英雄の笑顔、悪者の涙

【その5:ほら出たやれ出た敵が出た】

 再びデンライナーは森の奥で止まり。乗客全員を降ろした後、虚空へとその姿を消した。デンライナーの存在は、この森林の中では目立ってしまう。
 童子や姫をひきつける効果があるならともかく、逆に警戒を抱かせる可能性の方が高い。その為の措置らしい。
「とは言え、また山歩きか……」
「仕方あるまい。童子達に気付かれてクロックアップで逃げられては厄介だ」
 幸太郎の苦情に答えつつも、彼女は平然とした表情で山の中を更に歩く。
「山彦と言っていたな。だが、それは化け物の一種なのか?」
「そうだな、普通『山彦』とは、高い所で『やっほー』とやったら返ってくる声や現象の事を指すが、猛士で言う『ヤマビコ』は、猿とオウムを混ぜたような魔化魍の事を指す」
 天道の問いに答えるその顔には、汗の玉一つ浮いておらず、疲れた様子など微塵も感じさせない。
 普段から鍛えているヒビキの額ですら、うっすらと汗ばんでいるというのに。
「……白刀さんって本当に、学者やるより鬼の方が向いてると思うんですけど」
「言っておくが、私は超が付く程のものぐさだ。己を鍛える、まして魔化魍とのマイナスの意味での逢瀬など、面倒な事この上ない。厄介事は他人に任せ、こちらは後ろでのんびり応援している……そのスタンスを崩すと、少々まずい事になる」
「まずい事、ですか?」
 白刀の言葉に、不思議そうな声を翔一が返す。
 が、その瞬間。
 翔一の本能が、何かしらの「危険」を告げた。
 アンノウンが現れた時とは異質な……だが、「敵」だと判断するには充分な気配。
 まだここからは遠いが、こちらの様子を窺っている。そう判断し、思わずその場に足を止める。
「どうした津上?」
「この気配……アンノウンじゃないけど……」
「敵か?」
 後ろを歩いていた天道に問われ、翔一は黙って首肯し、ある一点を見つめる。
 そこに、「何かがいる」と彼の本能が告げている。
「アギトの察知する能力はディスクアニマルより確実だ。津上翔一が感知したと言うのなら、それは恐らく……」
「魔化魍とか言う奴か?」
「可能性は高い。さていきなり当たれば良いのだが」
 そう呟き、白刀は事もなげに翔一の視線の先へと歩を進める。
 その歩みに迷いは一切ない。そこに向かうのが当然であるかのように、彼女はただひたすらに先へと歩く。
「白刀さん! あんまり先に行くと、襲われた時のカバーができませんって!」
「ふん。魔化魍程度では私は殺せん。私の事より、相手をどうにかする事を考えておけ」
「魔化魍『程度』って……」
 白刀の言葉に苦笑しつつ、ヒビキは彼女の横を、極力離れぬように歩く。
 刹那。自分達の前のくさむらが揺れ、一組の男女が姿を現した。
「……何だ?」
 幸太郎が訝るのも当然か。
 二人の格好は、あまりにも現代的とは言い難い……茶色っぽい服装に、どこか猿のような印象を持つ。何より、こちらを見る目が尋常ではない。
 まるで、獲物を見つけた動物のようだと、テディは構えながら思う。ヒトとは、明らかに異なる存在である事は、醸し出される雰囲気からも充分に察せられる。
 同じ事を思ったのか、翔一達も無意識の内に目を細め、襲われた時に対応できるように臨戦態勢を整える。
「これは……情報通り、ヤマビコの童子と姫ですね」
「だが、砂は零れていない。……イマジンとは契約していないようだな」
 冷静に相手を観察して答える白刀に、ヒビキは金色の音叉を構え、彼女を庇うようにして相手の前に立ち塞がる。
「目的とは違う奴だからって、放っておく訳には行かないでしょう」
「無論だ。ワームである可能性は否定出来ん。……服は用意してあるから、存分に戦え、日高仁志」
「だからー、本名で呼ぶのは止めて下さいって」
 そう答えた直後。一気にヒビキの纏う空気が、変わった。
「……ほう?」
「凄い、澄んだ空気……」
 それまでの穏やかな雰囲気から一瞬にして厳しい雰囲気へ。その緩急の差に面々が呆気にとられる中、ヒビキは構えていた音叉を近くの木に軽くぶつけ、鳴らす。
 キイン、と澄んだ音を纏うように、ヒビキはたった今鳴らした音叉を額に当てた。すると、その音に反応するように、彼の額に、小さな「鬼」の模様が浮かび上がり……彼の気迫と共に彼自身を紫の炎が包む。
「はぁぁぁぁぁぁ……」
 揺らぐ炎の向こうで、ヒビキの姿が変化していくのがわかる。
 基本色は紫。顔の近辺は赤い隈取に似た何かが浮かんでいる。シルエットも、筋骨隆々な物へと変わり、頭部には二本の角らしきもの。額には先程浮かんでいた金の「鬼」の顔のような飾り。
「破ぁっ!」
 纏っていた炎を切り裂き、現れたのはまさに「鬼」。
 普段の飄々とした雰囲気の彼からは、想像がつかない程の気迫。まさに、「鬼気迫る」と言う表現が相応しい。
「あれが、ヒビキさん……」
「変身した時の鬼名は『響く鬼』と書いて『響鬼』。炎の力を持つ、『太鼓』の戦士だ」
 呆然と呟いた翔一に説明しつつ、彼女は平然とした表情で、何処からか取り出したブルーシートの上に腰を下ろす。
 しかも、これまた何処からか取り出した水筒を注ぎながら、彼らに座って見守れと言わんばかりに。
 その言葉に甘える気になったのか、はたまた彼女の勢いに飲まれたのかは定かではないが、思わず四人はそのシートの上に座り、お茶をご馳走になっていた。
「太鼓、だと?」
「いわば、打撃系の戦士の事だ。隠は自らの使う武器と楽器を対応させている。射撃系の『笛』、斬撃系の『弦』、打撃系の『太鼓』が主な種類だ。彼らは音で魔化魍を清める」
 天道の問いに白刀が答えている一方で、色めき立ったのは現れた男女……ヤマビコの童子と姫であった。
 変身したヒビキに、驚いたような……それでいてどこか馬鹿にしたような視線を向け、これまた馬鹿にしたような口調でその口を開いた。
『鬼だ』
『鬼だ!』
 男の口から女の声が、女の口から男の声が漏れ、相手の姿もヒトの物から異形と呼べる物へと変わる。
 猿を連想させる赤い顔に、鋭く伸びた爪。足場は決して良くないのに、身軽な動きでヒビキとの差をつめてくる。
 ケタケタと、奇妙な笑い声を上げて。
「何か、凄い違和感だな」
「男の方が童子、女の方が姫と呼ばれる。変身した姿は怪童子と妖姫。声の違和感については、じきに慣れる」
 二体の異形の相手は流石にきついのか、それとも地形が彼に向いていないのか。
 ヒビキは背に付けていた撥のような物を取り外すと、気合と共にそれを振るう。が、相手は見た目通りの身軽さで、ひょいと木の上に飛び上がると、逆にヒビキの腕をその爪で浅く薙いだ。
『人間が沢山』
『うちの子の為に、声を貰いましょう』
 狙いをヒビキからのんびりとお茶している白刀達に定めたのか、二体の異形はキャハハと笑い声を立ててこちらに向かって襲い来る。
 それに対し、翔一達はすぐに変身できるように身構えたが……
「させるか!」
 その声が聞こえたかと思うと、次にはシャンという澄んだ音が響く。
 その一瞬後には、派手に吹き飛ぶ童子と姫の姿。そして今まで二体がいた場所には、紫の鬼の姿。
 ……ヒビキが彼らを殴り飛ばしたのだと気付くのに、そう時間はかからなかった。
 恐らくは、彼が持つ撥で攻撃したのだろう。吹き飛ばされた方は腹部を押さえて、低く唸っている。
「ちょっとそこの青年達、見てないで手伝ってくれると嬉しいんだけどなぁ」
 ちらりとこちらを振り返り、苦笑混じりの声で苦情を申し立てるヒビキ。余裕を感じるが、ぼんやり見ているのも気が引けたのか、溜息を吐きながら立ち上がったのは、幸太郎だった。
「しょうがないな……行くぞ、テディ」
「ああ。わかった」
 ヒビキの横に並び立ち、幸太郎は相手を睨みながらベルトを腰に巻きつけ、それについたボタンを押す。
 何やら明るい音楽が鳴り響き、幸太郎は不敵に笑うとポケットからパスケースを取り出し……
「変身」
『STRIKE FORM』
 電子音が響き渡り、幸太郎の体を青い鎧が包む。若干尖り気味の赤い目が輝き、ボディには線路のような模様。
『鬼じゃない!』
『鬼じゃないよ、変なのが出たよ!』
「変なので悪かったな。これが、俺の電王なんだよ!」
 童子と姫の言葉にむっとしたように返しつつ、幸太郎は二回指を鳴らすと、右手を、何かを受け取るように差し出し……
「テディ」
 幸太郎が呼ぶと同時にテディは一つ頷き……マチェーテディと呼ばれる、剣の形態に変化、幸太郎の右手に収まる。
「面白いなぁ、お前。剣になれるのか」
「派遣イマジンたる者、これくらい出来なくてどうします」
「っていうか、お前もう派遣イマジンじゃないだろ?」
 ヒビキの感嘆に、テディはさも当然のように言い、その言葉に対して更に幸太郎が呆れたような声を返す。
 だが、すぐに童子達の方へ向き直ると、一瞬だけ幸太郎は何か悩むように黙り込み……
「テディ、久し振りのカウントだ。十五……いや、十二で良い」
 左手で童子の方を指し示し、幸太郎がそう言ったのを聞くや否や、テディは特に疑問に思う風でもなく、言われた通りカウントダウンを開始する。
「十二、十一、十……」
 正確無比なカウントダウン。それに乗せる様に、幸太郎は足場の悪さなど気にした様子もなく一気に童子との距離を縮め、まずは横に一閃。
 が、それは童子の皮を浅く薙いだだけで、致命傷には至っていない。
「……七、六、五……」
 それでも気に留めた様子もなく、テディはただ、ひたすらにカウントを続ける。幸太郎も、かわされる事など見通していたかのか、更に一歩深く踏み込む。
 童子の肌からは、白い血液らしき物が、うっすらと滴り落ちている。そこを、幸太郎は狙っていた。
「いっけぇぇぇ!」
「三」
 振りぬいたマチェーテディを、もう一度振り下ろし。
「二」
 今度は返す刀で斜めに切り裂き。
「一」
 再び真っ直ぐにその剣を振り下ろして……
「〇」
 テディの宣言と、青い「N」の字を刻まれた童子が爆発したのは同時。彼は宣言通り、十二秒で敵を倒したのだ。
 ……一方の姫はと言うと、ヒビキによる連打によって、既にふらふらになっていた。
「これで、お終い!」
 ヒビキはそう宣言すると、躊躇なく敵の腹部に撥の先端にある鬼石によって増幅された「清めの音」を叩き込む。
「はあああああぁぁぁぁ……」
 まさに、怒涛の猛撃。そこに太鼓などないはずなのに、ヒビキが撥を相手に叩き込む度に、見ている物の耳に、和太鼓の音が届くような気がした。
 ……清めの音と表現されるのも、頷ける程の澄んだ音。そして、邪を許さぬ、苛烈な音。
「はぁっ!」
 とどめの二発が打ち込まれ……姫もまた、絶叫を上げながらその場で爆発、四散し、枯葉となって散っていった。
「……今のが、鬼か」
「凄い、感動しました」
「ま、鍛えてますから」
 シュ、と口で言いながら、ヒビキは感激したような二人にそう返したのであった。
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