エピローグ

「――とまあ、こんな感じて、私は魔法を失って、ついでにまじないの力もほんのちょっと失って、こっちに帰ってきたわけさ」
 ことことと湯が沸く音が響き、ゲルダはお茶のおかわりのために立ち上がった。
 クラウスもフルダも、目を赤くしていた。
 気持ちが落ち着くハーブティーを淹れた。ローレンが好きなものだ。あの少年ローレンが、今は夜警団団長として立派に働いていることを知った時、ゲルダは顔には出さなかったが、驚いたし、嬉しかった。フルダの家族のことで、ウェイバーが命を落としたことを聞いた時は、悲しくもあった。
 窓から、赤い光が差し込んでいる。もう夕方だ。長く語っていたから、ゲルダも自分のお茶を淹れた。
 お茶を差し出すと、フルダが丸眼鏡をかけ直しながら聞いてきた。
「ゲルダさん、寂しくない?」
「なぜ?」
「エリアスと、ずっと会えないんでしょう?」
 ゲルダはそうだねえ、と、カウンターテーブルに肘をついて、お茶に息を吹きかけた。
 ふわりとハーブの香りが立つ。
「ああ、そうだね。でも、たまに会うよ」
 えっと声を上げるクラウスとフルダ。ゲルダはウインクした。
「夢の中でね」
「ほんと?」
 クラウスが願うかのように聞いてくる。
「その夢は、私の想いが夢になっただけなのかもしれないし、本当に、エリアスと繋がっていているのかもしれない。分からない。けど、私は、夢の中でたまに会うんだ。エリアスはよい王となって、今も夜の柱、夜の賢者として、夜の国を守っているよ」
 それから、と、ゲルダは付け足した。
「クラウスたちが昼と夜を混ぜた時、エリアスがね、私のところに来た。現実で会うのは、あれが久しぶりだったよ。俺の出番だってはりきってたよ。『俺の弟の仕業のようだが、俺は何かすることはないか』って、わざわざ聞きに来た。けど、私は言ったんだよ。ここには私というまじない師もいるし、夜警もいる。それに、クラウスならなんとかするだろうって」
「その件ではお世話になりました」
 クラウスは申し訳無さそうに、ぺこりと頭を下げた。
 ゲルダはとんでもない、と、首を振る。
「私が、無理矢理、まじないを使って、この街の近くに道を敷いてしまったのも、原因の一つなんだ。クラウスたちのことには、私も少なからず関わっていたんだ。魔法を失ってしまった私は、まじないと占いの感覚を一度失ってしまった。ハーブのまじないはなんとかできたけれど、占いなんて全くできなくなってしまったんだ。あれから、また必死に、ママ・アルパの元で修行をした。繋がってしまった夜の道を断つために修行をしたんだ。ちょっと遅かったけれど、こうして、君たちと会えて良かったと思ってる。夜と関わった君たちにまじないを渡せて良かったってね」
 ゲルダはテーブルの上に置かれていた水晶を手に持った。
 まだエリアスは、ハルムとの契約石を持っているのだろう。夢の中には、ハルムも出てくる。
「君たちも、ふとした時に、夜の君たちと会うかもしれないね。夢というのはずっと繋がっているから。君たちも夜警だけど、まだまだしっかり寝るんだよ」
「僕ら、もう子供じゃないよ!」
 あはは、とゲルダは笑い、カップを片付けた。
「今日は出勤かい?」
「ええ、そう。これから」
 外は次第に暗くなっていく。いよいよ、夜を迎えようとしていた。ゲルダは店内の照明をつけ、バーの準備に取り掛かる。
 長くお邪魔しました、と、クラウスたちが店から出ていく際に、ゲルダはそっとまじないをかけた。
 

「今日もよい夜が訪れますように――」


 おわり
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