終わったらオレも中学卒業か。もうあの制服を着ることも無くなっちまうんだな」
太一さんの言葉を聞いて、僕は思わず胸が痛んだ。そう、太一さんと同じ学校で過ごせるのもあとわずかなのだ――
「あの、中学を卒業される前に、太一さんにお願いがあるのですが」
「ん、なんだ?」
「卒業式が終わってからでいいので、制服の上着の第二ボタンを僕に譲って貰えませんか?」
僕は緊張していた。太一さんは人気者だから、もうすでに誰かに第二ボタンをあげる約束をしてしまっているんじゃないかと、僕は内心不安だった。
だけど、僕のそんな不安をよそに、太一さんから返ってきた言葉はこんなものだった。
「第二ボタン? そんなもの、貰ってどうするんだ?」
僕は思わず拍子抜けした。
「あ、あの……もしかして、ご存知ないですか?」
恐る恐る聞いてみると。太一さんはぽんと手を打った。
「あ。もしかして卒業式のイベント的なやつ」
「そうです」
「オレ、受験勉強で必死だったからすっかり忘れていたよ」
太一さんはすまなそうに頭を掻いていた。
僕は改めて太一さんにお願いをしてみた。
「もし、太一さんが誰かにあげる約束がなければ、僕、太一さんの第二ボタン欲しいです。ダメでしょうか」
太一さんの返事は即答だった。
「いいぜ」
「え、いいんですか?」
「おう、もちろん。光子郎の頼みなら聞いてやるよ」
そして照れた顔をしてこう続けた。
「卒業式も恋人らしいことしたいしな。第二ボタン、約束な」
それを聞いて、僕は嬉しい気持ちでいっぱいになった。
「ありがとうごさいます」
「第二ボタンさ、卒業式のあとに渡すから。それまで待っていてくれ」
「もちろんです。よろしくお願いします」
こうして僕は太一さんから第二ボタンを譲り受ける約束をした。
そして迎えた太一さんの卒業式当日。
式典は滞りなく終了し、校庭・校舎の昇降口・廊下は、友達や先生、校舎に別れを惜しむ先輩たち・在校生たちでごった返していた。僕は太一さんと事前に約束をしていた待ち合わせの場所へ向かった。
「あ、いた! たいちさ……」
「八神センパーイ!」
「ご卒業おめでとうございます!」
(……)
太一さんの周りには、おそらくサッカー部での太一さんのファンらしき女の子たちがたくさんいた。
(分かってはいたけれど、これじゃ太一さんに近寄れない)
太一さんも僕に気付いてはいるようだった。でも、目の前にいる女の子たちをおざなりに出来ないようで、笑顔こそ見せていたけれど、困った様子を見せていた。そんなとき、
「いずみせーんぱい!」
と、背後からいきなり声をかけられた。思わずビクッとしながら振り向くと、そこにいたのは京くんだった。
「なんだ……京くんでしたか」
「もう、そんなに驚かないでくださいよお。あたし、先輩に普通に声かけたつもりだったのに」
「僕にとっては不意打ちだったんです。でも、すみません」
苦笑いを浮かべつつ、僕は京くんに謝った。
「で、泉先輩はこんなところでなにしているんですか? なにか困ったことでも?」
この言葉を聞いた瞬間、思わぬ助け舟かもしれない。僕はそう感じて、現状打破のため、京くんに思い切って相談した。
「なるほど。つまり先輩は太一さんとふたりきりになりたいんですね! 卒業式といえば、卒業しちゃう好きな先輩に告白が定番……って先輩と太一さんはすでに恋人同士でしたね! 失敬、失敬」
「京くん、声が大きいです……。誰が聞いているか分からないんですから」
僕は慌てた。太一さんはサッカー部でエースを張っていて目立つ存在で、さらに分け隔てをしない性格のため男女問わず人気者なのだ。そんな人と僕はお付き合いしている、というだけでも恐れ多いのに、大多数の人の前でバレたら……末恐ろしい。
「そんなに心配しなくとも。みんなおしゃべりに夢中で、あたしたちの話なんて聞いていませんよ」
周りを見渡すと、思い思いの先輩に対して夢中で話している人ばかりで、僕や京くんの話に聞き耳を立てるような人物は京くんの言う通り、確かに見当たらない。ひとまず僕はホッと胸を撫で下ろした。
「よーし。泉先輩と太一さんの恋路を応援するこの井ノ上京が、泉先輩のためにあの群衆の中から太一さんを連れ出して来ます! 泉先輩、これ」
そう言って京くんが僕に差し出したのは、パソコン部の部室であるパソコンルームの鍵だった。副部長である彼女が鍵を持っているのは、なんらおかしなことではないのだけど。何故いま持っているのか、と聞こうとしたとき、
「先輩は先に、パソコンルームに行って待機していてください。あたし、太一さんを必ず泉先輩の元へ連れて行きますから!」
笑顔でそう言ったあと、京くんは勢いよく群衆の中へと突撃して行った。彼女の勢いに完全に気圧されつつ、僕は彼女のことが心配だったから、京くんが太一さんへのコンタクトに成功するまで、その場で様子を伺うことにした。
「やがみせーんぱーい!」
大きく手を振る京くんの呼びかけに気付いた太一さんが京くんのほうを向いた。
「おう、みや……じゃなかった。井ノ上じゃないか。どうした?」
このやりとりを聞いて「あれ?」と思う人も多いだろう。京くんは中学に入ってから、元から名字で先輩呼びをしている僕以外の……太一さん、ヤマトさん、空さんのことを、学校内にいるとき限定で「八神先輩」「石田先輩」「武ノ内先輩」と呼ぶことにしたらしい。もちろん、本人の了承済みだ。
男同士だとたいして気にならないのだけど、女の人の界隈はなにかと難しいらしい。大変そうだ。
確かに、元々さほど目立たない僕はともかくとして、太一さんはサッカーで、ヤマトさんはバンドで、空さんはテニスを始めとする運動全般で知名度がある。それに。サッカー部のエースだった太一さん以上に、ヤマトさんは中学生人気バンドのヴォーカル兼ベースとして、おそらく校内で知らぬ人はいないくらいの有名人だ。
そんな相手に対して学校内で馴れ馴れしく、下の名前で「ヤマトさん」と呼んだりしたら……きっと刺される。そんな気がする。僕は身震いがした。
時折暴走することもある京くんだけれど、そういう点については、上にお姉さんがふたりいるだけあって、女の人の人間関係のアレコレは分かっているんじゃないかと……勝手ながら僕はそう思っている。
話を戻そう。ここから京くんと太一さんの短いやりとりだ。
「センパイ、お取込み中大変恐縮なんですけどー。二年間お世話になったお礼を、直接、どうしても言いたいっていう、センパイもよーく知る男子生徒がいまして。あたし、その人のことパソコンルームで待たせているんですけど、いますぐ来ていただく、ってこと出来ますか?」
遠巻きに京くんの言い分を聞いていた僕は、思わず舌を巻いた。なるほど。そういう言い方があるのか。
「そうか。分かった、いますぐ行くから」
太一さんは周囲にいた女の子に詫びを入れて、京くんとともに群衆の中から抜け出し始めた。
「京くんすごいなあ……って! のんびりと感心している場合じゃなかった!」
僕は慌てて、待ち合わせ場所であるパソコンルームへと急いだ。
なんとか先回りしてパソコンルームの出入り口にたどり着いた僕は、ふたりが来るのをいまかいまかと待ちわびていた。すると5分ほどで、聞き慣れたふたつの声がこちらに近づいてきた。
「なあ、京。さっき言っていた男子生徒ってさ。もしかしなくても、パソコン部の部長?」
「ビンゴです」
「お。それ、久々に聞いたな」
「あたしもいつもいつでも、言うわけじゃないですけどねっ……あー! 先輩、お待たせしましたあ」
京くんは笑顔でこちらに向かって手を振り、走ってきた。
そして。どんどん僕と彼の距離が近づいてくる。
「京くんの行動力にはいつも驚かされてばかりです。おかげで助かりました」
そう言ったとき、彼との距離が一メートル以内になった。
「オレも全くの同感だ。ありがとな、京」
「いえいえ。どういたしまして」
京くんがお礼を言ったとき、彼は僕のすぐ目の前で立ち止まった。僕の目の前にいる彼は、すまなそうな顔をして僕に向かってこう言った。
「光子郎。待たせて悪かった。ごめんな」
「いえ、大丈夫です。太一さん、あの……ご卒業おめでとうございます」
僕が心からの祝辞を述べると。
「ありがとう」
太一さんは心からの笑顔で返事をした。
時を遡ること一年二ヶ月前。2004年の2月末。太一さんがあと一ヶ月もしないで中学を卒業するというころだった。
「もうすぐ卒業ですね」
僕はそれまでの一年間を感慨深く思いながら、太一さんに向かってそう言った。
「この一年、あっという間だったよ。ほんと、ありがとうな」
「いいえ、どういたしまして。でも太一さん、お礼を言うにはまだ早いですよ? それは来週の高校入試で志望校に受かってから言ってもらえると――」
僕がそう言うと、太一さんは痛いところを突かれた、というような顔をした。
「ああ、わりぃ。そうだった」
「まだ気を抜かないでくださいね。僕があれだけ受験勉強にお付き合いしたんですから、受かってもらわないと困ります」
「うえー。手厳しいなあ」
「当然です。僕は太一さんの家庭教師を引き受けていたんですから。責任がありますし」
僕の口から出る言葉は若干厳しくなる。肝心の入試前に気が緩んで、それまでの頑張りが無駄になってしまうのはとてももったいない。
「それ、光子郎だけじゃなく、オレも責任重大じゃん」
太一さんは大きなため息をついた。
「あと少しの辛抱ですから。頑張りましょう?」
「ああ、頑張るさ。しっかし、入試が終わったらオレも中学卒業か。もうあの制服を着ることも無くなっちまうんだな」
太一さんの言葉を聞いて、僕は思わず胸が痛んだ。そう、太一さんと同じ学校で過ごせるのもあとわずかなのだ――
「あの、中学を卒業される前に、太一さんにお願いがあるのですが」
「ん、なんだ?」
「卒業式が終わってからでいいので、制服の上着の第二ボタンを僕に譲って貰えませんか?」
僕は緊張していた。太一さんは人気者だから、もうすでに誰かに第二ボタンをあげる約束をしてしまっているんじゃないかと、僕は内心不安だった。
だけど、僕のそんな不安をよそに、太一さんから返ってきた言葉はこんなものだった。
「第二ボタン? そんなもの、貰ってどうするんだ?」
僕は思わず拍子抜けした。
「あ、あの……もしかして、ご存知ないですか?」
恐る恐る聞いてみると。太一さんはぽんと手を打った。
「あ。もしかして卒業式のイベント的なやつ」
「そうです」
「オレ、受験勉強で必死だったからすっかり忘れていたよ」
太一さんはすまなそうに頭を掻いていた。
僕は改めて太一さんにお願いをしてみた。
「もし、太一さんが誰かにあげる約束がなければ、僕、太一さんの第二ボタン欲しいです。ダメでしょうか」
太一さんの返事は即答だった。
「いいぜ」
「え、いいんですか?」
「おう、もちろん。光子郎の頼みなら聞いてやるよ」
そして照れた顔をしてこう続けた。
「卒業式も恋人らしいことしたいしな。第二ボタン、約束な」
それを聞いて、僕は嬉しい気持ちでいっぱいになった。
「ありがとうごさいます」
「第二ボタンさ、卒業式のあとに渡すから。それまで待っていてくれ」
「もちろんです。よろしくお願いします」
こうして僕は太一さんから第二ボタンを譲り受ける約束をした。
そして迎えた太一さんの卒業式当日。
式典は滞りなく終了し、校庭・校舎の昇降口・廊下は、友達や先生、校舎に別れを惜しむ先輩たち・在校生たちでごった返していた。僕は太一さんと事前に約束をしていた待ち合わせの場所へ向かった。
「あ、いた! たいちさ……」
「八神センパーイ!」
「ご卒業おめでとうございます!」
(……)
太一さんの周りには、おそらくサッカー部での太一さんのファンらしき女の子たちがたくさんいた。
(分かってはいたけれど、これじゃ太一さんに近寄れない)
太一さんも僕に気付いてはいるようだった。でも、目の前にいる女の子たちをおざなりに出来ないようで、笑顔こそ見せていたけれど、困った様子を見せていた。そんなとき、
「いずみせーんぱい!」
と、背後からいきなり声をかけられた。思わずビクッとしながら振り向くと、そこにいたのは京くんだった。
「なんだ……京くんでしたか」
「もう、そんなに驚かないでくださいよお。あたし、先輩に普通に声かけたつもりだったのに」
「僕にとっては不意打ちだったんです。でも、すみません」
苦笑いを浮かべつつ、僕は京くんに謝った。
「で、泉先輩はこんなところでなにしているんですか? なにか困ったことでも?」
この言葉を聞いた瞬間、思わぬ助け舟かもしれない。僕はそう感じて、現状打破のため、京くんに思い切って相談した。
「なるほど。つまり先輩は太一さんとふたりきりになりたいんですね! 卒業式といえば、卒業しちゃう好きな先輩に告白が定番……って先輩と太一さんはすでに恋人同士でしたね! 失敬、失敬」
「京くん、声が大きいです……。誰が聞いているか分からないんですから」
僕は慌てた。太一さんはサッカー部でエースを張っていて目立つ存在で、さらに分け隔てをしない性格のため男女問わず人気者なのだ。そんな人と僕はお付き合いしている、というだけでも恐れ多いのに、大多数の人の前でバレたら……末恐ろしい。
「そんなに心配しなくとも。みんなおしゃべりに夢中で、あたしたちの話なんて聞いていませんよ」
周りを見渡すと、思い思いの先輩に対して夢中で話している人ばかりで、僕や京くんの話に聞き耳を立てるような人物は京くんの言う通り、確かに見当たらない。ひとまず僕はホッと胸を撫で下ろした。
「よーし。泉先輩と太一さんの恋路を応援するこの井ノ上京が、泉先輩のためにあの群衆の中から太一さんを連れ出して来ます! 泉先輩、これ」
そう言って京くんが僕に差し出したのは、パソコン部の部室であるパソコンルームの鍵だった。副部長である彼女が鍵を持っているのは、なんらおかしなことではないのだけど。何故いま持っているのか、と聞こうとしたとき、
「先輩は先に、パソコンルームに行って待機していてください。あたし、太一さんを必ず泉先輩の元へ連れて行きますから!」
笑顔でそう言ったあと、京くんは勢いよく群衆の中へと突撃して行った。彼女の勢いに完全に気圧されつつ、僕は彼女のことが心配だったから、京くんが太一さんへのコンタクトに成功するまで、その場で様子を伺うことにした。
「やがみせーんぱーい!」
大きく手を振る京くんの呼びかけに気付いた太一さんが京くんのほうを向いた。
「おう、みや……じゃなかった。井ノ上じゃないか。どうした?」
このやりとりを聞いて「あれ?」と思う人も多いだろう。京くんは中学に入ってから、元から名字で先輩呼びをしている僕以外の……太一さん、ヤマトさん、空さんのことを、学校内にいるとき限定で「八神先輩」「石田先輩」「武ノ内先輩」と呼ぶことにしたらしい。もちろん、本人の了承済みだ。
男同士だとたいして気にならないのだけど、女の人の界隈はなにかと難しいらしい。大変そうだ。
確かに、元々さほど目立たない僕はともかくとして、太一さんはサッカーで、ヤマトさんはバンドで、空さんはテニスを始めとする運動全般で知名度がある。それに。サッカー部のエースだった太一さん以上に、ヤマトさんは中学生人気バンドのヴォーカル兼ベースとして、おそらく校内で知らぬ人はいないくらいの有名人だ。
そんな相手に対して学校内で馴れ馴れしく、下の名前で「ヤマトさん」と呼んだりしたら……きっと刺される。そんな気がする。僕は身震いがした。
時折暴走することもある京くんだけれど、そういう点については、上にお姉さんがふたりいるだけあって、女の人の人間関係のアレコレは分かっているんじゃないかと……勝手ながら僕はそう思っている。
話を戻そう。ここから京くんと太一さんの短いやりとりだ。
「センパイ、お取込み中大変恐縮なんですけどー。二年間お世話になったお礼を、直接、どうしても言いたいっていう、センパイもよーく知る男子生徒がいまして。あたし、その人のことパソコンルームで待たせているんですけど、いますぐ来ていただく、ってこと出来ますか?」
遠巻きに京くんの言い分を聞いていた僕は、思わず舌を巻いた。なるほど。そういう言い方があるのか。
「そうか。分かった、いますぐ行くから」
太一さんは周囲にいた女の子に詫びを入れて、京くんとともに群衆の中から抜け出し始めた。
「京くんすごいなあ……って! のんびりと感心している場合じゃなかった!」
僕は慌てて、待ち合わせ場所であるパソコンルームへと急いだ。
なんとか先回りしてパソコンルームの出入り口にたどり着いた僕は、ふたりが来るのをいまかいまかと待ちわびていた。すると5分ほどで、聞き慣れたふたつの声がこちらに近づいてきた。
「なあ、京。さっき言っていた男子生徒ってさ。もしかしなくても、パソコン部の部長?」
「ビンゴです」
「お。それ、久々に聞いたな」
「あたしもいつもいつでも、言うわけじゃないですけどねっ……あー! 先輩、お待たせしましたあ」
京くんは笑顔でこちらに向かって手を振り、走ってきた。
そして。どんどん僕と彼の距離が近づいてくる。
「京くんの行動力にはいつも驚かされてばかりです。おかげで助かりました」
そう言ったとき、彼との距離が一メートル以内になった。
「オレも全くの同感だ。ありがとな、京」
「いえいえ。どういたしまして」
京くんがお礼を言ったとき、彼は僕のすぐ目の前で立ち止まった。僕の目の前にいる彼は、すまなそうな顔をして僕に向かってこう言った。
「光子郎。待たせて悪かった。ごめんな」
「いえ、大丈夫です。太一さん、あの……ご卒業おめでとうございます」
僕が心からの祝辞を述べると。
「ありがとう」
太一さんは心からの笑顔で返事をした。
