1章
バルバ村は、家から明かりが漏れていなければ、夜に見つけることが難しいような、貧しい集落だ。既に雪が降り積もっており、ゲルダが一歩踏み出すたびに、ぎしぎしと雪が踏み固められる。
庭先にある井戸で水を汲み、自分の家の中に入った。暖炉で温められた空気にほっとする。
暖炉の前に座っている老婆が、ゲルダの師、ママ・アルパである。ゲルダと同じく、生地の厚いケープを羽織っており、褐色のワンピースを着ていた。長い白髪を後ろで一つにまとめているが、その白髪はまるで星のようだとゲルダは思っている。年老いてなお、美しさが引き立つのが、ママ・アルパだった。ゴンド島の中でもひときわ力をもつまじない師と言われている。
「ママ、ごめんなさい。遅くなりました。今から夜の支度をするわ」
「無事帰ってきて良かったよ。外は雪なのだろう?」
「そうね。今晩はかなり降ると思うわ」
井戸で汲んできた水を大きな桶の中に入れ、買ってきた野菜を入れて洗う。買ってきたのは大きな芋と人参、玉ねぎだ。それから肉もあるから、煮込み料理にしようとゲルダは準備を進める。
その後ろで、ママ・アルパは床に座り、巾着の中からたくさんの石を出し、ばらばらと目の前にまいた。
その石には古代文字が刻まれていた。ママ・アルパがしているのは古代文字を使った占いだった。自分の帰りが遅かった本当の原因を探っているのだ。
余計なお世話だ、と思いながらゲルダは洗った野菜の皮を包丁で丁寧に剥いていく。ママ・アルパは占い師ではない。けれどもママ・アルパの占いはよく当たる。全て見透かされてしまう。黙っていても自分のことが知られてしまう。まじない師を育ての親に持つと、こういうところが嫌なのだとゲルダは思う。
「ゲルダ、教会で、何か良からぬ話を聴いてきたね」
ママ・アルパは大きなため息をついた。
ゲルダは振り返らず、黙って野菜を刻んでいく。
「お前が出会ったのは、島の外の人間。その話を聴いて、お前は、これからそれについて知りたいと思っている」
「ママ、やめて」
「私に隠れて」
「ママ!」
切り刻んだ野菜を乱暴に鍋の中に入れ、ゲルダは床に散らばった石を手で覆った。
ゲルダは手の中にある石を見た。
”好奇心”と”外”と”おしゃべり”の石が手の中にある。自分が外で誰かと話をした結果、何かに好奇心を持った、という意味だ。それから自分の手の外にあるもう一つの石は”秘事”だった。
石が示す通りで、ゲルダは自分で夜の国に関するまじないを探そうと帰りながら考えていた。
ここゴンド島のまじない師たちは、この世の全てのまじないに通じている。一人一人の得意とするまじないはそれぞれだが、全てのまじない師たちが集えば、この世のまじないも集うと言われている。だから、夜の国に関するまじないを知らないということはあり得なかった。
知らないのではない。隠しているのだ。それがどのまじない師なのかは分からないが。だから、ゲルダはママ・アルパに内緒で、こっそり探そうと思っていた。
しかし、ママ・アルパはこうやって占いを使って自分の内側を見透かしてしまう。
「ママ、いい加減、私のことを視るのをやめて。私はもうじゅうぶん賢くなった」
「まじないがまじない師たちに隠されていると考えたお前はじゅうぶん賢いよ。でも、まだ理由にまで考えが及ばない。それに、まだお前は自制心が育っていない。お前の未熟な自制心の代わりをしているんだ。お前の自制心が育っていないから、私は教えようにも教えられないんだよ。お前がこれからしようとしていることは、諦めるんだね。もう少し自分を調整できるようになってからそのようなことを言いなさい。お前がもっと成熟すれば、私はもっとお前にまじないを教えることができるのに」
つまり、お前は未熟者だ、ということだ。
ゲルダはかっとなり、石をつかみ、ママ・アルパに向かって投げた。
「いつも正論ばっかり! そういうところ、大嫌い!」
刻んだ鍋をそのままにし、ゲルダは雪の降る外へと飛び出した。
ママ・アルパの言うことは本当のことだし、自分でも分かっている。
ママ・アルパには、いつも、まじない道具は大切にしなさいと言われていた。それを投げつけてしまうのだから、ママ・アルパの言う通り、自分のことを自分で調整できないのは確かなのだ。これが自分にとっての欠点であることも分かっている。
井戸の前まで行き、ゲルダはしゃがみこんだ。
顔に雪が当たる。火照った頬が少しずつ冷たくなっていく。
どうせ、何をしても、あの石で全て見抜かれてしまう。それならば、いっそのこと、ママ・アルパの制止を振り切ってしまえばいいのではないか。ゲルダは星の見えない空を見上げた。
一方、部屋に残されたママ・アルパは野菜の入った鍋の中に水を入れ、火にかけた。
ここまで言って、それでもなお、ゲルダが秘されたまじないについて学ぼうとするのなら、それはもう自分の力に及ばないものなのだというのは、ママ・アルパも分かっていた。
占いは全てではないし、占いやまじないによって人の行動がすべて決まったり、変わったりするものでもない。
床に散らばった石を集め、巾着の中に入れる。そして、それをゲルダが愛用しているポーチの中に忍ばせた。自分の持っている古代文字の石は、これだけだ。だからもう、ゲルダの心の中を視ることはできない。
ゲルダには古代文字のことは何も教えていない。けれど、ゲルダは自分の占いを見て、ひとりでに意味も占い方も学んでいた。ゲルダはそのくらい賢いのだ。秘されたまじないに似たものだって、自分で編み出してしまうかもしれない。そのくらい力とセンスがあるのがゲルダだ。
もう親の言うことばかり聞いておける年齢でもない。それゆえのあの癇癪である。
それからしばらくして、頭に雪を積もらせてゲルダは帰ってきた。
「ごめんなさい、ママ。落ち着いた。悪かったわ」
「いいんだよ。さ、スープができた。食べよう」
「うん」
ママ・アルパ自らゲルダの分のスープを皿へ注ぎ、テーブルへと運んだ。
「ゲルダ。私も悪かったよ――、それでは、神に祈って」
ママ・アルパの言葉に驚きながらも、ゲルダは手を組み、神に祈りを捧げた。
それから、ママ・アルパからは先ほどの話はなく、ゲルダも気まずさを感じ、二人とも黙って夕飯を食べたのだった。
庭先にある井戸で水を汲み、自分の家の中に入った。暖炉で温められた空気にほっとする。
暖炉の前に座っている老婆が、ゲルダの師、ママ・アルパである。ゲルダと同じく、生地の厚いケープを羽織っており、褐色のワンピースを着ていた。長い白髪を後ろで一つにまとめているが、その白髪はまるで星のようだとゲルダは思っている。年老いてなお、美しさが引き立つのが、ママ・アルパだった。ゴンド島の中でもひときわ力をもつまじない師と言われている。
「ママ、ごめんなさい。遅くなりました。今から夜の支度をするわ」
「無事帰ってきて良かったよ。外は雪なのだろう?」
「そうね。今晩はかなり降ると思うわ」
井戸で汲んできた水を大きな桶の中に入れ、買ってきた野菜を入れて洗う。買ってきたのは大きな芋と人参、玉ねぎだ。それから肉もあるから、煮込み料理にしようとゲルダは準備を進める。
その後ろで、ママ・アルパは床に座り、巾着の中からたくさんの石を出し、ばらばらと目の前にまいた。
その石には古代文字が刻まれていた。ママ・アルパがしているのは古代文字を使った占いだった。自分の帰りが遅かった本当の原因を探っているのだ。
余計なお世話だ、と思いながらゲルダは洗った野菜の皮を包丁で丁寧に剥いていく。ママ・アルパは占い師ではない。けれどもママ・アルパの占いはよく当たる。全て見透かされてしまう。黙っていても自分のことが知られてしまう。まじない師を育ての親に持つと、こういうところが嫌なのだとゲルダは思う。
「ゲルダ、教会で、何か良からぬ話を聴いてきたね」
ママ・アルパは大きなため息をついた。
ゲルダは振り返らず、黙って野菜を刻んでいく。
「お前が出会ったのは、島の外の人間。その話を聴いて、お前は、これからそれについて知りたいと思っている」
「ママ、やめて」
「私に隠れて」
「ママ!」
切り刻んだ野菜を乱暴に鍋の中に入れ、ゲルダは床に散らばった石を手で覆った。
ゲルダは手の中にある石を見た。
”好奇心”と”外”と”おしゃべり”の石が手の中にある。自分が外で誰かと話をした結果、何かに好奇心を持った、という意味だ。それから自分の手の外にあるもう一つの石は”秘事”だった。
石が示す通りで、ゲルダは自分で夜の国に関するまじないを探そうと帰りながら考えていた。
ここゴンド島のまじない師たちは、この世の全てのまじないに通じている。一人一人の得意とするまじないはそれぞれだが、全てのまじない師たちが集えば、この世のまじないも集うと言われている。だから、夜の国に関するまじないを知らないということはあり得なかった。
知らないのではない。隠しているのだ。それがどのまじない師なのかは分からないが。だから、ゲルダはママ・アルパに内緒で、こっそり探そうと思っていた。
しかし、ママ・アルパはこうやって占いを使って自分の内側を見透かしてしまう。
「ママ、いい加減、私のことを視るのをやめて。私はもうじゅうぶん賢くなった」
「まじないがまじない師たちに隠されていると考えたお前はじゅうぶん賢いよ。でも、まだ理由にまで考えが及ばない。それに、まだお前は自制心が育っていない。お前の未熟な自制心の代わりをしているんだ。お前の自制心が育っていないから、私は教えようにも教えられないんだよ。お前がこれからしようとしていることは、諦めるんだね。もう少し自分を調整できるようになってからそのようなことを言いなさい。お前がもっと成熟すれば、私はもっとお前にまじないを教えることができるのに」
つまり、お前は未熟者だ、ということだ。
ゲルダはかっとなり、石をつかみ、ママ・アルパに向かって投げた。
「いつも正論ばっかり! そういうところ、大嫌い!」
刻んだ鍋をそのままにし、ゲルダは雪の降る外へと飛び出した。
ママ・アルパの言うことは本当のことだし、自分でも分かっている。
ママ・アルパには、いつも、まじない道具は大切にしなさいと言われていた。それを投げつけてしまうのだから、ママ・アルパの言う通り、自分のことを自分で調整できないのは確かなのだ。これが自分にとっての欠点であることも分かっている。
井戸の前まで行き、ゲルダはしゃがみこんだ。
顔に雪が当たる。火照った頬が少しずつ冷たくなっていく。
どうせ、何をしても、あの石で全て見抜かれてしまう。それならば、いっそのこと、ママ・アルパの制止を振り切ってしまえばいいのではないか。ゲルダは星の見えない空を見上げた。
一方、部屋に残されたママ・アルパは野菜の入った鍋の中に水を入れ、火にかけた。
ここまで言って、それでもなお、ゲルダが秘されたまじないについて学ぼうとするのなら、それはもう自分の力に及ばないものなのだというのは、ママ・アルパも分かっていた。
占いは全てではないし、占いやまじないによって人の行動がすべて決まったり、変わったりするものでもない。
床に散らばった石を集め、巾着の中に入れる。そして、それをゲルダが愛用しているポーチの中に忍ばせた。自分の持っている古代文字の石は、これだけだ。だからもう、ゲルダの心の中を視ることはできない。
ゲルダには古代文字のことは何も教えていない。けれど、ゲルダは自分の占いを見て、ひとりでに意味も占い方も学んでいた。ゲルダはそのくらい賢いのだ。秘されたまじないに似たものだって、自分で編み出してしまうかもしれない。そのくらい力とセンスがあるのがゲルダだ。
もう親の言うことばかり聞いておける年齢でもない。それゆえのあの癇癪である。
それからしばらくして、頭に雪を積もらせてゲルダは帰ってきた。
「ごめんなさい、ママ。落ち着いた。悪かったわ」
「いいんだよ。さ、スープができた。食べよう」
「うん」
ママ・アルパ自らゲルダの分のスープを皿へ注ぎ、テーブルへと運んだ。
「ゲルダ。私も悪かったよ――、それでは、神に祈って」
ママ・アルパの言葉に驚きながらも、ゲルダは手を組み、神に祈りを捧げた。
それから、ママ・アルパからは先ほどの話はなく、ゲルダも気まずさを感じ、二人とも黙って夕飯を食べたのだった。