1章

 昼は一人で昼食を食べ、乾燥し終えたハーブを取り込んだ。明日はこのハーブをまたノースゼリアに売りに行こう。今度こそ砥石を買って、簡単に肉を切れるようにしようと決め、ハーブを籠の中に入れていく。
 午前中に調合をした薬も丁寧に小瓶の中に入れ、ラベルに薬品名を書き、貼り付ける。コルクで栓をすれば立派な商品だ。この時期はよく咳止めのまじないが売れる。今日作ったまじない薬もすぐに売り切れてしまうだろう。床に放置していた乳鉢も乾いた布で綺麗に拭き取ったあと、これも籠の中に入れた。
 自分のまじないが売れるのは嬉しい。そして、ノースゼリアに行く度に、薬が効いたという声を聞くと、自分のまじないの腕が確かなものであると確信できた。
 昨日のあかぎれが酷かったお婆さんの手は少しでも良くなっただろうか。ゲルダはまじない道具を籠の中に入れながら考える。
 まじないの効果が出るか出ないかは、まじないを使う人がどれだけまじないを信じているかに依る。例えまじない師が良く効くと言って売っても、使う者が信じなければ効果は現れない。あのお婆さんは何度もゲルダのまじないを買っているし、よく効くと言ってくれている。今回だってきっと直ぐに良くなる。一度だって疑われてはいけない。その事が程良い緊張感を与えてくれた。
 荷物を詰め、明日直ぐにでも出発できるようにポーチも籠の隣に置こうと思って手に取った時、ゲルダはぴんときた。
(そうだ、占いが確かなものなら、私、占いでも稼げるんじゃない?)
 占いとまじないは別物である。しかし、占いを使えばまじないが売れることもよくある。
 占いは現状、過去、原因、未来、結果を示すことができるツールである。しかし、占いで未来を示すことは出来ても、占いで未来を変えることは出来ない。だからこそ、まじないがあるのである。まじないは占いでは成し遂げられない、未来の変更を可能にすることが出来るものだった。だから占いの後にまじないを買う者も少なくなかった。つまり、占いが出来るようになれば、稼ぎは倍になるかもしれないとゲルダは考えたのだ。
 午前中、初めて石を触った時は何も考えずに石の言葉を聞いた。しかし、手順通り――石に知りたいことを質問して言葉を貰って、それが確かなものなら、自分は占いも出来るんじゃないか。ゲルダはそう考えて、ポーチの中から巾着袋を取り出した。
 当たったかどうかを確認できる質問がいい。
 例えば明日の天気とか。
 ゲルダは石に質問をする。明日の天気は晴れか、曇りか、雨か、雪か。
 念じ、石を床に落とした。石は二十四個ある。一つ一つ、違う文字が一文字ずつ書かれている。それぞれの文字には意味があり、文字が正位置か逆位置かでまた意味が異なってくる。その文字の組み合わせが石の回答ということになる。
 ゲルダは文字をこちらに向けている石を探す。表を向いているのは三つの石だった。
 ”青”と”変化”と”隠れる”だった。
 隠れるもの、それは太陽か星か月か、とにかく空にあるものだ。つまり、晴れから天気が悪くなる、ということだ。雨や雪が降るかどうかはこれでは判断できないところはあるが、外出は避けるように、とか、洗濯をするなら早い内に、とか、そういうところまでは言えそうである。
 しかしゲルダはこれでは占いが当たっているかどうかすぐに判断ができないことに気付き、石を再度袋の中に入れて振った。
 もっとすぐに分かること。ゲルダは考えながら袋を振り、結局、ママ・アルパが隣町からいつ帰ってくるかを尋ねることにした。
 今度は石を一つだけ袋の中から取り出す占い方でやってみる。
 そうすると、”直ちに”の文字が出てくる。
 ゲルダは焦って巾着袋をポーチの中に入れ、籠とポーチの上に自分のケープをかけた。
 その時、ドアがぎいと鈍く鳴りながら開いた。
「おや、ハーブの香りがするね」
 そう言いながら入ってきたのは、紛れもなく、ママ・アルパだった。ゲルダは胸を手で押さえながらおかえり、と言った。
「明日、ノースゼリアに行こうと思う。砥石が欲しくて」
「そうかい、でもゲルダ、どうも明日は天気が崩れそうだよ。遠くの空に雲が少し見えたからね」
「そ、そっか。分かった。早めに切り上げて帰るわ」
 心臓の音がママ・アルパまで聞こえそうだ。ゲルダは家の外に出て、井戸水を汲み上げ、柄杓を使って一気に飲んだ。
 占い通りだった――ゲルダはその場にしゃがみ込む。
 ママ・アルパに教えてもらわなくても、占いができてしまった。天気占いも当たっていそうだし、ママ・アルパが直ぐに帰ってくることだって占いで当ててしまった。
 頬がついつい緩んでしまう。
 ゲルダは自分の頬を手で覆い、火照りを取ろうとした。
 石を使えば、何でも出来そうな気がしてならない。自分にはやはり才能があるのだと思えてしまう。ママ・アルパにはまだ未熟者だと言われたが、ではなぜ自分はひとりでに占いをすることができたのだろう。
 部屋に戻ると、ママ・アルパは隣町で買ってきた魚を捌いていた。
「何だか嬉しいことでもあったのかい?」
「う、ううん。ね、ママ。その魚、何にするの?」
 はぐらかし、ゲルダはママ・アルパの隣に立った。
 もうママ・アルパは石を持っていない。新しい占い石を準備するなら、時間がかかる。しばらくはママ・アルパは自分のことを占えない。
 ゲルダは安心しきっていた。
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