英雄の笑顔、悪者の涙

【その9:理由は知らんが降って来た】

 落ちてきた「何者か」に、思わずヒビキ達ははっと身構える。
 見た目は、幸太郎よりも少し年上のごく普通の青年に見えるのだが、いかんせん現れ方が現れ方であるだけに、警戒するに越した事はない。
 そんなこちらに気付いていないらしい。青年は落下時にぶつけたらしい腰をさすりつつ、ゆっくりと立ち上がった。
「いってぇ……」
「あの、空から人が降ってきましたけど」
 流石にこの状況は、翔一にも驚きに値したらしく、ほぇーっと間の抜けた溜息と共に、そんな言葉が零れる。
 身長は自分達より僅かに低いくらい、とりあえず人間……だと思いたいのだが、翔一とヒビキの本能には、どこか引っかかるものがある。……人間だが、少しだけ異質な物が混ざっているような感覚。
 何とも言えぬまま、とにかく青年を監視する。
 いつ襲ってきても、対応できるように身構えた上で。
 そんな彼らを無視し……と言うかそもそも視界に入っていないのか、落ちてきた青年はポカンとした顔で周囲を見回し……
「……士?」
 声をあげた。恐らくは誰かの名前だろう。
 だが、そんな名前の人間は、少なくともこの場にはいない。当然返事などあるはずもなく……それに、不安を感じたのだろうか。彼は半ば叫ぶようにして、誰かの名を再び呼んだ。
「士! 夏海ちゃん!?」
 だが、返事はない。
 青年は最後の手段と言わんばかりにヒビキ達に背を向けたまま、更に知り合いらしい人物の名を挙げていく。
「五代さん、橘さん、加賀美さん!?」
「加賀美、だと?」
 青年の放った中で、最後の名前だけ……天道には聞き覚えがあった。と言うより、その人物の事を嫌と言う程知っている。
 何故なら、自分と同じくZECTのマスクドライダーシステムを持つ者であり、かけがえのない友人の名だから。
 そして……反応したのは、天道だけではなかった。
 白刀もまた、その三人の名にピクリと反応し……あからさまに顔を歪めて、言葉を吐き捨てる。
「……あの馬鹿が」
 と。
 その「馬鹿」が青年の事を指していない事は、隣にいたテディにも理解できたが……何故か、とてつもない恐怖も感じとる事が出来た。
 ……怒っている。そう表現するのも生温いくらいに、彼女が激怒しているのだと気付きはしたが、流石にそれを口に出すのも憚られる。
「小野寺ユウスケ、だな」
「そ……そうだけど、あなたは?」
「白刀風虎。この上なく不愉快なことではあるが、玄金武土の同類だ。出来る事なら彼奴とは永久に決別したい身だが、それはこの際置いておこう」
 一礼し、降って来た青年……小野寺ユウスケと呼んだ彼に一礼すると、彼女は何の前触れもなく鞄から携帯電話を取り出し、どこかへとかけ始める。
 ……ボタンを押す力に、怒りが込められているのを感じながらも、ユウスケはとりあえず黙って彼女を見つめた。
「おい、玄金武土」
『スーちゃん!?』
「どこぞのアイドルグループの一人のように呼ぶな、戯けが。……貴様のドジのお陰で、仕事が一つ増えた」
『へ?』
「小野寺ユウスケが、こちらに『飛んできた』と言っている」
 飛んできたって……と一瞬突っ込みたくなるが、空から落ちてきた以上本当に「飛んで」きたのかもしれない。
 電話の相手も、それで話が通じるのだろうか。
 そんな余計な心配をしつつも、テディはユウスケに視線を注ぐ。
『……マジで!? ユウスケ君が!?』
「こちらの仕事が終わり次第、『十番目』の元へ連れて行く」
『ありがとう! だから風虎ちゃんって大好きさ!』
「…………死ね」
 冷徹を通り越して冷酷その物の声でそう言いきると、彼女は深い溜息と共に電話を切る。
「ちょっとちょっと白刀さん、流石に『死ね』はマズイでしょ」
「いや、あの男にはその言葉すらも生温い。それに、どうせ殺しても死なん」
「あー、確かにそんな感じかも……」
 ヒビキのツッコミも軽く流し、眉根をぎゅっと寄せて吐き捨てる白刀。
 そんな彼女に、ユウスケも困ったような笑みを浮かべてその言葉に頷く。
「けど……あれ? 何で俺、こんなトコにいるんだ?」
「どう言う意味だ、青年?」
 不思議そうなユウスケの言葉に、ヒビキは僅かに不審そうな表情を滲ませて問いかける。
 その気配に気付いていないのか、ユウスケは困ったように眉を顰め、思い出すように宙を見ながら言葉を紡いだ。
「俺、確か……自分の世界に戻って、グロンギが出て……戦ってたら、最後にちょっと巻き込まれて……」
「その際に、この世界に『飛んで』来てしまったという事か」
 ユウスケの言葉に納得したのか、白刀は再び深い溜息を吐き……小さく、もう一度だけ「あの馬鹿が」と吐き捨てた。
 しかし「グロンギ」や、「自分の世界」と言われても、そう簡単に伝わるはずもない。
 特に幸太郎は怪訝そのものの目でユウスケを見やっている。
 その視線に気付いたのか、ユウスケもまた、幸太郎を不審そうに睨み返す。……正確には、幸太郎の横に控えるテディを、なのかもしれないが。
 だが……ユウスケの言葉に、白刀以外にたった一人、天道だけは納得していた。
 彼は以前、異なる世界との狭間へ向かった事がある。「狭間」があるのだから、当然「異なる世界」と言うのもあってしかるべきだ。完全に理解が出来ている訳ではないが、大筋は分る。
「成程、その男は、異なる世界から来たと言う事か」
「ええっ!? 『異なる世界』って、そんな事あるんですか?」
「んー、まあ……そう言う事もあるかもなぁ。世の中は広いから」
 驚く翔一とは対照的に、ヒビキも納得したのか分かっていないのか、良く分からない顔でうんうんと頷く。そんな彼に幸太郎も翔一も……そしてユウスケも驚くが、ワームやら魔化魍やらアンノウンやらと戦った手前、大抵の不思議には免疫が出来たらしい。
 すんなりと……とは言わないが、とりあえず、納得してみる。いや、「納得した気」になってみる、と言い直した方が良いか。
「それより、お前……」
「ユウスケ。小野寺ユウスケだ」
 お前呼ばわりされた事に少しむっとしたのか、呼びかけてきた天道に、ユウスケは僅かに苛立ちを含んだ声で返す。
 しかし、そんなユウスケの心情など気にも留めず、天道は実に不思議そうな表情で彼の顔を覗き込むと、表情と同じ不思議そうな声音で問いを発した。
「お前、加賀美を知っているのか?」
「……あんた、加賀美さんの何なんだ?」
「あいつは、俺の友達だ」
 それまで唯我独尊だった天道の表情に、僅かながら優しい色が浮かんだのを、翔一が見止める。
 恐らく、その加賀美と言う人物は、天道にとって本当にかけがえのない親友なのだろう。自分にとって、氷川誠や葦原涼が、そうであるように。
 そう思うと、僅かだがとっつき難い印象を抱かせていた天道に、親近感を覚えるが……口にすると何だか悪いような気がして、そのまま押し黙ってしまう。
 それはユウスケも同じなのだろう。こちらは僅かに口元に笑みを浮かべると、天道の問いに対する答えを返した。
「加賀美さんは、さっきまで俺と……いえ、俺達と一緒に戦ってくれていたんです。俺の世界に現れた、脅威と」
「……そうか」
――あいつもまた、戦いの中に身を置く運命なのか――
 ユウスケの言葉に、「戦いの神」と称される青い鍬形に変身する友人の顔を思い出し、ほんの僅かに天道の顔が曇る。
 天の道を往く自分だけでなく、新たな道を往く友人。その道が結局、「戦い」へ続いていた事実に、少しだけ気落ちしたのかもしれない。
「……ところで小野寺ユウスケ」
「はい?」
「門矢士達と合流する気なのであれば、お前も来るか?」
 唐突にあげられた白刀の提案の意味を、一瞬だけユウスケは理解できなかったらしい。
 だが、すぐにその相好を崩し、彼女の顔を覗き込むと……
「良いんですか!?」
「こちらの都合を最優先させてもらうため、合流するのはかなり後になるが、この場にぼんやりと突っ立っているよりはマシなはずだ」
「お願いします」
 どうすべきか途方に暮れていた事もあってか、ユウスケは二つ返事で返すとぶんぶんと首を縦に振った。
 そんな彼に、白刀は僅かに笑みを浮かべる。
 ……優しいようにも、皮肉気にも見える、奇妙な笑みを。そして、小さく一言。
「……身の安全は保障できんが」
「え?」
 その言葉が聞こえたらしい、ユウスケは一瞬硬直する。
 勿論、その言葉はヒビキ達にも聞こえており、慌てたように彼女に詰め寄った。
「白刀さん! せめてこの青年の安全くらいは確保しましょうよ!」
「そうですよ。どことなくアギトに似た力を、この人からは感じますけど、それでも巻き込むって言うのは!」
「聞く耳持たんな」
「……大丈夫か、本当に……」
 彼女が「独裁者」である事を今更のように認識し、幸太郎は物凄い不安を覚えるが……乗りかかった船と言うか、無理矢理乗せられた電車と言うか、ここまで来てしまったからには彼女の計画に乗るしかないと、半ば諦めたように思う。
 正直、この「空から降って来た男」……小野寺ユウスケとやらに、同情すら覚えるが。
「しかし……ふふっ」
「何を笑う事があるんですか、白刀さん」
 今までの厳しい表情から一変し、穏やかな笑い声を上げた白刀に、ヒビキは驚いたような声で問いかける。
 今まで、彼女が声をあげて笑う事など、片手で数えられる程度しかない。しかもその全てが、得てして相手を蔑んだ時の物……即ち嘲笑であるのに対し、今回は完全に、何か楽しい事があったかのような、そんな笑いだった。
「少々、可笑しくてな」
「だから、何がだ?」
「ここ……九郎ヶ岳に来た理由が、もしも小野寺ユウスケと出会う為だとしたら……これ程面白い事はない」
 天道の問いかけにも、未だクスクスと笑いながら、彼女は周囲をぐるりと見回す。
「何で?」
「ここは、『我々のクウガ』の……五代雄介の物語が始まった場所だからだ」
「五代さんの物語って……ひょっとして、ここは五代さんの世界、なのか?」
「五代雄介だけではないが」
 ふわりと、その顔に穏やかな笑みを貼り付けたままユウスケにそう答えたが……それ以上彼らの言葉に答えるつもりはないらしい。
 彼女はするりと表情を消すと、ぐるりと周囲を見回し……ある一点で、その視線を止め、小さく呟く。
「ふむ、あそこか」
「へ?」
「アレだ。アカネダカが旋回している。あの辺りだな」
 ゆっくりと彼女は、アカネダカが旋回していると言う場所を指すのだが、木々が邪魔している為、ディスクアニマルのような小さい物など、普通の視力で見えるはずがない。
 指の先から察するに、この山の頂上付近なのだろうが……
「……見えませんよ、この視界の悪さじゃ」
「猛禽の目か、アンタ」
「その点は否定させてもらうぞ、野上幸太郎。……せいぜい猫の目だ」
 そんな言葉を返しつつ。彼女はユウスケの方へと顔を向け……
「小野寺ユウスケ。送ってやるには送ってやる。その代わり、お前もこちらを手伝え」
「え?」
「交換条件という奴だ。イカレウサギの事を考えても、今は猫の手も借りたい状況なのでな」
 半ば決定事項のようにそう告げると、彼女はさくさくと頂上へ向けて歩き出す。
「え? ええっ!? 手伝うって何を!? あの、そもそも皆さんはどういった集まりなんですか!?」
 不思議そうに問うユウスケを無視して進む白刀。そして無視された方に対して、幸太郎は諦めきったような目でその肩を叩き、ヒビキと翔一は生温かい視線を向け、更に天道はやれやれと言った風な溜息を一つ吐き出した。
――士、俺、どうなるんだろう?――
 彼らの態度を受け、ユウスケがそう思ったのは言うまでもない。
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