償いの薬師
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池井穂毛村から野営地に連れられて陣幕に入るや否や、そこに就いていた兵によって腕も手首も縄できつく締められ、筵の上に正座をさせられた。
朱美を捕らえたカエンタケの忍者が「そこまでせずとも」と、咎めたものの、若君の命だと返答をされれば彼は黙るしかなかった。
皆、驚きと戸惑いの表情で彼女を見ていた。
その中に矢尻よりも鋭い視線をぶつける者もいた。それはかつてのツキウラタケ領内にいた者であった。
朱美はただ静かに俯き、その視線を浴び続けていた。
カエンタケの若君が幕の中に入り、彼女の前に用意された腰掛けにどっかりと座るなり、無遠慮につむじから膝下まで視線を往復させ、せせら笑った。
かつて見たツキウラタケの美しき傲慢な姫の整えられた艷やかな髪は乱れ、白くてきめ細やかだった頬は日に焼けて土埃で汚れていた。
若君は蒸し暑いなか、扇をしきりに仰ぎ、落ちぶれたその姿を堪能していた。
「………」
数年前の自分ならば、髪を振り乱して眼の前の若君を罵倒していたのだろう。
だが今は、自らの天命を受け入れ、静かに若君を見上げるのみ。
池穂毛村の人々。
忍術学園の者たち。
澄んだ瞳の者たちに囲まれて生きのびてきた数年間を経て見るカエンタケの若君は、自分の記憶以上に醜かった。
かつての自分と同じ程に。
自分に全てが与えられることを当然の事実と思っている強欲と傲慢によって練り上げられた若君の瞳は、あの頃から変わっていなかった。
かつての自分と同じ瞳をしているからこそ、反らしたくても反らすわけにはいかなかった。
「みじめったらしい姿になったのぉ。朱美姫」
「………」
無言がつまらないのか、若君は扇を音を立てて閉じ、それを朱美の顎下に滑り込ませる。
「何か言うてみぃ。えぇ?」
そういえば彼は父親の口調を真似ていた。歳は朱美とさほど離れていないのに、過去の自分は彼のそんな所も嫌で堪らなかった。年寄り臭くて、なにより薄っぺらく感じて、似合っていなかった。
だが今はどうだろう。
明らかに彼は父親に劣っている。
内政も戦もできない。
だから彼は父の様になりたくて仕方が無いのだ。
―なんて、悲しい
偉大な父を持つ利吉。
彼は父を誇りに思い、また、彼自身も優秀なプロの忍者だ。
貿易商の父を持つしんべヱは、そんな父からの溺愛を時折鬱陶しく思いながらも、敬愛しているし、そんな父のために鍛錬を日々励んでいる。
自分は父と母から何も学ばなかった。
与えられることに甘んじて、何も学ぼうとしなかった。
それならば形だけでも父のようになろうとしている彼は、まだ救いがあるのかもしれない。
―そんな事を思う私は、やはり尊大で醜い
「なんじゃその目は!!」
突如、金切り声が降ってきたかと思えば、頬に衝撃が走り、朱美は倒れた。
「滅ぼされても尚、しぶとく生き残った分際のくせにっ……忌々しい!」
扇で頬を殴られたのだと知ったのは、またしてもその扇の先端で頬を突き立てられたからだ。
ぐりぐりと抉るから、鋭い痛みが襲ってくる。
「ぬけぬけとよう戻ってきた。望み通り首桶に入れてやろう?!えぇ?!万が一、子どもを成し、反逆を企てる事もあるやもしれぬからの!」
若君は、喚き散らすように立ち上がり周囲に向かって叫ぶ。
「父に伝えぃ!ツキウラタケの朱美姫が生きていたと!コガネタケ領にいたのじゃ!コガネタケが匿っていた!コガネタケを攻める理由が『できた』ぞ!!」
その時、朱美は初めて感情を露わにした。
「違います!コガネタケは何も関係がない!!」
ひりついた喉から出た声は掠れ、お粗末なものだった。
自由の効かない体を必死に動かしながら叫ぶ様は若君の優越感を煽るものでしかなかった。
「領土拡大のつもりで手始めに池井穂毛村なぞ攻めてみたが、まさかまさか亡きツキウラタケの姫様が現れるとはのぉ?」
見下ろす若君の目は爛々と輝いている。
「我がカエンタケ城との縁談を断り、負け戦をしたツキウラタケ城主の娘がおったのじゃ。我が城への反逆に他ならん」
「私は、………」
己の行為を呪っても今更遅い。
戦が始まってしまう。
例え事実とは異なっても、傍目から見れば今の状況は彼の言葉がしっくりくる。
最もな理由ができてしまったのだ。
自分の命がどうなろうと構わない。
だが、自分の存在によって戦が引き起こされてしまうのは耐えられない
―戦は消費と破壊と消耗。そこからは何も生み出されない
「あぁ…………」
虚しさが朱美の胸を駆け巡る。
半助の言葉が響く度に、この身が醜く錆びて朽ちていくようだった。