2月9日
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愛という感情はいまいちわからない。
それは憎悪と紙一重と書いた書籍もあるし、究極の感情というものもいる。
母子の間に芽生える、見返りを求めない好意とも言われるが、どれも抽象的でおなまーえにはピンとこなかった。
先ほどランサーに抱かれた時の感情をあえて比喩表現するのであれば、それは真綿で首を絞められるような優しい感覚。
果たしてそれが愛と呼ばれるものかはわからないが、私はランサーに対するこの感情を愛と定義することにした。
2月9日
「……ぁ」
「……おはよーさん」
夢のごとき一夜が明けた。
ふーっと紫煙を吐く彼はTシャツに短パンというラフな格好をしていた。
そんな服、買ってあげた記憶がない。
「タバコ、吸うんだ」
「嫌煙家だったか?」
「いいよ。ちょっとだけ、落ち着くから。」
そうか、と言ってまた煙を吐く彼の霊基は、召喚した頃に比べて格段に向上した。
おなまーえは体を起こす。
ズキズキと体が悲鳴を上げている。
筋肉痛半分、病魔半分。
どろっとしたものが股から流れ出し、おなまーえはそれを慌てて抑える。
「っ!」
「…全部出したと思ったがまだ残ってたか。悪りぃな。」
「言わなくて、いいから」
あんなことをしていても、恥じらいがないわけではない。
話題を変えるために、おなまーえは周りを見る。
「――あ」
無造作に置かれた、キラリと光る耳飾りを手に取る。
そういえば召喚の時以来これには触っていなかった。
キャスターに襲われた時に掴んだ荷物の中に入っていたのだろう。
魔術抜きにしても重要な聖遺物だ。
失くすのは惜しい。
「これ、綺麗だよね」
「んー、そうかぁ?まぁオレは気に入ってっけど」
英雄クー・フーリンがルーン魔術をかけ、常に身につけていた遺品。
実際に召喚したランサーの耳にも同じものが付いている。
「…私もこれつけててもいい?それともお揃いとか気持ち悪い?」
おなまーえは不安そうに首をかしげる。
「いいや。それはもうオレのもんじゃねぇし、好きにしな。揃いなんて気にしねぇしよ。」
「よかった」
パチンとそれを耳に止めた。
「ランサー、今日はお話をしよう」
「これは?」
おなまーえが出した紙を見てランサーは首をかしげる。
「診断結果ってやつか」
「うん。すごいね、日本語も読めるんだ。」
「はは、そりゃな。なんならこの街の地図も頭に入ってるし、お前さんの知らない霊脈も知ってるぞ。」
「え、なにそれ。もっと早く言ってよ。それ聞いてたら初日に街を歩くなんて手間必要なかったのに。」
「まぁまぁ、アレもアレで悪くはなかったろ?」
頬を膨らませたおなまーえをあやすように、ランサーは頭を撫でる。
そして空いている手で診断書を持ち上げ、まじまじと見つめた。
「んで、コレによると?嬢ちゃんの寿命はっと…あー、あと半月ってところか」
「せめて余命って言ってよ」
「どっちも変わらんだろ」
ランサーは大して驚かなかった。
「あと半月ってことは、入院してなきゃいけなくないか?普通」
「だから私病院行きたくないんじゃない」
「……ははーん、さては嬢ちゃん、抜け出したな?」
「言峰さんに手引きしてもらってね」
言峰と母親は旧知だったようで、おなまーえも何度か彼とは会ったことがあった。
だが母が死んでからは片手で数えるほどしか会ったことがない。
その彼が、診断書を受け取ったまさにその日におなまーえの前に現れた時は、神の使いか死神かと見間違えたほどだ。
「ランサーってさ、一度死んでるんだよね?」
「デリカシーもへったくれもねぇ聞き方だな」
「死ぬとき怖くなかった?後悔したり、悲しかったりした?」
「…怖かねぇな。オレはやりたいことをやりてぇようにしてきたから、後悔ってのもなかった。悲しみなんてのもオレには無縁だ。」
「だと思った」
おなまーえはケラケラ笑う。
銀の耳飾りが揺れた。
「でも、私は怖い」
「死ぬことがか?一瞬だぞ?」
「違うよ。人に忘れられることが。」
「あ?」
立ち上がり、ベットに腰掛けるランサーに背を向け、足の間にちょこんと座る。
「ランサーはそんな性格だから、家族とか友人がたくさんいたでしょ」
「まぁな」
「私にはそれがいないの」
二人羽織のように、ランサーの手を取り自身の心臓に当てる。
とくんっとくんっと正確なリズムを刻むソレ。
「人は必ず死ぬ。でも人の死は人々の記憶の中には残るものだって私は考えてる。誰かが死んで、ふとした拍子に脳裏に浮かぶ顔ってのは少なからずあるでしょ。」
「まぁ…」
「私にはそう思ってくれる人がいない。母親はもう死んでるし、病院の看護師さんたちは翌日にはきっと忘れてる。」
「…………」
「みんなみんな、私のことなんて忘れちゃう。私なんかいなくても世界は順調に回っていく。」
もちろん可愛がってはもらった。
看護師は優しく接してくれたし、母は甲斐甲斐しく世話をしてくれた。
少し話をする程度の患者もいた。
けれど、おなまーえはいつも孤独だった。
「なんて自分勝手って思う?別に形になる偉業を残したいわけでもないの。歴史の教科書に名を載せたいわけでもないの。ただ、10年先も私のことを思って『あんなやついたなぁ』って言ってくれる人が欲しいの。」
「…それでトモダチ探しか」
「聞いてたの?」
「何をだ?」
「いや…なんでもない」
おなまーえの望み、それは『友達が欲しい』。
ずっと病院にいたおなまーえには友と呼べる存在がいなかった。
だから衛宮士郎と友達になりたかった。
精一杯の勇気はライダーによって邪魔されてしまったため、結局おなまーえの告白は有耶無耶のままになってしまったが。