1章
翌日、ゲルダはたくさんのハーブを籠いっぱいに詰めてノースゼリアに向かった。ママ・アルパに午後は早く帰るとだけ告げ、飛び出すように家を出た。ノースゼリアに向かって伸びる道をゲルダは走る。
籠の中はまじないの薬を調合する道具と材料が、そして、肩から下げているポシェットには占い石を入れていた。いつもよりもポシェットが重たいが、それが嬉しかった。
今日から占いを使った商売を始める。客の反応も早く見たかった。額に汗が浮かび、息苦しくても、楽しみの方が勝り、駆ける足は止まらない。
ノースゼリアに着いた時間は、丁度朝の祈りの時間だった。礼拝堂では市民が神に祈りを捧げている。ゲルダは上がる息を落ち着かせて静かに一番後ろのベンチに腰掛け、一緒に祈りを捧げた。祈りが終わり、コサルフ神父に場所を借りることを告げ、いよいよ商売が始まる。今日はパンを配る日ではないので客数は少ないが、占いをじっくりできるので好都合であった。
一番最初に来てくれたのは、あの、あかぎれが酷かった老婦人だった。
「おはようございます、婦人。あかぎれと咳は治まりました?」
「おはようゲルダ。お陰様ですっかり良くなったよ。ゲルダはママ・アルパの次に優れたまじない師だと家族にも教えてやったよ」
なんとも嬉しい言葉をもらい、ゲルダは胸いっぱいになった。ママ・アルパの次に並ぶまじない師である、と認められたのだ。ゲルダの自信はますます大きくなる。
「それで、今日はどうされましたか?」
「それがね、うちに野良の猫がよく来るようになって。鼠でもいるのかしら、と思って探してみたけれど、鼠はいないし……、猫除けのまじないが欲しくて」
老婦人の依頼を聞き、ゲルダは少し考えた。猫が来る理由が分かれば、その原因を取り除いたほうが良さそうである。
ポシェットの中から巾着を出し、巾着の中に手を入れた。念じながら石を二つだけ選ぶ。石を投げて占う方法とは別に、このように石を自分で取り上げ、出てきた文字で占う方法もあった。
出てきた文字は”口”の逆位置と”暖かい”である。この”口”は”おしゃべり”という意味でよく解釈されるが、今回の質問の流れからすると、穴と捉えても良さそうである。つまり、家のどこかに猫が入れるような穴があり、猫は暖を取るためにやってきている、ということになる。
ゲルダは匂いが強いため猫が嫌っているハーブを選び、小さな巾着袋に入れ、サシェにした。
「婦人の家に必ず小さな穴があると思います。猫が通れるほどの大きさです。猫は鼠を取るためではなく、暖を取るために来ているようです。ですから、その穴をどうにかしなければなりません。見つけたら修繕してほしいのですが、すぐには難しいと思いますので、このサシェを穴の近くに置くか吊り下げるかしてください。猫の嫌いなハーブを入れました」
「その穴の場所の見当はつけれるかい?」
質問に対し、一つ石を取り上げる。”水”の石だった。
「そうですね……、水回りだと思います。そこから探してみてください。それから、水回りだとハーブの効き目が薄れるので、二日に一回はお日様の下で乾かしてあげてください」
占いとまじないの処方を終え、ゲルダはいつもよりも少しだけ高い料金を告げた。婦人は占いもしてくれたということで、ゲルダが言った料金よりももう少し高い金額を支払ってくれた。
いつもならこんなに受け取ることはなかった。ゲルダは自分の手の中にある硬貨を見て、そして握りしめた。
占いを使えば、より正確なまじないを処方することができる。質問に対して的確な答えも出ている。これを使えば、自分はもっと高度なまじないをすることができる。たった一つだけ道具が増えただけなのに、まじない師としての力が高まったように感じてしまう。ママ・アルパの次に優れたまじない師である、という評判もついた。
やはり客の数はいつもよりも少なかったが、占いとまじないを組み合わせることによって、いつもの倍の稼ぎを得ることができた。
客が昼で途切れたので、ゲルダは重たくなった財布を握りしめ、前から欲しかった包丁の砥石と、羊肉を買った。ハーブは減ったが、それらで籠は来る時より重くなった。
昼食はノースゼリアで有名な食堂で取ることにした。占いをしたせいか、いつもより頭が疲れている気がした。食後に甘めの温かい紅茶を頼み、一息つく。
(今日の占いは調子が良かった……聞いたことに対して、何でも教えてくれた)
ゲルダはポシェットの中から、巾着袋を取り出す。
(だったら、夜の国の行き方も教えてくれるのかな)
店の中なので、石を投げることはできなかった。夜の国が本当にあるかどうかはさておき、行ける方法があるなら、知ってみたかった。いにしえから今日までどんなまじない師でも見つけられなかったのだ。それを、占い石が教えてくれるとも思っていなかった。
面白半分だった。適当に石を選んだら、きっと的外れなものが出てくるに違いない。そう思いながらも、心のどこかで、期待はしていた。
適当に石を五つ選び、机に並べた。
森、月、闇、明かり、守る――ゲルダはこれらから、月のない闇夜に、自分を守る明かりを持ち、森に入ればよい、という意味で受け取った。
予想外だった。もっと、辻褄の合わない、回答不能な石が並ぶかと思っていたからだ。占いができない質問をした時は、石は何も答えてくれないことがある。それはママ・アルパの占いを見ていて知っていた。けれど、こんなにも意味が通じる回答が出てきてしまった。
自分の鼓動が耳の裏で聞こえてくるようだ。胸を押さえながら、目の前に並ぶ五つの文字を見る。
本当に――行けるのだろうか。
唇も喉も乾き、ゲルダは震える手でカップを取り冷え切った紅茶を喉に流した。
石は嘘はつかない。これはママ・アルパがずっと使ってきた、信頼できる石たちである。ゲルダは紅茶を飲み干し、五つの石を袋の中に戻した。代金を支払い、籠を持って店の外に出る。
外は曇り空だった。占いの通り、これから雨か雪が降りそうだ。
ゲルダはどんよりした空の下、黙ってバルバ村へと帰っていった。その足は、行きと同じくらい速かった。
籠の中はまじないの薬を調合する道具と材料が、そして、肩から下げているポシェットには占い石を入れていた。いつもよりもポシェットが重たいが、それが嬉しかった。
今日から占いを使った商売を始める。客の反応も早く見たかった。額に汗が浮かび、息苦しくても、楽しみの方が勝り、駆ける足は止まらない。
ノースゼリアに着いた時間は、丁度朝の祈りの時間だった。礼拝堂では市民が神に祈りを捧げている。ゲルダは上がる息を落ち着かせて静かに一番後ろのベンチに腰掛け、一緒に祈りを捧げた。祈りが終わり、コサルフ神父に場所を借りることを告げ、いよいよ商売が始まる。今日はパンを配る日ではないので客数は少ないが、占いをじっくりできるので好都合であった。
一番最初に来てくれたのは、あの、あかぎれが酷かった老婦人だった。
「おはようございます、婦人。あかぎれと咳は治まりました?」
「おはようゲルダ。お陰様ですっかり良くなったよ。ゲルダはママ・アルパの次に優れたまじない師だと家族にも教えてやったよ」
なんとも嬉しい言葉をもらい、ゲルダは胸いっぱいになった。ママ・アルパの次に並ぶまじない師である、と認められたのだ。ゲルダの自信はますます大きくなる。
「それで、今日はどうされましたか?」
「それがね、うちに野良の猫がよく来るようになって。鼠でもいるのかしら、と思って探してみたけれど、鼠はいないし……、猫除けのまじないが欲しくて」
老婦人の依頼を聞き、ゲルダは少し考えた。猫が来る理由が分かれば、その原因を取り除いたほうが良さそうである。
ポシェットの中から巾着を出し、巾着の中に手を入れた。念じながら石を二つだけ選ぶ。石を投げて占う方法とは別に、このように石を自分で取り上げ、出てきた文字で占う方法もあった。
出てきた文字は”口”の逆位置と”暖かい”である。この”口”は”おしゃべり”という意味でよく解釈されるが、今回の質問の流れからすると、穴と捉えても良さそうである。つまり、家のどこかに猫が入れるような穴があり、猫は暖を取るためにやってきている、ということになる。
ゲルダは匂いが強いため猫が嫌っているハーブを選び、小さな巾着袋に入れ、サシェにした。
「婦人の家に必ず小さな穴があると思います。猫が通れるほどの大きさです。猫は鼠を取るためではなく、暖を取るために来ているようです。ですから、その穴をどうにかしなければなりません。見つけたら修繕してほしいのですが、すぐには難しいと思いますので、このサシェを穴の近くに置くか吊り下げるかしてください。猫の嫌いなハーブを入れました」
「その穴の場所の見当はつけれるかい?」
質問に対し、一つ石を取り上げる。”水”の石だった。
「そうですね……、水回りだと思います。そこから探してみてください。それから、水回りだとハーブの効き目が薄れるので、二日に一回はお日様の下で乾かしてあげてください」
占いとまじないの処方を終え、ゲルダはいつもよりも少しだけ高い料金を告げた。婦人は占いもしてくれたということで、ゲルダが言った料金よりももう少し高い金額を支払ってくれた。
いつもならこんなに受け取ることはなかった。ゲルダは自分の手の中にある硬貨を見て、そして握りしめた。
占いを使えば、より正確なまじないを処方することができる。質問に対して的確な答えも出ている。これを使えば、自分はもっと高度なまじないをすることができる。たった一つだけ道具が増えただけなのに、まじない師としての力が高まったように感じてしまう。ママ・アルパの次に優れたまじない師である、という評判もついた。
やはり客の数はいつもよりも少なかったが、占いとまじないを組み合わせることによって、いつもの倍の稼ぎを得ることができた。
客が昼で途切れたので、ゲルダは重たくなった財布を握りしめ、前から欲しかった包丁の砥石と、羊肉を買った。ハーブは減ったが、それらで籠は来る時より重くなった。
昼食はノースゼリアで有名な食堂で取ることにした。占いをしたせいか、いつもより頭が疲れている気がした。食後に甘めの温かい紅茶を頼み、一息つく。
(今日の占いは調子が良かった……聞いたことに対して、何でも教えてくれた)
ゲルダはポシェットの中から、巾着袋を取り出す。
(だったら、夜の国の行き方も教えてくれるのかな)
店の中なので、石を投げることはできなかった。夜の国が本当にあるかどうかはさておき、行ける方法があるなら、知ってみたかった。いにしえから今日までどんなまじない師でも見つけられなかったのだ。それを、占い石が教えてくれるとも思っていなかった。
面白半分だった。適当に石を選んだら、きっと的外れなものが出てくるに違いない。そう思いながらも、心のどこかで、期待はしていた。
適当に石を五つ選び、机に並べた。
森、月、闇、明かり、守る――ゲルダはこれらから、月のない闇夜に、自分を守る明かりを持ち、森に入ればよい、という意味で受け取った。
予想外だった。もっと、辻褄の合わない、回答不能な石が並ぶかと思っていたからだ。占いができない質問をした時は、石は何も答えてくれないことがある。それはママ・アルパの占いを見ていて知っていた。けれど、こんなにも意味が通じる回答が出てきてしまった。
自分の鼓動が耳の裏で聞こえてくるようだ。胸を押さえながら、目の前に並ぶ五つの文字を見る。
本当に――行けるのだろうか。
唇も喉も乾き、ゲルダは震える手でカップを取り冷え切った紅茶を喉に流した。
石は嘘はつかない。これはママ・アルパがずっと使ってきた、信頼できる石たちである。ゲルダは紅茶を飲み干し、五つの石を袋の中に戻した。代金を支払い、籠を持って店の外に出る。
外は曇り空だった。占いの通り、これから雨か雪が降りそうだ。
ゲルダはどんよりした空の下、黙ってバルバ村へと帰っていった。その足は、行きと同じくらい速かった。