1月31日
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話をしながら山門を超えて境内に入る。
夜の8時過ぎのお寺はさすがに人気もなく、どこか不気味な印象だ。
「これが仏教の礼拝堂みたいなもんか」
ランサーは興味深げに本堂の中を覗く。
ただのチンピラがお寺を物色しているようにしか見えなくて笑ってしまった。
「あ、そういえば」
「ん?」
おなまーえは思いついたようにランサーに声をかけた。
「ランサーって、何か信仰してる宗教とかある?食べちゃいけないものとか、やらなくちゃいけないこととかあったら聞いておきたくて。」
確か彼はアイルランドの方の出身だったはず。
あちらの宗教事情はよく把握していないが、もしタブーなどがあれば聞いておきたい。
おなまーえは純粋に気を遣ってこの質問をしたのだが、わずか30秒後に自らの発言を後悔することになる。
「っ…ハハハッ!こりゃ傑作だ!」
「え?え?」
突然笑い出したランサーに、おなまーえは困惑する。
彼は涙目になって笑い転げている。
何かおかしなことでも言っただろうか。
ランサーはおなまーえの背中をバンバンと叩いた。
「何を言いだすかと思えば……オレたちは英霊だぜ?むしろその信仰される方だっつーの。」
「あ……あああ…!」
そうだ。
今目の前にいる男はケルト神話の大英雄。
神々と対話なんて日常茶飯事だっただろうし、ランサー自身も人よりずっと上の位だろう。
そんな彼にこんな質問をするなんて、ブッタに「仏教って知ってる?」と聞くようなものだ。
ましてや彼は半神。
あまりの恥ずかしさおなまーえは何も言えずに顔を真っ赤に染めた。
「あぁでもあれだな。タブーって話だと、ゲッシュってのがそれに相当する。例えばオレは犬を食っちゃいけねぇってゲッシュを持ってる。これを破ると禍いが降りかかるっつーと、ちっとは宗教っぽくなるかね。」
「そ、そっか」
「細かく見てけば色々あるが、こうやって生活してる分には全く問題ないぜ」
ニカッと笑う彼が眩しい。
現代の服を着て、現代の遊びに夢中になって、どれだけ現代に馴染んできたとしても、ランサーは過去の英雄。
聖杯戦争が終わったら座に還ってしまう使い魔だ。
(……もう少し割り切らなきゃ。あまり絆されちゃうと、後々私が後悔する羽目になる。)
人として扱いたいと心のどこかで思ってはいる。
だが本当の意味で彼等は人ではない。別れの時に寂しくなるなんて、そんな人間みたいなこと考えていたら一人前の魔術師になんてなれない。
「お前たち、そこで何をしている」
突然声をかけられ、ビクリと肩が跳ねた。
こんな時間にお寺に来る奇特な人なんて、きっといないと踏んでいた。
振り向くと、まるで実直と寡黙を絵に描いたような男がこちらをじっと見つめていた。
その静かな視線は狂気すら感じるもので、おなまーえはつい身震いした。
「ご、ごめんなさい。私たち観光客で、その、もう少し早い時間にくるつもりだったんですけど。」
「…………」
彼はランサーをじっと見つめた。そういえば彼は一言も言葉を発していない。
どうしたのだと横を見ると、ランサーは臨戦態勢とまではいかないが、少々警戒しているようだった。
「…………」
「…………」
静かな緊張感が漂う。
おなまーえは掛ける言葉が思いつかずオロオロとするだけだ。
先に動いたのは男の方だった。
彼はくるりとこちらに背を向ける。
「……住職はもう寝ている。あまり騒がんようにな。」
それだけ言うと、男は本堂の脇にあるはなれに向かって歩いて行った。
彼はどうやらここに住んでいるようだ。
こんな時間に寺にいたことも、これで理由がついた。
「……ランサー?」
彼の姿が見えなくなると、ランサーは鋭い目を緩め、手を上にあげて伸びをした。
「すげえな、あいつ。生身の人間のくせして動きに無駄が一切ない。ランクによっちゃサーヴァントすら倒せちゃう勢いだぜ、あれは」
「え、うそ…」
「現代にもいるもんなんだな、あーゆー奴が」
ランサーは感心したように頷いた。
「キャスターじゃまずあの男には太刀打ちできねぇだろうよ」
「ならここが陣地にされる心配はないね」
仮にここに陣地を作るのであれば、今の男を含めここにいる人たちを手篭めにするか、追い出さなければならない。
もちろん多くのキャスターが後者を選ぶのだが、あの男がここから追い出されることはなさそうだ。
「わっかんねぇぞ。あーゆー男に限って、いくときはコロっといくからな。」
「そうかなぁ」
最後に本堂を一瞥して、2人は山を降りた。
《1月31日 終》