第2夜 土翁と空夜のアリア
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第2夜 土翁と空夜のアリア
いつも通り、おなまーえは赤いどんぶりを、神田は山盛りのざる蕎麦を持って席に着く。
もはや彼の隣が特等席と化している。
もちろん神田がいないときは一人で食事をしているのだが、女性エクソシストは珍しいらしくよく話しかけられるのである。
食事のときくらい静かにしたいおなまーえにとっては、彼の隣は居心地が良かった。
「今日はないんですね、海老天」
「食いたきゃ自分で頼めつってるだろ」
「先輩から貰うのがいいんです」
昨日と同じ会話をする。
もはや定型文と化しているこの会話は、おなまーえがここにきた頃から続いている。
もともと神田は、わざわざ海老天を注文はしていなかった。
だがある時ジェリーが誤って揚げて神田に出してしまった。
明らかに要らないという顔をしていたので、そこでおなまーえが貰い受けたことが始まりである。
それ以来、おなまーえが食事の席に行くとたまにわざと海老天を注文してくれる(本人はジェリーがまた間違えたなどと供述しているが)。
彼自身が食べているところは、まだ見たことがない。
神田の優しさは自分だけが知っていればいい。
おなまーえはスープを掬い、口に運んだ。
「うっ…ひっ…」
ところが薄っすらと聞こえてきた泣き声に、担々麺の味が感じられなくなってしまった。
箸を止めて首を少し動かし様子を確認すると、探索部隊と思われる男性たちが友人の死を悼んでいた。
人の死ほど悲しいものはない。
たとえそれが知らない人であったとしても、同じ志を持った仲間だったのだからおなまーえも胸を痛めた。
(でもここはダメでしょう)
だが、少なくとも追悼は食堂でやるべきではない。
食堂は今を生きる人たちが少しでも気分が晴れればと用意されている場所だ。
「なんで死んじまったんだよぉ…」
「うぅ…」
涙を流す彼らに同情こそすれど、共感はできなかった。
やんわりと礼拝堂の方に誘導すべきか、放置するべきか。
なるべく穏便に済ませたいというおなまーえの思いは、神田の一言で砕かれた。
「……うるせぇ」
「ちょっ…」
たった一言。
聞こえるか聞こえないかの小声。
だが真後ろにいた男達はきっちり聞こえてしまったらしい。
「何だとコラァ!!」
案の定、泣いていた男は怒鳴り声をあげる。
あまり男性の怒鳴り声に慣れていないおなまーえはびくりと肩をならした。
「もういっぺん言ってみやがれ、ああっ!!?」
「おい、やめろバズ!」
「えっと、その……」
自分と神田が言い争いをする分にはおなまーえは気にしないが、他者と神田の仲介となるとやりにくい。
今回は神田の言わんとしたことも理解できるため、うまく言葉が紡げない。
「うるせーな」
神田は箸を置いた。
「メシ食ってる時に後ろでメソメソ死んだ奴らの追悼されちゃ、味がマズくなんだよ」
ごもっとも。
だが言い方というものがあるだろう。
「てめぇ、それが殉職した同志に言う台詞か!!」
事態は悪化していく一方で、おなまーえはタジタジになる。
「俺たち、捜索部隊はお前らエクソシストの下で命がけでサポートしてやってるのに、それを…それをっ!メシがマズくなるだとーー!!」
男が神田に手をあげる。
だがエクソシストである彼が避けられないはずがない。
ひょいっと身軽に避けると男の首を一気に掴み上げる。
「サポートしてやってる、だぁ?」
「先輩…」
男は苦しげに呻く。
おなまーえは神田を止めようと服の裾を掴むが、彼は振り向きもしない。
彼らは注目の的になっていた。
「ちげーだろ。サポートしかできねぇんだろ。お前らはイノセンスに選ばれなかったハズレ者だ。お前ひとり分の命くらい幾らでも代わりはいる。」
流石にそろそろ止めないと、この食堂の人間全員を敵に回すことになる。
おなまーえが立ち上がろうとした瞬間、彼女の横を通り過ぎる影がひとつあった。
「ストップ。関係ないとこ悪いですけど、そういう言い方はないと思いますよ。」
男を掴みあげていた神田の腕を、昨日出会ったばかりのアレンが握っていた。
「……放せよ、モヤシ」
「モヤ…?アレンです」
「はっ、1ヶ月で殉職なかったら覚えてやるよ。ここじゃバタバタ死んでく奴が多いからな、こいつらみたいに。」
ここは戦争の最前線。
神田の言い分にはおなまーえも同意だった。
だが、やはり言い方に問題がある。
「だからそういう言い方はないでしょ」
神田は男から手を離し、アレンを睨みつける。
おなまーえと周りの職員が駆け寄った。
おなまーえと神田も、よく瀕死の探索部隊を置いていくか連れて帰るかで揉めることがあるが、神田の意見は尊重しつつ、我を通すようにしている。
だがアレンは神田の意見を真っ向から否定した。
「早死にするぜ、お前。キライなタイプだ。」
「そりゃどうも」
一触即発。
彼らは根本からして犬猿の仲なようで、互いに闘志を燃やしている。
「お、いたいた。おーい!」
その時、ちょうど2人が呼び止められた。
科学班の班長、リーバーである。
「神田、アレン、それからおなまーえ。10分でメシ食って司令室に来てくれ!任務だ。」
おなまーえは昨晩のリナリーとの会話を思い出す。
今日はアレンの初任務日。
アレンとおなまーえだけならまだしも、神田も一緒の呼び出しとなると、嫌な予感が頭をよぎった。
ギッと睨み合って互いに食事に戻っていく2人を見届けてから、おなまーえは男に話しかける。
「連れがすみません」
「い、いや…」
おなまーえは男のことを知らないが、向こうはこちらのことを知っているのだろう。
数少ない女性エクソシストなのだから。
「殉職した方のこと、お気の毒に思います。ですがここは食堂です。生きている人間が、次の戦争に向けてエネルギーを蓄える場です。死者の弔いは礼拝堂でお願いしますね。」
なるべく当たり障りのない言葉を選んで伝えた。
神田の言い方よりは全然マシだろう。
男はバツの悪そうな顔をしておなまーえに謝罪した。
謝る相手が違うだろう、とは言わなかった。
席に着き、神田と二人で無言で食事を再開する。
担々麺は少し伸びてしまっていた。