償いの薬師
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深い谷と雲で霞む山頂。
竜の背のような山脈が遠方に見える。
ここも、竜の背の一部だ。
コガネタケの第一の出城。
カエンタケの進軍に備え、領内に配置されている出城のなかでも、とりわけ堅牢なものである。
日が高くなり、人間達の争いなど知らぬ気怠げな鳥達の声が響く。
池井穂毛村を焼き、領土を侵したカエンタケに対し、コガネタケは反撃には出ず、出城の守備を固め、沈黙を貫いていた。
同盟を結んだ北方の領主達からの援軍が揃うこと。
カエンタケの一方的な略奪行為だと周囲に知らしめること。
反撃の動きが無い以上、攻められないカエンタケを消耗させること。
それがコガネタケの狙いだった。
カエンダケとの膠着状況が続く中、コガネタケのもとに奇妙な集団が出城に訪れてきた。
特に盟約を組んでもいないのに、加勢すると言って出城に押しかけてきたのだ。しかも歳は中年から10を過ぎたばかりの者までの集団。
極めつけは、彼らを頼るようにと書かれたコガネタケ城主の文まで見せてきた。
出城に着くなり、彼らはできぱきと働いた。
「石火矢の手入れならば、お任せください。何せわたしは、学園のアイドル、過激な武器にかけては学園一の、この田村三木ヱ門が…」
顔を出したかと思えば、またどこかへ姿を消す少年は、やたら火器への愛を語りたがるが、その言葉に偽りは無いようで、火器の知識も扱いも長けていた。
「どうぞ、手作りのお豆腐です。カエンダケとの睨み合いで、お疲れでしょう」
どこでどう作ったのかは不明だが、久々知兵助と名乗る若い男は、出城の様々な整備を手伝ってくれるが、何より豆腐への熱量が凄い。
保存食ばかり食べていた出城で待機をしていた兵達にとって、水気のある食べ物は有難かった。
「ひいい!埃がびっしり!」
一見、頼りなさそうに見える青白い顔の斜堂という男も、野営の知識は豊富であったし、男所帯の詰所を見ては血相を変えて掃除をしてくれた。
「……本当ですね…斜堂先生」
「あの…わたし達がここを掃除しても…?」
その彼を先生と呼ぶ子ども達も、陰鬱な雰囲気を漂わせながらも、よく動いてくれた。
「始めは何事かと思ったが」
奇妙な集団は日を追うごとに人数が増してきたものの、ここまでの道中で得た数々の情報や運んでくる食料により、困るどころか確実に戦力が増えていき、コガネタケの者達は快く彼らを迎えた。
用具委員会の守一郎を中心に擁壁の修補を行う様を、コガネダケに仕える家臣の一人が見ていた。
火器や野営にも詳しく、修補もこなせる少年や青年達を目を細めながら見守っていた。
「あんたらのお陰で、助かってるよ」
男は、修補を見守る厚着に話しかけた。
厳めしい顔の厚着は、口端を軽く吊り上げ笑う。
「構いません。若いのをどんどん使ってやってください」
忍者はあらゆる地に赴き、その地に溶け込むことが重要だ。
ありとあらゆる経験が将来に役立つのだが、忍術学園の存在を秘密にする以上、そのような事は言えなかった。
三木ヱ門は………まあ、火器の圧倒的な知識量で「学園一のアイドル」などという危うい単語は何とか誤魔化せているだろう。
男も、彼らの素性を詳しく探ることはしなかった。それこそ来たばかりの数日間は、信頼している者に見張らせたものの、怪しい動きは無かったし、城主の文も本物であると分かったからだ。
ならば、この奇妙な助っ人達の手を借りる他あるまい。
カエンタケが来るその日に備え、それまで凝り固まっていたものが解れ、出城は活気づき、良い意味での緊張感が漂い始めていた。
その緊張感が最高潮に達したとき、
でろーーん。
と、音が聞こえてくるかのような、なんとも言えない間の抜けた雰囲気が漂ってきた。
何やら騒がしくなった北門へと家臣は足を運ぶ。
「つ…つかれた……」
「みんな…ありがとう……ごめんね」
「しんべヱ、お前な…謝るなら歩け」
北門に行けば、門兵が呆れた様子で、彼らを見ていた。
「………どうやら我々が最後のようですね」
「………でしょうな」
彼らもまた、助っ人達なのだろうか。
子どもたちと共にいる青年と中年男性は、ぐったりとした様子であったが、その理由は道中の険しさではないような気がしてならなかった。息は乱れていないが、顔だけが異様に疲弊しきっていて、その視線は地面に横たわる子どもたちに注がれているからだ。
「おやおや、ようやく到着したのですね。ですが今更あなた達が出城にやってきたところで、ダムの逆立ち、というところです」
頬の艶が目立つ中年男性、確か、安藤という名の男が、嬉々として彼らに言い放つ。
ダムの逆立ち、とは。
家臣は考えたが、答えが分かった瞬間、答えを考えてしまった自分が恥ずかしくなってしまった。
「そんなことはありません!確かにこの子達はお勉強はできませんが!実戦経験は豊富ですから!」
「……おれ達、褒められてないぜ?」
「だよね」
安藤に言い返す青年の言葉に、家臣は首を傾げたくなった。
何せ彼らのうちの一人は、この山中を一人で登りきれず、紐で引かれてここまで来られた様子だ。
実戦経験を積んでいるように見えなかった。
「本当ですよ」
「厚着殿」
背後から声をかけてきた厚着も、彼らに苦笑いしつつも、
「北方のドクタケ城の奴らに幾度もひと泡吹かせてやってますからな」
「なんと…!」
家臣の視線は厚着とヘタりきった少年達の顔とを往復した。
ドクタケ城の悪名の高さは聞き及んでいる。
それほど大した城ではないにしろ、やたら戦を仕掛けるわ、狡猾で残忍な手口を使うわと、敵に回せば厄介な相手と認識している。
人は見かけによらないと言うが、
「にわかに信じられませんな」
猪も逃げ出すような咆哮が、かの ふくよかな少年の腹から鳴き出していた。
コガネタケの戦力は上がった………のだろう、たぶん。
兵糧の消費もものすごく増えそうだが。