--- kiss ---

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ありがとうございます。だいすきです。


----花束を贈る----
(あなたとの日常に)


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【季節シリーズ】坂田銀時は美しい
      *原作完結後・映画『銀魂THE FINAL』後を想定

 桜は散るからこそ美しいなんて、本当でしょうか。この時期になるといつもそう思う。
 春めいた陽気が続いて江戸の桜は満開になった。私は銀ちゃんとふたりでお花見の場所取りをしている。
 公園の奥のひときわ大きくて立派な桜、その下にシートを広げて宴会をするのが毎年恒例、万事屋のお花見だった。ターミナルが崩れたあの大きな戦いで街はボロボロになったけれど、この桜の木が残っていたのは奇跡みたいだと思う。

「ガキと年寄りっつーのは早起きなくせに準備すんのは遅ぇよなぁ〜。なぁもうそれ開けて先に食わねぇ?お前の作ったおはぎ、入ってんだろ?」
「もぉ銀ちゃんダメですよ。せっかくのお花見なんだから、これは皆そろってから開けるんです」

 銀ちゃんの好きなおはぎや神楽ちゃんの好物の唐揚げ、新八君と一緒に作った卵焼きをぎっしり詰めたお重が二箱。
 それを背中で守る私を銀ちゃんはじとっと睨んで「んじゃ酒ならいーだろ、一杯だけだから」と引き下がった。まだ皆がやってくる気配はなく、仕方なしに鬼嫁の瓶を渡したら銀ちゃんはご機嫌になった。
 お猪口にお酒を注いですぐに飲むかと思いきや、盃を持ったまま空を見上げる。下戸の私はただその隣で銀ちゃんの横顔を見ていた。

———あ、銀ちゃん綺麗……

 すっと通った鼻筋、顎から耳までの鋭い輪郭、陽光に輝く銀色の髪と、男性にしては色白な肌の上を薄紅色の花びらが横切っていく。
 好きな相手には見惚れてしまうものだけど、私がいま見惚れているのは銀ちゃんがあまりにも美しくて、それでいて目を離したら消えてしまいそうに儚げだから。上を向く瞳は空を見ているようでその先のもっと遠く、ここに居ない誰かを懐かしむように見つめていた。

 あの戦いの後から、銀ちゃんはよくこんな遠い目をするようになった。そういう時に私は何を言えるでもなく、想いに沈む姿を見守るしかできない。
 ひとりにさせてあげるべきな気がして立ちあがろうとした私がシートに手をつくと、その上から大きな手が重なって抑えた。

「どこ行くんだよ?」
「え?えぇっと……ちょっと、その」
「……ここに居ろよ。せっかく桜が綺麗に咲いてんのに、しっかり見てやんなきゃ可哀想だろーが」

 そうですね、と頷いて正座に戻った。
 可哀想だと言いながら片眉を下げた銀ちゃんの表情が弱々しく見えて不安になる。そんな顔を見たら胸がぎゅうっと絞られるように痛んだ。その痛みを追いやりたくてわざと明るい声を出した。

「ぎ、銀ちゃんも綺麗です。桜がよく似合って」
「はぁ?綺麗っつーのは野郎に言うことじゃねーだろ。こんなオッサンに花が似合ったって嬉しかねぇよ」

 呆れたように言われて恥ずかしくなり、あははと乾いた笑いを漏らした。
 見渡した広場では沢山の桜が咲き誇っている。同じ桜でも花が白いのと桃色のとがあるなと思っていたら、それを見透かしたように銀ちゃんが白いのはソメイヨシノで桃色のが山桜だと教えてくれた。植木屋さんのお手伝いをした時に知ったらしい。

「白いのも桃色のも、どっちも素敵です」
「そーだな、桜ってのはどんな色でも良いもんだ。……そういや前に薄紫っぽいのも見たことがあらぁ。この世のものとは思えねぇほど……、綺麗だった」

 どこで見たんですか?と尋ねかけた声は、銀ちゃんを見たら出せなくなった。
 盃を片手に空を見上げて微笑む横顔が神々しいほど美しくて。遥か彼方の愛おしい誰かを、失ってもう二度と会えない人達を見つめる瞳は、息を飲むほど綺麗で。
 今にも銀ちゃんが離れていってしまいそうな気がして、重なった手を思わずぎゅっと握った時、私の口からは勝手に言葉が溢れていた。

「きっと、銀ちゃんの大切な人は……大切な人たちは皆、銀ちゃんと一緒にこの桜を見てると思います」
「……は?」

 空から私に視線を落とした銀ちゃんはぽかんとしていた。口を半開きにして呆気に取られた表情を前に、私は慌てふためいた。
 何も知らないくせになんて生意気なことを言ったんだろう。銀ちゃんの抱える事情をよく分かりもせずに図々しいにも程がある。
 そう焦って握っていた手を離し、顔の前で両手をバタバタ振りながら必死に謝った。

「ご、ごめんなさい、私、口が、勝手に……」
「ぶッ!」

 言いわけにもならないことを口走っていると銀ちゃんが吹き出した。笑いながらお猪口を傾けてお酒を飲み干す。
 私は居た堪れなくてその場から逃げようと立ち上がりかけた。その瞬間に突然、信じられない位の強い風が吹いた。

———ブワァァァァァ!!
「うわあっ!?」

 嵐のような春風は、私に逃げるなと命じているみたいだ。公園中の木が揺れて幾千枚の花びらが舞い上がり、踊るように吹き抜けていく。視界を桜で埋め尽くされて膝立ちのまま唖然としていたら、薄紅色をかき分けて現れた骨張った手が、私のうなじを掴んでぐいっと引き寄せた。

 大雨みたいに降りそそぐ花びらのなかで、紅い瞳の柔らかな眼差しと目が合う。銀ちゃん、と動いた唇をお酒の香りのする唇が塞いだ。咲いたばかりの花を指でそっと撫でるような、酷く繊細でとても優しいキスだった。

 「っ、」と呼吸を止めて目を瞑ろうとした私を、銀ちゃんが唇を合わせたまま「目ぇ閉じんな。桜が見えねぇ」と叱った。恥ずかしさでかぁっと熱くなった頬を、うなじからするりと滑った手がふんわりと包む。ふに、ふに、と唇を押しつけては離れ、また押しつけてを幾度も繰り返す。されるがまま口付けられて銀ちゃんの黒いシャツの胸元をぎゅっと掴んだ。ようやく唇を離すと銀ちゃんは額をこつんと寄せて、声もなく笑いながら呟いた。

「お前とこうしてんのも見てっかな、アイツら」
「なっ……、や、そ、それはっ、」

 恥ずかしいから絶対に見られたくない。でも銀ちゃんのことは見ていて欲しい。
 頷くことも首を振ることも出来ずに「うぅ」と唸った。ただ銀ちゃんが「アイツら」と呼んだ声の温かくて幸福そうな響きがたまらなくて、私は泣き出しそうになった。

「んで?お前は?お前も一緒に桜見てんだろーな?俺の大切な人は、俺と一緒にこれ見てんだろ?そんならお前も見てなきゃいけねーだろ」
「私?……わ、私は、」

 私は銀ちゃんを見てます。
 ずっと銀ちゃんを見てるよ。
 だって銀ちゃんが綺麗だから。
 ずっと張り詰めていた胸が解けて素直にそう吐き出せば、銀ちゃんは困ったように眉をしかめて、照れ臭そうに言った。

「だぁから、野郎に言うことじゃねーっつーの」
 そんなことない、と頑なに首を振り続ける私を、銀ちゃんは「しょーがねーヤツ」と笑ってまた唇を寄せた。
 紅桜色に染まった世界で重ねた柔い唇はどんどん熱を持っていく。吹き荒ぶ花びらの壁の先の、そのずっと向こうから「銀ちゃーん」と呼ぶ神楽ちゃんらしき声がした。きっとお登勢さん達も一緒だ。そのうち真選組も現れて、いつもの小競り合いが始まるだろう。もうすぐこの桜の木の下に、銀ちゃんを大切に思う人達が勢揃いする。

 残り僅かなふたりきりの時間を名残惜しむみたいに、銀ちゃんが唇を強く吸う。「んんっ」と目を潤ませた私は、いたずらっこのように楽しげに笑う紅い瞳と見つめ合って、いつだか桂さんが教えてくれた銀ちゃんのかっこいい言葉を思い出していた。

———美しく最後を飾りつける暇があるなら、最後まで美しく生きようじゃねーか

 この言葉を言った頃の銀ちゃんを、私は知らない。だけど今、桜吹雪に包まれた銀ちゃんはとても美しい。
 桜は散るからこそ美しいなんて、私は思わない。銀ちゃんの生い立ちや過去はよく知らない私でも、これは確かだと分かっていることがひとつだけある。

 ソメイヨシノも山桜も同じく綺麗なように、散る花びらも咲き誇る花も、咲こうとする蕾もどれも愛おしいように、暑い夏に木陰を作る枝葉の優しいように、寒い冬を耐え忍ぶ幹や根の力強さのように、私達がずっと愛してやまない坂田銀時は、いつだって美しい。

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2022-3-13




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