第二ボタンと新しい制服
「ところで。今日のテストどうでした?」
昇降口に向かって歩きつつ、先ほどの甘い空気から現実に立ち返る。
「なんとか全問埋めたけど……合っているかは分からねえな。おまえは?」
「まあまあですね」
光子郎が発したその一言にオレは疑いの目を向けた。
「テストに関してのおまえの「まあまあ」は唯一信用ならないな」
「人によって出来た出来ないの基準が違うんですから仕方がないじゃないですか」
「それはそうだけど……」
それ以上言い返せない正論なだけにオレは肩をすくめた。
「僕の予測は、良くて中間の少し上、悪くて少し下でしょうか」
「それ、最低でも10位以内確定じゃんか」
オレが口を尖らせると、光子郎はにっこり笑って
「太一さんのおかげですから」と返した。
オレのおかげ。そう言われると結構……いや、かなり嬉しいけど。散々突き合った勉強会の成果です、と怖さすら感じる笑顔で返される。
「今週中に終わればいいのに、来週も残っているのがな」
来週に持ち越しで日程が残っている。あと二日間。
「土日に勉強出来るんですから、得点アップのチャンスですよ」
「んー、まあなあ」
「僕も自分のテスト勉強ありますけど、お手伝いできることはしますので頑張りましょう?」
「ん、サンキュ」
頼もしい恋人の一言に、昔よりは頑張っている勉強も、尚更頑張らなくてはと思う。
「それにしても、以前にも増して人が変わったように勉強されていますけど。受験はまだ早いでしょう? 何かあったんですか?」
光子郎の疑問はオレですらそうだなあと思うことだ。でも、それにはちゃんとした理由がある。
「勉強すればさ、道の開ける可能性が広がるって、最近分かってきたんだよ」
未来の可能性のために。勉強することは大事なことなんだ。
オレが勉強を頑張る理由にはもうひとつある。
「それにな。ただでさえおまえは頭いいのにさ、年々どんどんおまえと離れていく気がして。オレが頑張らないと光子郎の隣に並べないから。だから、オレは頑張るんだ」
笑顔でそう言い切ると。
「そ、そんなこと言われたら……ますます惚れちゃうじゃないですか」
恥ずかしそうに俯いてそう答えた。そんな光子郎に、
「おう。じゃんじゃん惚れてくれていいんだぜ?」
と、オレはにっこり笑って言い返した。
「そうだ。今日の勉強会はどうします? 僕の家に来ますか?」
「今週末は部活休みなんだ。だからさ、光子郎。オレの家に泊まりに来ないか?」
「おじゃまして大丈夫なんですか?」
「もちろん。オレは来てくれたら嬉しい」
ほんの少し黙って考えた後、すぐ笑顔になった。
「分かりました。それではお言葉に甘えておじゃまします」
「あーそれと。テスト期間中はいつも以上に運動不足になるからさ、今日は運動したいんだよな~。……ということでさ」
オレは不意に近づき、光子郎の耳元でこう囁いた。
「今夜、楽しみにしているからな」
すると見る見るうちに、その顔が真っ赤に染まった。
「なっ……! あなたは真っ昼間から何を言っているんですか!」
「おまえこそ、顔真っ赤にしてなに想像してんの。ん?」
「~~っっ!! 太一さん!!」
オレとのめくるめく、あれやこれやを思い出して赤面しているらしい様子を見て思わず顔がにやけてしまう。
「ほんとおまえってかわいーやつだな」
そしてたまらず光子郎の頬にキスをした。
頭が良くて、器用だからなんでも出来て、なおかつ可愛い。考えなくても凄いヤツな光子郎のことを誰にも渡したくない。今のところオレたちは相変わらずの両思いだし、お互いベタ惚れだけれど油断はできない。……そうだ。ずっとオレに惚れてさえいれば他の誰にも目が行かないハズ。現状に満足せずにもっと惚れさせなければとオレは密かに決意した。
「とにかく、楽しみにしているから覚悟しとけよ?」
「わ、分かりました……」
光子郎を惚れさせるチャンスはいくらでもある。決戦は今日の夜だ。
今日は金曜日。そういえば、「決戦は金曜日」なんてタイトルの曲あったなあ……とオレはお気楽に、だけどもしたたかに作戦を練りはじめた。
*
「昼飯はどうする? コンビニで何か買ってオレの_家に来るか?」
先走りすぎてしまった気持ちを落ち着かせて、この後の予定を光子郎に聞いた。
そうですね……と考えていた光子郎は何かを思い出したような表情をした。
「そういえば。今日はこのあと、京くんに頼まれていたディスクを渡す約束をしていたんです。太一さんの家におじゃまするのはそれからですね」
「そうか。じゃあお台場中に行くのか?」
「ええ。太一さんも行きますか?」
「おう。付いて行っていいなら」
「もちろんです」
京には昼飯は食べないまま会う予定だったらしく、その用事が終わってから昼飯を一緒に食べることになった。
京との待ち合わせ時間は1時半。今は12時45分。待ち合わせの時刻まではまだ時間がある。オレと光子郎はふたりで台場周辺を歩きでふらふらしていた。
オレは基本的に自転車通学だ。だけどそのときによって、電車にすることもある。それはテスト期間だったり、部活の遠征がある時だったりいろいろな事情によるのだけれど、結構光子郎に合わせているところがある。
今日はテスト期間ということもあり、部活の朝練もなかったし、一緒に登校する約束をしていて、電車でという話だったから、帰り道にこうやって自転車もなく歩いているんだけれど。
「腹減ったなあ」
「待ち合わせ、お昼食べてからにすれば良かったです」
いまオレたちは、ふたりで腹を空かせて途方に暮れていた。
しかもよりによって。オレたちの目の前には全国チェーンのハンバーガーショップがそびえ立っている。店の前にあったメニュー表にオレたちは揃って足を止める。普段食べているから味は分かりきっているけど、腹が減っているときは余計に美味しそうに見えるのが罪なやつだ。
「うまそうだな」
「そう、ですね」
メニュー表を恨めしく見ていたオレの頭にある考えが閃いた。
「なあ、光子郎。京にさ、待ち合わせ場所変更って言えないか?」
*
「ありがとうございました! ごゆっくりお召し上がりくださいませ」
結局、自分の腹の虫に勝てなかったオレたちは、京に連絡をして、この某ファーストフード店での待ち合わせを提案した。なにかを奢るという特典付きで。ふたりで奢る分のお金を出し合おう、というのはここだけの話だ。
オレたちの提案に京は二つ返事で「やったー! 行きます、行きます!」と快諾してくれた。意地を張らずに早く正直に聞いてみれば良かった、と言ったのは光子郎だ。
店で昼飯を買い終えたオレたちは二階の飲食スペースに向かい、広めのテーブルがある席に座った。光子郎の持っていたトレーを見やると飲み物らしきカップがふたつも乗っていた。
「おまえ、飲み物ふたつも買ったの?」
「片方はシェイクです。こちらはウーロン茶ですけど」
「シェイク? もしかして店の外のでかいポスターに載っていたやつ?」
「そうです」
「ひとくちちょーだい」
おねだりをすると「どうぞ」と言って紙のカップを差し出してきた。
「んー、美味い!」
「そのシェイク、美味しいですよね」
「……あ、オレのも食う?」
ハンバーガーのセットとは別に買ったパイを差し出した。
「いいんですか?」
「おう」
「ありがとうございます、いただきます」
同じものを共有して食べる、美味しそうに食べている顔を横目で見ていると幸せな気分になる。
するとそこへ、待ち人が現れた。
「太一さーん! 泉せんぱーい!」
「京くん」
「おう、待ってたぞ」
と声をかけると、京の後ろから、思わぬ声がした。
「お兄ちゃん!」
「太一さんこんにちは」
オレは驚いた。妹のヒカリ、それにタケルもいたからだ。
「なんだ、おまえたちも来たのか」
そのとき、ヒカリとタケルの後ろからよく見知った男子二人組がやってきた。
「あー! 太一さーん!」
「こんにちは、太一さん、光子郎さん」
大輔と賢だ。大輔はこちらに向かってすごく手を振ってきた。伊織やオレたち側のメンバーがオレと光子郎以外いないことを除けばいつものメンバーだな。
「こんにちは。……って、あれ? 一乗寺くん、今日学校は」
「そうだよな。お台場中はテスト期間なのは分かるけど……賢のとこもそうなのか?」
「あ、はい。そうなんです。それで早く学校が終わったのでお台場に来てしまいました」
「そうそう! みんなが誘ってくれたんだよね~」
「!?」
その声に驚いて賢の持っていたバッグを見ると。賢のパートナーであるワームモンが顔を覗かせていた……。
「ああ、美味しそうな匂いが…………ぎゃっ!」
「ワームモン、静かに! 誰かに見つかると大変だぞ」
「ごめん、つい……」
賢に咎められてワームモンは首を竦めた。
「ワームモンは相変わらずだな」
みんなで苦笑いした。
「で、おまえたちは昼飯食べに来たのか?」
「お兄ちゃんがお昼奢ってくれるって京さんから聞いたの。だから来たんだけど」
「太一さん、ゴチになります!」
「そーそー、太っ腹よね~。さすが高校生! ……って感じ?」
「はっ?」
口々に言われた言葉にオレは固まった。
「太一さん。どういうことなんでしょう」
光子郎が小声で耳打ちしてきた。
「知らねえよ。それはオレが聞きたい」
オレたちは困惑していた。
「太一さん、僕は悪いですから辞退しますよ。お気持ちだけで」
「一乗寺くんがそうするなら、僕もそうしようかな」
「高石、別に真似しなくていいよ」
「真似じゃなくて同意見なだけだよ」
賢とタケルはお互いに微笑み合っている。なんだか怖い。
「え~! 賢くんもタケルくんもそんなんでいいのぉ? せっかく太一さんが全員におごってくれるって言っていたのに」
おいおい、どこでそうなっちまったんだ。京にしか伝えていないのに、伝言ゲームでもなんでもないはずなのに。
「あのな、京。全員に奢るってそんなこと、オレ一言も言ってないぞ!!」
「あ、伊織からメールだわ。太一さん、伊織が遅れて来るそうでーす」
京はオレの話に聞く耳を持たない。伊織にも会えるのは嬉しいが、奢るか奢らないかの問題では余計な情報だ。一体オレは何人に奢らなきゃいけないんだ。
そりゃあ光子郎に奢るのは予算の範囲内でなら喜んでするけど、仲間とはいえバイトもしてない身としては6人、と一匹に奢るのはキツイ。ケチに思われるかもしれないけれど、こいつらは昼飯代を全部オレに請求してくるつもりだから数百円の世界でないことは確かで、数千円かかるだろう。賢とタケルが辞退してくれそうで少しは安心したけれど……他のメンバーへ奢るのを全力で回避しようと目論むことにした。そこへ、再び光子郎が耳打ちしてきた。
「太一さん」
「なんだ、光子郎」
「ここは話題をどことなく逸らしていけば、奢ることをみんな忘れるんじゃないでしょうか」
「それだ」
「僕も協力しますので」
「すまない、頼むぞ」
最後にアイコンタクトで頷いた。
「おふたりでなにナイショ話されているんですか?」
京が笑顔で切り込んできた。オレたちは慌てる。
「べ! 別になんでもねえよ。な?」
「は、はい……なんでもありませんよ」
「もしかして、デートの約束ですか?」
おいおい。そんなに堂々とデートの約束なんてしないぞ、とツッコミたくなったが、奢る約束を逸らすのにちょうどいいと、その話題に乗ることにした。
「いやいや、そんなんじゃないけどさ。ま、オレたちのデートといえば、勉強会がデートみたいなもんだからなあ」
「勉強会ですか、堅実ですね」
賢は感心していた。
「え、太一さんと光子郎さんは学年違うのに一緒に勉強するんっすか?」
大輔の素朴な疑問に、ヒカリが答えを言う。
「だってお兄ちゃんは光子郎さんに勉強教えてもらっているのよ?」
「やーだ、恋人が家庭教師ですか? 素敵♡」
「でもま、家庭教師が年下ってアレなんだけどな……」
オレは自分の状況を正直に話して苦笑いした。ヒカリと京は楽しそうにオレたちの話をしている。
「光子郎さん、テスト勉強の秘訣ってあるんですか?」
賢が光子郎に質問した。
「学校では授業をちゃんと聞いて、予習と復習を欠かさないのが一番の近道でしょうか」
「やっぱりそれが一番なんだ」
タケルは納得したように頷いている。
「オレ、テストダメダメだった~」
「大輔くん、あんなに一緒に勉強していたじゃないか」
「だってよお。あんな数式、意味分かんねえよ~」
「大輔、数学ならここに鬼コーチがいるから、聞けばなんでも答えてくれるぜ? な?」
「中学二年の数学でしたら、いくらでも大丈夫ですよ。今度お台場中に行きますので、その時にでも教えますから」
「神様……!」
大輔は涙を流しながら光子郎のことを拝んでいた。
「大輔くん、大げさですって。数学は出来るようになれば楽しいですから、頑張りましょう?」
「は、はい……!」
にこにこと微笑んでいる光子郎の腕を掴んで、
「なあ、オレが最優先なことは忘れるなよ?」
と耳元で囁いた。
「わ、分かっていますよ」
光子郎は苦笑いしながら返事をした。
昇降口に向かって歩きつつ、先ほどの甘い空気から現実に立ち返る。
「なんとか全問埋めたけど……合っているかは分からねえな。おまえは?」
「まあまあですね」
光子郎が発したその一言にオレは疑いの目を向けた。
「テストに関してのおまえの「まあまあ」は唯一信用ならないな」
「人によって出来た出来ないの基準が違うんですから仕方がないじゃないですか」
「それはそうだけど……」
それ以上言い返せない正論なだけにオレは肩をすくめた。
「僕の予測は、良くて中間の少し上、悪くて少し下でしょうか」
「それ、最低でも10位以内確定じゃんか」
オレが口を尖らせると、光子郎はにっこり笑って
「太一さんのおかげですから」と返した。
オレのおかげ。そう言われると結構……いや、かなり嬉しいけど。散々突き合った勉強会の成果です、と怖さすら感じる笑顔で返される。
「今週中に終わればいいのに、来週も残っているのがな」
来週に持ち越しで日程が残っている。あと二日間。
「土日に勉強出来るんですから、得点アップのチャンスですよ」
「んー、まあなあ」
「僕も自分のテスト勉強ありますけど、お手伝いできることはしますので頑張りましょう?」
「ん、サンキュ」
頼もしい恋人の一言に、昔よりは頑張っている勉強も、尚更頑張らなくてはと思う。
「それにしても、以前にも増して人が変わったように勉強されていますけど。受験はまだ早いでしょう? 何かあったんですか?」
光子郎の疑問はオレですらそうだなあと思うことだ。でも、それにはちゃんとした理由がある。
「勉強すればさ、道の開ける可能性が広がるって、最近分かってきたんだよ」
未来の可能性のために。勉強することは大事なことなんだ。
オレが勉強を頑張る理由にはもうひとつある。
「それにな。ただでさえおまえは頭いいのにさ、年々どんどんおまえと離れていく気がして。オレが頑張らないと光子郎の隣に並べないから。だから、オレは頑張るんだ」
笑顔でそう言い切ると。
「そ、そんなこと言われたら……ますます惚れちゃうじゃないですか」
恥ずかしそうに俯いてそう答えた。そんな光子郎に、
「おう。じゃんじゃん惚れてくれていいんだぜ?」
と、オレはにっこり笑って言い返した。
「そうだ。今日の勉強会はどうします? 僕の家に来ますか?」
「今週末は部活休みなんだ。だからさ、光子郎。オレの家に泊まりに来ないか?」
「おじゃまして大丈夫なんですか?」
「もちろん。オレは来てくれたら嬉しい」
ほんの少し黙って考えた後、すぐ笑顔になった。
「分かりました。それではお言葉に甘えておじゃまします」
「あーそれと。テスト期間中はいつも以上に運動不足になるからさ、今日は運動したいんだよな~。……ということでさ」
オレは不意に近づき、光子郎の耳元でこう囁いた。
「今夜、楽しみにしているからな」
すると見る見るうちに、その顔が真っ赤に染まった。
「なっ……! あなたは真っ昼間から何を言っているんですか!」
「おまえこそ、顔真っ赤にしてなに想像してんの。ん?」
「~~っっ!! 太一さん!!」
オレとのめくるめく、あれやこれやを思い出して赤面しているらしい様子を見て思わず顔がにやけてしまう。
「ほんとおまえってかわいーやつだな」
そしてたまらず光子郎の頬にキスをした。
頭が良くて、器用だからなんでも出来て、なおかつ可愛い。考えなくても凄いヤツな光子郎のことを誰にも渡したくない。今のところオレたちは相変わらずの両思いだし、お互いベタ惚れだけれど油断はできない。……そうだ。ずっとオレに惚れてさえいれば他の誰にも目が行かないハズ。現状に満足せずにもっと惚れさせなければとオレは密かに決意した。
「とにかく、楽しみにしているから覚悟しとけよ?」
「わ、分かりました……」
光子郎を惚れさせるチャンスはいくらでもある。決戦は今日の夜だ。
今日は金曜日。そういえば、「決戦は金曜日」なんてタイトルの曲あったなあ……とオレはお気楽に、だけどもしたたかに作戦を練りはじめた。
*
「昼飯はどうする? コンビニで何か買ってオレの_家に来るか?」
先走りすぎてしまった気持ちを落ち着かせて、この後の予定を光子郎に聞いた。
そうですね……と考えていた光子郎は何かを思い出したような表情をした。
「そういえば。今日はこのあと、京くんに頼まれていたディスクを渡す約束をしていたんです。太一さんの家におじゃまするのはそれからですね」
「そうか。じゃあお台場中に行くのか?」
「ええ。太一さんも行きますか?」
「おう。付いて行っていいなら」
「もちろんです」
京には昼飯は食べないまま会う予定だったらしく、その用事が終わってから昼飯を一緒に食べることになった。
京との待ち合わせ時間は1時半。今は12時45分。待ち合わせの時刻まではまだ時間がある。オレと光子郎はふたりで台場周辺を歩きでふらふらしていた。
オレは基本的に自転車通学だ。だけどそのときによって、電車にすることもある。それはテスト期間だったり、部活の遠征がある時だったりいろいろな事情によるのだけれど、結構光子郎に合わせているところがある。
今日はテスト期間ということもあり、部活の朝練もなかったし、一緒に登校する約束をしていて、電車でという話だったから、帰り道にこうやって自転車もなく歩いているんだけれど。
「腹減ったなあ」
「待ち合わせ、お昼食べてからにすれば良かったです」
いまオレたちは、ふたりで腹を空かせて途方に暮れていた。
しかもよりによって。オレたちの目の前には全国チェーンのハンバーガーショップがそびえ立っている。店の前にあったメニュー表にオレたちは揃って足を止める。普段食べているから味は分かりきっているけど、腹が減っているときは余計に美味しそうに見えるのが罪なやつだ。
「うまそうだな」
「そう、ですね」
メニュー表を恨めしく見ていたオレの頭にある考えが閃いた。
「なあ、光子郎。京にさ、待ち合わせ場所変更って言えないか?」
*
「ありがとうございました! ごゆっくりお召し上がりくださいませ」
結局、自分の腹の虫に勝てなかったオレたちは、京に連絡をして、この某ファーストフード店での待ち合わせを提案した。なにかを奢るという特典付きで。ふたりで奢る分のお金を出し合おう、というのはここだけの話だ。
オレたちの提案に京は二つ返事で「やったー! 行きます、行きます!」と快諾してくれた。意地を張らずに早く正直に聞いてみれば良かった、と言ったのは光子郎だ。
店で昼飯を買い終えたオレたちは二階の飲食スペースに向かい、広めのテーブルがある席に座った。光子郎の持っていたトレーを見やると飲み物らしきカップがふたつも乗っていた。
「おまえ、飲み物ふたつも買ったの?」
「片方はシェイクです。こちらはウーロン茶ですけど」
「シェイク? もしかして店の外のでかいポスターに載っていたやつ?」
「そうです」
「ひとくちちょーだい」
おねだりをすると「どうぞ」と言って紙のカップを差し出してきた。
「んー、美味い!」
「そのシェイク、美味しいですよね」
「……あ、オレのも食う?」
ハンバーガーのセットとは別に買ったパイを差し出した。
「いいんですか?」
「おう」
「ありがとうございます、いただきます」
同じものを共有して食べる、美味しそうに食べている顔を横目で見ていると幸せな気分になる。
するとそこへ、待ち人が現れた。
「太一さーん! 泉せんぱーい!」
「京くん」
「おう、待ってたぞ」
と声をかけると、京の後ろから、思わぬ声がした。
「お兄ちゃん!」
「太一さんこんにちは」
オレは驚いた。妹のヒカリ、それにタケルもいたからだ。
「なんだ、おまえたちも来たのか」
そのとき、ヒカリとタケルの後ろからよく見知った男子二人組がやってきた。
「あー! 太一さーん!」
「こんにちは、太一さん、光子郎さん」
大輔と賢だ。大輔はこちらに向かってすごく手を振ってきた。伊織やオレたち側のメンバーがオレと光子郎以外いないことを除けばいつものメンバーだな。
「こんにちは。……って、あれ? 一乗寺くん、今日学校は」
「そうだよな。お台場中はテスト期間なのは分かるけど……賢のとこもそうなのか?」
「あ、はい。そうなんです。それで早く学校が終わったのでお台場に来てしまいました」
「そうそう! みんなが誘ってくれたんだよね~」
「!?」
その声に驚いて賢の持っていたバッグを見ると。賢のパートナーであるワームモンが顔を覗かせていた……。
「ああ、美味しそうな匂いが…………ぎゃっ!」
「ワームモン、静かに! 誰かに見つかると大変だぞ」
「ごめん、つい……」
賢に咎められてワームモンは首を竦めた。
「ワームモンは相変わらずだな」
みんなで苦笑いした。
「で、おまえたちは昼飯食べに来たのか?」
「お兄ちゃんがお昼奢ってくれるって京さんから聞いたの。だから来たんだけど」
「太一さん、ゴチになります!」
「そーそー、太っ腹よね~。さすが高校生! ……って感じ?」
「はっ?」
口々に言われた言葉にオレは固まった。
「太一さん。どういうことなんでしょう」
光子郎が小声で耳打ちしてきた。
「知らねえよ。それはオレが聞きたい」
オレたちは困惑していた。
「太一さん、僕は悪いですから辞退しますよ。お気持ちだけで」
「一乗寺くんがそうするなら、僕もそうしようかな」
「高石、別に真似しなくていいよ」
「真似じゃなくて同意見なだけだよ」
賢とタケルはお互いに微笑み合っている。なんだか怖い。
「え~! 賢くんもタケルくんもそんなんでいいのぉ? せっかく太一さんが全員におごってくれるって言っていたのに」
おいおい、どこでそうなっちまったんだ。京にしか伝えていないのに、伝言ゲームでもなんでもないはずなのに。
「あのな、京。全員に奢るってそんなこと、オレ一言も言ってないぞ!!」
「あ、伊織からメールだわ。太一さん、伊織が遅れて来るそうでーす」
京はオレの話に聞く耳を持たない。伊織にも会えるのは嬉しいが、奢るか奢らないかの問題では余計な情報だ。一体オレは何人に奢らなきゃいけないんだ。
そりゃあ光子郎に奢るのは予算の範囲内でなら喜んでするけど、仲間とはいえバイトもしてない身としては6人、と一匹に奢るのはキツイ。ケチに思われるかもしれないけれど、こいつらは昼飯代を全部オレに請求してくるつもりだから数百円の世界でないことは確かで、数千円かかるだろう。賢とタケルが辞退してくれそうで少しは安心したけれど……他のメンバーへ奢るのを全力で回避しようと目論むことにした。そこへ、再び光子郎が耳打ちしてきた。
「太一さん」
「なんだ、光子郎」
「ここは話題をどことなく逸らしていけば、奢ることをみんな忘れるんじゃないでしょうか」
「それだ」
「僕も協力しますので」
「すまない、頼むぞ」
最後にアイコンタクトで頷いた。
「おふたりでなにナイショ話されているんですか?」
京が笑顔で切り込んできた。オレたちは慌てる。
「べ! 別になんでもねえよ。な?」
「は、はい……なんでもありませんよ」
「もしかして、デートの約束ですか?」
おいおい。そんなに堂々とデートの約束なんてしないぞ、とツッコミたくなったが、奢る約束を逸らすのにちょうどいいと、その話題に乗ることにした。
「いやいや、そんなんじゃないけどさ。ま、オレたちのデートといえば、勉強会がデートみたいなもんだからなあ」
「勉強会ですか、堅実ですね」
賢は感心していた。
「え、太一さんと光子郎さんは学年違うのに一緒に勉強するんっすか?」
大輔の素朴な疑問に、ヒカリが答えを言う。
「だってお兄ちゃんは光子郎さんに勉強教えてもらっているのよ?」
「やーだ、恋人が家庭教師ですか? 素敵♡」
「でもま、家庭教師が年下ってアレなんだけどな……」
オレは自分の状況を正直に話して苦笑いした。ヒカリと京は楽しそうにオレたちの話をしている。
「光子郎さん、テスト勉強の秘訣ってあるんですか?」
賢が光子郎に質問した。
「学校では授業をちゃんと聞いて、予習と復習を欠かさないのが一番の近道でしょうか」
「やっぱりそれが一番なんだ」
タケルは納得したように頷いている。
「オレ、テストダメダメだった~」
「大輔くん、あんなに一緒に勉強していたじゃないか」
「だってよお。あんな数式、意味分かんねえよ~」
「大輔、数学ならここに鬼コーチがいるから、聞けばなんでも答えてくれるぜ? な?」
「中学二年の数学でしたら、いくらでも大丈夫ですよ。今度お台場中に行きますので、その時にでも教えますから」
「神様……!」
大輔は涙を流しながら光子郎のことを拝んでいた。
「大輔くん、大げさですって。数学は出来るようになれば楽しいですから、頑張りましょう?」
「は、はい……!」
にこにこと微笑んでいる光子郎の腕を掴んで、
「なあ、オレが最優先なことは忘れるなよ?」
と耳元で囁いた。
「わ、分かっていますよ」
光子郎は苦笑いしながら返事をした。
