感光

 あなたの影が海に滲む。
 それは筆洗に張った水に、透明水彩をひたりと堕としたように、そうしてそのまま薄く濁って、泥舟が沈むように。

 あなたは、きれいなものばかりを壊していたよね。
 それは花に蝶にミズクラゲ、貝殻、宝石、氷に硝子。
 流れ出る赤血球中のヘモグロビンが浜辺の潮溜まりに滲んで、その塩水を赤く染めてった。
 
「ねえ、やめなよそれ痛いでしょ」
「わたしより綺麗で、よく口を出すね」

 あなたは自分よりもずうっときれいな、美しいものが気に入らないと、よくその顔に笑みを湛えつつ、 裸足の足で踏んづけ壊した。
 あなたのすらりとしたその足はきれいで、反射した月の光に照らされて、有機無機物の塊なのに、まるで宝石のようだったんだよ。あなたは自分を見ていないから、気づいてないかもしれないのだけど。

 あなたの制服姿、覚えてる。
 あなたのその長いスカート丈、肌と融けるほど白いワイシャツ、毛細血管の裏側くらい、暗くて深いあの色のネクタイ。
 学校一きれいだったんだよ、世界一きれいだったと思うの。
 どうして学校に来なくなったの、どうしてそのままおとなになったの。

 あなたはわたしと生きてみたいと、よく妄言愚言を並べていたね。そんなことを思っているのに、たしかにその時はただただずっと、幸せだったのは否定しないよ。
「同じ家」「同じご飯」「同じ布団」
 あなたのために死ぬ気で揃えた。

 あなたはよくネグリジェで外に出た。急に死にたいと言い始めてどこかへ。
 階段からばたと転げ落ちて、二階のベランダから身を投げて、その白い腕に赤を引いて、あの海辺で水に浸かって。

 わたしはあなたをその度叩いた。
 あなたは心底嬉しそうだった。

 あなたはどんどん壊れていった。

 叩いて、殴って、崩して、壊して。ずっとそんなことばかりを言って。
 あなたのためにどれだけわたしが、あなたを壊そうと思ったんだろ。
 あなたを壊すことだけでしか、自分を感じられないことに気づいたあの日、もうすべてがどうでも良くなった。

 幸せを見失ったまま、ずれた目的地に歩き出して、
 とうとうこんなとこまで来てしまったんだ。

 狭いワンルーム、日焼けした壁、古い冷蔵庫、ちっぽけなシンク、古ぼけたラグに敷く一枚の布団。
 そんな布団に埋まって、瞼を閉じている時だけが、私の世界の中のすべてで、このまま貴方と目覚めなければ。

 薄ら氷を踏むようなわたしの生を、あなたとただ暮らすことができたら。
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