感光
前略
雪が降ると、無邪気に見知らぬ子どもと白い森の中を駆けていたのを思い出すが、今無邪気に走り出そうとしても、その凍った空気に咳き込んで、はたと足を止めてしまい、もうあのときのように美しく白い、思い出を新たに紡ぎ出すのは、二度と叶わぬことなのであると、いたく感じさせられるのです。
私は病気を患っております、お医者様から処方された薬を、毎日飲んでおります。ごくごく飲みます。たくさん飲みます。そのうち、飲む以外のことを忘れます。
私には伴侶がいました。——いたはずでございました。彼もまた、病気を患い、先に逝ってしまわれました。しんしんと降り積もる雪の中、先に埋めておいた棺をどうにか掘り出して、蓋開いて、亡骸を寝かせて、また雪で覆い隠した日のことを忘れてなどおりません。あの日から雪は止むことなく降り続けています。時折晴れ間が見えますが、それは最低限の雪を溶かし、また隠れてしまわれます。
だらんと垂れ下がってしまった死蝋がいくつも重なって丘のようになっているのを見ました。あの樫の木だったものにいくつも連なっているものは皆首吊り死体でしょうか。まるで大きなヒモワタカイガラムシのようではありませんか。先生はどこにいらっしゃいますか。貴方は蟲にたかられてはいませんか。お返事をお待ちしています。
草々
……
拝復
君はそうして、自分の伴侶を度々死んだように見せかけることをおやめなさい。
君は幻覚を見ています。伴侶はまだそこにいます。
して、以前贈った乾燥花はどうしましたか。勿忘草を手間暇かけて乾燥させたとておきのものでした。まだ貴方から感想を頂いていない。待っています。
敬具
……
お手紙拝見いたしました。
伴侶は既に亡くなりました。これは紛れもない事実で、家の前に亡骸があった事を私は憶えております。思い出すと吐き気がします。ああ今にも吐いてしまいそう。心地が悪いです。先生はいつでも私に優しくありません。そうしているから先生は奥様に愛想を尽かされるのです。私をご覧下さい、伴侶の為にと禁忌を冒してまで寿命を引き延ばした覚悟をご覧ください。先生、貴方はそこまでできましたか。
お返事をお待ちしております。
かしこ
…………
拝復
君はこうして、ポストに手紙を入れるだけで勝手に運ばれるものだと考えている癖を直した方がいい。郵便屋が困るでしょう。
贈り物についての感想をまだ頂いていない。お待ちしています。
敬具
……
前略
先生、お返事をきちんと頂けていないように感じます。もう私には先生しかいないのに、どうしてそのようにして少しばかりのお言葉しか頂けないのでしょうか。
この世界は殆ど滅びたといっても過言ではないのです。不老であり不死となった私は末恐ろしい。この何もない白銀の世界で、死ねず、愛していた伴侶もおらず、ずっと生きていかねばならないのですか。
伴侶が恋しい。返事をください。
草々
………………
拝復
君は全く私の目を見てくれなくなりましたね。ここにいますよ。
敬具
……………………
前略
寂しいです。返事をくれませんか。
草々
…………………………
前略
きみ、僕を愛していますよね。ならなぜこちらを見てくれない。ずっとここにいるのです、玄関口にあった亡骸はただ木の上から落ちてきたものだと、何度言えばわかりますか。その墓は僕のものではないのですよ。一体何を埋めたと言うのです。
きみがポストに手紙を差し入れて、返事を書いているのは一体誰だと思っているのですか。この滅びゆく世界で郵便屋が機能するわけがありませんでしょう。毎日、きみが手紙を出しに行くのを見て、透明人間のように堂々とポストから手紙を差し抜いて、読んで、返事を書いていたのは僕ですよ。
僕を見てください。僕も貴方と共に堕ち、恒久の時を生きねばならなくなってしまった身なのですよ。共に寝ているというのになぜ背を向けるのです。食事をひとり分しか作らないのはなぜですか。薬指の指輪を胸に抱えて泣かないでください。僕が死んでしまったみたいでしょう。死んだのは貴方の見当識だ。
お願いしますから返事をください。もう手紙も書かないなんて嘘でしょう。
草々
…………………………
前略
きみを愛しています。
草々
雪が降ると、無邪気に見知らぬ子どもと白い森の中を駆けていたのを思い出すが、今無邪気に走り出そうとしても、その凍った空気に咳き込んで、はたと足を止めてしまい、もうあのときのように美しく白い、思い出を新たに紡ぎ出すのは、二度と叶わぬことなのであると、いたく感じさせられるのです。
私は病気を患っております、お医者様から処方された薬を、毎日飲んでおります。ごくごく飲みます。たくさん飲みます。そのうち、飲む以外のことを忘れます。
私には伴侶がいました。——いたはずでございました。彼もまた、病気を患い、先に逝ってしまわれました。しんしんと降り積もる雪の中、先に埋めておいた棺をどうにか掘り出して、蓋開いて、亡骸を寝かせて、また雪で覆い隠した日のことを忘れてなどおりません。あの日から雪は止むことなく降り続けています。時折晴れ間が見えますが、それは最低限の雪を溶かし、また隠れてしまわれます。
だらんと垂れ下がってしまった死蝋がいくつも重なって丘のようになっているのを見ました。あの樫の木だったものにいくつも連なっているものは皆首吊り死体でしょうか。まるで大きなヒモワタカイガラムシのようではありませんか。先生はどこにいらっしゃいますか。貴方は蟲にたかられてはいませんか。お返事をお待ちしています。
草々
……
拝復
君はそうして、自分の伴侶を度々死んだように見せかけることをおやめなさい。
君は幻覚を見ています。伴侶はまだそこにいます。
して、以前贈った乾燥花はどうしましたか。勿忘草を手間暇かけて乾燥させたとておきのものでした。まだ貴方から感想を頂いていない。待っています。
敬具
……
お手紙拝見いたしました。
伴侶は既に亡くなりました。これは紛れもない事実で、家の前に亡骸があった事を私は憶えております。思い出すと吐き気がします。ああ今にも吐いてしまいそう。心地が悪いです。先生はいつでも私に優しくありません。そうしているから先生は奥様に愛想を尽かされるのです。私をご覧下さい、伴侶の為にと禁忌を冒してまで寿命を引き延ばした覚悟をご覧ください。先生、貴方はそこまでできましたか。
お返事をお待ちしております。
かしこ
…………
拝復
君はこうして、ポストに手紙を入れるだけで勝手に運ばれるものだと考えている癖を直した方がいい。郵便屋が困るでしょう。
贈り物についての感想をまだ頂いていない。お待ちしています。
敬具
……
前略
先生、お返事をきちんと頂けていないように感じます。もう私には先生しかいないのに、どうしてそのようにして少しばかりのお言葉しか頂けないのでしょうか。
この世界は殆ど滅びたといっても過言ではないのです。不老であり不死となった私は末恐ろしい。この何もない白銀の世界で、死ねず、愛していた伴侶もおらず、ずっと生きていかねばならないのですか。
伴侶が恋しい。返事をください。
草々
………………
拝復
君は全く私の目を見てくれなくなりましたね。ここにいますよ。
敬具
……………………
前略
寂しいです。返事をくれませんか。
草々
…………………………
前略
きみ、僕を愛していますよね。ならなぜこちらを見てくれない。ずっとここにいるのです、玄関口にあった亡骸はただ木の上から落ちてきたものだと、何度言えばわかりますか。その墓は僕のものではないのですよ。一体何を埋めたと言うのです。
きみがポストに手紙を差し入れて、返事を書いているのは一体誰だと思っているのですか。この滅びゆく世界で郵便屋が機能するわけがありませんでしょう。毎日、きみが手紙を出しに行くのを見て、透明人間のように堂々とポストから手紙を差し抜いて、読んで、返事を書いていたのは僕ですよ。
僕を見てください。僕も貴方と共に堕ち、恒久の時を生きねばならなくなってしまった身なのですよ。共に寝ているというのになぜ背を向けるのです。食事をひとり分しか作らないのはなぜですか。薬指の指輪を胸に抱えて泣かないでください。僕が死んでしまったみたいでしょう。死んだのは貴方の見当識だ。
お願いしますから返事をください。もう手紙も書かないなんて嘘でしょう。
草々
…………………………
前略
きみを愛しています。
草々
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