鬼の手短編
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光も不幸も
インターホンが鳴ったのでドアを開ければ、外は雨どころか霰や槍が降っているのだろうかと空を確かめたくなる位、鵺野先生はボロボロだった。
あまり手入れされていない髪の毛は更にボサボサだったし、シャツなんてあちこち破けて泥で汚れていた。
ちなみに今日の天気は雲1つない晴天で、長袖では汗ばむほどの陽気だ。
「鵺野先生…?!」
鵺野先生の擦り傷だらけの顔は悲しさで沈んでいた。
とりあえず中へ招けば、背中を丸めたまま、彼は靴を脱ぎ、とぼとぼと短い廊下を歩いてリビングに向かえば、そのまま音も無くソファに腰を下ろした。
「どう……なさったんです………?」
隣に座りながらお茶を渡せば「どうも」と呟いて両手で湯呑みを持つ鵺野先生は、ポツリポツリと語り出した。
「今日は道明先生にお会いできると、それはもう朝から浮かれに浮かれて家を出たんですがね」
外の世界に一歩踏み出せば、地獄の始まりだったらしい。
電線に止まる烏のフンを浴びるわ、散歩中の犬に吠えられるわ、野良猫に引っかかれるわ、何故か路肩のU字溝蓋が外れている所に足を踏み外すわと、童守駅に着くまでに散々な目にあったようだ。
「………その格好で電車に乗ったんですか?」
「そこ突っ込みます?!」
顔を近づけてきた鵺野先生の目は涙目ながらも血走っていた。
「ICカードは落としたらしく、財布も無くし…家の鍵も見当たらず……仕方が無いので走ってきました」
二駅ほどの距離だが、それなりにある。
「その途中もガラの悪い人間にも霊に絡まれるし……」
悲惨以外に当てはまる言葉などあるだろうか。
「はぁ………」
鵺野先生は鉛のような溜息を吐き出した。
「すみません。上がり込んでしまいましたが、どうも今日の俺は色々とツイてないようです。これじゃあ道明先生まで俺の不幸が移ってしまう………」
でもここを出たら、家の鍵を無くした鵺野先生は行き場を失うわけで。
いや、石川先生なら泊めてくださるかも。
「折角お誘い頂いたのに、すみません………俺、帰ります」
「鵺野先生……」
がっくりと項垂れている鵺野先生を何とかしたい。
宏くん達に見せている青空のような笑顔を取り戻したかった。
無意識だったと思う。
私の手は、彼の豊かな黒髪を撫でていた。
けれども烏のフンの部分は何とか触らないようにして、彼の頭部を優しく撫でた。
「よしよし……」
転んで大泣きしている子どもをあやすような口調で言ってしまった。
鵺野先生は弾かれたように顔を上げて、大きく開いた目で私を見ていた。
「道明先生?!」
「あはは………」
それでも私は鵺野先生の頭を撫でることを止めなかった。
「何でそんな不幸な目に遭ってしまったのか分かりませんが………大丈夫ですよ」
私に不幸が移ってしまうなら、移ってしまえばいい。
鵺野先生がそれで少しでも幸せになれるのならば、それでいい。
私は両の手で彼の頰を包み、優しく口付けた。
「……っ」
「まずはお風呂に入って、傷の手当てをして、服も用意して…その後、警察に紛失届を出して…」
これは親切心。
でも、下心が交じった少し不純な親切心。
「泊まっていきます?」
「道明先生っ?!」
驚き叫ぶ彼が可笑しくて私も笑ってしまう。
「嫌でしたら石川先生のところまでお送りしますよ?」
その方が鵺野先生にとっては気兼ねないのかもしれないが、石川先生のところへ行ってしまえば、鵺野先生もお風呂に入らなそうだ。
「どうされます?」
「え、えと……泊まるって……そのっ、つつつつまり?」
あたふたする鵺野先生に、私は再びキスをして、彼の言葉を封じた。
「……ん」
啄むようなものから深いものへと変わった時、鵺野先生から唇を離し、私の肩を掴んで押しやった。
「道明先生は、俺をなんでこう……甘やかすんですか?!」
前髪を荒く掻く鵺野先生の顔は真っ赤で、声は上擦っている。
「せっかくの休日なのにどこにも行けないし、家に上がり込んだ陰気くさい彼氏からは愚痴を聞かされるし……不安になるくらい貴女は優しすぎる」
「鵺野先生……」
確かに今日のために春らしいスカートを買ったが……
「………でも出かけるとしても近所の散歩ですよね?金欠だし」
「あ~もう!!」
「それよりシャワー浴びてきた方がいいですよ」
「道明先生!!」
「好きな人を甘やかして何が悪いんですか!!」
鵺野先生の大声に張り合うように私も大声を上げてしまった。
だからお互い口を閉じれば、とても静かに感じられた。
「もう!」
勢いよく立ち上がり、二つの湯呑みを流し台へと運ぼうとしたところ、ローテーブルの脚の角に小指をぶつけてしまった。
「いっ……たっ……」
よろめいたから、湯呑みの中に残っていたお茶が溢れ服を濡らす。
「あー……」
ブラウスもスカートも濡れてしまった。
まさかとは思うが、本当に彼の不幸が移ったというのだろうか。
「道明先生大丈夫ですか!?」
鵺野先生が駆け寄ってくるものの、鵺野先生は床につるりと滑って私に雪崩れ込んできた。
「おわっ?!」
運動神経抜群の彼ならばすぐに態勢を立て直せそうなものだが、やはりそれは今日の運勢が悪いからなのか、鵺野先生は私の胸に倒れ込んでくる。
そのままの勢いでソファに倒れ、私は湯呑みを掴んだまま鵺野先生の下敷きになってしまった。
「………ごめん」
「と、お思いならどいてくれます?」
「………嫌です」
谷間でぼそぼそと呟かれくすぐったい。
「甘やかしてくれるんでしょう?」
胸に顔をぐりぐりと押し付ける鵺野先生に、私は昼間から変な声を上げそうになってしまう。
「……っ」
「ですよね?」
ようやく顔を上げた鵺野先生の表情は、何とも晴れやかだ。
「……せめてお風呂に入ってきてください」
「すみません」
「鵺野先生の汚れが移っちゃったじゃないですか、もう」
「なら、一緒に入ります?」
「いいですよ」
「え?!」
自分から誘ったくせに、顔を真っ赤にさせる鵺野先生が溜まらなく愛しい。
「だから早く起き上がってください」
「………もう起き上がってます………」
真っ昼間からの下ネタに私は彼の頭を軽く叩く。
「もう!」
「………お風呂でしてくれます?」
何をとは聞かない。
見上げる鵺野先生の目はキラキラと期待に満ちていた。
でも甘やかすと言った以上、相応のことをしなくては。
「………いいよ…?」
私の返事に、鵺野先生の口はみるみるうちに緩んできて、カッコいい顔が幼くなっていく。
その様子が可愛くて、コップを持ちながらも再び頭を撫でれば、気持ちよさそうに鵺野先生は目を閉じた。
「んっ……」
短い触れるだけのキスをしてきた鵺野先生は勢いよく起き出した。
「では行きましょう!」
張り切る彼に、くすりと笑みが溢れてしまうのだった。
インターホンが鳴ったのでドアを開ければ、外は雨どころか霰や槍が降っているのだろうかと空を確かめたくなる位、鵺野先生はボロボロだった。
あまり手入れされていない髪の毛は更にボサボサだったし、シャツなんてあちこち破けて泥で汚れていた。
ちなみに今日の天気は雲1つない晴天で、長袖では汗ばむほどの陽気だ。
「鵺野先生…?!」
鵺野先生の擦り傷だらけの顔は悲しさで沈んでいた。
とりあえず中へ招けば、背中を丸めたまま、彼は靴を脱ぎ、とぼとぼと短い廊下を歩いてリビングに向かえば、そのまま音も無くソファに腰を下ろした。
「どう……なさったんです………?」
隣に座りながらお茶を渡せば「どうも」と呟いて両手で湯呑みを持つ鵺野先生は、ポツリポツリと語り出した。
「今日は道明先生にお会いできると、それはもう朝から浮かれに浮かれて家を出たんですがね」
外の世界に一歩踏み出せば、地獄の始まりだったらしい。
電線に止まる烏のフンを浴びるわ、散歩中の犬に吠えられるわ、野良猫に引っかかれるわ、何故か路肩のU字溝蓋が外れている所に足を踏み外すわと、童守駅に着くまでに散々な目にあったようだ。
「………その格好で電車に乗ったんですか?」
「そこ突っ込みます?!」
顔を近づけてきた鵺野先生の目は涙目ながらも血走っていた。
「ICカードは落としたらしく、財布も無くし…家の鍵も見当たらず……仕方が無いので走ってきました」
二駅ほどの距離だが、それなりにある。
「その途中もガラの悪い人間にも霊に絡まれるし……」
悲惨以外に当てはまる言葉などあるだろうか。
「はぁ………」
鵺野先生は鉛のような溜息を吐き出した。
「すみません。上がり込んでしまいましたが、どうも今日の俺は色々とツイてないようです。これじゃあ道明先生まで俺の不幸が移ってしまう………」
でもここを出たら、家の鍵を無くした鵺野先生は行き場を失うわけで。
いや、石川先生なら泊めてくださるかも。
「折角お誘い頂いたのに、すみません………俺、帰ります」
「鵺野先生……」
がっくりと項垂れている鵺野先生を何とかしたい。
宏くん達に見せている青空のような笑顔を取り戻したかった。
無意識だったと思う。
私の手は、彼の豊かな黒髪を撫でていた。
けれども烏のフンの部分は何とか触らないようにして、彼の頭部を優しく撫でた。
「よしよし……」
転んで大泣きしている子どもをあやすような口調で言ってしまった。
鵺野先生は弾かれたように顔を上げて、大きく開いた目で私を見ていた。
「道明先生?!」
「あはは………」
それでも私は鵺野先生の頭を撫でることを止めなかった。
「何でそんな不幸な目に遭ってしまったのか分かりませんが………大丈夫ですよ」
私に不幸が移ってしまうなら、移ってしまえばいい。
鵺野先生がそれで少しでも幸せになれるのならば、それでいい。
私は両の手で彼の頰を包み、優しく口付けた。
「……っ」
「まずはお風呂に入って、傷の手当てをして、服も用意して…その後、警察に紛失届を出して…」
これは親切心。
でも、下心が交じった少し不純な親切心。
「泊まっていきます?」
「道明先生っ?!」
驚き叫ぶ彼が可笑しくて私も笑ってしまう。
「嫌でしたら石川先生のところまでお送りしますよ?」
その方が鵺野先生にとっては気兼ねないのかもしれないが、石川先生のところへ行ってしまえば、鵺野先生もお風呂に入らなそうだ。
「どうされます?」
「え、えと……泊まるって……そのっ、つつつつまり?」
あたふたする鵺野先生に、私は再びキスをして、彼の言葉を封じた。
「……ん」
啄むようなものから深いものへと変わった時、鵺野先生から唇を離し、私の肩を掴んで押しやった。
「道明先生は、俺をなんでこう……甘やかすんですか?!」
前髪を荒く掻く鵺野先生の顔は真っ赤で、声は上擦っている。
「せっかくの休日なのにどこにも行けないし、家に上がり込んだ陰気くさい彼氏からは愚痴を聞かされるし……不安になるくらい貴女は優しすぎる」
「鵺野先生……」
確かに今日のために春らしいスカートを買ったが……
「………でも出かけるとしても近所の散歩ですよね?金欠だし」
「あ~もう!!」
「それよりシャワー浴びてきた方がいいですよ」
「道明先生!!」
「好きな人を甘やかして何が悪いんですか!!」
鵺野先生の大声に張り合うように私も大声を上げてしまった。
だからお互い口を閉じれば、とても静かに感じられた。
「もう!」
勢いよく立ち上がり、二つの湯呑みを流し台へと運ぼうとしたところ、ローテーブルの脚の角に小指をぶつけてしまった。
「いっ……たっ……」
よろめいたから、湯呑みの中に残っていたお茶が溢れ服を濡らす。
「あー……」
ブラウスもスカートも濡れてしまった。
まさかとは思うが、本当に彼の不幸が移ったというのだろうか。
「道明先生大丈夫ですか!?」
鵺野先生が駆け寄ってくるものの、鵺野先生は床につるりと滑って私に雪崩れ込んできた。
「おわっ?!」
運動神経抜群の彼ならばすぐに態勢を立て直せそうなものだが、やはりそれは今日の運勢が悪いからなのか、鵺野先生は私の胸に倒れ込んでくる。
そのままの勢いでソファに倒れ、私は湯呑みを掴んだまま鵺野先生の下敷きになってしまった。
「………ごめん」
「と、お思いならどいてくれます?」
「………嫌です」
谷間でぼそぼそと呟かれくすぐったい。
「甘やかしてくれるんでしょう?」
胸に顔をぐりぐりと押し付ける鵺野先生に、私は昼間から変な声を上げそうになってしまう。
「……っ」
「ですよね?」
ようやく顔を上げた鵺野先生の表情は、何とも晴れやかだ。
「……せめてお風呂に入ってきてください」
「すみません」
「鵺野先生の汚れが移っちゃったじゃないですか、もう」
「なら、一緒に入ります?」
「いいですよ」
「え?!」
自分から誘ったくせに、顔を真っ赤にさせる鵺野先生が溜まらなく愛しい。
「だから早く起き上がってください」
「………もう起き上がってます………」
真っ昼間からの下ネタに私は彼の頭を軽く叩く。
「もう!」
「………お風呂でしてくれます?」
何をとは聞かない。
見上げる鵺野先生の目はキラキラと期待に満ちていた。
でも甘やかすと言った以上、相応のことをしなくては。
「………いいよ…?」
私の返事に、鵺野先生の口はみるみるうちに緩んできて、カッコいい顔が幼くなっていく。
その様子が可愛くて、コップを持ちながらも再び頭を撫でれば、気持ちよさそうに鵺野先生は目を閉じた。
「んっ……」
短い触れるだけのキスをしてきた鵺野先生は勢いよく起き出した。
「では行きましょう!」
張り切る彼に、くすりと笑みが溢れてしまうのだった。