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第二ボタンと新しい制服

「あ、伊織から。到着まであと15分ぐらいだそうでーす」
 京が伊織からのメールの内容を報告してくれた。
「伊織くんに会うの、久しぶりだなあ」と、光子郎がつぶやく。
「先輩、伊織とどのくらい会ってないんですか?」
「そうですね……もう数ヶ月は会っていないかもしれません」
「そういや、オレもそのくらい……いや、もっと会っていないかもな」
 思い返すと、伊織と最後に会ったのは三月頃だった。三年前のあの日々を思うと当たり前だけれど、とても少なくなった。
「みんなで集まれるのも少なくなったよなあ」
 大輔が言うみんな、というのはきっと全員が集まるということだろう。
「学校が高校と中学と小学校だから仕方ないわ」
 寂しそうな大輔をヒカリがなぐさめた。と、ここで大輔が思い出したように、こんなことを言い出した。
「そういえばさ。光子郎さんに相談したいことあったよな。それってなんだっけ?」
「ああ、そうだったね。いろいろ話しているうちにすっかり忘れていた」
 タケルが相槌を打ちつつ苦笑いする。
「相談? なんだよ、相談って」
 オレがふたりに聞き返すと。
「近頃多発している迷いデジモンとゲートのことで、相談したかったんですよ」
 その言葉を聞いて、オレも光子郎もああ、と納得した。オレたちの世界とデジタルワールドの関係は問題が全くないとは言い切れないけれど、ずっと小康状態を保っていた。しかし近頃、世界各地で突然ゲートが開いてデジモンがこちらの世界にやってくるという、三年前と似たような事態が多発している。しかも原因は不明だ。オレたちはずっと、世界中の仲間たちと連絡を取り合ってはいるけれど、対策が追いつかないのが常の状態で困り果てていたのだ。
「先輩、なにかいい情報持っていたりしませんか?」
「うーん、それなんですけど……」
 京の質問に光子郎の表情は曇った。
「僕もいろいろと調査したり、ゲンナイさんたちにも聞いてみたりしているのですが……ゲンナイさんたちも原因が掴めないようで」
「そうなんですねー。先輩のトコでも分からないのかあ」
 京は大きなため息を吐いた。
「三年前からずっと、武之内教授のチームがデジタルワールドの研究を本格的に始めたとはいえ、公的な研究はまだまだですからね。そのうち、デジモンとデジタルワールドは僕たちだけの問題ではなくなるはずですので、国の機関での対応策が必要になってくると思われます」
「あれからますます選ばれし子どもの数は増えているんでしょう?」
 賢が光子郎に聞いた。
「ええ。この数は増えることはあっても、減ることはまずありえないと思います。この増え方はどうやら二進法だと思うのですが、僕と太一さん、ヒカリさんとタケルくんの代の1999年の時点で16人でした。一乗寺くんは大輔くんたちより前の代ですけど、大輔くんたちの代の2002年で128人です。単純計算でいけば、今年、2005年は2002年の人数から4倍の人数になっているはずです。つまり……1024人ですね。1999年から比べると、おおよそ32倍の人数です」
「そんなに!?」
 光子郎の話にみんなは感嘆の声を上げた。
「こちらに来るデジモンの数もますます増えていくでしょうし、それに伴った問題も急増していくのではないかと思います」
 デジタルワールドやデジモンたちと人間が近づくことにより生じる問題は簡単なことじゃないだろう。いままで存在を知らなかった人々のところへデジモンが現れたら、どんなことになるのだろうか。
「僕たち人間とデジモンたちの関係はまだまだ始まったばかりです。これからが大切なんだと思われます」
 みんなは黙って光子郎の話を聞いていた。ここでオレは口を開く。
「なあ、現実問題、オレたちの国のお偉いさんが把握しているのかっていうと……」
「そうなんですよね。そこが問題だと思います。デジタルワールドはおろか、デジモンすら認識していなさそうで……。僕たちが知らないだけなのかもしれませんけど」
 光子郎は難しい顔をした。
「うーん。デジタルワールドのそういう問題を取りまとめるような仕事ってないのかな」
 ため息を吐きながら言ったオレの一言にみんなは黙り込んだ。

     *

 黙り込む中でオレがふと思い出したのは、学校で五月の始めに配られた、一枚の紙のこと。
「進路希望調査か……」
 オレはその紙を見つめ、ため息を吐いていた。
 将来への希望がないわけではない。むしろ、大いにある。だけど。
 デジタルワールドに関わる仕事がしたいと思っても、あの世界の存在を知らない大人からしたら夢物語の空想話でしかない。
「とりあえず……大学は出なきゃ、だよなあ」
 ひとまず、調査用紙の「進学希望」のほうにマルを付けてそれを提出した。
 それから数日後。オレは学校近くの図書館にいた。
 職業に関する本を漁って読む。何冊も読みあさっても、異なる世界に関する職業のことなんて載っているはずもなく、オレはため息を吐いて本を閉じた。
(オレたちの中でデジモン関係に進むって決めているのって……)
 身近なところだと、ヒカリは幼稚園か保育園の先生になりたいと言っていた。いつかはデジモンも通園可の保育園が出来たらと、楽しそうにはるか先のことを見据えていた。そんな妹に、オレは心から尊敬する。
 光子郎は言わずもがなあの世界の研究者になるのだろうし、丈はデジモンの医者だし。タケルはあの夏の日についての小説を書いているって言っていたし……。
 悩んだオレは、その他のみんなに将来の夢を質問した。
「あたし、和風デザイナーに興味があるのよ」
 と言ったのは空。
「いまのところはバンドだけど、デジモンには一生関わりたい」とは、ヤマト。
「最近、お料理にハマってまーす☆ だから、勢いで料理研究家~! なんちゃって。新作出来たら、太一さん食べてくれる?」
 ……新作。ちょっと恐ろしい気がするミミちゃんの発言。
「オレ、ラーメン屋になる夢は変わってないっす。デジタマモン師匠、かなり厳しいんっすよ」
 大輔の夢はまっすぐ変わらず。
「賢くんのお嫁さんになりたい! これしかないです♡」
 一生懸命に賢にアタック中の京の夢。これもまたまっすぐな夢だな。
「お父さんは警察官でしたけど、僕は弁護士かなと。及川さんみたいな人を救いたいんです」
 伊織は立派な考えの持ち主だ。
「デジモンやデジタルワールドを悪意のある人々から守りたい。悪用されないように力を注ぎたいです」
 賢も力強く言う。
(みんな、割と具体的なことを考えているんだな)
 仲間たちの思い描く将来。その中でオレの進むべき道は何か。みんなの話を聞いて、ますます考えが行き詰っていた。
 そんなある日。家でなんとなく見ていたテレビのニュース。
『国交正常化に向け……◯◯国と△△国の首脳は……会談を通して』
(外交問題かあ。お偉いさんはいろいろ大変なんだな)
心の中でそう思った時。オレの頭の中に引っかかりが生まれた。
(……ん? 外交?)
 デジタルワールドに外交ってアリなのか?
 というかデジタルワールドって国なのか?
 そもそも外交ってどんな仕事をするんだ……?
 オレの中に、次々と疑問が浮かんだ。

   *

 沈黙の中で、真っ先に口を開いたのは光子郎だった。
「デジタルワールドは異なる次元の世界ですけど、デジタルワールドを外国、と捉えれば……その外国とやりとりする役割……外交官、という考えも出来ると思います」
「外交官、かあ」
 何気ないようにつぶやいたけれど、内心、オレは驚いていた。光子郎の口からオレが考えていたようなことと同じことを言われるとは思ってもみなかったからだ。
 奇しくも以前、職業に関する本を読みあさっていたときに、外交官にピンときたことがあった。だけど、その時は自信が持てなかったんだ。
「なあ、それってさ、デジタルワールドとオレたちの世界を繋ぐために働く外交官……ってことか?」
 オレが聞くと、光子郎は意外そうな顔をして、
「そういうことでしょうね」と言った。
「ノンキャリアでもなれないことはないと思いますが……外交官は難関大学の法学部出身者が多いようですね」
「やけに詳しいな」
 オレがそう言うと、光子郎は慌てた様子で、
「たまたま別の調べ物があって。それのついでに調べたんです」と答えた。もしかしたら、前に進路のことで悩みをポロっと漏らしたことがあったから、光子郎も調べてくれていたのかもしれない。
「なんか、難しそうだなあ……」
「僕は、太一さんに合っていると思いますよ?」
「え? マジで?」
「外交官に必要な交渉する能力もあると思いますし、何より社交的ですし。僕たちの先頭に立って、リーダーシップを発揮されるのは太一さんの才能だと思いますから」
 光子郎にそうやって褒められると照れる。
「い、いや……そんなこと、ねえけどさ」
「ただ、語学力は必要になりますけどね?」
「英語かあ~。オレ、英語得意じゃないんだよな」
 オレは思わず頭を抱えた。だけど。
「僕も得意ではないですけど、頑張ればその分、出来るようになります。太一さんは随分頑張っていますし、目標を掲げたほうがより一層頑張れるのではないでしょうか」
 普段からオレを見ていてくれているヤツのその言葉は、オレの中に割とすんなり落ちていった。
「そうだな。そうだよな、目標がはっきりすれば勉強も力を入れられるよな。……よし、オレ目指してみるかな。デジタルワールドの外交官を」
 オレはこの瞬間、静かに決意した。と、そこへヒカリが心配そうに、
「光子郎さん、外交官って確か国家公務員でしょう? お兄ちゃん、大丈夫なの? 試験とか」と言ってきた。
「いまから少しずつやれば、試験は大学が終わった先にあるだろ。大丈夫」
 静かに力強くヒカリに言った。
「デジモンのそういう省庁って聞いた事ないけど……」
 タケルが心配そうに言った。
「オレが作るよ。なければ作りゃいいだけさ」
「役所では前例がないことは難しいのではないでしょうか」
 賢が難しそうな顔をしている。
「あのな、前例が……ってのはよくある話だけど。デジモンとデジタルワールド関係に前例もなにもないじゃないか。丈だって前例のないデジモンの医者を目指しているんだ。そういう意味ではデジタルワールドの外交官だって同じさ。それにオレたちはいつだって未知の世界を突き進んできたんだし、道は作るモンだろ? 切り開いて見せる。だけどさ」
 オレは光子郎にニッと笑いかけながら言った。
「そこにおまえがいてくれたら……心強いし、嬉しい」
 すると、光子郎は嬉しそうにして、こう答えてくれた。
「僕に出来ることがあるなら、いつだって力になります」
「ありがとな、光子郎。頼りにしているから」
 本当は抱きしめたかったけれど、みんながいる手前、オレは光子郎の肩にポンと手を置いて我慢した。
「これがナチュラルのノロけ……」
「さすが、先輩たちは格が違うわね」
 感心したようにみんなにそう言われてオレたちは真っ赤になった。
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