鬼の手短編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
やさしいマカロン
こんなにウキウキとした気持ちでショッピングモールに入るのなんて初めてではないだろうか。
道明先生が好きだというお菓子のブランドが入っていると知り、ホワイトデーにはそれを贈ろうと決めていた。
この日のために、2月の給料は無駄遣いせずにとっておいたのである。
バレンタインデーの日に、彼女からチョコを貰った時に、楽しみにしていてください、とキメ顔で言い放ったのだ。
贈り物を渡すだけで終わる地獄先生ではない!
愛の言葉を囁き、二人は結ばれ、あわよくばその後は……
イケナイ妄想にぐふふと独り笑う。
だがこれは妄想ではない。
バレンタインデーの日に俺は確かに聞いたのだ。
本命であると!!
お先に春を堪能する俺は目的の店で無事に菓子を買い、モールの出口を目指す。
そこで気がついたのは、お母さん同士でお話をしている傍らベビーカーを乗せた赤ちゃん。
赤ちゃんは、そこかしこに飾られたホワイトデー用の水色の風船が気になって手を伸ばそうとしている。
ああ。子どもはいい。
子ども。
何人作ろうか。
男の子も女の子も両方欲しい。
なんて、妄想の続きにニヤニヤしてしまう。
しかし、赤ちゃんにベルトはされておらず、前屈みになってベビーカーから抜け出そうとしていた。
このままではバランスを崩し、ベビーカーから落ちてしまう。
「危ない!」
ベビーカーから落ちる赤ちゃんを受け止めようと、全力で駆け寄る。
だめだ、間に合わない!
俺は強く床を蹴って滑り込む。
腕に伝わる温かな感覚に、俺は安堵する。
驚いた赤ちゃんは呆然とするも、俺を見てキャッキャと笑い出した。
「まったく、やんちゃだな君は」
お母さん方は、振り向いて状況を察したらしく、何度も頭を上げられてしまった。
お母さん方が去って行くとき、今度は安全ベルトを締めてベビーカーに乗った赤ちゃんは、それでも身を乗り出して俺に手を振っていた。
「いやーよかったよかった………?」
持っていたはずのお菓子がないことに気がつき俺は視線を彷徨わせた。
そういえば、俺は走り出して、そして滑り込んで………。
視線を下に向ければ
「………ああああああ!!」
ぐしゃりと潰れたコンパクトな手提げ袋が床に落ちていた。
おそらく滑り込んだときに手から離れて下敷きになったのだろう。
がくりと膝をつき、打ちひしがれる俺。
中のマカロンは、今の俺の心同様に粉々に砕けているだろう。
何てざまだ。
……と、放課後の校庭で、そんな俺の散々な休日を広達に語れば彼らは大爆笑。郷子だけは俺を哀れんでくれているが、「ぬ~べ~って本当についてないのね…」と真顔で呟かれると更に落ち込んでしまう。ならばいっそ広達のように無残なほどに笑い飛ばして欲しかった。
「ていうか本命なら指輪なりネックレスなり渡すでしょ。何よお菓子って」
目尻に涙を浮かべながらも語る美樹の言葉が俺の胸に刺さる。
「えー!?女はチョコなのに?!それって不公平じゃねぇか!?」
「マカロン美味しいのだ!」
広とまことの反論に俺もそうであってほしいという願いを込めて何度も頷く。
「まあ…あんた達の懐具合じゃその程度よね!」
「大切なのはお互いを思いやる気持ちだとは思うけど」
「郷子まで何よ、綺麗事言っちゃって」
「私も郷子ちゃんと同じだな」
突然、会話に参加してきた彼女に、皆、驚いて振り返る。
五時間目が体育だったのだろう彼女は、ジャージ姿のまま、ニコニコと立っていた。
いつから、そこに立っていたのだろう。
「でも、相手を思いやってアクセサリーを選んでくれたなら、それはそれで嬉しいわよね」
せっかく美樹の肩を持ってやっているというのに、美樹は口を開けたまま彼女を見つめていた。
「もうすぐ下校時刻だから、帰りましょ?」
「……はーーい」
広達は揃って返事をして校門から出て行く。
不気味なほどに素直だった。
それだけ、彼女が突然現れたことにびっくりしたのだろう。
広達の姿が見えなくなったのを確認してから彼女は俺を見た。
「何で皆黙っちゃったんですかね」
「まさか道明先生がいるとは知らずに、驚いたんですよ」
俺だって驚いている。
そして、先程までの会話を聞かれていたことに気がつき、じわじわと恥ずかしさがこみ上げてきた。
「ごめんなさい。盗み聞きするつもりはなかったのに、結果的にそうなっちゃいましたね」
気まずそうに笑う彼女に、俺は項垂れる。
「なら話は早いですね。すみません、道明先生に贈れる物が………何もありません!!」
「でも、赤ちゃんは怪我をしなくて済んだんですよね」
嘘みたいに優しい言葉が、夕陽と共に俺の胸を照らす。
「潰れても美味しいですよ。まだ持っていたら、私にください」
その笑顔を見たくて、差し上げたかったのに。
できれば愛の言葉を添えたかったのに。
それはもう少し先になりそうだ。
彼女の優しさに視界が滲んでしまう。
「え?な、泣いてます?!」
「ずびばぜん………食べちゃいまじだ」
「えええ?!」
それでも彼女は笑いながら「ずるい」と俺を詰ってくれた。