第二ボタンと新しい制服
「みなさーん」
そこへ突然、よく知る声がオレたちの耳に聞こえた。声のするほうを見ると伊織が大荷物を抱えてやってきた。
「おう、伊織!」
「遅くなって……すみません」
伊織は息を切らせている。
「うわ! 伊織くん、大丈夫? 持つよ」
タケルが心配そうに伊織のほうへ近づいた。
「だ、大丈夫です。……ちょっと、走って、きました……ので」
よいしょっと、と伊織は持ってきていたスポーツバッグを隣の席の机の上に置いた。
「すごい荷物ね」
「その中身、何?」
ヒカリと京が尋ねたと同時に。
「ウパッ!」
荷物の中身が弾けた。
「く、苦しかった~」
「!?」
スポーツバッグの中からはウパモンやポロモン、チビモン、パタモンにテイルモンが次々と出てきたのだ。
「だいすけぇ~! 腹減ったあ~」
「チビモン! おまえ、あんな狭いとこに入っていたのか」
「ポー!」
「ぽ、ポロモン!? どうしちゃったの」
暑さにやられたらしいポロモンは京並みに暴走しそうだった。
「暑かったわ……」
「テイルモンお疲れ様。ジュース、飲む?」
「ありがとう、いただくわ」
バテ気味のテイルモンをヒカリはねぎらう。
「みんな、その荷物何、ってひどい! ボクたちのこと忘れないでよぉ!」
「ごめん、パタモン。スポーツバッグじゃ中身が見えないからね」
パタモンの文句にタケルは苦笑いした。
「伊織くんもごめん、迷惑かけて」
「いえ、いいんですタケルさん。ウパモンたちもこっちの世界に慣れているとは言っても、みんなで動き回るのは大変ですし。それに僕は剣道で鍛えていますから問題ありませんので」
伊織はオレたちに向き直り、丁寧にお辞儀をしながら
「改めて、お久しぶりです」と言った。
「ちょっと見ない間に背、ずいぶん伸びましたね」
「そ、そうですか?」
伊織は照れながら答えた。伊織の現在の身長は五年生の時のヒカリより少し上くらいで、三年生の頃とはまるで別人のようだ。本人もさっき言っていたけれど、剣道のおかげか身体が細身でもしっかりしていて意外に力持ちになっている。
「あの……おふたりの仲が良さそうで良かったです。光子郎さんのらしくない無茶振りの件で、勝手ながら心配していたのですが」
無茶振りの件、というのは恐らくオレへのドッキリのことだろう。
「ああ……あの節はすみませんでした……」
光子郎はすまなそうに俯く。
「いいえ。企画自体は僕も楽しみましたし、成功して安心しましたので。お元気そうで何よりです」
「伊織くんも相変わらずですね」
「ええ、みなさん中学生になられたので、少し寂しくはあるんですけど」
「お台場小も伊織だけになっちまったんだもんなあ」
京は一足先に中学生になっていたけれど、ヒカリやタケル、大輔がお台場中に進学したため、お台場小にいるのはいまや伊織だけなんだ。
「別に、それは去年からですから大丈夫ですよ。あ、あと副部長ではありますが、パソコン部のことも頑張っていますから安心してください」
伊織の言葉に光子郎は安心したように笑顔を見せた。
「パソコン部……? あーーーっ!!!」
「な、なんだよ京、急にでかい声出すなって」
椅子から立ち上がり、大声を出した京に大輔が情けない声を出すと。
「泉先輩に頼んでいたディスク! すっかり忘れてた」
京が金切り声で言った。
「京くんがいつ言いだすかずっと気にしていたんですよ」
「もう、泉先輩。それならそうと、早く言ってくださいよぉ!」
光子郎はすぐ渡せるように用意していたらしいディスクを京に手渡した。
「でも、泉先輩はお仕事が早くて助かります♡」
「いえいえ。恐らくそのプログラムで問題無いとは思いますが、また修正が必要でしたら言ってくださいね」
「はーい! 頼りにしてます♡」
京は満面の笑みで返事した。そして、伊織のほうを向くと、
「ね、いーおり。最近、カノジョとはどーなのよ?」と質問した。
「えっ! 京さん、唐突な質問ですね……」
「近況報告ならそれも聞かないとっ」
京からの突然の振りに戸惑う伊織だったけれど、すぐに落ち着き直し、「まあ、順調です」と答えた。
「や~ん! いいわねえ。ラブラブなんでしょ?」
「え、別に普通ですよ」
「くそ~~伊織のやつ、羨ましいぜ」
「まあまあ、落ち着けって」
心なしか歯をギリギリとさせている大輔を賢がなだめていた。
「でも、僕なんてまだまだですよ。彼女はとても優しい人ですが、僕ももっと人間を磨かなくてはと思っています」
「それ、小学生が言うセリフとは思えないね」
タケルの的確なツッコミにみんなでどっと笑った。
「それにしても泉先輩と太一さんって相変わらずラブラブなんですね」
京の言葉に「まあな」と胸を張って答える。
「えっ、分かりますか?」
「先輩たちの空気感でバレバレですよお♡」
「そ、そうですか……」
光子郎は恥ずかしげにうつむいた。
「先輩方の恋人付き合いって、始めて何年ですか?」
「んーと。オレが中三になってからだから……かれこれ二年ぐらいになるのか?」
「たぶんそうです」
「たぶんって。気にしてないんですか?」
伊織が驚いたように言った。
「僕と太一さんは昔から一緒にいますからね。年数とかはあんまり」
「そうですよね、お兄ちゃんと光子郎さんは小学校のサッカークラブの時からだから……何年くらい経つのかしら」
「それでしたら6年ですね。初めてデジタルワールドへ行った年の4月にサッカークラブには入りましたので」
ヒカリと光子郎の会話を横目で聞いていてオレが思ったのは。
「よく覚えているよな」
「そのくらいは普通ですよ」
「泉先輩にとっては、太一さんと出会った大事なポイントですもんね」
そう言いながら京はニヤニヤしている。
「でも、僕も付き合って何年何日目、とかそういうのは気にしませんね」
「もしかすると。同性同士だと記念日とか気にしなくて済むのかもしれませんね」
伊織がなぜか感心している。
「僕は自分の部屋のカレンダーや手帳に記念日をメモしていますから」
「え~! 意外 !」
「伊織くんってマメなのね」
京とヒカリが驚きと感心の声を上げた。
「彼女は別にそういうのにうるさい人ではないんですが、やはり覚えていると嬉しいみたいで。あと僕の性格的にきちんとしたいという思いがあってそうしています。あ、別に太一さんと光子郎さんがちゃんとしていないと言うわけではありませんので誤解しないでください」
最後にしっかりフォローを入れるのが伊織らしい。
「あはは、大丈夫ですよ。ですが、同性だろうが異性だろうが気にする人は気にすると思いますよ」
「まあ、でもオレたちお互いに無頓着なところあるし。ちょうどいいのかもな」
「そうですね」
「しかし、さすがにどちらが告白したかってのは覚えているんでしょう?」
「今日の伊織くん、攻めてるね」
珍しくタケルが茶々を入れた。そして、オレは伊織の問いかけに対して、
「あれ? オレが告白したんだっけ……?」と頭を悩ませた。
「そうですよ」と光子郎は苦笑いする。
「おまえからじゃなかったっけ?」
「いいえ、太一さんからですよ」
「あれれ……?」
「ちょっと? 太一さんしっかりしてください」
やばい。光子郎がこころなしか睨んでいる気がする。
そこにヒカリが思わぬ一言を発した。
「光子郎さん、かわいい」
「えっ! かわいい、ですか……?」
「そう、怒っているところとか。一生懸命で」
「女の子より恋する乙女! って感じがして萌えますよ、せーんぱい♡」
京の怪しい笑いに、光子郎は。
「なんか僕、変な汗出て来ました……」
ひきつった笑みを浮かべ、リュックからタオルを出して汗をぬぐい、ウーロン茶をがぶ飲みしていた。
「オレ、前から気になってたことがあるんですけど。質問していいっすか?」
「おう。なんだ、大輔」
「太一さんと光子郎さんってその……ホモなんすか」
その一言を耳にした光子郎は飲んでいたウーロン茶をグッと喉に詰まらせ、ゲホゲホとむせていた。
「大丈夫か」
慌ててオレはその背中をさすってやる。
「だ、大丈夫です……」
その言葉とは裏腹にゼイゼイ苦しそうだけど、なんとか笑顔を向けてきた。
「本宮、それ直球過ぎだぞ」
賢がある意味の問題発言をした大輔を咎めた。そしてオレは早速否定にかかる。
「ちげーよ大輔。オレの好きになったヤツがたまたま男だったってだけの話だよ」
「ええ!? そうなんっすか?」
「なんだよ。大輔はオレが男好きだと思っていたのか?」
その質問に大輔は素直に頷く。
「だって太一さん、女の子の話、あんまりしないから」
その発言にため息を吐きつつ弁明に入る。
「オレだってなあ、基本的には女の子が好きだぞ。だけどオレにとって、光子郎以上のヤツは、はっきり言っていない」
「え、そんじゃ、光子郎さんは……」
「僕も同じですよ。普通に女の子は好きです。でも……」
光子郎は真っ直ぐオレのほうを向いてこう続けた。
「太一さん以上の人に出会ったことないですし、僕にとって太一さんは大きな存在だから、ずっと太一さんのそばに居たいです。太一さんさえよければ、ですけど」
ここで、ふと気になったことを思い切って聞いてみた。
「それってオレが外交官目指すこととは関係なしに?」
すると間髪入れずに返事が返ってきた。
「もちろんです。僕にもやりたいことはありますが、あなたのことをそばで支えられたら本望ですから」
「マジで? すげえ嬉しい。光子郎大好き」
もう、みんながいるとかはどうでもよかった。オレは嬉しくて光子郎に抱きついたんだ。割とすぐ離れたけどな。
「わー、すごいノロけを見せられてお腹いっぱい」
「珍しいです、光子郎さんがノロけているところを見られるなんて」
「へ? 伊織くん、僕何か言っていました?」
光子郎はキョトンとしている。
「センパイ、なーにとぼけているんです? お熱いノロけしていたじゃないですか」
「えっ………?」
「『太一さんは僕にとって大きな存在で、ずっとそばにいたい』って。逆プロポーズみたいで素敵ですよ」
その一言で光子郎の顔色がサッと変わった。
「ぼ、僕はなにを言っているんでしょう!」
「言ったの、気付いてなかったんですか?」
タケルが驚きの声を上げた。
「む、無意識だったかもしれません」
「無意識!?」
「す、すげえ」
口々に驚きの声を上げるみんなの反応を見て、光子郎は慌てふためいた。
「い、いまの話は聞かなかったことにしてください!」
そこに伊織がすかさず、
「と言われましても、僕たち聞いてしまいましたし、聞いてしまったその事実は変えられません。時すでに遅しなので。光子郎さん、あきらめてください」
と冷静に畳み掛けた。
「大丈夫よ。光子郎さんとお兄ちゃんのことは、みんなもう分かりきっていることだもの」
「問題ありませんよ」
ヒカリと賢にそう慰められた光子郎は。
「ああ、僕としたことが……本当、恥ずかしい」
そう呟いて両の手で顔を覆い、がっくりとうなだれてしまった。
「まあまあ、光子郎。みんながオレたちの証人なんだし、それになによりこのオレが責任取ってやるから安心しろって」
ここで京が「キャ! 太一さんカッコいい~!」と歓声を上げた。すると。
「べ、べつに……太一さんに責任取ってもらわなくても構いませんけど」
光子郎からの思わぬつっけんどんな返しにオレは内心焦った。
「ぼ、僕は自分の意思で太一さんのそばにいるつもりですけど」
「光子郎さん、それ墓穴掘ってますよ」
タケルが満面の笑みを見せながらツッコミを入れた。それを聞いた光子郎は黙り込んだ。そして。
「ああ、僕もうなにも言いません……」
そう言って、頭を抱えて机に突っ伏してしまった。
「泉先輩って太一さんのことになるとまるで人が変わりますもんね」
「え、京くん。そんなに違いますか」
ガバッと顔を上げて周りを見渡しながら言った光子郎に、「それはもう」という満場一致の返事が返って来る。
「そ、そうですか……」
再び光子郎はがっくりとうなだれた。
「今日の光子郎さん、見ていてすごく面白い」
「普段は何事にも動じなくて、すごい才能人だって思っているけど。なんか、人間味溢れていていいよね」
ヒカリとタケルがしみじみしながら言った。
「あれでホモじゃないのか……」
「本宮?」
「な、なんだよ一乗寺……」
「太一さんと光子郎さんは真剣なのに軽んじてホモホモ言うんじゃない」
「なんだかんだ言って今日も平和ですね、京さん」
「泉先輩と太一さん界隈はね」
このように混迷を極めつつあるランチ会のようなものは、間もなくお開きとなった。そして、全員へ奢ることをなんとか回避出来て安堵していた、のだが。
「またなにかありましたら先輩に連絡しますね!」
「ええ。いつでも連絡ください。待っていますので」
それじゃ、と京は自宅マンションへと足を向けた。
ところが。
「あ、そーだ!」
と、ぐるっと向き直りこう言い放った。
「太一さん、今日は泉先輩とのノロけをたーくさん見せてもらえたんでチャラにしますけど、次こそは奢ってくださいね♡」
オレは「げ、覚えていたのか」とたじろいだ。
そこへ突然、よく知る声がオレたちの耳に聞こえた。声のするほうを見ると伊織が大荷物を抱えてやってきた。
「おう、伊織!」
「遅くなって……すみません」
伊織は息を切らせている。
「うわ! 伊織くん、大丈夫? 持つよ」
タケルが心配そうに伊織のほうへ近づいた。
「だ、大丈夫です。……ちょっと、走って、きました……ので」
よいしょっと、と伊織は持ってきていたスポーツバッグを隣の席の机の上に置いた。
「すごい荷物ね」
「その中身、何?」
ヒカリと京が尋ねたと同時に。
「ウパッ!」
荷物の中身が弾けた。
「く、苦しかった~」
「!?」
スポーツバッグの中からはウパモンやポロモン、チビモン、パタモンにテイルモンが次々と出てきたのだ。
「だいすけぇ~! 腹減ったあ~」
「チビモン! おまえ、あんな狭いとこに入っていたのか」
「ポー!」
「ぽ、ポロモン!? どうしちゃったの」
暑さにやられたらしいポロモンは京並みに暴走しそうだった。
「暑かったわ……」
「テイルモンお疲れ様。ジュース、飲む?」
「ありがとう、いただくわ」
バテ気味のテイルモンをヒカリはねぎらう。
「みんな、その荷物何、ってひどい! ボクたちのこと忘れないでよぉ!」
「ごめん、パタモン。スポーツバッグじゃ中身が見えないからね」
パタモンの文句にタケルは苦笑いした。
「伊織くんもごめん、迷惑かけて」
「いえ、いいんですタケルさん。ウパモンたちもこっちの世界に慣れているとは言っても、みんなで動き回るのは大変ですし。それに僕は剣道で鍛えていますから問題ありませんので」
伊織はオレたちに向き直り、丁寧にお辞儀をしながら
「改めて、お久しぶりです」と言った。
「ちょっと見ない間に背、ずいぶん伸びましたね」
「そ、そうですか?」
伊織は照れながら答えた。伊織の現在の身長は五年生の時のヒカリより少し上くらいで、三年生の頃とはまるで別人のようだ。本人もさっき言っていたけれど、剣道のおかげか身体が細身でもしっかりしていて意外に力持ちになっている。
「あの……おふたりの仲が良さそうで良かったです。光子郎さんのらしくない無茶振りの件で、勝手ながら心配していたのですが」
無茶振りの件、というのは恐らくオレへのドッキリのことだろう。
「ああ……あの節はすみませんでした……」
光子郎はすまなそうに俯く。
「いいえ。企画自体は僕も楽しみましたし、成功して安心しましたので。お元気そうで何よりです」
「伊織くんも相変わらずですね」
「ええ、みなさん中学生になられたので、少し寂しくはあるんですけど」
「お台場小も伊織だけになっちまったんだもんなあ」
京は一足先に中学生になっていたけれど、ヒカリやタケル、大輔がお台場中に進学したため、お台場小にいるのはいまや伊織だけなんだ。
「別に、それは去年からですから大丈夫ですよ。あ、あと副部長ではありますが、パソコン部のことも頑張っていますから安心してください」
伊織の言葉に光子郎は安心したように笑顔を見せた。
「パソコン部……? あーーーっ!!!」
「な、なんだよ京、急にでかい声出すなって」
椅子から立ち上がり、大声を出した京に大輔が情けない声を出すと。
「泉先輩に頼んでいたディスク! すっかり忘れてた」
京が金切り声で言った。
「京くんがいつ言いだすかずっと気にしていたんですよ」
「もう、泉先輩。それならそうと、早く言ってくださいよぉ!」
光子郎はすぐ渡せるように用意していたらしいディスクを京に手渡した。
「でも、泉先輩はお仕事が早くて助かります♡」
「いえいえ。恐らくそのプログラムで問題無いとは思いますが、また修正が必要でしたら言ってくださいね」
「はーい! 頼りにしてます♡」
京は満面の笑みで返事した。そして、伊織のほうを向くと、
「ね、いーおり。最近、カノジョとはどーなのよ?」と質問した。
「えっ! 京さん、唐突な質問ですね……」
「近況報告ならそれも聞かないとっ」
京からの突然の振りに戸惑う伊織だったけれど、すぐに落ち着き直し、「まあ、順調です」と答えた。
「や~ん! いいわねえ。ラブラブなんでしょ?」
「え、別に普通ですよ」
「くそ~~伊織のやつ、羨ましいぜ」
「まあまあ、落ち着けって」
心なしか歯をギリギリとさせている大輔を賢がなだめていた。
「でも、僕なんてまだまだですよ。彼女はとても優しい人ですが、僕ももっと人間を磨かなくてはと思っています」
「それ、小学生が言うセリフとは思えないね」
タケルの的確なツッコミにみんなでどっと笑った。
「それにしても泉先輩と太一さんって相変わらずラブラブなんですね」
京の言葉に「まあな」と胸を張って答える。
「えっ、分かりますか?」
「先輩たちの空気感でバレバレですよお♡」
「そ、そうですか……」
光子郎は恥ずかしげにうつむいた。
「先輩方の恋人付き合いって、始めて何年ですか?」
「んーと。オレが中三になってからだから……かれこれ二年ぐらいになるのか?」
「たぶんそうです」
「たぶんって。気にしてないんですか?」
伊織が驚いたように言った。
「僕と太一さんは昔から一緒にいますからね。年数とかはあんまり」
「そうですよね、お兄ちゃんと光子郎さんは小学校のサッカークラブの時からだから……何年くらい経つのかしら」
「それでしたら6年ですね。初めてデジタルワールドへ行った年の4月にサッカークラブには入りましたので」
ヒカリと光子郎の会話を横目で聞いていてオレが思ったのは。
「よく覚えているよな」
「そのくらいは普通ですよ」
「泉先輩にとっては、太一さんと出会った大事なポイントですもんね」
そう言いながら京はニヤニヤしている。
「でも、僕も付き合って何年何日目、とかそういうのは気にしませんね」
「もしかすると。同性同士だと記念日とか気にしなくて済むのかもしれませんね」
伊織がなぜか感心している。
「僕は自分の部屋のカレンダーや手帳に記念日をメモしていますから」
「え~! 意外 !」
「伊織くんってマメなのね」
京とヒカリが驚きと感心の声を上げた。
「彼女は別にそういうのにうるさい人ではないんですが、やはり覚えていると嬉しいみたいで。あと僕の性格的にきちんとしたいという思いがあってそうしています。あ、別に太一さんと光子郎さんがちゃんとしていないと言うわけではありませんので誤解しないでください」
最後にしっかりフォローを入れるのが伊織らしい。
「あはは、大丈夫ですよ。ですが、同性だろうが異性だろうが気にする人は気にすると思いますよ」
「まあ、でもオレたちお互いに無頓着なところあるし。ちょうどいいのかもな」
「そうですね」
「しかし、さすがにどちらが告白したかってのは覚えているんでしょう?」
「今日の伊織くん、攻めてるね」
珍しくタケルが茶々を入れた。そして、オレは伊織の問いかけに対して、
「あれ? オレが告白したんだっけ……?」と頭を悩ませた。
「そうですよ」と光子郎は苦笑いする。
「おまえからじゃなかったっけ?」
「いいえ、太一さんからですよ」
「あれれ……?」
「ちょっと? 太一さんしっかりしてください」
やばい。光子郎がこころなしか睨んでいる気がする。
そこにヒカリが思わぬ一言を発した。
「光子郎さん、かわいい」
「えっ! かわいい、ですか……?」
「そう、怒っているところとか。一生懸命で」
「女の子より恋する乙女! って感じがして萌えますよ、せーんぱい♡」
京の怪しい笑いに、光子郎は。
「なんか僕、変な汗出て来ました……」
ひきつった笑みを浮かべ、リュックからタオルを出して汗をぬぐい、ウーロン茶をがぶ飲みしていた。
「オレ、前から気になってたことがあるんですけど。質問していいっすか?」
「おう。なんだ、大輔」
「太一さんと光子郎さんってその……ホモなんすか」
その一言を耳にした光子郎は飲んでいたウーロン茶をグッと喉に詰まらせ、ゲホゲホとむせていた。
「大丈夫か」
慌ててオレはその背中をさすってやる。
「だ、大丈夫です……」
その言葉とは裏腹にゼイゼイ苦しそうだけど、なんとか笑顔を向けてきた。
「本宮、それ直球過ぎだぞ」
賢がある意味の問題発言をした大輔を咎めた。そしてオレは早速否定にかかる。
「ちげーよ大輔。オレの好きになったヤツがたまたま男だったってだけの話だよ」
「ええ!? そうなんっすか?」
「なんだよ。大輔はオレが男好きだと思っていたのか?」
その質問に大輔は素直に頷く。
「だって太一さん、女の子の話、あんまりしないから」
その発言にため息を吐きつつ弁明に入る。
「オレだってなあ、基本的には女の子が好きだぞ。だけどオレにとって、光子郎以上のヤツは、はっきり言っていない」
「え、そんじゃ、光子郎さんは……」
「僕も同じですよ。普通に女の子は好きです。でも……」
光子郎は真っ直ぐオレのほうを向いてこう続けた。
「太一さん以上の人に出会ったことないですし、僕にとって太一さんは大きな存在だから、ずっと太一さんのそばに居たいです。太一さんさえよければ、ですけど」
ここで、ふと気になったことを思い切って聞いてみた。
「それってオレが外交官目指すこととは関係なしに?」
すると間髪入れずに返事が返ってきた。
「もちろんです。僕にもやりたいことはありますが、あなたのことをそばで支えられたら本望ですから」
「マジで? すげえ嬉しい。光子郎大好き」
もう、みんながいるとかはどうでもよかった。オレは嬉しくて光子郎に抱きついたんだ。割とすぐ離れたけどな。
「わー、すごいノロけを見せられてお腹いっぱい」
「珍しいです、光子郎さんがノロけているところを見られるなんて」
「へ? 伊織くん、僕何か言っていました?」
光子郎はキョトンとしている。
「センパイ、なーにとぼけているんです? お熱いノロけしていたじゃないですか」
「えっ………?」
「『太一さんは僕にとって大きな存在で、ずっとそばにいたい』って。逆プロポーズみたいで素敵ですよ」
その一言で光子郎の顔色がサッと変わった。
「ぼ、僕はなにを言っているんでしょう!」
「言ったの、気付いてなかったんですか?」
タケルが驚きの声を上げた。
「む、無意識だったかもしれません」
「無意識!?」
「す、すげえ」
口々に驚きの声を上げるみんなの反応を見て、光子郎は慌てふためいた。
「い、いまの話は聞かなかったことにしてください!」
そこに伊織がすかさず、
「と言われましても、僕たち聞いてしまいましたし、聞いてしまったその事実は変えられません。時すでに遅しなので。光子郎さん、あきらめてください」
と冷静に畳み掛けた。
「大丈夫よ。光子郎さんとお兄ちゃんのことは、みんなもう分かりきっていることだもの」
「問題ありませんよ」
ヒカリと賢にそう慰められた光子郎は。
「ああ、僕としたことが……本当、恥ずかしい」
そう呟いて両の手で顔を覆い、がっくりとうなだれてしまった。
「まあまあ、光子郎。みんながオレたちの証人なんだし、それになによりこのオレが責任取ってやるから安心しろって」
ここで京が「キャ! 太一さんカッコいい~!」と歓声を上げた。すると。
「べ、べつに……太一さんに責任取ってもらわなくても構いませんけど」
光子郎からの思わぬつっけんどんな返しにオレは内心焦った。
「ぼ、僕は自分の意思で太一さんのそばにいるつもりですけど」
「光子郎さん、それ墓穴掘ってますよ」
タケルが満面の笑みを見せながらツッコミを入れた。それを聞いた光子郎は黙り込んだ。そして。
「ああ、僕もうなにも言いません……」
そう言って、頭を抱えて机に突っ伏してしまった。
「泉先輩って太一さんのことになるとまるで人が変わりますもんね」
「え、京くん。そんなに違いますか」
ガバッと顔を上げて周りを見渡しながら言った光子郎に、「それはもう」という満場一致の返事が返って来る。
「そ、そうですか……」
再び光子郎はがっくりとうなだれた。
「今日の光子郎さん、見ていてすごく面白い」
「普段は何事にも動じなくて、すごい才能人だって思っているけど。なんか、人間味溢れていていいよね」
ヒカリとタケルがしみじみしながら言った。
「あれでホモじゃないのか……」
「本宮?」
「な、なんだよ一乗寺……」
「太一さんと光子郎さんは真剣なのに軽んじてホモホモ言うんじゃない」
「なんだかんだ言って今日も平和ですね、京さん」
「泉先輩と太一さん界隈はね」
このように混迷を極めつつあるランチ会のようなものは、間もなくお開きとなった。そして、全員へ奢ることをなんとか回避出来て安堵していた、のだが。
「またなにかありましたら先輩に連絡しますね!」
「ええ。いつでも連絡ください。待っていますので」
それじゃ、と京は自宅マンションへと足を向けた。
ところが。
「あ、そーだ!」
と、ぐるっと向き直りこう言い放った。
「太一さん、今日は泉先輩とのノロけをたーくさん見せてもらえたんでチャラにしますけど、次こそは奢ってくださいね♡」
オレは「げ、覚えていたのか」とたじろいだ。
