第2夜 土翁と空夜のアリア
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おなまーえは翌日には回復して街を探索した。
彼女はこうして時間が空いたときは、いつも必ず町の人に探し人の聞き込みをしている。
だが今まで収穫が得られたことは未だにない。
病院に戻ると神田が本部と連絡を取っていた。
"戻った"と軽く手を上げれば神田もそれに返してくれる。
『いいねぇ、青い空。エメラルドグリーンの海。ベルファヴォーレイタリアン♪』
「だからなんだ」
『"なんだ"?フフン♪』
鼻歌交じりのコムイの声から一変、思わず受話器を話したくなるくらい大声で彼は叫んだ。
『羨ましいんだい、ちくしょーめっ!』
「う、るさ…」
『アクマ退治の報告からもう3日!何してんのさ!!僕なんかみんなにこき使われて外にも出れない。まるでお城に幽閉されたプリンセ――』
「わめくな、うるせーな」
点滴を抜きながら神田は辛辣に突き返す。
昨日まで寝ていた人がどうしてこうもピンピンしていられるのか、理由を知っていてもおなまーえは不思議な気持ちだった。
「文句ならアイツに言えよ。つかコムイ!俺アイツとあわねぇ!」
『神田くんはおなまーえちゃん以外、誰とも合わないじゃないの』
「違いますよ、私が戦闘に関して口出ししないからまだ"マシ"なんですって」
彼の隣に座り、受話器の背面にピタリと耳を合わせる。
聞きづらいがコムイの大声はよく聞こえる。
『で、アレンくんは?』
「まだあの都市でララと一緒にいます」
『そのララっていう人形、そろそろなのかい?』
「多分」
「もうアレは五百年動いてた時の人形じゃない。じき、止まる。」
「…………」
神田はお腹に巻かれている包帯をほどき始める。
背中の方はおなまーえも少し手伝った。
もう傷の後もなく、すべすべの肌が外気に晒される。
「ちょっ、ちょっと何してんだい!?」
タイミング悪く医者が入ってきた。
「帰る」
「お金はそこに請求しておいてください」
トマがスッと名刺を渡す。
「ダメダメ!あなた全治5ヶ月の重傷患者!!」
「治った」
「そんなわけないでしょ!」
神田は包帯を医者に押し付けると、おなまーえから上着を受け取り羽織った。
その時にちらりと見えた胸の模様が、彼が常人と違う理由であることをおなまーえは知っている。
「世話になった」
「そ、そんなバカな…傷が消えてる……」
神田はサクサクと病室を出て行ってしまった。
唖然としている医者に会釈し、おなまーえとトマは彼に続いた。
神田の持っている受話器はまだコムイに繋がっている。
『今回の怪我は時間かかったね、神田くん』
「でも治った」
『でも時間がかかってきたってことは、ガタが来始めてるってことだ。計り間違えちゃいけないよ。キミの命の残量をね。』
神田の体は傷がすぐ治る。
擦り傷程度なら数十分で治るし、風邪もひかない。
それは彼が"造られた"エクソシストであるから。
これを知るのは教団の上層部と、ティエドールと、うっかり会話に聞き耳を立ててしまったおなまーえだけである。
だがこの体質も無限に使えるわけではない。
普通の人と同じように老化するし、機械のようにガタも来て、いつかは寿命を迎える。
だからこそ、おなまーえは極力神田に
それはあくまで彼女のエゴでしかないが、それでも彼が隣にいることを許してくれる限りは護りたいと思う。
「……で、何の用だ。イタ電なら切るぞコラ。」
『ギャー!ちょっとおなまーえちゃん聞いた!?今の辛辣な言葉!!』
「ふふ、辛辣な態度は先輩の愛ですよ。受け取ってやってください、コムイさん。」
「ふざけたことぬかしてんじゃねぇ」
コツンと受話器で頭を叩かれた。
『はいそこ、イチャイチャしなーい!連絡したのは次の任務についての話!』
マテールに向かう道すがら、2人は次の任務の概要の説明を受けた。
詳しくは後でゴーレムに送る資料を参考にしろと。
2人は承諾し、アレンの元に向かった。
****
心臓を戻したララは、その後三日三晩歌い続けた。
グゾルのために子守唄を延々と歌う。
そのメロディは切なくも暖かく、人形とは思えないほどの柔らかい歌声だった。
アレンはグゾルの遺体があるホールの外の階段で膝に突っ伏していた。
落ち込んでいるのだろうか。
初任務にしてはなかなか厳しいものだったと思う。
エクソシストになるのを嫌がっても仕方ないかもしれない。
「何寝てんだ。しっかり見張ってろ。」
「…あれ?全治5ヶ月の人がなんでこんなところにいるんですか?」
「治った」
「ウソでしょ」
「ウソじゃないんだなぁ、これが」
神田が無遠慮に階段を登り、アレンの斜め下のところに座り込む。
おなまーえも神田の少し下に腰をかけた。
「コムイからの伝達だ。俺とおなまーえはこのまま次の任務に行く。お前は本部にイノセンスを届けろ。」
「……わかりました」
「…………」
神田は顔を持ち上げてアレンの方を見る。
美しい歌声が、どうしても辛かった。
おなまーえにもそう感じられるのだから、アレンは尚更だろう。
「辛いなら人形止めてこい。あれはもうララじゃないだろう。」
「2人の約束なんですよ。ララを止めるのはグゾルさんじゃないとダメなんです。」
「甘いなおまえは。俺たちエクソシストは"破壊者"だ。"救済者"じゃないんだぜ。」
「わかってますよ。でも僕は――」
ヒュオッと風が吹いた。
「っ……」
「歌が、止まった……」
「………」
3人はそれ以上言葉が出なかった。
グゾルが死んで3日目の夜。
ララは止まった。
彼女は最期に何を思ったのか。
たかだか人形が感情など持つはずがないと、人は言うかもしれない。
だがグゾルを守り、彼のために歌いきったララをただの人形と切り捨てることはできなかった。
トマを呼び、階段を上る。
ララが止まったのだ。
心臓であるイノセンスも回収できる。
ホールに入るとララを抱えたアレンが肩を震わせていた。
「どうした?」
「神田……それでも僕は誰かを救える破壊者になりたいです」
「アレン……」
その決意に、アレンの小さな背中がとても大きく感じた。
《第2夜 終》