償いの薬師

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 戦準備で何かと人手不足のカエンタケに、仙蔵は女中として潜り込んでいた。
 一方で長次は肥やし売りに扮し、仙蔵と城下町に滞在する留三郎と伊作との連絡係として定期的に城の出入りをしていた。

 カエンタケ城内での諜報活動は危険が伴う故、仙蔵と留三郎達の連絡係は、四年生ではなく長次が務めることとなったのだ。


 機転が効き、機知に富み、それでいて美しさを鼻にかけない仙子は、ベテランの女中には重宝がられ、カエンタケ若君の正室・ニガクリタケ城長女の久里にも気に入られた。
 また、仙蔵自身も驚くほど久里に近づけ、思いもよらない情報を得たのだった。


 若君は政も戦も才は無いこと。
 そのくせ尊大で意地の悪い男であること。
 今代が去ればこの城はあっという間に滅ぼされるであろうこと。

 庭に降りて、そのようなことを仙子に話す久里の切れ長な吊り目は、不愉快そうに歪められていた。

「まぁ………そのような………」

 言葉の一つ一つを脳に刻み、周辺の勢力関係を考えながら、仙子は久里の言葉に何と返せばよいか分からないといった戸惑いの表情を浮かべてみせた。

 幼い頃から久里の傍で使えていた年長の女中はというと、目を伏せ、静かに立っている。
 いつものこと なのだろう。

「そうそう、昨晩、コガネタケ領で待機していた使いが来たらしいのだけれど」

 仙蔵の胸がドクリと鳴る。

 池井穂毛村を攻めたものの、反応が無いコガネタケにそれ以上の侵攻に踏み出せないカエンタケは、コガネタケ領内の山中にて陣幕を張って待機していた。そこには、文次郎と小平太もいる。

「ツキウラタケの姫を池井穂毛村で捕らえたというのよ」

 側にいた年長の女中は顔を上げた。

「ツキウラタケ……でございますか?」

 仙子は意外そうな声をあげつつ、その内は焦りと不安が広がっていた。

「そう。とっくに滅ぼされたあのツキウラタケの、あの姫が」

 脳裏には、控えめに笑う彼女が映る。
 作法委員会委員長として、多くは関わらなかったが、すれ違えば微笑みながら会釈をする。
 医務室を訪ねたのも、例の二人により任務失敗に終わり、宝禄火矢が暴発した時の一度きりだった。
 煤けた無様な姿を晒してしまったが、彼女は涙目で自分を迎えてくれたのを覚えている。

 ツキウラタケの朱美が、かつてツキウラタケを滅ぼしたカエンタケに捉えられた。

 それは彼女の死を意味する。

「生きているとは思わなかったわ」

 久里の手配により不揃いな枝葉のないキッチリと整えられた庭を、久里はゆっくりと歩く。

「何故、今更」

 仙子と年長の女中には背を向けているため、表情は分からないものの、その事実に喜びも怒りも無い様子であった。

 ニガクリ城とツキウラタケ城の仲は、というかあの辺り一帯は常に睨み合っている状況であり、友好的な関係では決してなかった。

「昔、会ったことがあるの」
「そうでございましたね」
「年が同じだったわ」

 隣の女中は目を伏せながら小さく頷いた。

「そして………私と同じくらい、性悪な女だったわ。お互いまだ五つにもなっていなかったのにお互い分かってたでしょうね『やな女だ』って」

 反応に困る仙子を尻目に、久里は気にせずに語り続けた。

「明日か、その翌日か。カエンタケの第二の出城に連れてこられるみたい。コガネタケ領に近い出城よ。私も来ないかって、誘われたの」

 そこで行われるのは、つまり。
 仙蔵は、奥歯を噛み締め、はやる鼓動を落ち着ける。
 
「貴女達も付いてきてちょうだい」
「もちろんでございます」

 久里の言葉をきちんと待ってから、仙子は頷いた。隣の女中も黙って頷いている。

 仙蔵はこの後の取るべき行動を考える。
 まずはこのことを長次に伝えねばならない。

 伊作と留三郎と共に出城に向かわせるのだ。

 おそらく朱美が捕らえられたことは、カエンタケの先発部隊に紛れた文次郎達も既に知っていることであるから、伝令係の滝夜叉丸により、コガネタケの出城に待機している忍術学園の教師にも伝わっていることだろう。
 彼女が出城に連れてこられる前に、教員達と5年生によって奪還出来ればよいが。

 万が一、カエンタケの出城まで連れてこられてしまった場合、長次と街にいる伊作と留三郎と自分で助けねばならない。

 彼女の救出だけが今回の遠征目的ではないのだ。
 カエンタケ北上の阻止も、重要な任務である。

 コガネタケ側の忍術学園の者達は、深追いはできないはずだ。防衛に徹せねばならないのだから。

 また、早急に出城の見取りを把握し、牢の場所も、脱出する安全な経路を見出さねばなるまい。
 最後の手段として、処刑時に場を撹乱させるための もっぱんも宝禄火矢も用意している。


 完璧に、こなしてみせるまでだ。


 仙蔵は戸惑いつつも真剣に耳を傾ける女中の仮面を被りながら、そう決意した。

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