英雄の笑顔、悪者の涙

【その6:変にでかいと苦労する】

 童子と姫が倒れた事を確認し、幸太郎は腰に巻いていたベルトを外し、その変身を解く。
 テディも、マチェーテディの状態から、いつもの鬼らしい格好に戻るのだが……唯一ヒビキだけは、変身を解かなかった。
「あれ、どうしたんですかヒビキさん。変身とかないんですか?」
「いや、解きたいのは山々なんだけどなぁ……」
 ポリポリと自身の頬を掻きつつ、翔一の問いにヒビキは鬼の姿のまま、答え難そうに呟く。
「何か問題でも?」
「う~ん、服がなぁ」
「服だと?」
 不思議そうに……否、いっそ不審そうに天道がそう問いかけた瞬間。
 何者かの咆哮が、彼らの耳に届いた。例えて言うならゴリラの呻き声に似ていたような……
 そう思い、彼らは声のした方向へ一斉に顔を向ける。
 そこには。猿に似た巨大な「何か」が、こちらに向かってやってきている所だった。
 六……いや七メートル弱か。まさに「巨大な猿」の表現に相応しい。
「……でかっ!」
「そうか? ヤマビコなら、あんなもんだろ。ちょっと小振りなぐらいじゃないか」
 幸太郎の言葉に、ヒビキは軽く肩を回しながら言葉を紡ぎ、再び戦闘態勢に入る。
 魔化魍を見慣れているヒビキにとっては、ごく普通のサイズなのだろうが、主に人間サイズの敵を相手にしてきた他の面々にとっては、流石にあの大きさは驚きに値したらしい。
「あれが、ヤマビコですか?」
「……お祖母ちゃんが言っていた。大きくて得をするのは、饅頭の餡と度胸だけだ、ってな」
「鯛焼きの餡子も、大きい方が良いと思いますけど」
「いや、そういう話じゃないだろ」
 天道と翔一の会話にツッコミを入れつつ、幸太郎は近付いてくるその異形を見やる。
 イマジンはイメージが暴走すると巨大化してギガンデスと呼ばれる物になるらしい。幸か不幸か、幸太郎は今までそれと出会った事がない。
 普段からこの大きさの物を相手にしているらしいヒビキを、思わず尊敬してしまう。
――ひょっとして、ヒビキさんはあれがいる事を予見して、変身を解かなかったのかも知れない――
 そう勝手に納得しつつ、翔一は改めてヤマビコと呼ばれたその巨大な異形を見上げる。
 顔にかかった長い毛、牙の生えた猿のような顔。巨体からはその強力が、容易に想像出来る。しかも、それが吠える度、周囲の木々が枯れ落ちていくところを見ると、ひょっとしたら声に毒のような物が含まれているのかも知れない。
 ヤマビコと言うだけあって、声の化物と言う可能性だって否定できないのだ。
「あの、白刀さん。さっき、『ヤマビコは猿とオウムを混ぜたような奴』って言いましたよね」
「言ったな」
「ちょっと待て、どこにオウムが混じってるんだよ!?」
「見えにくいだけだ。人真似をして喋るあたりは、オウムとそう大差あるまい」
 近付いてくるヤマビコや、翔一と幸太郎のツッコミなど意に介さぬように、それでものんびりとお茶をすする彼女。
 既にヤマビコは、目と鼻の先にまで来ている。
 普通ならその距離までの接近を許す前に、逃げるであろう距離。だがそんな距離でも、白刀は特に我関せずと言わんばかりの表情を浮かべ、ゆっくりとヒビキの方に向き直り……
「ヤマビコ程度なら、何とかなるだろう」
「簡単に言ってくれますけどね、これでも割と大変なんです……よっと!」
 ヤマビコが振り下ろした腕を払いのけつつ、ヒビキは撥……音撃棒、烈火を振るってヤマビコの足元を連打する。
 それが鬱陶しいのか、ヤマビコは低く唸りながら再び腕を振るってヒビキを払いのけようとするが、彼はそれを紙一重でかわし、ヒビキはできるだけ白刀とヤマビコの距離が開くように烈火を振るい、相手を後退させる。
「そりゃあ、奥多摩の奴に比べたらマシだと思いますけど」
 ヒビキが烈火を振るう度、ドンドンと太鼓の音が響くような気がした。
 ……まさに「響く鬼」。彼の打ち出す清めの音は、周囲に響き渡り、空気を清浄な物へと変えていく。
 その攻撃を、音を。喰らい、耳にする度、ヤマビコは苦しげに……そして怒ったように呻く。
「何だ。でかいだけで、大した事ないじゃん」
「……そう思うか?」
 ヒビキに押されるヤマビコを見て、そう呟いた幸太郎に、白刀は意味有り気な、奇妙な笑みを浮かべながらそう返す。
「何かあるのか?」
「あれは日高仁志……いや、『隠』だからそう見えるだけだ」
「ほう。つまり俺達では、ああは行かない……そう言う事か」
 天道はどこか楽しそうにそう呟くと、ヤマビコの打撃をかわしながら反撃するヒビキを見つめる。
 自分達と鬼の違い……それが何なのかは分からないが、確かにあの清浄な音を出すのは、自分には難しいだろう。
 そう思っている間に、ヒビキは烈火の先にある鬼石に自らの炎の力を込め、その先を赤い刃に変えた。
 鬼棒術・烈火剣。そう呼ばれる、鬼の術の一種である。余談だが、ヒビキの場合は、それが自らの力である炎の気を用いるのだが、鬼によってその力の源が異なるので、刃の色も異なる。
 生み出した刃でヒビキはヤマビコの足……人間で言うアキレス腱の辺りをざっくりと切り裂き、相手を転ばせる。
 それは即ち、最後の仕上げに入った事を意味するのだが、白刀以外には足止めにしか見えない。
「よっと」
 軽やかな足取りで、倒れたヤマビコの腹に乗りあがるヒビキ。
 そして……腰に付いていたバックルと言うか帯と言うか……とにかく、丸い「何か」を外し、それをそのままヤマビコに押し当てる。
「ヒビキさんは、何を……?」
「すぐに分かる」
 翔一の問いに、白刀は不敵な笑みで返す。
 瞬間。その丸い「何か」がいきなり巨大化、ヤマビコの腹と一体化した。
 ……その表現が正しいのかどうかは分からないが、少なくとも幸太郎や翔一には、そのように見えた。
 そしてそれを確認すると、ヒビキは烈火を剣から撥に戻し……
「音撃打、火炎連打の型!」
 その宣言と共に、ヒビキはヤマビコの腹……否、巨大化し、相手の腹部と同化した丸い物、音撃鼓と呼ぶそれを太鼓に見立て、ひたすらに打ち鳴らした。
 今までとは比にならない猛撃。鮮烈で、腹の底に響くような、そんな音が周囲を清める。……まさに「火炎連打」。
 ヒビキの炎の力が、そして周囲を清める音が、絶え間なくヤマビコに打ち込まれている。
「はあああああぁぁぁぁぁぁぁぁ……破ぁっ!」
 ドン、と最後の一撃が響いた刹那。
 それに呼応するように、周囲は一瞬だけ静まり返り……次の瞬間には、ヤマビコの体が爆散、童子や姫と戦った時とは比較にならぬ程大量の枯葉が舞い散った。
「ふう、これで……」
 終わっただろ、ヒビキがそう言いかけたその時。
 いち早く異変を察知したのは……翔一だった。
「まだです、ヒビキさん!」
「何だって?」
 彼の言葉に、不思議そうに返し……そして、彼の耳にも届いた。
 「もう一体のヤマビコ」の鳴き声を。
「同じ場所に同じ魔化魍って……」
「どうやら、もう一組の童子と姫も居そうだな」
「ですね」
 やれやれと言わんばかりに肩を落としながらも、ヒビキは再び、もう一体のヤマビコに向き直る。
 距離は割と離れているが、七メートル弱の巨体からすれば一瞬で詰められるだろう。
 流石にこれはまずいと思ったのか、ヒビキはどこか慌てたように翔一達の方を振り返ると……それでも、いつも通りの、どこかのほほんとした声を出す。
「なあ、悪いんだけど、誰かちょっと手伝ってくれないか?」
「良いですよ。俺、手伝います」
 答えたのは……翔一。
 彼はにっこりと笑うと、その腰にオルタリングと呼ばれるベルトを現出させて宣言する。
「変身!」
 その声と共に、翔一の姿が変わる。
 基本的な色は金と黒。どことなく龍を連想させる姿。仮面の目の色は赤で、鬼とは少し違った「角」がある。
 幸太郎の変身していた電王とは異なり、「鎧」と言うイメージよりも「変化」に近い印象を抱く。
 「アギト」。そう呼ばれる「進化」の……いや、「変化」の戦士。
「おお~。少年よりは、俺達『鬼』に近い感じだな」
「そうですね。外装って言うより、もう一つの姿って言った方が近いですから。……それよりヒビキさん、俺は何をすれば良いんでしょう?」
「ああ、悪いがヤマビコの足止めを頼めるか?」
「やってみます」
 こくりと頷くと、そのまま翔一は近付いてくるヤマビコに突っ込んでいく。
「それじゃ、行きますよぉっ!」
 ぐっと拳を握り締め、翔一はヤマビコに向かって強烈な拳を繰り出す。
 それが効いたのかどうかは分からないが、ヤマビコは驚いたような唸り声を上げ、どすどすと派手な音を立てて数歩後ろへと下がる。
「ヒビキさんに任せっぱなしなのも悪いんで、やっつけちゃった方が良いですよね」
「え? おい、青年……」
 ヒビキの制止も聞かず、翔一は更に攻撃を続ける。
 まるでヒビキに感化されたかのような、猛烈な拳のラッシュ。
 それをくらいながら、ヤマビコは鬱陶しそうに腕を振るが、それらは全て軽やかな動きでかわされる。
 そして……ヤマビコの体が、翔一の攻撃で大きく傾いだ瞬間。
「これで!」
 翔一が呟くと同時に、彼の頭の「角」……クロスホーンが、カシャンと展開する。
 同時にその足には、膨大なエネルギーが蓄えられ……ゆらりと、アギトの紋章が浮かんだ。それがヤマビコの足元に移動し……
「やああっ!」
 翔一は高く飛び上がり、強烈な蹴り、「ライダーキック」と呼ばれる技をヤマビコに向かって放つ。
 その膨大なエネルギーに耐え切れなかったのか、ヤマビコは悲鳴を上げることすらなく大地にひれ伏し、爆発した。
 ……いや、したはずだった。
 だが爆発が収まると同時に、ヤマビコは怒ったように目をぎらつかせ、がばっとその身を起こすと大きく一声吠えあげる。
「え……ええ~!?」
「生き返った、だと!?」
 再び起き上がったヤマビコを見て、翔一と天道の驚きの声が重なる。幸太郎とテディも、驚きの表情を隠せないでいる。
 ただ、白刀とヒビキだけは、その事を予想していたらしい。
「魔化魍は童子達と異なり、『隠』による清めの音でなければ倒せん」
「出来ればそれは早く言って欲しかったです!」
「だから、足止めで良いって言ったろ」
 翔一の苦情に、苦笑いのような声で返しつつ、ヒビキは怒り狂ったヤマビコを見上げる。
 相手が吠える度に、周囲の木々が枯れ果て、そこに生きる種々の生命が絶たれていく。
 それを倒さなければと思うのだが……今のヒビキには、一つ問題がある。それは即ち武器。正確には、清めの音を増幅させる為のツール。
「爆裂火炎鼓はさっき使っちゃったしなぁ……」
 腰には既に何もない。先程のヤマビコとの戦闘で、とどめを刺すために音撃鼓、爆裂火炎鼓は使用してしまった。
「さっさと装甲アームド響鬼になったらどうだ? あれなら鼓はいらんだろう」
「それが装甲声刃アームドセイバー、置いて来ちゃってるんですよ」
 ヒビキの苦笑混じりのその言葉に、白刀は一つ盛大な溜息を吐き……唐突に自分の鞄を漁りながら、彼に問いかけた。
「……音撃鼓と音撃増幅剣、使うならどちらが良い?」
「え、そりゃあ音撃鼓の方が慣れてるんで、できるならそっちの方が。と言うか、音撃増幅剣って……」
「そうか」
 ヒビキの声を皆まで聞かず、彼女はこくりと頷いて鞄から取り出したのは……先程までヒビキの腰にはまっていた鼓と、ほぼ同じ物。
 それを彼女はぽんとヒビキの方へと放り投げる。
「……火炎鼓……用意良いですね、白刀さん」
「最悪の事態に備えたまでだ。グダグダ言わんと、さっさと倒せ。アギト……津上翔一に迷惑がかかるぞ」
「おっと、そうでした!」
 怒り狂ったヤマビコと格闘している翔一の方に目を向け、ヒビキはすぐさま彼に駆け寄る。丁度、翔一の蹴りで、ヤマビコが倒れたところで。
「おーい。無事か、青年!」
「大丈夫です。それじゃ、太鼓でどーんとやっちゃって下さい!」
「了解」
 のほほんと放たれた翔一の言葉に、これまたのんびりとした声でヒビキは答えると、すぐに白刀から受け取った音撃鼓をヤマビコに付け……
「音撃打、一気火勢の型!」
 連打と言う表現では生温い。瞬間に、何発もの音撃をヤマビコに打ち込む。
 今使用している音撃鼓、火炎鼓は、先程ヒビキが使った爆裂火炎鼓に比べれば、威力が劣る。だが、それでもヤマビコを倒すには充分な威力を持つ。
「やあっ!」
 ドドン、と鳴り響くと、もう一体のヤマビコも身の内に打ち込まれた清めによって苦しげに呻き……しかし一瞬後には四散、木の葉となって散っていく。
「……ようやく一息吐けそうかな」
 音撃棒を背にセットし直し、ヒビキは顔だけ変身を解除するとそう呟く。一方で翔一も己の変身を解くと、感心したように今のヒビキの姿を見やる。
「へぇ……顔だけ解除できるんですね」
「……青年も少年も、羨ましいな。普通に解除できるなんて。……あ、白刀さん。俺、どこで着替えれば良いですかね?」
「そこにテントを用意した。さっさと着替えろ」
「どうも」
 いつの間に組み立てられたのか、自分達の背後には青いテントが張られていた。先程ヒビキと出会った際に見かけたものと同じ仕様であるところを見ると、あれも猛士の支給品なのだろうか。
 スタスタとそこに入っていくヒビキを見送り……天道は不審そうな表情で白刀に声をかける。
「……着替えるとは、どう言う事だ?」
「『隠』は変身の度に服を犠牲にする。普通に変身解除してみろ。ただの変質者だ」
「それって……全裸って事、ですか?」
「そうだ」
 ……この時、三人は思った。
 街中で戦う事の多い自分達の変身が、服をなくさなくて済む物で良かったと。
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