春風に舞う桜と共に歩む道
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新学期の朝は雲ひとつない晴れやかな空だった。
校門や園の前で子どもたちの入学·入園記念に親達が撮る写真は、さぞ良いものになるだろう。
叔父たちの家のドアを開けて空を見上げた私はそんなことを思った。
高校3年の春だ。
門を出て駅までの道を歩く。
皆は、どうしているだろうか。
新学期はもう始まっているのだろうか。
つんと胸に痛みが走ったから、お守りのように鞄の中にしまった半助さんの筆を想う。
春特有のビロードのような風が吹き、私の髪を揺らしてきた。
この空の下のどこにもいない奇妙な忍の者達は、今は何をしているのだろう。
一年が経った今でも鮮明に思い出せる。
懐中時計に導かれた不思議な一時を。
放り出された知らない世界。
目覚めればシナ先生がいて。
庵に連れて行かれて、学園長とヘムヘムと山田先生と半助さんがいて。
外を見たいと言って、半助さんと出かけることになって。
私の書いた文字をじっと見つめて。
半助さんは混乱する私を困った様子で見ていた。
あの時は知らない世界に来て、とにかく混乱していたから、今になってその時の半助さんを思い返す。
公衆電話が無いか尋ねた私に困った顔で笑っていた。
草履に慣れず歩みが遅い私を横抱きにして、山を下り、町まで行った。
その温もりなど、その時の私に感じる余裕など無かったけれど、ジェットコースターのような浮遊感と疾走感は覚えている。
ああ。
懐かしいな。
目を瞑ったら、やっぱり忍術学園にいた、なんてこと無いかな。
足を止めて、視界を黒くする。
少し先の大通りの車や電車の音が遠くなる。
見えてくるものは、ポカンとしたみんなの顔。
子の刻の鐘の音と共にお別れした、あの時のままの皆だ。
私は慌てて何度も頭を下げるのだ。
盛大な会を開いてくれたのにごめんね。
帰らないで済んだみたい。
―じゃあ、当面は子守のバイトをお願いしやーす
きり丸からは当分のバイトの手伝いを約束されることだろう。
―それならば、次の予算会議は勿論手伝っていただけますよね?もちろん、我々側で。軟弱な火薬委員会の味方などさせん!
いや、私は火薬委員会として予算会議に挑むつもりだけど。
そう言い返したら文次郎くんは会計委員長として無駄になった送別会費について私を責めるだろう。
―ということは、これからの事を考えねばなりませんね。………あの二人に出くわした時の緊急避難方法を考えましょう
仙蔵くんとは例の対策について一層話合うようになることだろう。
―それじゃあ次の休校日!くノ一長屋で女子会ですよ。決定事項ですから。なによきり丸、バイトは乱太郎達とやればいいでしょう?
ユキちゃん達は今度の女子会を約束してくれるだろうか。
―さて。土井先生に何か言うことがあるんじゃないかね?
―約束は約束ですよ?
山田先生と利吉さんはニヤニヤしながら私がした約束が実行されるのを待つのだろう。
半助さんは…………。
大きな瞳と通った鼻筋とハネた前髪と
黒装束から香る火薬の匂いと
微笑みながら柔らかで凛とした声で
私の名を呼んでくれるだろうか。
「…………っ」
目を開ければ
相変わらずの空とアスファルトが広がっていた。車と電車の走行音も相変わらず聞こえてくる。
「………………だよね」
私は歩く。
あの世界に戻ることを諦めたつもりはないけれど、それよりも今を進むことを大切にしたかった。
叔父たちとよく話して。
勉強もバイトも頑張って。
友達とたくさん遊んで。
それでも胸の片隅に彼らは常に潜んでいる。
彼らと歩んだ日々が私を変えた。
彼らを誇らしく思うから、恥じない日々を過ごしたい。
あの日々を思い出す度に胸は痛いけれど、忘れることも怖いから。
今夜も月を見て貴方を想うから。