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第二ボタンと新しい制服

 時は流れ、7月上旬。光子郎との劇的な再会から三ヶ月が経った。月島総合では期末考査の時期。全部で四日間あるうちの今日は二日目。いまちょうどオレはテストを受けている真っ最中なんだ。
 目の前にある問題用紙と回答用紙。オレはそれにシャーペンをひたすら走らせていく。いま受けているテストで6教科目。筆記科目は全12教科だから、あと残り6教科だ。
 ふと顔を上げ、教室の時計へと目線を動かす。現在の時間を確認すると、終了時刻に近い。あと数問で一応は全問埋められるけれど。急がないと間に合わないことは確かだ。オレはシャーペンの動かす速度を加速させた。
 オレが最後の問題の答えを書き終えた、ちょうどそのとき。
 キーンコーンカーン
 と、終わりを告げる予鈴が鳴り響いた。同時に全身の力が抜けた。
(はーっ。な、なんとか全部……)
 テストを終えたオレはもうヘトヘトだった。だけどオレの頭の中では。
(見返す余裕なかったな。もっと余裕を持って解き終わりたい)
 早速の脳内反省会。中学時代は空白多数で回答用紙を提出することもザラだったけれど、高校受験に本腰を入れ始めた頃から徐々に減っていき、現在ではちゃんとした回答らしきものを全て埋められるようにはなった。だけど課題はある。
(全問埋めても正解かどうか分からねえもんな……)
 全問埋められるようになったとはいえ、見返しする余裕と時間がないのだ。もしかしたらちょっとしたところで間違えているところも多々あるかもしれない。『慌てずに落ち着いて見返しをするとケアレスミスが減りますよ』と、光子郎が常日頃、勉強会の時に言ってくるんだけど。
(あいつオレより年下のくせになんであんなに余裕があるんだよ……)
 年下なのにオレ以上、というか、オレより遥か上の落ち着きを見せている光子郎。しかも、オレが無理に頼み込んだとはいえ、高校二年の数学をやすやすと解いてしまう。下手したらまだ必要ないのに高校三年の数学にも着手しそうな勢いなのだ。言っておくけど、光子郎はまだ高校一年生だ。
(あいつ、どんな頭しているんだよ)
 家庭教師を引き受けてくれている年下の恋人の能力にある意味身震いする今日この頃だ。でもまあ、オレはあいつの他の誰も知らない顔を知っているし。普段はあんなに余裕を振りまいている(※太一ビジョン)けれど、人には言えないような、余裕のないあられもない姿も知っているしな……おっと、思わずニヤけそうになってしまった。そう思うと光子郎がいくら凄いヤツでも怖くもなんともないんだけどな。
 ここでふと、オレはあることを思い出す。
(そーいや、しばらくセックスしてねえ)
 キスやぎゅっと抱きしめあうことは日常的にしている。でもその先のコトはしばらくご無沙汰だ。光子郎が勉強会を中断したいと言ってきた頃からだからつまり……軽く半年ぐらい経っている。
(はー、ヤってるときの光子郎の可愛い顔を半年も拝めてないなんてな。いや、あいつはいつも可愛いけどさ)
 まずい。光子郎とヤってるときのことを考えていたら、なんだかムラムラしてきた。オレの自身の反応はなんとかセーフだけど。
(今度誘ったらノってくれるかな)
 早くあいつと触れ合いたい。そのチャンスはいつ訪れるだろうか。
 わずかな時間でオレの脳内は完全にテストから離れていたけれど、帰りのホームルームでまだ残り二日間あるから気を引き締めるように、という担任の言葉を聞いて現実に引き戻される。
(あー来週もまだテストあるんだった……)
 オレのテンションは急降下した。だけど。
 ピロン♪
 だいぶ古びてはきたが、まだまだ現役のDターミナルのメール着信音が鳴った。前面の液晶カバーを開き、メールチェックをする。
(お、光子郎からだ)
 大好きなヤツからのメール。短い要件はこんな感じだった。
「まだ校内でしたら、一緒に帰りませんか。僕は自分のクラスにいます」
 このメールを見てテンションが上がった。単純だけど、恋人から誘われると無性に嬉しい。周りに聞こえるか聞こえないかぐらいの鼻歌混じりに教科書や筆記用具をカバンに突っ込み、カバンを持ってオレは光子郎のクラスへと向かった。

    *

 一年C組。オレはその教室前で立ち止まる。ここが光子郎のクラスだからだ。ホームルームが終わってそんなに時間が経っていないような雰囲気で、教室内にはまだ結構な人が残っていた。オレは廊下から遠巻きに教室内へ目線を動かし、光子郎の姿を探す。そして。
(おー、いた!)
 姿を見つけ、声を掛けようとしたそのとき。オレはあることに気がついてしまった。
(え……。女の子と、楽しそうに、話して……る?)
 思わぬ展開にオレは固まり、動揺した。
 するとそこへ。
「あれ。八神先輩じゃないっすか。どうしたんすか?」
 と、サッカー部の後輩が声をかけてきた。
「ちょうど良かった。泉いるなら呼んでくれないか」
「え、泉っすか? 分かりましたっ!」
 そう返事した後輩はパタパタと走っていく。
「おーい、泉。二年の八神先輩がおまえのこと呼んでるぞ」
「え! 本当ですか!」
「ほら、廊下にいるだろ?」
 サッカー部の後輩のその_言葉を聞いて、こちらに顔を向けてきた。
「あっ……」
 光子郎は慌てて机の上に広げてあった筆記用具を片付け、
「それじゃあ僕、今日はこの辺で失礼しますね」
 と、そそくさと立ち上がった。
「もう帰っちゃうの?」
 声をかけたのはクラスメイトの女の子だ。
「ええ、大切な人を待たせているので。それでは」
 そう言い残し、光子郎は笑顔でその場から去って行った。
 かくして、オレの元にやって来たわけだけども。
「太一さん! お待たせしてすみません」
「ん、今来たばかりだから。帰ろうぜ」
 歩きながら笑顔を繕うけど。さっきの女の子たちのことが気になって無性になんだかモヤモヤする。オレは耐え切れずに光子郎にこう切り出した。
「なあ。さっきの女の子たち、何?」
「何って聞かれても……ただのクラスメイトですけど」
「ただのクラスメイトの割には仲良さげだったな」
「今日の科目が終わってから、テストの答え合わせみたいなことをしていたんです。中間テストの結果が分かった頃から、授業内容が分からないところを質問されていて。今回のもその延長なんですけど」
「あー、そうなんだ」
 自分でも子供みたいだと思いつつ、気が気じゃない話につい返事がぶっきらぼうになる。するとそんなオレに、光子郎が核心を突くことを言った。
「もしかして太一さん。妬いています……?」
「焼くってなにを?」
「言い方が悪かったですね。ヤキモチ、妬いているんですか?」
「ば……、っか! 違げえよ!!」
「……図星のようですね?」
 まじまじとオレを見て、光子郎は愉快そうにクスクスと笑った。オレは全然、愉快じゃねえんだけど。
「大丈夫ですよ。僕は太一さんしか見ていませんから。安心してください」
「……ほんとかよ」
 そんなこと言われたって。
 光子郎が高校に上がってから女の子と話しているところを見る確率すげー高い気がするんだけど。少なくともさっきの女の子たちは光子郎のこと好意的に見ている気がする。モテることに無自覚みたいだから、本当に気が気じゃない。
「太一さんに質問したいことがあるんです」
「質問? なんだよ」
「さっきのクラスメイトの女の子たちのことなんですが」
 その言葉にオレはドキッとした。
「入学してすぐの頃はそうでもなかったんですけど、いつの頃からか勉強教えて欲しいって言われて、近頃は彼女いるのかって聞いてきたんです」
 おいおい、マジかよ。オレの中に動揺が走る。
「それで僕は、付き合っている恋人がいるんでってちゃんと断りました。でも、どうしてこんな僕なんかに興味を持ったのか、僕にはそれがよく分からなくて」
 難しい顔をしながらそんな発言をしているから、ひとまず安心したけれど、前々から思っていたことを光子郎に教えてやった。
「あー。それはな、きっとおまえみたいなヤツが理想で、おまえみたいな彼氏が欲しいんだよ」
「ええっ!? そうなんですか?」
「高校生ぐらいになるとオレみたいにスポーツやっている、とかよりも頭が良くて、穏やかで優しそうなヤツがモテるって聞いたぞ。おまえみたいなさ」
「自分で穏やかとか、優しいとかはよく分かりませんが……僕、太一さんみたいにカッコよくはないですよ? 背も低いですし」
「そこが可愛いってオレは思うけどな。結構、可愛い男が好きな子もいるみたいだし、男のオレが可愛いって思うんだから女の子にもそう思われていてもおかしくはないんじゃないか?」
「女の人の考えって不可解ですね……」
 そう言って光子郎は腕を組んで黙り込んでしまった。
 少しして、なにかを納得したようにオレに向かって、
「でもあれで、太一さんのモテて大変な気持ちがよく分かりました」と言った。
「オレの?」
「ええ。あんな大人数に迫られたら困りますね。ですが、あれより多い人数を見事にかわしていた太一さんはすごいなって思います」
「そりゃあオレには光子郎がいるから断るに決まっているし。正直そもそもおまえにしか興味ない」
「それはとても嬉しい言葉ですけど。僕でいいんですか?」
「当たり前だろ。そんじゃなきゃおまえとセックスしてないし、好きでもないヤツとオレはひとつになりたいって思わねーし。オレはな、光子郎がいいんだよ」
オレがそう言い切ると、ゆでダコみたいに真っ赤になった。
「ぼ、ぼくは……」
「ん? なんだ?」
「ぼ、僕も、恋愛とか、そういう意味で昔も今も太一さんしか見ていません。僕には太一さんだけなんです」
「……嬉しいぞ」
 嬉しい気持ちが溢れて、頬に手を当て、顔を近づけようとしたけれど。
「あの、太一さん。もしかして、いまキスしたいとか思ってないでしょうね?」
「え。なんで分かったんだよ」
「そうやって手を伸ばしてくるときは高確率でキスしてきますから」
 うっ。完全に読まれていた。
「ここではやめてください。誰が見ているか分からないんですし」
「じゃあ、人が来ないところならいいだろ?」
 じっと見つめると。
「仕方のない人ですね……」
 観念したのかやれやれというため息を吐いた。
 それから人がいなそうな場所へとふたりで移動して、
「ここでならいいだろ?」
 と光子郎に聞いた。
「まあ、ここなら人も来なそうですしね」
 と了解してくれた。
 注意深く周りを確認し、人がいないことを確認してから、抱き寄せて唇を重ねあった。
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