29. 目を閉まるまで
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Until we close our eyes.
目を閉まるまで
白の騎士はかつて116人もの犠牲者を食らった危険視されているチェイン。
その残りカスとはいえ、おなまーえにとっては十分に脅威となり得た。
「ごほっ…」
女は大きく咳き込んだ。
口に溜まった鉄の液体を唾液とともにぺっと吐き出す。
スラックスもワイシャツももうほとんど原型を保っていなかった。
胸元の違法契約者の刻印も剥き出しになり、その針は後2刻を残して塗り潰されていた。
「……そもそも勝てるはずはないんだけれど」
逸話では、赤の騎士は白の騎士に敗北している。
それだけでなく、赤の騎士は決して戦闘能力に長けているわけではない。
(でも、こいつは私が決着をつけなきゃいけない)
もちろんおなまーえ=シンクレアから日常を奪い去った張本人だから、という理由もあるが、それ以上にここに一緒に来た仲間に自分の犯した罪の尻拭いをさせるというのも後味が悪かった。
故におなまーえは今ここで、白の騎士の残りカスを倒さなければならない。
白の騎士がこちらに襲いかかってきた。
「はぁっ!」
相手の剣を弾いて突きを繰り出す。
しかし片手で力が入るはずもなく、呆気なくおなまーえの剣は弾き飛ばされた。
「ぁっ…」
「Ahーーー!!」
次の瞬間、白の騎士の咆哮とともに大きく吹き飛ばされた。
避けなきゃと思う間もなかった。
「あぁぁあ!!!」
――ドォーン
後方に飛ばされ、背中と頭を強打する。
チカチカと星が舞った。
「ぅ…」
体に力が入らず、仰向けのまま漆黒の空を見上げる。
(立たなきゃいけないのに…)
動くことができない。
心ばかりが急いで仕方なかった。
首を横に向けて自身のチェインに語りかけた。
「フレイム…」
「………」
まだいけるかと問いかければ、赤の騎士は小さく首を振った。
「……そっか……無理、させて、ごめんね…」
もう、限界だ。
神経を切られたため左手はほぼ麻痺して動かず、全身に切り傷ができている。
加えて吹き飛ばされた拍子に頭を打ったため視界がクラクラする。
「は……ははっ」
滑稽だと思った。
飛んだ笑い話だ。
自分の死期を悟った時から覚悟はしていたつもりだが、おなまーえは今恐怖に包まれていた。
死という得体の知れない恐怖。
(犯罪者の終わりなんてこんなものなのかな)
願いのために、自分の家族をチェインに捧げた。
他の契約者同様、アヴィスに引き込まれ、チェインに襲われたところを偶然ファングに助けられた。
そしてルーファスに拾われ、レイムの妹としての役割を与えられ、もう一度ケビンに出会った。
(なんて…幸福だっただろう)
幸せすぎた。
罪を償うことを忘れるほどに、満ち足りた生活だった。
死を忘れるほどに、安寧な人生だった。
だが、結局最後なんてこんなに呆気ないものなのだ。
死は誰にでも平等に訪れる。
命の重さは昔から変わらない価値基準で定められている。
自分だけ特別だなんて、どうして思えるだろうか。
(私は人よりちょっと長く生きちゃっただけ)
自嘲気味に笑うと、目の奥が熱くなった。
涙なんて、姉が死んだ時以来流していなかったというのに。
「ォ……ゥ…ォォ…」
白の騎士がおなまーえを見下ろした。
カチャッと彼女の額に垂直になるように剣を構えている。
そのまま真っ直ぐ落とせばおなまーえの頭に突き刺さるだろう。
(私、このままひとりぼっちで死んでチェインの一部になるのかな……)
白の騎士は受肉して殺戮兵器となるだろう。
しかしそれはおなまーえの中に残っているわずかな理性が猛反対していた。
(それは…嫌だなぁ……)
この期に及んで、死にたくないなどという気持ちが沸き起こる。
ふっと頭の中に花冠を乗せたケビンのすがたが思い浮かんだ。
これが走馬灯というやつなのだろうか。
(ケビン……ケビン……)
身体はひどく冷たいのに、心はほんのりと淡く色づいていた。
輝かしかった記憶が次々と蘇る。
剣の先から滴る赤い雫がポタリと頬に落ちた。
白の騎士があと一つ息を吐いただけで、その剣はおなまーえを突き刺すだろう。
その剣の輝きを、自分の死を、彼女は静かに見つめていた。
「ほんと滑稽ね」
(最期に…もう一度だけ、貴方に逢いたかった……)
無機質な鈍い光が迫ってきた。
彼女は静かに目を閉じる。
(ブレイク)
――ザクッゥ