1章

 買ってきた羊肉は香草焼きにしようと決めて、使うハーブを干す準備をする。暖炉の前でハーブを並べながら、ゲルダは自分を守ってくれる明かりとは何なのか、ずっと考えていた。
 ゲルダは自分のカンテラを持っている。しかし、これはごく普通のカンテラだ。石は自分を守ってくれるものだと敢えて言った。だから、自分のカンテラをそのまま持って行っても意味が無い。
 紐にハーブを引っ掛けていると、出かけていたママ・アルパが帰宅した。
「ただいま、ゲルダ。今日はハーブ焼きかい? 羊肉があるね。砥石も。まじないがたくさん売れたのかい?」
 占いをしたから、とは言えず、ゲルダは黙って頷いた。
「そうかい。足りなくなった石を取りに帰ってきただけだから、また出かけてくるよ。帰りは遅くなるけれど、心配しないでおくれ」
「分かった。行ってらっしゃい」
 アルパは棚に置かれていた石を取り、鞄に入れ、また出かけて行った。
 ゲルダはふと、棚を見た。
 そこには、色とりどりの石が置かれてある。島の外で採れる珍しい宝石も中にはある。アクアマリン、ルビー、水晶、翡翠に瑪瑙……、ゲルダでは名前が分からないものもあった。
 これらの石に古代文字を刻み、効果を持たせるまじないがある。
 ゲルダはキッチンの包丁を取り出した。柄の部分には、古代文字が刻まれている。”永遠”と”本能”の二文字である。つまり、永遠に、生まれ持った性質を失わないようにという願いを意味する。
 古代文字はメッセージとして使うこともあれば、このようにお守りとして何かに刻み、持っておくことがあった。古代文字のまじないも得意とするママ・アルパはこうやって文字でまじないをする。
 さらに、棚にある石たちは、それぞれ、力を持つとされていた。パワーストーンと呼ばれるものたちだった。
(そうだ、石に文字を刻んで、カンテラに入れてみてはどうかしら)
 やってみる価値はあった。
 羊肉を一口大に切ったあと、さっそくまじないの制作に取り掛かる。
 石に文字を書く道具も、棚にあった。
 選んだ石は、魔除けとして使われる水晶だ。ちょうど、占い石と同じ大きさのものがあったので、それにする。透き通った水晶に、金のインクで文字を書く。
 選んだ文字は”光”だ。光で闇から自分を守ってくれるようにと願掛けをしながら文字を書く。作業自体は簡単だった。
 インクが乾くのを待っている間は、乾燥させたハーブを細かくすり潰し、羊肉の仕込みをする。肉に串を刺し、暖炉の火でゆっくりと焼く。羊肉独特な香りとハーブの香りが部屋いっぱいに広がる。
 そうこうしているうちに日が沈み、部屋の中が暗くなる。肉が焼けた頃には、インクも乾いていた。
 ママ・アルパが帰ってきてから一緒に食べようと決め、ゲルダは石をカンテラの中に入れた。蝋燭に火を灯すと、自然と笑みが零れ落ちた。
 こんなことで行けるのであれば、なぜ、今までのまじない師は夜の国に行くことが出来なかったのだろう。ゲルダは不思議でならなかった。石のまじないはママ・アルパ以外にも使い手はいる。珍しいまじないではない。だったら、この方法だって、誰かが考えているはずだ。
 きっと、占い石は自分をからかったのだ。
 一瞬そう思った。思ったところで、ゲルダは首を横に振った。
 ママ・アルパからまじないを教わる時、一番最初に何と言われたかを思い出したのだ。
 ――まじないは、一見、ただのおままごとである。遊びとまじないの違いは何か。それは信じる心があるかないかである。疑えばそれはただの遊びである。信じればそれはまじないである。信じる心は、祈りに変わる。祈りこそがまじないの力の源である。
 それがママ・アルパの教えだった。
 だから、ゲルダは信じた。ママ・アルパが今まで使ってきた占い石も、自分のまじないの腕も信じた。この石が自分を闇から守ってくれるものなのだと信じた。そして、夜の国に行くことができるのだと信じた。
 ゲルダはカンテラを持って外に出た。
 外は生憎の雨で月を見ることができなかったが、暦では、今日は三日月の日だ。新月の日まではあと三日ほどある。
 夜道をカンテラで照らした。雨が森の木々の葉を打ち鳴らしている以外、何も聞こえない。
 石を入れているからと言って蝋燭の火の明るさが変わった感じはしない。ただ、水晶が光を反射し、輝いていた。
 ゲルダは蝋燭の火を消し、石をカンテラから取り出してポシェットの中に隠した。それから家に入ってママ・アルパの帰りを待っていたが、そこまで遅かった訳でもなく、いつもの夕食の時間を少し過ぎたくらいだった。
 ゲルダが買ってきた羊肉が美味しかったようで、ママ・アルパはご機嫌だった。
「ママ。あのさ。私、森で迷子になってたって言ってたでしょ。私、森のどの辺りにいたの?」
「この家の裏だよ。この辺りでは滅多に見ない霧が出ていたから、不安を覚えて様子を見に行った。そこに、たまたま、お前さんがいた。霧というのは良くないものだねえ。何もかもあやふやにしてしまう。ゲルダ、霧の日は、用心しなさい」
「そっか。分かった。ありがとう、ママ」
 それから二人で食後のハーブティーを飲み、ベッドに入る。
 新月までの夜は、ゲルダにとって、落ち着かないものだった。ベッドに入ればすぐ寝れるはずなのに、なかなかすぐに眠りに入ることができなかった。
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