第3夜 月夜の復讐者
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第3夜 月夜の
#完全オリジナル
アレンと別れたおなまーえと神田は電車を乗り継ぎ、スペインに向かっていた。
「向こうに着く頃には日も暮れちゃうかもしれませんね、先輩」
「チッ」
そこそこ大きな駅のホームで、おなまーえは青い空を見上げていた。
国によって電車の時間はまちまち。
ぴったりな文化もあれば、時間にルーズな文化もある。
神田にとっては時間通りに来ない電車はストレス以外の何物でもないのだろう。
先程から貧乏ゆすりが止まらない。
対しておなまーえにとってはそうでもない。
きっと穏やかでマイペースな人が多いのだろうと、楽天的に捉えていた。
「……まだ来ねえのか」
「流石にちょっと遅いですね」
だが、ここに着いてからかれこれ30分経っている。
予定の電車は、本来ならば20分前に出発しているはず。
確かにそろそろ待ちくたびれた頃だ。
(もしかして先に行っちゃったとか…?誰かに聞いてみよう。)
煙たがれるかもしれないが、駅員に聞くのが一番正確で手っ取り早い。
おなまーえは首を下ろして辺りを見渡した。
「先輩、ちょっと私駅員の人に聞いてきま――」
次の瞬間、彼女の時が止まった。
「え…」
反対側のホームで、それなりに人混みのはずなのに、スポットライトが当たっているかのようにある一点だけが妙に明るく見える。
彼女が青い空から視線を落とした先にいたのは、金色の髪の女性。
彼女以外の人、見える限りの世界が、まるでおもちゃで作られた世界であるかのように静止した。
「どうした?」
一点を見つめて固まったおなまーえを神田は不審そうに見つめる。
彼女は答えずに反対側のホームをじっと凝視している。
「……」
見覚えのある白い肌。
ぽってりとした唇。
研ぎ澄まされた爪。
そして自分と色違いの、青いリボン。
「ルル…姉…?」
髪色は金色でサングラスをかけているため、ぱっと見他人のように見えるが、十数年間共に過ごした姉に間違いなかった。
「ルル姉!!」
「おい待て!」
人の注目を物ともせず、叫んで走り出す。
反対側のホームのため、一度駅を出なければならなかったが、おなまーえにとってそんなことは些細なことだった。
人の流れに逆行し、ぶつかりながらも死にものぐるいで走る。
"あの日"から、ずっと姉を探していた。
父も母もあのアクマに殺された。
天涯孤独の彼女が唯一心の拠り所にしていた彼女が、目と鼻の先にいた。
燃え盛る炎の中、こちらを静観していた彼女は何を思っていたのか、なぜ自分1人を置いていったのか、なぜアクマの攻撃を免れたのか、姉に聞きたいことがたくさんある。
「はっ、はっ、はっ…!」
このくらいの距離を走ることなど、常なら息ひとつ乱れずできるはずなのに、上がった心音のせいで呼吸が整わなかった。
「ルル姉…!」
反対側のホームに辿り着き、人をかき分けて進む。
焦燥した顔の少女が走っていくのだから、何事かと周りの人は振り返る。
「……っ」
だがどんなに探しても、先程の金髪の女性の姿を見つけることはできなかった。
電車は来ていないため、乗って行ってしまったとは考えにくい。
(人違い…?いや、でもあのリボン…)
世の中に青いリボンが果たして何本あるかわからないが、あれは間違いなくおなまーえの赤いリボンと対になるもの。
「おい、どうしたんだ」
訝しげに眉をひそめ、神田が追いかけてきた。只事ならないおなまーえの様子を、彼は不審そうに見つめる。
「……なんでもない」
姉を求めるあまり幻覚でも見てしまったのだろうか。
疎らになったホームを見渡すまでもなく、彼女の姿はなかった。
――ニャア
ハッとしておなまーえは振り返る。
「黒猫…?」
しなやかな体形の黒猫が、黄色い目でこちらをじっと見つめていた。
「この子…」
おなまーえが近付こうとすると、黒猫はチリーンと首輪のベルを鳴らし、線路に降りて走り去って行ってしまった。
****
電車は20分遅れで来た。
少しずつ赤みがかっていく空と移り変わる景色を、車窓からぼんやりと眺める。
神田はそんなおなまーえを気にかけていた。
先程彼女は「ルル姉」と叫んでいた。
記憶が間違いでなければ、それはおなまーえの実の姉の名であり、彼女が探している人物でもあったはずだ。
エクソシストになれば世界中を旅することができる。
おなまーえはアクマを倒してイノセンスを回収する傍らで、行方不明の姉の手掛かりを聞き回っていた。
生きているのか死んでいるのかもわからない姉を、彼女は4年間探していた。
おなまーえが見たのが幻覚なのか、他人の空似なのか、本人なのかはわからない。
彼女自身も気にしてはならないとは思いつつも、頭の片隅から離れないのだろう。
「…チッ」
神田は舌打ちすると乱暴に彼女の名前を呼んだ。
「おなまーえ」
「………」
「おなまーえ」
「……なんですか先輩」
おなまーえは視線を動かさずに答える。
「何があったかは詮索しないが、呆けてんじゃねぇ」
「……うん……」
心ここに在らずの空返事。
このままでは任務に支障を来す可能性もある。
足手まといが増えるのは、神田にとって喜ばしいことではなかった。
「チッ」
もう一つ舌打ちをしながら、神田は六幻を下ろしおなまーえに近づく。
これには流石の彼女も顔をこちらに向けた。
「……先輩?どうかされ、んむっ!?」
「俺の話を聞かねぇとはいい度胸じゃねぇか」
むにゅっと片手で両頬を掴まれた。
「ひゃに、ひゅるんですか!」
ひょっとこの口のような形になり、おなまーえはうまく喋れない。
「今俺たちは次の任務に向かってるんだ。切り替えろ。足手まといになるようなら置いてくぞ。」
「!!」
神田の言葉にハッとおなまーえは目を覚ました。
そうだ。
悩んでいる暇はない。
迷いや悩みはときに命取りになる。
それは"自分が一番よく知っている"はずだ。
こちらを見下す仏頂面を見上げて、おなまーえは目を細めた。
「……ふぁりがとうごじゃいまひゅ」
「ふんっ」
ようやくいつもの調子を取り戻してきたおなまーえを見て、彼は満足そうに手を離し元の席に戻った。
「よし」
おなまーえも心を切り替え、手元の資料に目を通した。