雑多な短篇置き場
おなまえをどうぞ
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【蝋燭を吹き消すように】
***の姿が無いことに気づいたのは、誕生日会と称した酒盛がどんちゃん騒ぎになってからだった。
腐れ縁の見慣れた顔が揃った万事屋の居間は、プレゼントという名目の酒やつまみで溢れている。さっきまで新八と一緒に料理を運んだり、長谷川さんに酌をしていた***が居ない。
オイオイ今日の主役は銀さんなんだから彼女らしく隣に居ろっての。そう思いながら銀時は廊下に出て、暗い台所をのぞいた。流しの前のうしろ姿に「オイ」と呼び掛けた途端、小さな背中がビクッと飛び跳ねて、振り返った顔はやけに気まずげだった。
「お前、電気も点けねぇで何してんの?」
「あ、な、なんにもしてないよ!そろそろ追加のお料理作ろうかなって考えてたんです」
「はぁ?メシなら足りてるし、***もちったぁ食えよ。酌してばっかで何も食ってねーだろ」
そう言いながら近づくと***は困った表情を浮かべて背中で何かを隠した。何をコソコソしてるんだと不審がって覗き込んだら、そこには丸いケーキがあった。手作りケーキを食べるのは毎年のことだから別に驚かない。が、そこに刺さるものすごい本数の蝋燭には、さすがの銀時も目を疑った。
「ちょ、おま、コレ何だよ!?」
「あのっ、その、歳の数だけ蝋燭を、と思ってですね」
「とっくにハタチも超えたオッサンの誕生日に蝋燭なんかいるかよ!これケーキに蝋燭刺すんじゃなくて、蝋燭でケーキを凌辱するよーなもんじゃねーか!どんなSMプレイ?こんなん火ぃ点けたら丸焦げだぞ。銀さんの大事なケーキに何してくれちゃってんの!?」
「いや、私も歳の数は多すぎたなって思ったけども」
「オイィィィ、誰が年寄りだよコノヤロー」
「そんなこと言ってないよ!せ、せっかくだし火を点けてみましょう。消したらすぐ外しますから」
危ねぇからやめろという銀時の注意も聞かずに、***はマッチを擦った。順に火を点けていき三十本近い蝋燭が灯ると、暗かった台所に橙色の光が溢れた。
「銀ちゃん願いごとして。ひと息で吹き消して下さい」
そう言う声はなぜだかウキウキと浮かれている。
「願いごとだぁ?んなモンねぇよ」
面倒だったが恋人の期待に満ちた瞳に弱い銀時は仕方なく息を吹き、炎をぱたぱたと消していった。最後の1本が消えて暗闇が戻ると、居間の酔い騒ぐ声が遠のいて台所はさっきよりも静かに感じた。
「あちちっ……!」
見下ろすと細い指が消えたばかりの蝋燭をつまんでいて、溶けた蝋がそのうえに垂れていた。言わんこっちゃないと銀時が呆れる間も、***は平気なふりをして別の蝋燭に手を伸ばす。思わずその手首を掴んで蛇口からザッと出た水にふたりで手を浸す。目を凝らすと人さし指の先がほんのり赤くなっていた。
「これ腫れるぞ。ったく、余計なことしやがって。ケーキも穴ぼこだらけだしよぉ」
「ごめんね……。でもケーキは他にも美味しそうなのがいっぱいありますし、それに銀ちゃんの願いごとが叶ったらいいなって思ったから」
へらへらと笑って発せられた言葉に、ついに銀時は溜息を漏らした。この女は一体、俺を何回呆れさせれば気が済むんだ。
確かにケーキなら客や知り合いから大量に届いて、冷蔵庫でひしめき合っている。でもだからって手間かけて作ったケーキにわざわざ蝋燭ぶっ刺すかフツー。口から出かかった文句を飲み込んで、銀時は水の中の手を眺めた。
———あー、でもしょーがねぇか。コイツ馬鹿だもんな。俺のことが大好きで俺の為ならテメェがどーなってもいいよーな、ネジの飛んだ女だもんなぁ……
ぽつんと置かれたケーキを横目で見て、蜂の巣状態の酷い有り様に笑いがこみ上げてきた。くつくつと笑い出した銀時にぽかんとした***が、不思議そうな声で尋ねた。
「銀ちゃん?どうしたんですか?」
「願いごとなんざ無ぇっつったけど、やっぱあったわ」
「えっ……?あ、ダメダメ!言っちゃダメですよ。願いごとは人に言ったら叶わないんです!」
華奢な手首を掴んで水から引き上げた。火傷はじきに水ぶくれになるだろう。その濡れた人さし指を、銀時は迷いなく口にぱくんと咥えた。「ひっ」という小さな悲鳴を無視して、熱を持つ皮膚にぬるりと舌を這わせた。
見つめた黒目はあっという間に涙目になった。痛がってジタバタ逃げようとする***を、腰に腕を回して身体ごと強く引き寄せたら、近づいた顔がまるで火が点いたみたいに真っ赤になる。その反応が銀時の加虐心にまで火を点ける。ニヤついた銀時はわざと舌を尖らせて、震える指を痛めつけながら言った。
「俺ァさ、キスしてぇって願ったんだよ」
「なっ……そ、そんなの願いごとじゃない!」
「願いごとだよ。それも今すぐ叶えてぇヤツ。しかも***にしか叶えらんねぇヤツ」
欲しくてたまらないのはお前だと潤んだ瞳に訴える。願いが叶うまで痛めつけるのを止めない。
***とふたりきりの時しかしない目つきでじっとりした熱死線を送り、唾液を纏った舌を執拗に動かし続ければ十分伝わる。好きな女を求める時に言葉なんかひと言もいらない。
「わ、分かったから、銀ちゃんもうやめっ……!」
ずるっと口から指を抜くやいなや唇に吸いついた。僅かな隙間から舌を挿しこむと、口の中は指なんかよりもっと柔くて、心地よく溶けそうなほど温かかった。真っ赤な頬っぺたを両手で包み、貪るように口づけていると小さな握りこぶしが銀時の胸をトントンと叩いた。
「はぁっ、くる、しい……も、おしまいっ」
「おしまいじゃねーよ、まだ1回しかしてねーし。***が言ったんだろーが俺の願いを叶えたいって。だからもっとさせろや。っつーか歳の数だけしていい」
「へっ!?だ、ダメだよ!!そんなにしたら、」
死んじゃう、と叫ぶ声を飲み込んで縮こまる舌を絡めとった。夢中で口づけていると酒宴のざわめきはもはや聞こえなくなった。互いの瞳しか見えない暗い片隅で、蝋燭を吹き消すように密やかに、銀時の願いはひとつまたひとつと、叶えられていく。
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【蝋燭を吹き消すように】end
2021-1010お誕生日記念