2月1日
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2月1日
日付もかわり、夜の闇は一層深くなってきた。
「次はどこだ?」
「えっと、この近くではあるんだけど、少し郊外になっちゃうんだよね。明日でもいいかなとも思ったんだけど…」
「いやいや、近ぇなら行っちまおうぜ、嬢ちゃん」
「おなまーえだって」
山を下った2人は郊外の森に足を向けた。
道路もあまり整備されていないため、枝を踏む音が響く。
夜も更けてきた。
このあたりの空気は澄んでいるため、上を見上げれば満天の星空が見える。
まるで宝石を散りばめたようなそれに、おなまーえはほうっと息を吐く。
「今日は月も星もすごく綺麗に見えるね」
「月の表面なんて綺麗なもんでもないぞ」
「行ったことあるの?」
「ああ。ここからはちと未来の話だがな。覚えてることもあんまりねぇし。」
驚いた。
未来では月で聖杯戦争が行われているのか。
そもそも人が降りたてるという時点で、現代の魔術と科学双方の常識から逸脱している。
「え、月ってどんなところ?やっぱ無重力でふわふわしたの?」
「記憶は朧げだが、少なくとも浮いてはいなかったぞ」
「マスターの顔も思い出せないの?」
「そうだな。まぁ英霊とマスターなんて、一期一会の関係だ。んなこといちいち気にしてらんねぇよ。」
「そう…」
少しだけ、ほんの少しだけ寂しいと感じたのはおなまーえのエゴ。
聖杯戦争が終われば、座に帰る彼はおなまーえのことを綺麗さっぱり忘れるのだろう。
彼女は永遠に彼のことを忘れられないというのに。
ピタリとランサーが足を止めた。
彼は一瞬で青い装束に着替え、紅い槍を構える。
「…嬢ちゃんすまねぇ。警戒を怠ってた。」
「敵襲?」
「ああ。大物のお出ましだ。」
耳を澄ます。
大きな息遣いと地面の枝の折れる音が聞こえる。
まるで巨体がこちらの様子を伺いながらぐるぐると移動しているかのような音。
「オレから離れるんじゃねぇぞ」
「うん」
聖杯戦争はもう始まっている。
英霊を召喚した時点で舞台は開幕しているのだ。
言峰曰く、英霊は昨日時点で3体召喚されている。
おなまーえのランサーと、バーサーカーとキャスターだ。
この森の奥にはとある一族の別荘(というより最早城)が建っている。
かすかに感じるサーヴァントと人の気配。
それが指し示す答えは一つしかなかった。
「アインツベルン…!」
震える背筋に叱咤して、おなまーえは言峰から聞いたマスターの名を叫んだ。
「……あれ、なんだ。知ってたのね。つまんない。」
小鳥のような、鈴を転がしたような、そんな綺麗な声。
予想以上に幼い声色は、だが年不相応に凛としている。
幼い声は続ける。
「侵入者用のセンサーが反応したから見に来てみれば、とんだ野犬が引っかかったわ」
「ほぉ……犬ってのはオレのことか」
「ええ。あなたもそうだし、そこで震えてるマスターなんてチワワかプードルみたいね。お似合いだわ、あなたたち。」
バカにされて良い気はしない。
おなまーえは周囲をジロリと睨みつける。
「臆病者。前に出てきなさい。」
「いやよ。こんな時間にくる来客に挨拶なんてする必要ないわ。」
声がどこからか聞こえるかわからない。
先ほど彼女は侵入者用のセンサーと言っていた。
ここは既にアインツベルンの領域。
遠隔魔術の仕込みももちろん行われているのだろう。
「よそのお庭に入るなんて悪い子」
可憐な声が響く。
「躾のなっていないわんちゃんにはお仕置きしなくちゃね」
次の瞬間、ふっと空気が凍った。
「――やっちゃえ、バーサーカー」
「伏せな!嬢ちゃん」
「っ!!」
――ドゴォン
落下してきたのは巨体と大きな鉈のような武器。
ランサーの声に反応していなければ、おなまーえの頭は地面にぺしゃんこになっていただろう。
「はっ…!」
「チッ!」
バーサーカーはもう一度武器を振り回す。
おなまーえの背丈ほどある鈍器と、ランサーの細い槍がぶつかる。
「なに、こいつ…!」
おなまーえでもわかる、バーサーカーの桁違いの魔力。
単純な魔力量とパワーだけならランサーをはるかに凌ぐだろう。
その咆哮は天にまで届き、踏みしめた足は大地を揺るがす。
このサーヴァントは、もはや天災と言っても過言ではない。
力で勝てないと悟るとランサーは凶悪な打撃を受け流す。
だがただパワーが強いだけというわけでもないようで、その正確無比な攻撃に彼は翻弄されていた。
「ランサー!撤退!」
「……こりゃ今のオレには手に負えねぇ」
ランサーは悔しそうに答える。
バーサーカーといえば狂気に飲まれて自我を忘れているのが常。
だがこの巨体は意識を保っているのか、戦いに関してはランサー以上の動きを見せる。
スピードで彼に敵わないぶん、パワーと戦略で攻め込んでくるのだ。
――勝てない。
少なくとも何の策もないままこいつと一騎打ちなんて自殺行為だ。
このバーサーカーの真名を看破して、弱点となるところをつかないと勝機は見出せない。
おなまーえは、ここは潔く撤退するという選択をした。
ランサーがバーサーカーの武器を地面に沈めた。
その隙に彼はおなまーえの元まで一気に飛ぶと、彼女の腰元を抱えて走り出した。
「逃がさない!」
「◼︎◼︎◼︎◼︎ ―――!!」
おなまーえたちが通り過ぎた木がなぎ倒されていく。
ランサーだけならばこの場を切り抜けられるだろう。
彼の俊敏性は槍兵のなかでもトップクラスのものだ。
だが今はおなまーえというお荷物がいる。
迂闊だった。
アインツベルンが城の周りの森に手を加えていないとどうして思えたのだろうか。
自分の浅はかさにおなまーえは顔をしかめる。
「……反省会は後だ、嬢ちゃん」
「うん、ごめんランサー」
風の中を駆け抜ける。
冬の木枯らしと枯れ葉が肌を痛めつけた。