辿り着くいつか
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その日は、元の世界の夏を思い出すほどのうだるような暑さだった。
夏休みを目前に控えた休校日。
忍たま達は蝉たちの声を背に、門を出て帰路に着く者もいれば、学園に残り鍛錬する者や自室で忍たまの友を広げて自習する者もいた。
教員長屋のある一室では、落ち着かない様子で部屋の中を歩き回る男と、着替えや書物をてきぱきとまとめる女の姿があった。
「隣のおばちゃんも大家さんもいるから………、うん、ここより安全だろう。いやしかし!稗田八方斎やオニタケ忍者に家を貸されたこともあったから……だが、それは私が家を空けていたからであって」
独り言にしては大きすぎる声だった。
男は歩き回りながら虚空に向かって話し続けている。
「それに道中も心配だ。私も一緒に行くとはいえ、この暑さだ……早く歩けない分、長く外にいることになる。木陰も無いし、……家に着いたところで君の世界にあったクーラーとやらも無いんだ。食事だって、夏休みが終われば辛いときでも自分で用意しなくてはならないんだ。夏休みと秋休みの間は勿論ずっといられるけど………休校日は必ず帰ってくるから」
ここで初めて男は話す対象を明確にした。
話題を振られた女は口角を上げて静かに笑うのみで、まとめた荷物を風呂敷に包んだ。
「朱美………本当に家で過ごすのかい?」
女は風呂敷を持って立ち上がれば、男は慌てた様子でその風呂敷を奪う。
「私が持つよ」
「………ふふ」
堪らず女は微笑みをこぼした。
余裕の無い彼を昔の自分が見たら何を思うのだろうか。
答えは簡単だ。
今も昔も「そんな半助さんも素敵」だ。
忙しない彼に合わせるように、焦げ茶のハネた髪が揺れる様さえ愛おしいのだ。
「大丈夫ですよ。おばちゃん達、婦人会がいればその辺の忍者なんて寄り付けないですよ。私がいるからだれかに家を貸されることだってないですし」
「だが………」
「このくらいの暑さも平気です。確かに今日は暑いですが、アスファルトが無い分、結構マシですよ」
朱美の反論にしぶしぶ納得した半助は、頭を掻く。
「きり丸も少ししたら帰って来てくれるらしいですし」
三人で話し合ったことだ。
だから今更話を変えるつもりは無かったが、その時が来てしまうと迷いが生じてしまう。
きり丸だっていつも家にいるわけではない。
彼女を一人にしてしまっても良いのだろうか。
「でも………」
微笑みを崩さずに彼女は瞳を伏せた。
その表情にはどこか影があった。
「うん」
半助は彼女の肩に手を置く。
「ちょっと寂しい……です」
口を尖らせて言う彼女に、半助はくすりと笑う。
「私は すごく 寂しいよ」
朱美は顔を上げて半助を見て、そして弾けるように笑った。
「………実は私もすごく寂しいです」
「見栄を張ったな?」
くしゃりと笑いながら半助は朱美の頬を優しく摘む。
「やめてくださいよ。お互いイイ歳なんですから」
そうは言いながらも彼女の表情も声色も柔らかいままだった。
「ん………」
摘んでいた指は頬を包み、そのまま半助は彼女の柔らかな唇に口付けた。
戸は開いたまま。
誰かに見られても構いやしなかった。
触れるだけの口づけで今は済ませ、二人は額を付け合って微笑んだ。
「そろそろ行きましょうか」
「そうだな」
「門を出る時、小松田くんって私に出門票を書くように言ってきますかね?」
「………どうだろう」
既に休職届は出した。
だからこの門を出れば、彼女は一時的とはいえ、事務員兼食堂のおばちゃんのお手伝いではなくなるのだ。
相変わらず融通の利かない彼は自分をどう判断するのか。
この身に宿る命を撫でながら朱美はくすくす笑う。
この門を出て、半助の家で過ごし、忍務から戻ったきり丸と二人で過ごしたり、半助と三人でご飯を食べ………やがて四人で笑い合う日が来るのだろう。
朱美の胸に幸福感と少しの不安が広がり、堪らなくなって隣の半助の手を握った。
半助は静かに微笑み、その手を強く握り返したのだった。
夏休みを目前に控えた休校日。
忍たま達は蝉たちの声を背に、門を出て帰路に着く者もいれば、学園に残り鍛錬する者や自室で忍たまの友を広げて自習する者もいた。
教員長屋のある一室では、落ち着かない様子で部屋の中を歩き回る男と、着替えや書物をてきぱきとまとめる女の姿があった。
「隣のおばちゃんも大家さんもいるから………、うん、ここより安全だろう。いやしかし!稗田八方斎やオニタケ忍者に家を貸されたこともあったから……だが、それは私が家を空けていたからであって」
独り言にしては大きすぎる声だった。
男は歩き回りながら虚空に向かって話し続けている。
「それに道中も心配だ。私も一緒に行くとはいえ、この暑さだ……早く歩けない分、長く外にいることになる。木陰も無いし、……家に着いたところで君の世界にあったクーラーとやらも無いんだ。食事だって、夏休みが終われば辛いときでも自分で用意しなくてはならないんだ。夏休みと秋休みの間は勿論ずっといられるけど………休校日は必ず帰ってくるから」
ここで初めて男は話す対象を明確にした。
話題を振られた女は口角を上げて静かに笑うのみで、まとめた荷物を風呂敷に包んだ。
「朱美………本当に家で過ごすのかい?」
女は風呂敷を持って立ち上がれば、男は慌てた様子でその風呂敷を奪う。
「私が持つよ」
「………ふふ」
堪らず女は微笑みをこぼした。
余裕の無い彼を昔の自分が見たら何を思うのだろうか。
答えは簡単だ。
今も昔も「そんな半助さんも素敵」だ。
忙しない彼に合わせるように、焦げ茶のハネた髪が揺れる様さえ愛おしいのだ。
「大丈夫ですよ。おばちゃん達、婦人会がいればその辺の忍者なんて寄り付けないですよ。私がいるからだれかに家を貸されることだってないですし」
「だが………」
「このくらいの暑さも平気です。確かに今日は暑いですが、アスファルトが無い分、結構マシですよ」
朱美の反論にしぶしぶ納得した半助は、頭を掻く。
「きり丸も少ししたら帰って来てくれるらしいですし」
三人で話し合ったことだ。
だから今更話を変えるつもりは無かったが、その時が来てしまうと迷いが生じてしまう。
きり丸だっていつも家にいるわけではない。
彼女を一人にしてしまっても良いのだろうか。
「でも………」
微笑みを崩さずに彼女は瞳を伏せた。
その表情にはどこか影があった。
「うん」
半助は彼女の肩に手を置く。
「ちょっと寂しい……です」
口を尖らせて言う彼女に、半助はくすりと笑う。
「私は すごく 寂しいよ」
朱美は顔を上げて半助を見て、そして弾けるように笑った。
「………実は私もすごく寂しいです」
「見栄を張ったな?」
くしゃりと笑いながら半助は朱美の頬を優しく摘む。
「やめてくださいよ。お互いイイ歳なんですから」
そうは言いながらも彼女の表情も声色も柔らかいままだった。
「ん………」
摘んでいた指は頬を包み、そのまま半助は彼女の柔らかな唇に口付けた。
戸は開いたまま。
誰かに見られても構いやしなかった。
触れるだけの口づけで今は済ませ、二人は額を付け合って微笑んだ。
「そろそろ行きましょうか」
「そうだな」
「門を出る時、小松田くんって私に出門票を書くように言ってきますかね?」
「………どうだろう」
既に休職届は出した。
だからこの門を出れば、彼女は一時的とはいえ、事務員兼食堂のおばちゃんのお手伝いではなくなるのだ。
相変わらず融通の利かない彼は自分をどう判断するのか。
この身に宿る命を撫でながら朱美はくすくす笑う。
この門を出て、半助の家で過ごし、忍務から戻ったきり丸と二人で過ごしたり、半助と三人でご飯を食べ………やがて四人で笑い合う日が来るのだろう。
朱美の胸に幸福感と少しの不安が広がり、堪らなくなって隣の半助の手を握った。
半助は静かに微笑み、その手を強く握り返したのだった。