英雄の笑顔、悪者の涙

【その7:とりあえず、一難去って】

「お待たせ」
 テントから出てきたヒビキが、明るく言い放つ。白刀が用意したと言う、服を纏って。
 どことなく蝙蝠を連想させる黒いコート。街中でならば格好良い部類に入るだろうが、生憎と森の中では動き難そうな格好である。
「ふむ、三番の袋を選んだか」
「え、あ、はい。何か一から十まで番号振ってありましたけど、あれって一体?」
「着替えだ。しかし……」
 白刀はまじまじと着替えたヒビキを見やり……ふと、どことなく嬉しそうな表情を浮かべる。
 今まで見た事がないような、そんな、穏やかな笑みを。
「私の目に狂いはなかったな。蝙蝠の騎士の格好が良く似合う」
「何ですか、それ。と言うか、これで探索は結構きついですよ、白刀さん」
 コートの裾をひらめかせながら、苦笑気味にヒビキは言うのだが、白刀は嬉しそうな表情のままそれをさらりと無視して更に奥の方へと進んでいく。
 何やらぶつぶつと、「僧侶」とか「金貨の孔雀」とか「いっそ蛇でも……」などと言う不穏な単語が彼女の口から漏れるが、そこを突っ込んでも答えてくれないだろうという気がして仕方がない。
 ヒビキに分かるのは、彼女が珍しく、純粋に楽しんでいるらしい事だけ。
 そんな彼女の後姿を見つつ、ヒビキはふう、と諦めたような溜息を吐いて彼女の後を追った。
 それに付いて行く様に、天道達もざくざくと草を踏み分けつつ更に奥へと向かって行く。
「あの女は、いつもああなのか?」
「白刀さん? そうだなぁ、まあ、確かにいつも無茶な事を言う人ではあるけど……」
 天道の問いに、ヒビキは人の良さそうな笑顔で答える。
 彼女の要求は、確かに大体が無茶、無謀な上に突拍子もない。
「それでも、人一倍俺達の事を……他人の事を考えてくれる、良い人だよ。表情に出ないだけで」
 さくさくと草を踏み分ける音を響かせながら進んでいく白刀の後姿を見つつ、ヒビキは笑顔のまま天道に答える。
 無茶で無計画のように見えるが、ヒビキの経験上、彼女の行動には無駄はない。
 きちんと自分と相手の役割を踏まえ、その上で彼らが出来るギリギリのラインを要求してくるのだ。
 彼女は、自分達の出来ない事は決して要求しない。一見、無理だとさえ思う要求も、必死になりさえすれば出来てしまう。
 それが、彼女なりの「鍛え方」なのだと理解するのに、ヒビキも随分かかったものだが。
「そんなモンか」
「そんな物だ。だから、俺もあの人を信頼している。少年には、まだ理解するには早いか」
 後ろで半ば呆れたように言った幸太郎に、ヒビキはからからと笑いながら一歩前に出た、その瞬間。
 草を踏みしめる音が……しなくなった。
 白刀が立ち止まったのだと認識すると同時に、彼らが感じ取ったのは……凶悪なまでの、殺気。
「ふ。どうやら、我々は連中の逆鱗に触れたらしいな」
 どこか楽しげな白刀の声に、視線を彼女と同じ場所に向けてみれば。
 そこには、心底怒り狂った表情の姫と、不審を露にした童子の姿だった。
「やはり、いましたね」
「いた、な」
 目の前に現れたヤマビコの童子と姫を見やりつつ、天道はテディに言葉を返した。すぐさま身構える辺り、やはり彼らも戦い抜いたプロと言う事か。
 先程見た童子と姫に酷似している。無論、同じ種類の魔化魍を育てていたのだから、似ていて当たり前なのだが。
『うちの子が倒されるなんて!』
 姫はショックであるかのようにそう言って、すぐさま妖姫の姿となったが、童子の方は一瞬だけその顔を顰め……
『ここにはもう、いられないか』
 低く、誰にも聞こえない程度の声でそう呟く。
 実際に聞こえていたのは呟いた本人と、白刀だけらしい。彼女はその言葉に、僅かに首を傾げ……
「成程、そう言う事か。想像以上に厄介な事だ。我々の行動に起因する出来事とは言え、な」
 何かを納得したのか、小さくそう漏らすと同時に大きく後ろへと飛び退り、相手との距離をとる。正直、人間とは思えないような跳躍力で。
 その瞬間、今まで彼女がいた空間を妖姫の放った攻撃が通る。白刀が飛ばなければ、おそらく今頃彼女の体は裂かれ、この場をその血で染めていた事だろう。
「……本当に、白刀さんって鍛えてないんですか?」
「鍛えるのは面倒だと言っているだろう」
 ヒビキの放つ苦笑混じりの声を聞き流しつつ、白刀は視線を、襲ってきた妖姫ではなく童子の方に固定する。
 まるで、姫よりも注意すべきは、そちらであるかのように。
「気をつけろ」
「分かってます。魔化魍を倒されて怒り狂っている童子と姫は厄介ですからね」
「いや、そうではない」
 音叉を構え、今にも変身しそうな雰囲気のヒビキの言葉を、白刀は軽く首を横に振る。
 一方の姫は、そんなヒビキを見て心底憎々しげな表情で彼を睨みつけ、今にも襲い掛からんと体勢を整えた、その瞬間。
『お前は、邪魔だ』
 童子が小さく呟き、目の前にいる妖姫を……刺し殺した。
 一瞬、何が起こったのか……その場で理解できた者は少ない。
 恐らく、刺した張本人とそれを冷静に見つめる白刀くらいではなかろうか。刺された方ですら、一瞬その動きが止まり……
 白い血を流し、信じられないと言った様子で爆発、四散したのだから。
「何だ、仲間割れか!?」
「いや、あれは……」
 ようやく状況を理解したらしい幸太郎の驚きに答えたのは、同じく状況を理解したらしい天道。その視線の先には、童子の姿から昆虫……もっと詳しく言うなら蝉を思わせる茶色い異形へと変じた相手がいる。
「あれは!?」
「ようやくワームのお出ましか」
 翔一の声に、冷静に答える白刀。
 童子……いや、「童子に擬態していた」シカダワームと呼ぶべきそいつは、その横に幻影のような童子の顔を浮かべ、諦めたような表情を浮かべる。
『今度は、もっと強い奴に擬態しよう』
 ゆっくりと、嘗め回すように六人を見比べ、やがてその視線を翔一に定めると、幻影の童子の顔をにやりと歪ませた。
 凶悪な、笑みの形に。
『お前とか、良いな』
「え、俺ですか?」
 どうやら次に擬態すべき存在を翔一に定めたらしい。シカダワームは、幻影の童子を消し去ると一息に翔一との距離を詰めにかかる。
 だが、シカダワームが翔一の前に立つよりも先に。
 赤い甲虫に似た機械を構える天道が、その進路を塞ぐようにして立っていた。
「その前に、お前は俺が倒す。変身」
『Henshin』
 この森には似つかわしくない電子音が響くと共に、天道の体を銀色の鎧が覆う。
 どことなくサナギを連想させる姿に、面の目は青。手には専用武器、カブトクナイガン。
 ……ZECTの作り上げた、最初のマスクドライダーシステム。「光を支配せし太陽の神」の二つ名を持つ存在、カブト。その第一形態であるマスクドフォームへ、天道はその身を変えた。
「うーん、鎧って感じだなあ、青年」
「天道総司、だ。青年と呼ぶな」
「悪いなぁ、青年。癖なんだ」
 悪びれた様子もないヒビキに、天道は軽く溜息を吐く。
 その一方で、シカダワームはビクリとその動きを止め……低く、呻くような声で吐き捨てる。
『貴様は、カブト!』
「そうだ」
 言うが早いか、天道は手に持つカブトクナイガンをガンモードに設定し、ジョウントと呼ばれる作用で無限に装填される電子エネルギー弾をシカダワームに向かって放つ。
 その攻撃を数発ほど喰らいながらも、シカダワームはその銃弾を極力避けつつカブトとの距離を詰めにかかる。
 懐に入れば勝てる……そう思ったらしい。だが、その考えは浅はかと言うもの。天道は既にカブトクナイガンをクナイモードに変え、距離を詰めたシカダワームを軽く切り裂く。
『チィ……』
 悔しげに舌打ちをし、シカダワームは軽く薙がれた自らの傷跡を撫でる。
『死ぬ訳には行かん。俺達は、この世界を滅ぼすまでは……!』
 自分のうかつさを棚に上げ、シカダワームはそう呟くと、再び天道との距離をあける。まるで、考え方を変えたかのように。
 今までは「カブトを倒し、翔一へ擬態する事」を目的としていたように見えたのが、今は「逃げ延び、生き延びる事」を目的としているようにさえ見える。
『何が何でも、逃げ延びてやる!』
 そう宣言すると共に、一瞬だけシカダワームの姿がぶれ……ふっと、その姿を消した。
「消えた!?」
「最近見かける『逃げ足の速い童子や姫』と同じだなぁ」
 テディの驚きの声に、苦々しげにヒビキも答える。
 最近見かけるようになった「逃げ足の速い連中」と、予備動作が全く同じだった事を考えると、やはり自分が出会った事のある童子や姫の中に、ワームが擬態した者がいるのだと確信できた。
 しかし、あれほど素早く逃げられては、手が出せないのも事実。
 悔しいが、逃がしてしまう他ない……そう思ったその時。
 ふ、と半ば嘲笑じみた印象すらも齎す笑いをこぼし、天道はゆっくりと自分の腰のカブトゼクターに手を当てると……
「心配ない。すぐに片を付ける。……キャストオフ」
『Cast Off』
『Change Beetle』
 彼の体を覆っていた銀色の鎧が、電子音と共にはじけ飛ぶ。
 同時にその下にあった赤い鎧が姿を現し、今までどこに隠れていたのか、大きな「角」がゆっくりとせりあがる。
 電子音の告げた通り……そして「マスクドライダーシステム」と言う名その物の姿へと、天道は変身したのだ。
「赤い甲虫になった!」
「カブトだからな。その名で天道虫だったら詐欺だろう」
「いや、でもほら、名前が『天道さん』だから、天道虫も有りかなって気がしません?」
 白刀のツッコミをにこやかにスルーしつつ、翔一は心底感心したようにカブト・ライダーフォームを見やる。
 彼のすっとぼけ具合に、幸太郎も思わず突っ込みたくなるが、今はそれどころではない。
 何しろワームとやらが逃げたのだ、それを早く追わねばならない。とは言え、不可視の速さで逃げた者を追う術など、幸太郎達は持たないし……
 そこまで幸太郎が考えたその時。
 天道が、自身の腰辺りをぽんと叩いたのが目に入った。
「クロックアップ」
『Clock Up』
 天道の呟きと共に、またしてもこの森に似つかわしくない電子音が響く。
 しかしそれと同時に。天道の赤い姿もぶれ、ふっとその姿を消してしまう。
「……へ?」
 そんな間の抜けた声をあげたのは誰だっただろう。
 一瞬何が起きたのか、取り残された者には理解できなかった。とは言えすぐに、彼も高速移動を……不可視の速さでワームを追ったのだと、気がつきはしたが。
「凄いな……あれが青年の力か」
「ZECTのマスクドライダーシステムは、対ワーム用だ。クロックアップシステムがあって当然だろう」
 もはや勝負は決まったと言わんばかりにその場にシートを敷き、白刀はまたしても水筒のお茶を飲む。
 それに御呼ばれと言わんばかりに、翔一とヒビキ、テディでさえもシートに腰を下ろして彼女の差し出すお茶を受け取っていた。
――何だ、この緊張感のなさ――
 そう思わないではいられない幸太郎だが、自分が手出しできない状況にある以上……そして、自分以外のツッコミ役が不在な以上、どうしようもないと諦めたように、溜息を一つ吐きだす。
 出合ってから数時間程度であるにもかかわらず、自分の諦めが随分と良くなってしまっているのは、良い事なのか。
「うーん……俺が相手をするのは、やっぱり無理ですかねえ?」
「襲ってくる相手と戦うのであれば、アギトの場合は『超絶感覚の赤フレイム』、あるいは『三位一体の戦士トリニティ』で対応できなくはないだろうな」
「だけど、逃げる相手には追いつけないって事ですか?」
「そうだ」
 こくりと頷きつつ、彼女はどこからか取り出したクッキーをぱりぱりと頬張る。
――この女の鞄の中は、一体どうなってるんだ?――
 不思議を通り越して、不審にすら思う幸太郎。
 何しろ彼女の持つ鞄は、所謂ビジネスバッグ程度の大きさ。どれ程大きくても、一メートルの幅の物は入らないだろうし、替えの服が十着も入るような余裕もない。
 それなのに彼女は、そこからシートやら水筒やらテントやらクッキーやらを取り出し、更にはヒビキの着替えまでをも入れている。他にも色々と入っている雰囲気があるが、そこを突っ込むのは少々危険な気もする。
 好奇心と恐怖心の間に挟まれつつも、幸太郎はこれ以上のアクションを起こせない自分が情けない。
 そんな風に、ヒビキ達がのんびりしている一方で。クロックアップしたカブトはと言うと、逃げようとしていたシカダワームを捕らえ、強烈な蹴りをおみまいした。
『がっ!』
「悪いが、逃がすつもりはない」
 冷静に天道は言いながら、カブトゼクターのボタンをゆっくりと押す。
『One, Two, Three』
「ライダーキック」
『Rider Kick』
 回し蹴りの要領で放たれたその強烈なキックをまともに喰らい、シカダワームは呻き声を上げて吹き飛ぶ。
『Clock Over』
 高速の世界から帰還した天道は、未だ呻くシカダワームを冷たく見下ろす。
「おー、お帰り青年」
「早かったですね」
「ワームに天の道を阻む事は出来ない」
 す、と人差し指を天に突き出し、彼はこの世で唯一の存在であるかのようなポーズを取る。
 指の先には、明るく輝く太陽の姿。
 その光を浴びて悠然と佇む赤いカブトの姿は、まさに「光を支配せし太陽の神」と言う二つ名に相応しい。
『まだ、だ。まだ……ワームには、アイツが、この山に……』
「あいつ、だと?」
 まさに、虫の息とも呼べるくらい弱々しく呟かれたシカダワームの言葉に、天道は不審気に眉を顰める。
 まだ、この山には何か……いや、ワームがいると言うのか。
『アイツがいる限り……貴様らは、ここで終わるのさ! あははははは、ハハハ、ヒャヒャヒャヒャヒャ……』
 シカダワームが、狂気に彩られた笑い声と共に、爆発したのを確認したその時。
 がさりと、草を踏み分ける音と共に彼らの前に現れたのは、漆黒の青年だった。
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