英雄の笑顔、悪者の涙

【その36:ある約束の為に】

「ねえねえ、あれ何?」
「サバトとは、違う。分らない」
 マーチヘアが「崩壊」し、その身を六つ目の牛……ギガンデスヘルへと変貌させた頃。
 立体駐車場を挟んで向かい側にいた翔一達は、現れたその巨大な異形に目を見開いていた。
 翔一の足元にはヒビキが偵察用に放ったはずのディスクアニマル達が、彼のズボンの裾を引いてその場から下がらせようとしている。
 その横で、ラモンと力もまた緊張感漂う声で言葉を交わし、暴れるギガンデスを見上げていた。
 だが、彼らも本能的にその場に留まる事が危険であると理解しているのだろう。ギガンデスによって破壊された立体駐車場から離れ、自身の逃げ道を探していた。否、探すと言うよりは作り出すと言った方が正しいか。
 ……既に周囲は、ギガンデスが生み出した瓦礫に囲まれており、それを力が粉砕しているのだから。しかし、粉砕する速度よりも瓦礫が生まれる速度の方が上らしく、いくらやっても「道」が開通する気配がない。
 唯一の救いは、ギガンデスがこちらに向かっていない事くらいだろうが、それもいつまでかは不明。相手が生物である以上、気まぐれにこちらに向かって来る可能性は否めないのだ。
――どうにかして、この二人をどこかに避難させないと――
 瓦礫を退かす力と、落ちてくる欠片を高圧の水で砕いていくラモンを見やりながら、翔一が思った刹那。
 彼らの頭上が翳ると同時に、軽快な音楽が耳に届いた。
「え? 何?」
「新幹線……宙を浮いて、る」
 瓦礫を退かす事を忘れ、ぎょっと目を見開く二人の異形。そしてそれとは対照的に、ほっとしたような表情を浮かべる翔一。
 影の正体が、自身をこの時間に運んできた列車、デンライナーだと気付くと同時に、滑り込むようにそれは自分達の前に停車し、その扉を開く。乗車口には、どこか緊張した面持ちのヒビキと次狼が立ち、三人を呼ぶ。
「青年、乗れ!」
「ラモン、力。お前達もだ」
 ラモンと力は一瞬だけ得体の知れない列車に対して不審そうな表情を浮かべたが、他にここから脱出する手段がないと悟ったらしく、警戒しつつも次狼の手を取ってそれに乗り込む。
 そして翔一は、二人が乗り込んだのを確認した後、転がり込むように飛び乗った。その直後、彼らのいた場所に大きなコンクリートの塊がドスリと音を立てて地に落ち……本当に間一髪だったのだと実感した。
「よし。出して良いぞ、少年!」
 一方で翔一達が乗り込んだのを確認し、ヒビキは操縦席にいるらしい幸太郎に向かい声をかける。
 それが聞こえていたのかは定かではないが、直後、デンライナーは滑るように走り出す。時間の中へ逃げ込まない所を見ると、どうやらこのままギガンデスと戦うつもりらしい。
「あの、一体何が起きたんです?」
「現状を簡潔に説明すれば、イマジンのイメージが暴走したんです」
 食堂車に到着し、開口一番そう問うた翔一に、テディがぴっと人指し指を立てて答える。
 だが、イメージの暴走と言われても理解し難い物があるのか、翔一は……と言うよりその場に乗っていたテディ以外の全員が、不思議そうに顔を顰めてテディを見つめた。
「……通常、私達イマジンは、通常実体を持ちません。契約者の持つイメージによってはじめて姿を得ます。ですが、何らかの理由……通常は倒された時に起こるのですが、自我を手放した際、イマジンは『自分』を構成する『イメージ』を保てなくなるのです」
「それが、イメージの暴走……あの状態か」
「はい。ああなると、自我や理性は存在しません。獣と変わらない」
 足元でドスンドスンと派手な音を立てて暴れるギガンデスを見下ろして呟くゆりに肯定を返すテディ。
 その声がどことなく暗く聞こえるのは、この惨状に心を痛めているからなのか、それとも自身がそうなる可能性も含んでいる事を憂いているからか。
 彼の様子を不思議に思う暇もなく、デンライナーが大きく揺れる。どうやら相手が持つ三本の角の内の一本が当たったらしい。穴は開かなかったが、よく見れば食堂車の壁面がベコリと大きく凹んでいた。
 慌てて窓の外に視線を向ければ、その巨体には見合わぬ速度でこちらに追撃を仕掛けるギガンデスの姿が見える。
 それを見るや、ヒビキとユウスケはすぐさま操縦席へと飛び込み、デンバードを巧みに操る幸太郎の背に声をかけた。
「幸太郎、無事か?」
「俺は平気。……食堂車そっちはどうだ?」
「こっちも大丈夫、ちょっと凹んだくらいかな」
 ヒビキの答えに、幸太郎はほっと安堵の溜息を一つ吐き出すと、すぐに気を引き締めてデンライナーを操る。
 電王として戦う幸太郎だが、実際にギガンデスを相手取る事は初めてだ。祖父からある程度の話は聞いていたが、実際に目の前にしてみると威圧される。
「……あいつ、思ったより動きが早い。おまけに、これは俺の予想だけど……普通の奴よりも強い」
 あくまで、祖父から聞いた話でしかないが、対ギガンデス戦においてデンライナーが凹んだ事はないはずだ。穴が開いた事はあったが、あれは対ギガンデス戦ではなく「時を駆ける戦艦」の銛によるもの。
 この異様な強さは、ギガンデスへの変化の仕方がおかしかったせいなのか、それとも契約者そのものが人間でなかった事に起因するのか。はたまたもっと別の……幸太郎には分らない要因のせいなのか。
 考えた所で倒さなければならない事には変わりはないのだが、違和感は拭えない。どうにも、厄介な気配がする。
 そして幸太郎の抱く緊張感に気付いたのか、ヒビキとユウスケは軽く頷き合い……
「少年、手伝える事は何かないか?」
「例えば足止めとか、運転を代わるとか……俺達に出来る事なら何でも」
「気持ちはありがたいけど、運転これは俺の仕事……」
 そこまで言って、幸太郎は仮面の下ではっと目を見開いた。
 デンライナーには、今幸太郎が扱っている「ゴウカ」の他に、「イスルギ」、「レッコウ」、そして「イカヅチ」と呼ばれる戦闘用の車両が存在する。
 かなり望みは薄いが、列車の中に予備のパスがあるかもしれない。そしてそれを使えば、もしかすると「四台同時攻撃」が可能かもしれない。勿論、今のままでも全車両を使えはするのだが……幸太郎はそれが出来る程、「この列車」に慣れている訳ではない。
 だから、もしもこの列車に「予備のパス」が存在し、なおかつ彼らでも運転が可能な状態だというのであれば……
 そこまで考えた時、幸太郎の脳裏に「白い独裁者」の姿が浮かんだ。
 どうなっているのかは分らないが、無駄に色々と持ち歩いていた彼女の事。「こうなる事」を予見して、デンライナーの中に「予備のパス」を残している可能性は大いにある。
「……なあ、あの女の残していった荷物って、アンタの服だけか!?」
「あの女って……白刀さん? いやぁ、ちょっとわかんないけど……」
「デンライナーのパスがあれば、あと三両使って同時攻撃ってのも可能だ!!」
 言葉を交わしながらも、襲い来るギガンデスから逃れる幸太郎。そのすぐ脇からギガンデスの鳴き声が響いた事を考えると、本当に今のもかなりギリギリだったのだろう。
 幸太郎の方に余裕があまりない事は理解したらしい。ヒビキとユウスケは互いに頷き合うと、即座に食堂車……正確にはテディの側へ駆け寄り、「白刀の残した荷物」と「予備のパス」の事を手短に説明した。
 テディの方はそれに軽く頷きを返すと、白刀の残していった物……主にヒビキの着替えが入った袋を調べ……そして、見つけた。
 「spares」と書かれたパスを。それも、望んでいた通り三つ。
 白刀は、ここまでを予見して荷物を残していたのだろうか。だとしたら、相当な策士と言えるのではなかろうか。
 ぞくりと背筋に冷たい物を感じながら、それでも彼女のその先見性に感謝してヒビキはテディの手の中にあるパスをじっと見つめた。
 パスの数は、先にも述べた通り三つ。つまり、操縦という形で手伝いが出来るのは三人が上限という訳だ。
 バイクを運転するような感覚で操縦するらしい事は、先の幸太郎を見て分る。
――それなら……――
「青年達三人、幸太郎の手伝いって事で、これ使ってくれないか? 俺は降りて、あのデカブツを足止めする。バイクは、まだちょっと苦手でさ」
「ふ。良いだろう」
「了解です」
「はい!」
「それから青鬼君。悪いけど、俺のサポートお願い出来るかな? イマジンに関しては、君に聞くのが早い」
「わかりました。それと、青鬼ではなく、テディです」
 そこは戦いにおいて一日の長があるヒビキ。即座に面々にそう指示すると、一行もこくりと頷きを返し、テディの手からそれぞれにパスを受け取った。
 それを見やるや、ヒビキは軽く頷き、テディと共に外に出る為、くるりと踵を返し……しかしその直後、彼の背に鋭い声が飛んだ。
「待て!」
 不思議に思って声の主……ゆりの方を振り返れば、彼女は応急処置を施したファンガイアスレイヤーを手に持ち、ヒビキの目の前まで進んでくる。
 その行動の意味を理解出来ない程、ヒビキとて鈍い訳ではない。笑顔を消し、真剣な表情を浮かべると、ヒビキは真意を探るような目でゆりの顔を見つめて問う。
「付いてくる気か?」
「ああ、そうだ」
「危険すぎます! あなたはここに残って……」
「私は『青空の会』の戦士だ。それに……この辺りは私の生まれ育った街でもある。戦おうと思うのはおかしい事か?」
 案じるようなテディの声を遮り、ゆりはきっぱりと言い切る。危険だと分っていてもなお、譲れないものの為に戦う。そんな目で。
 その色に気付いているのか、ヒビキは困ったような溜息を一つ吐きだすと、軽く首を横に振り……
「……しょうがないな。この勢いじゃ、駄目だと言っても付いてくるんだろうし。……一緒に行きますか」
 苦笑を浮かべ、改めて彼はゆりと共に外へ向う。
 ギガンデスの足止めをする為に。
「さてと。青年達の為にも、一丁やりますか」
 その言葉と同時に、ヒビキは懐から音角を取り出し、それを弾く。
 リィンと澄んだ音が響き渡り、一瞬だけギガンデスが不快そうに視線をこちらに向けた。
 ……それこそまるで、魔化魍や童子達が、鬼を見つけた時のように。
「音叉? それで何を……?」
「ん? 鍛えてますから。シュッ」
 分らない、と言いたげなゆりにそれだけ返すと、ヒビキは音角を己の額に近付ける。その次の瞬間、ヒビキの体を紫の炎が包み、その身を「鬼」へと変貌させた。
「なっ!? あんたも……魔物なのか!?」
「魔物って。いやいや、俺は鬼だよ」
「ヒビキさんは、魔化魍と言う怪物と戦う戦士です。そしてこの格好は、その怪物と戦う為に特化した姿だとか」
 驚きの声を上げたゆりに、響鬼は苦笑気味に声を返し、足りない言葉をテディが補う。
 それに納得したのかは分らないが、ゆりはすぐに表情を真剣な物に戻すと、持っていたファンガイアスレイヤーを振るってギガンデスの足の一本に巻きつけ、思い切り引いた。
 勿論、女の腕だ。ギガンデスがその程度で転んだり止まったりするはずがない。
 しかし、「棘」とも言える「刃先」に関しては効いているらしく、ギガンデスはぎゃあと大きな声を上げた。
 その悲鳴の中、ゆりはファンガイアスレイヤーを瞬時に引き戻すと、「鬼」と化した響鬼に向って通る声で言葉を放った。
「……あんたが良い奴なのは分ってる。その格好に少し驚いただけだ」
「お嬢さん……」
 どこか照れているようにも聞こえるゆりの言葉に、響鬼の胸の内に温かい物が湧き上がる。
 見目が奇異な物でも、受け入れてくれる人がいる。その事がどれ程ありがたい事か、戦国の世から戻ってきた彼には……否、彼らには、充分理解出来たから。
 そんな穏やかな空気をゆりも感じ取ったのか、ますます照れたように顔を背け……
「それより! 今はあいつの足止めだろう!?」
「ああ。そうだったな」
 言うと同時に、響鬼はこちらに迫り、踏み潰そうと足を上げたギガンデスから、口から鬼火を吐き出して距離をとる。
 変身の際にも見た紫の炎は、綺麗にギガンデスだけを焼き、その足の一本を軽く焦がす。そこに追い討ちをかけるように、テディがドレイクゼクターで銃弾を打ち込んで傷口を広げると、最後にゆりが再びファンガイアスレイヤーでその足を薙いだ。
 先の攻撃の時とは比にならない程の大声量で悲鳴を上げるギガンデスだが、ダメージとしては微々たる物だろう。
「……本当に倒せるんだろうな、これ?」
「約束します。私達は、この街を……いいえ、この時間を守ると」
「そ。その為に、ここにいるんだ。俺も、青鬼君も……それに、あれに乗ってる青年達や少年もな」
 ゆりの言葉にそう答えると、響鬼はすっと烈火を構え……
「そんじゃ、やりますか」
「ええ」
 そしてテディが響鬼の言葉に頷きを返した瞬間。
 彼らの声に応えるように、虚空からデンライナーの「戦闘車両」が三両、その姿を現したのだった。
36/38ページ
スキ