英雄の笑顔、悪者の涙

【その4:俄かチーム、結成】

「もう一度言うが、今回の敵、獲物とも言うべき存在は、イマジンと契約しているらしいワームだ」
 しんと静まり返った事に耐えられなくなったのか、白刀は再び冷静な声でそう言い放つ。
 それでもまだ反応の薄い全員に対し、彼女は僅かに眉を顰めながら説明を続ける。
「全てのワームは、ある者の策によって、倒されたと思われていた。だが……」
「生き残った者がいると言う事か」
「そうだ。非常に厄介な者に擬態して、な」
 ようやく硬直から抜け出した天道に頷き、彼女は用意したカップに、またしてもコーヒーを注ぐ。
 カップの数が五つある事から、それが自分達に出されるための物だと、テディはすぐに勘付いたが……そこは、少し黙っておく事にした。それに感謝の言葉を述べていたら、おそらく話が進まない。
 現時点、つまりワームなる存在が相手と言うだけでも厄介なのに、その上イマジンと契約している「かもしれない」とされている。それなのに、更に厄介な事があるらしい。
「えーっと、聞くのが怖いんですけど……そのワームって、誰に成りすましているんですか?」
「ああ、童子だ」
「そいつは確かに……厄介ですね」
 翔一の問いにさらりと答えた白刀に対し、苦笑気味にヒビキが返す。
 一方で問いはした物の、他の面々は聞き慣れない「童子」と言う単語に、頭上にクエスチョンマークを浮かべている。
「どうじ? 何だ、それ」
「童子ってのは、魔化魍の教育係……親みたいな連中でな、そいつらも俺達『鬼』の敵なんだ」
「魔化魍や童子達ならば鬼の音で清められるが、相手がそれに擬態したワームとなるとそうは行かん。何しろ、『よく似た別物』なのだからな」
「最近、異常に逃げ足の早い童子と姫が増えているなぁと思ってはいましたけど……」
 ヒビキが言うには、ある程度までは追い詰められたが、その「ある程度」を越すと唐突に「消える」童子達が増えていると言う。
 それに育てられた魔化魍は、今の所そう言った「高速移動」はしないのだが……もしも出来るようになってしまったら、被害は今の比ではなくなると猛士内部でも危惧しているらしい。
「高速移動……クロックアップか。確かにワームが擬態している可能性は高いな」
 何かを納得したのか、天道は右目を細めながら、どこか忌々しげにそう言葉を吐き捨てる。
 全てのワームは倒せてなどいなかった。
 その事実が、散っていった仲間の一人に対して非常に申し訳ない気持ちになったのかもしれない。
 そんな天道の様子に気付いているのかいないのか、白刀はカップを客人達に渡しながら、彼ら一人一人の顔を覗き込むように言葉を紡ぐ。
 ……唯一ヒビキに出されたカップの中身だけは、コーヒーではなく番茶だった事は、淹れた本人と出された当人しか知らない事だが。
「始めて擬態が確認されたのは、オロチ現象の最中だ。あれだけの数だ、観測されなかったのだろうよ」
「オロチ現象、ですか?」
 またしても聞き慣れぬ単語に、テディが不思議そうに問いかける。
 彼女にそのつもりはないのだろうが、説明の最中にこちらが分からない単語を出すのはやめて欲しい。
 そう思いつつも、彼らはじっと白刀の説明を待った。
「魔化魍の大量発生現象の一つだ。それが、人間サイズの魔化魍だけなら百鬼夜行、そうでないならオロチと呼ぶ」
「成程な」
 何かを納得したように、天道が一つ頷き……人差し指を天に向け、言い放った。
「お祖母ちゃんが言っていた。木を隠すなら森の中、化物を隠すには化物の中、ってな」
――そんなするっと「化物」なんて単語が出るって、どんなお祖母ちゃんだよ――
 と突っ込みたくなったが、そこはグッと堪え、幸太郎は自分と同じ「半ば強引にこの列車に乗せられた客人達」を見やる。
「そう言えば、あんたらには自己紹介してないよな。俺は野上幸太郎。こっちはテディ。俺の相棒」
「テディです」
 思い出したように言った幸太郎と、それにあわせて直角に腰を曲げて頭を下げる青鬼……テディに当てられたのか、他の面々も今更のように己の名を互いに告げ始める。
「あ、津上翔一です。よろしくお願いします」
「……お祖母ちゃんは言っていた。天の道を往き、総てを司る男。天道総司」
「あっはっは。面白い奴らだなぁ。俺はヒビキ。よろしく」
 口々に自分の名を口にした後、心底不思議そうな表情でヒビキはテディを見つめる。
 鬼かと思える外見を持ってはいるのだが、その割にはどこか自分達とは異なる印象もある。何より出会ってからずっと「鬼」の姿でいるのだが……戦闘時以外では、変身解除するのがヒビキ達の慣わしだ。
 変身解除しないのか、それとも元からあの姿なのか……どちらにしろ、「鬼」でも「人間」でもなさそうなその存在を、不思議に思うには充分だった。
「それで、その……テディ君、だっけ? 君は一体何者なんだ? 俺達みたいな鬼……じゃないんだよな?」
「いや、私も実はイマジンでして」
「え? イマジンって……それじゃああなたも、『人の過去を乗っ取ろうとする存在』、なんですか?」
 イマジンと言う単語に不審気な表情を浮かべた三人の男にむっとしたのか、幸太郎は機嫌悪そうにそっぽを向き……
「違う。イマジン全員が、さっき言ったみたいな手段をとって自分の時間を得ようとするとは限らない」
「契約者とのつながりが強ければ、それもまたイマジンの時間になります。私の場合、幸太郎とのつながりが時間になった。……幸太郎と共にいるこの時間こそが、私の……私だけの時間なのです」
 そう言うテディの顔からは何も読み取れない。だが、声からは暖かい……幸太郎に対する信頼のような物を感じ取る事が出来る。
 その事に、一瞬でも疑いの視線を向けた事を申し訳なく思う。
 彼が何かしらの害を為す存在であるなら、おそらく白刀が呼ぶはずがない。そもそも幸太郎と一緒にいるはずもない。話を聞く限り、恐らく幸太郎が戦っていた相手は「人の過去を奪うイマジン」なのだろう。
「大体、さっきも言っただろ? 人の記憶こそが時間だって事も、テディは俺の相棒なんだって事も。何を聞いてるんだか」
「……幸太郎、年長者に向かってそういう口の聞き方はどうかと思う。この前だって……」
「あー、もう煩いなあ。テディはそう言う細かい事にこだわり過ぎ」
 何となく、やんわり窘める父親と反抗期突入直後くらいの息子のようなそのやり取りに、思わず翔一はくすりと笑い……
「俺には、『記憶が時間』とか、難しい事はよくわからないですけど……テディさんが悪い人じゃないって言うのは分かります。疑うような事、言ってしまってすみません」
「いえ。私達の方こそ、説明不足で申し訳ありません」
「それじゃ、わだかまりも解けたし、これからは仲間って事で。よろしくな、青鬼君」
「テディです、ヒビキさん」
 少しだけギスギスし始めた空気を壊すように、明るい声でヒビキは言うと翔一とテディの肩をバシバシと叩いて朗らかに笑う。
 それに毒気を抜かれたのか、一瞬だけ幸太郎は黙り……やはり、反抗期の少年のような顔で、ふいとそっぽを向いてしまった。
 それにクスクスと笑いつつ、翔一はふと思い出したように白刀の方に向き直り、口を開く。
「それにしても……どうして俺まで誘ったんです? 魔化魍ならヒビキさんが、ワームなら天道さんがプロフェッショナルですよね? それにイマジンなら幸太郎君とテディさんですし」
「ふむ、アギトが呼ばれた理由……それが分からないと言うのだな」
「はい。アンノウンが現れたって言ってましたけど……今の話を聞く限り、アンノウンが絡んでくる要素がないような気がするんです」
「いや、普通に絡むぞ。何しろその童子に擬態したワームを、アンノウンが狙っているからな」
 さも当然と言わんばかりの白刀の言葉に、場が再び静まり返る。
 そこから最初に抜け出したのは、やはり翔一。今度はその表情を驚き一色に染め、噛み付くような勢いで白刀の言葉に、半ば怒鳴るようにして返した。
「アンノウンは、もう出て来ないはずじゃないんですか!?」
「誰がそんな事を言った。『闇の力』はアギトの存在は認めたが、他の存在は許容していない。無論、鬼もワームも許容範囲外だ。現在、静観してもらえるよう仲間が鋭意交渉中だが、決裂している場合は襲ってくる可能性が否定出来ん」
「…………嫌な話だなぁ。俺達は人間を守りたいと思ってるのに、鬼ってだけで嫌われるなんて」
 白刀の声に、悲しそうに言うヒビキ。
 「鍛えた人間」であると自負している身としては、人外と扱われる事は悲しいし、たったそれだけの事で迫害されるのは正直悔しくもある。
 勿論、一部の人間から理解される事は少ないとは分かっていた。分かった上で鬼になる事を選び、魔化魍から人を守ってきたのだが……「神」とやらからも嫌われると言うのは、何だか切ない話だ。
「……童子に擬態したワームを倒す……それだけなら良かったのだがな」
「今回のワームは、イマジンと契約しているかもしれないんだろ」
「確かに、それは随分と大変そうだ」
「で? 魔化魍に擬態したワームが、イマジンに何を望むって言うんだよ?」
「先日見かけた輩は、アンノウンを倒す事を望んでいたな」
 ぶふっ
 白刀の言葉に、飲みかけのコーヒーを吹き出してしまうテディ。
「わ。吹かないで下さいよ、勿体ない!」
「す、すみません……つい」
 どこからか取り出した布で、自分が吹いてしまったコーヒーを拭き取りつつ、テディは苦情を申し立てた翔一に向かって、相変わらず直角に近い角度で頭を下げる。
 その際、床に頭をぶつけたりしたのは、ご愛嬌と言う物であろう。
 そんな彼らを見つめつつ、ヒビキは苦笑いを浮かべ……
「……敵勢力、てんこ盛りですね……」
「だからこちらも、お前の言う『てんこ盛り』かつ『いきなりクライマックス』で対応するつもりだ。今現在、ワームはヤマビコの童子に擬態している事が確認されている。そして『歩』の情報によると、そいつの体からは大量の砂が零れていたらしい」
「それ、いきなり当たりだな。イマジンと契約してる」
「成程。そいつを倒すのがお前の目的か」
 口々にやる気満々の台詞を言った仮面ライダー達を、白刀は冷静そのものの表情で一瞥し……
 やおら、彼らに問いかけた。
「それで? お前達は参加するのか?」
「何をいきなり……」
 彼女の問いの意味が分からず、ポカンとした表情を浮かべる彼らに、白刀は更に言葉を続ける。
「一応、私はこう言った。『話を聞くだけの時間はあるだろう』と」
「俺、言われてませんよ」
「俺もだ」
「……とりあえず、話はした。だが、参加を強制する気はない。参加をしないというのならば、今すぐ元の時間、元の場所にお前達を返そう」
 ヒビキと天道の突っ込みを無視し、彼女は言葉を続け、彼らの顔を見やる。
 そんな彼女に向かって……全員が、不敵な笑みを返した。
「すっごい今更だな。そこまで言われて、退けるかよ」
「そうだな、幸太郎。イマジンが相手なら、電王の出番だ」
 幸太郎とテディは、そう言いながら電王のベルトを構える。
「俺も……皆の居場所を守る事ができるなら、やります!」
 にこりと笑いながら、翔一も決意したように言い放つ。
「俺は確定でしょ。童子が相手なら、放っておける訳ないじゃないですか」
 そうでしょ、と同意を求めるように、ヒビキは敬礼に似たポーズを取りつつ答える。
「……天の道を阻もうとする愚かな奴らがまだいるなら、潰すのみだ」
 どこからか飛んで来たカブトゼクターを構え、天道は不敵な笑みを浮かべる。
 それが、彼らの答え。
 半ば強引に連れられたとは言え、彼らは仮面ライダー。
 ……人を守るために戦う、戦士達なのだから。
「あなた方の協力、感謝する」
 心の底から嬉しそうな笑顔と共に、深々と一礼すると……彼女は表情を再び冷たい物へと変え、くるりと踵を返した。
「どこへ行く?」
「決まっているだろう。……童子に擬態したワームがいると言う地、九郎ヶ岳だ」
 そう言って白刀は、デンライナーを駆るべく操縦席へと向かう。
 かと思いきや、彼女は一瞬足を止め……彼らの方に向き直った。その顔に、どことなく不安そうな色を浮かべて。
「何だ?」
「いや……出来ればお前達に、願っていて貰いたくてな」
「何をだよ?」
 不思議そのものの表情の幸太郎に、彼女は……自信の無さそうな、悲しそうな……何とも表現し難い表情を浮かべ、その願いを口にする。
「……途中、厄介事に巻き込まれぬように」
「厄介事ですか?」
「そうだ。今回の出来事、偶然にしては敵が多すぎる。……何者かの意図を感じてしまう程に」
 目に見えぬ何かを睨みつけるようにしながら、彼女は窓の外を見つめ……そしてやおら、首を横に振ると、奇妙な表情で乗客達の方に向き直った。
 苦笑いにも、自嘲しているようにも見える、奇妙な表情を。
「いや……考えすぎか。すまなかった、今のは忘れてくれ」
 そう言うと、彼女は再び操縦席へと歩き出す。
 目的地は、ヤマビコがいると言う、九郎ヶ岳。
 だが……恐らく彼女は感じていたのかもしれない。今回の事件の陰に潜む、鮮烈な悪意を。
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