償いの薬師
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裏裏山を過ぎ、裏裏裏山を登ろうとしているのは、一年は組の面々だった。
子ども達と数人の大人が揃って同じ道を辿るのはやがて怪しまれる。だから異なる道を通り、池井穂毛村を目指した。
一年は組の面々が最も過酷な道を選ばされたのは、実践経験が豊富であることと担当教師に潔癖症がいないから、なのかもしれない。
上級生が鍛錬のために赴く以外、人があまり通らぬ道故に草木が生い茂り、季節上、蒸し暑くて不快だった。
もしかしなくても今夜は野宿だ。
普段なら愚痴を吐くが、今回は違う。
寝る暇があれば、一歩でも早く池井穂毛村に近づきたい。
願わくば彼女の安否を確かめたいのだ。
いつものしんべヱであれば、学園がまだ見える地点で、空腹のあまり顔から出るものが全部出て弱音を吐くのだが、今回は口を一文字にして山道を止まることなく登る。しかし体は平常運転のようで、獣の咆哮のような腹の音が頻繁に響き渡るのだ。
「しんべヱ………」
最後尾を務める半助は思わず苦笑した。
熊が出てもおかしくはない山奥だが、小動物の気配すら無いのは、彼のこの轟音のせいかもしれない。
「しんべヱは相変わらずだね」
「まぁ、腹も空かさないで真剣な顔で登り続けたらそれはそれで怖ぇからなぁ」
しんべヱの前を歩く乱太郎ときり丸が、呆れつつも、変わらない彼の姿に安堵したのが分かる。
二人の言葉に前を歩く生徒達も声を上げて笑う。
「もう。皆して笑わないでよ」
丸い頬が膨らんで更に丸くなる。
「ほら、捕まれって」
「引っ張ってあげるから」
「あげるぅ?!」
「……きりちゃん…」
きり丸と乱太郎が手を差し伸べれば、しんべヱはそれに捕まる。
「しんべヱ、鼻をかめ鼻を…」
彼女を案じるよりもまず、目の前の生徒たちに気を配らねばならないのは半助にとって幸いだった。
半助は教え子の足元まで垂れ下がった鼻水を懐にしまってある手ぬぐいで拭ってやる。
「コガネ城出城はまだまだ先だ。これくらいでへばるなよ しんべヱ」
まったりとした感触が薄布越しに伝わる。
この手ぬぐいは武器としても使えるだろうと思いながら、小さく畳んで再び懐にしまえば、きり丸と目があった。
なにか言いたそうな、不満があるような顔なのが気になる。
「どうした?」
「いや。何でもないっす」
明らかに何かある顔だ。
突然不機嫌さを顕にした友人に、乱太郎もしんべヱもぽかんとしていた。
改めて問おうとしたが、きり丸から口を開いた。
「土井先生は、不安じゃないんすか?」
「きり丸………?」
「………なんでもないっす」
きり丸は吐き捨てるように言って、前を向いて歩みを早めた。
しんべヱの腕を握ったままだったから、急に強く引かれたしんべヱと乱太郎は、慌ててバランスをとる。
「んもぅきり丸、びっくりしたじゃない」
「きりちゃんどうしたのさ?!」
「別に………」
彼が言わんとしていることは分かる。
きり丸は、自分の朱美への感情を知っている。
だからきり丸は彼女を花畑に連れてきた時、自分が来れば無理矢理二人きりにさせたし、家に帰ったときにはやたらと朱美の話をしていた。
「心配だよ。お前達だってそうだろう」
きり丸は振り返らない。
「だが、私はお前たちの担任だ。これから危険なところに行くんだ。まずはお前達の安全を守らねばならん」
教師であり、そして忍者である。
学園をあげて南に下る目的は、朱美の救出と、カエンタケの進軍を食い止めること。
朱美がカエンタケの者に見つかれば、命はないだろう。
自らカエンタケが進軍する方へ向かったのだ。
出会う確率は高い。
半助の心に大きな波が押し寄せる。
彼女の花がほころぶような笑顔。
思い詰めた表情も。
触れてしまった細い身体も。
失いたくない。
この手で彼女を救い、幸せにしたい。
しかし、あくまで学園に教師として従事する身としては、彼女の救出よりも、戦で起こるあらゆることを生徒達に実際に見せて教え導くべきだ。
「わたし達の心配なんていりませんよ!」
「そうそう!」
胸を張って言う乱太郎と頷くしんべヱに、頼もしさを感じるよりも悲しさを感じるのは何故だろう。
「ならば下げ緒七術を1つでもいいから答えてみなさい」
「え?」
「へ?」
突然の質問に鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする二人に半助は頭を抱えた。
つい最近でも教えたはずだった。それなに1つも言えない二人に、胃がキリキリと痛みだす。
「土井先生ぇ、はははは話を逸らさないでくださいよぉ」
「逸らしとらん。心配いらないと私に言うのならこの位答えてみなさい……」
これからの野宿に必要な野中の陣張りも七術のうちの1つだ。
授業でも教えたし、演習でも伝蔵から教わったことだろう。
道中、忍術の知識を求められることが多々あるはずだ。
心配などいらないのなら、まずは基礎的知識を身に付けてから言ってほしい………と半助は強く思った。
一足先にカエンタケ領内とコガネタケ領内に向かった六年と五年。そして彼らと伝蔵達の伝令係を務める四年。
今晩、彼らの調査報告があがってくるだろう。
日がてっぺんを過ぎ、日が西の空に傾き始めた頃。裏裏裏山の頂上に辿り着き、野営の準備をすることとなった。