2章
ここはゴンド島と同じ、小さな島なのだとハルムは言った。
森から離れるのなら、島から出た方が良いという意見には、エリアスも賛成した。エリアスの身分は王子だ。一人であちこちに行かせるはずがない。あらゆる魔法、あらゆる手段を使ってでも、エルフの民は自分を森に連れ戻すことが考えられた。
なぜ自分は魔法が使えないのか。あらゆる魔法が使え、夜の賢者とも言われるエルフたちですら、その理由は答えてはくれなかった。
エリアスは、叔父からの言葉を思い出して、歯ぎしりをする。
歪んだ表情を見て、ハルムはゲルダの肩から飛び立った。
「何かあったんでしょ。王子様。教えてよ。話したらちょっとは楽になるってものよ。それに、まじない師もいるし」
ちょっと、とゲルダはハルムを止めた。
まじないは万能ではない。もちろん、ゲルダは自分のまじないには自信はあった。しかし、まじないは魔法とは違う。それに、持ってきた石のうち二つは既に使ってしまった。この世界で通用するかどうかは、自信がなかった。
エリアスはありがとう、と眉を八の字にして苦しそうに微笑んだ。
吊り目で一見きつそうな見た目をしているが、その表情を見て、ゲルダは間違いだったかと肩の力を抜いた。
「俺が魔法が使えないのがいつからなのかも記憶にない。生まれつきなのか、それとも、あの儀式を境にしてなくなったのか」
ハルムがエリアスの肩に止まり、首を傾げた。
「儀式?」
「俺が正式にエルフの王になるための儀式だ。王になるためには、夜の国の女王に忠誠を誓い、夜の賢者を束ねる者として認めてもらわなければならない。必要なのは、強力な魔法の力と、夜の国への忠誠心――と、儀式の後に叔父に教えてもらった」
彼の叔父は、教育係か何かなのだろうか、とハルムは思いながらも、話について来ていないゲルダに補足の説明をした。
夜の国と昼の国が神によって作られた時、それぞれ国をまとめ上げる王も作られた。昼の国は人間の指導者。夜の国は夜の女王だった。
夜の女王は、夜そのもの、夜を愛し、夜を作り出す者である。夜に溶け、この国をいつも見ている存在だった。夜の国の民の母とも言われ、各種族の長は夜の女王に忠誠を誓う。
自然と共にある妖精たちは女王の統治からは自由だったが、夜の女王の息遣いを感じることは多かった。時には花に、時には魚に、時には星の光に、時には月になり、この夜の国を見ている大きな存在である。
「記憶がないので、その儀式中に何があったのかも覚えていない。そもそも儀式をしたことすら、覚えていない。だが、儀式は執り行われ、儀式までは俺は普通のエルフだったと聞いている。儀式は失敗に終わり、俺はその反動で長い眠りにつき、記憶をほとんど失ってしまったと叔父に聞いた」
「つまりあなたの知ってることは、全部、その叔父から聞いたもので、あなた自身は覚えていないってことなのね」
「そういうことだ。だから、叔父上が俺にとって不都合なことを言っている可能性もあるし、何か隠していることもあるかもしれない。今、エルフには王がいない。俺がなりそこなったから、エルフは早急に次の王候補を探さないといけなかった。だから、俺はもう不要だった。叔父を含む家臣たちが、こそこそと俺を夜の女王の元に返すなどという話をしていたところを見てしまい、逃げようと思った」
納得したハルムに、ゲルダは説明を求める。
「夜の女王に返すってどういうこと」
「エリアスの魂が、夜の女王から生まれでたものってことよ。ほら、言ったじゃない。私たちは死んだら星に帰るって。エリアスにとって死後帰る場所は女王の夜の中ってことなのよ。女王は、そのドレスから魂を産み落とすの。夜の落とし子って言われて、夜の国を支える存在として各種族の元で育つの。夜を支える柱となり、その力を使ったあとは、また夜の女王のドレスに戻るの。エリアスに魔法の力がないということは、柱としての役目を果たすこともできない。だから、無理やりエリアスに死を迎えさせて、次の夜の落とし子を迎えようって考えたんじゃない?」
ゲルダはその話を聞いて、エリアスの歪んだ顔を見た。
彼は命を狙われている。エルフのため、夜の国のためという大義の元、彼は命を狙われているのだ。
しかし、その理由となっている、魔法の力をまた手に入れれば、彼が夜の女王の元へ帰る必要はない。魔法さえ使えれば、彼は助かる。
「ハルム。あなた、何か知らないの? エルフの次に物知りな誰か」
「えー。知ってるけどお。ただで教えるのは嫌だわ」
ゲルダは顔を引きつらせたが、エリアスはハルムを手に乗せ、優しく言った。
「ではどうだろう。俺に魔法の力が戻った暁には、妖精たちを森に招くというのは」
ハルムはその提案ににんまりとして大きく頷いた。
「約束よ、未来の王様」
「誓おう。それで、その物知りはどこにいる?」
エリアスの手から飛び立ったハルムは、遠くを指差す。
ゲルダとエリアスがその指の先を見ると、朝日に輝く海があった。
「あの海の向こうに、小人の街があるの。その街には、妖精を数多く従え、街を守る夜警がいるわ。小人の中で最も力を持つ者よ。名前はリュート。そのベルで妖精を呼び、小人たちを守る頼もしい存在よ。妖精たちから得た知識は、エルフにも劣らないと言われているわ」
なるほど、とゲルダは頷いた。
これだけ夜の国を知っているハルムだ。面白い話が大好きだという風の妖精たちの情報網を使って知識を得ているのなら、魔法のことだって何か知っているかもしれない。
「あの海を無事、越えられたらいいわね」
そのハルムの一言が気になりつつも、ゲルダとエリアスは次の目標を決めたのだった。
森から離れるのなら、島から出た方が良いという意見には、エリアスも賛成した。エリアスの身分は王子だ。一人であちこちに行かせるはずがない。あらゆる魔法、あらゆる手段を使ってでも、エルフの民は自分を森に連れ戻すことが考えられた。
なぜ自分は魔法が使えないのか。あらゆる魔法が使え、夜の賢者とも言われるエルフたちですら、その理由は答えてはくれなかった。
エリアスは、叔父からの言葉を思い出して、歯ぎしりをする。
歪んだ表情を見て、ハルムはゲルダの肩から飛び立った。
「何かあったんでしょ。王子様。教えてよ。話したらちょっとは楽になるってものよ。それに、まじない師もいるし」
ちょっと、とゲルダはハルムを止めた。
まじないは万能ではない。もちろん、ゲルダは自分のまじないには自信はあった。しかし、まじないは魔法とは違う。それに、持ってきた石のうち二つは既に使ってしまった。この世界で通用するかどうかは、自信がなかった。
エリアスはありがとう、と眉を八の字にして苦しそうに微笑んだ。
吊り目で一見きつそうな見た目をしているが、その表情を見て、ゲルダは間違いだったかと肩の力を抜いた。
「俺が魔法が使えないのがいつからなのかも記憶にない。生まれつきなのか、それとも、あの儀式を境にしてなくなったのか」
ハルムがエリアスの肩に止まり、首を傾げた。
「儀式?」
「俺が正式にエルフの王になるための儀式だ。王になるためには、夜の国の女王に忠誠を誓い、夜の賢者を束ねる者として認めてもらわなければならない。必要なのは、強力な魔法の力と、夜の国への忠誠心――と、儀式の後に叔父に教えてもらった」
彼の叔父は、教育係か何かなのだろうか、とハルムは思いながらも、話について来ていないゲルダに補足の説明をした。
夜の国と昼の国が神によって作られた時、それぞれ国をまとめ上げる王も作られた。昼の国は人間の指導者。夜の国は夜の女王だった。
夜の女王は、夜そのもの、夜を愛し、夜を作り出す者である。夜に溶け、この国をいつも見ている存在だった。夜の国の民の母とも言われ、各種族の長は夜の女王に忠誠を誓う。
自然と共にある妖精たちは女王の統治からは自由だったが、夜の女王の息遣いを感じることは多かった。時には花に、時には魚に、時には星の光に、時には月になり、この夜の国を見ている大きな存在である。
「記憶がないので、その儀式中に何があったのかも覚えていない。そもそも儀式をしたことすら、覚えていない。だが、儀式は執り行われ、儀式までは俺は普通のエルフだったと聞いている。儀式は失敗に終わり、俺はその反動で長い眠りにつき、記憶をほとんど失ってしまったと叔父に聞いた」
「つまりあなたの知ってることは、全部、その叔父から聞いたもので、あなた自身は覚えていないってことなのね」
「そういうことだ。だから、叔父上が俺にとって不都合なことを言っている可能性もあるし、何か隠していることもあるかもしれない。今、エルフには王がいない。俺がなりそこなったから、エルフは早急に次の王候補を探さないといけなかった。だから、俺はもう不要だった。叔父を含む家臣たちが、こそこそと俺を夜の女王の元に返すなどという話をしていたところを見てしまい、逃げようと思った」
納得したハルムに、ゲルダは説明を求める。
「夜の女王に返すってどういうこと」
「エリアスの魂が、夜の女王から生まれでたものってことよ。ほら、言ったじゃない。私たちは死んだら星に帰るって。エリアスにとって死後帰る場所は女王の夜の中ってことなのよ。女王は、そのドレスから魂を産み落とすの。夜の落とし子って言われて、夜の国を支える存在として各種族の元で育つの。夜を支える柱となり、その力を使ったあとは、また夜の女王のドレスに戻るの。エリアスに魔法の力がないということは、柱としての役目を果たすこともできない。だから、無理やりエリアスに死を迎えさせて、次の夜の落とし子を迎えようって考えたんじゃない?」
ゲルダはその話を聞いて、エリアスの歪んだ顔を見た。
彼は命を狙われている。エルフのため、夜の国のためという大義の元、彼は命を狙われているのだ。
しかし、その理由となっている、魔法の力をまた手に入れれば、彼が夜の女王の元へ帰る必要はない。魔法さえ使えれば、彼は助かる。
「ハルム。あなた、何か知らないの? エルフの次に物知りな誰か」
「えー。知ってるけどお。ただで教えるのは嫌だわ」
ゲルダは顔を引きつらせたが、エリアスはハルムを手に乗せ、優しく言った。
「ではどうだろう。俺に魔法の力が戻った暁には、妖精たちを森に招くというのは」
ハルムはその提案ににんまりとして大きく頷いた。
「約束よ、未来の王様」
「誓おう。それで、その物知りはどこにいる?」
エリアスの手から飛び立ったハルムは、遠くを指差す。
ゲルダとエリアスがその指の先を見ると、朝日に輝く海があった。
「あの海の向こうに、小人の街があるの。その街には、妖精を数多く従え、街を守る夜警がいるわ。小人の中で最も力を持つ者よ。名前はリュート。そのベルで妖精を呼び、小人たちを守る頼もしい存在よ。妖精たちから得た知識は、エルフにも劣らないと言われているわ」
なるほど、とゲルダは頷いた。
これだけ夜の国を知っているハルムだ。面白い話が大好きだという風の妖精たちの情報網を使って知識を得ているのなら、魔法のことだって何か知っているかもしれない。
「あの海を無事、越えられたらいいわね」
そのハルムの一言が気になりつつも、ゲルダとエリアスは次の目標を決めたのだった。