英雄の笑顔、悪者の涙
【その34:英雄集いて】
軽やかな足音……と言うのは語弊があるが、マーチヘアイマジンが落ちてきた時程酷くはない音を立てて、二人……天道とユウスケが降り立つ。
「……おいおい、随分と派手な登場だなぁ、青年達」
「天の道を歩んだ。それだけだ」
苦笑を浮かべ、それでもどこか安堵したような声で言ったヒビキに、天道は人差し指を天に向けて指し示しながら言葉を放つ。
そんな彼の後ろでは、左胸に手をあて、呼吸を整えるユウスケの姿もある。どうやら、飛び降りると言う選択肢は彼にとって、一か八かの賭けだったらしい。
小さな声で「死ぬかと思った」と言う呟きを落としていたのだが、それに気付いている者はいないらしい。いくら彼がクウガであり、しかも今は跳躍力に富んだドラゴンフォームであるとは言え、普段は「飛び上がる」事はあっても「飛び降りる」事はまずない。
もう二度とこんな事するもんかと心の中で固く誓いながら、彼は動悸が治まるのを感じつつ、未だもんどりうって悶えているマーチヘアに視線を向けた。
「う~、痛い痛い! 動物虐待!! ウサギの耳は急所なんだぞ! 電王の馬鹿ぁっ!」
「お前はウサギじゃなくて、ウサギの格好したイマジンだろうが」
「揚げ足を取らないの!! あーもうっ! 落下の衝撃でポットとカップも割れちゃうし! これじゃあ紅茶が楽しめないじゃないかぁ!!」
自由になった両手で頭を掻き毟りながら、マーチヘアはキイキイと金切り声で幸太郎に向かって抗議の声を上げる。
その足元では、彼の言葉通り割れたティーポットとカップが、アスファルトの上に散乱している。
そんな彼らの唐突な登場に驚いたのか、次狼と音也、そしてゆりは不思議そうに軽くその目を見開き、逆に今まで優勢に立っていたはずのビショップは、すっと目を細め、彼らの姿を観察していた。
彼らにしてみれば、唐突な事ばかりだ。
イクサとは異なる「人間が作り出したベルト」を使って変身する少年。そしてその手の内に収まる剣は、青鬼が変化した姿。
それだけでも充分不思議なのに、今度は屋上からウサギの異形と、それを追う様にして鍬形と甲虫のような格好の戦士が現れた。
挙句、彼らは互いに顔見知りらしい。
そんな彼らを見ながら、やがてビショップが軽く溜息を漏らし……
「……これは、流石に予想外の展開ですね」
くいと眼鏡のブリッジを押し上げ、今まで黙っていた彼がそう口を開く。その声に、いくらかの怒りを込めて。
その声で、ようやく天道とユウスケもビショップの存在に気付いたのだろう。彼のほうへ視線を寄せ、その身の放つ悪意を感じ取ったのか、すぐに戦闘態勢を整える。
勿論、マーチヘアへの警戒も怠らずに。
「人間の作るシステムが、ここまで進化しているとは。これは、キングのご命令を仰ぐよりも、この場で消去した方が良さそうだ」
やや早口に語られる言葉の端々に敵意を感じ取ったとほぼ同時。男の姿が……変わった。
その姿は揚羽蝶だろうか。全身にステンドグラスの様な模様があり、その模様に先程の男の顔が浮かんでいるのが見て取れる。
その姿に、ユウスケは見覚えがあった。
それは、自分がはじめて「クウガの世界」以外の……「異なる世界」へ行った時に見かけた「同僚」。
「キバの世界」と呼ばれる場所に居た、「王」を守る親衛隊の一人であり、人間とファンガイアの両方を管理する補佐官的存在。
「ファンガイア……しかもその格好、まさかあんた、ビショップ!?」
「ほう? 私を知っているのですか? 生憎と私はあなたを知りませんが」
ユウスケの声に淡々と答えながら、ビショップは周囲に燐粉を撒き散らしながらも左手を真っ直ぐにユウスケに向け、青い光を放つ。
光の方は何とか回避した物の、今度は周囲に撒かれた燐粉達が次々に小規模な爆発を起こし、ビショップ以外の面々にもダメージを与えた。
……勿論、その爆発にはマーチヘアも巻き込まれている訳で。
「熱っ、痛っ! いったぁぁぁぁ!! 何、何なの、この踏んだり蹴ったり、泣きっ面に蜂、弱り目に祟り目!? へぶっ!」
かなり短くなってしまった耳を庇いながら、それでも何とか連続で起こる爆発から逃れようと身をくねらせ、時に上へ跳んだりしながらウロウロと動き回る。
それが視界にちらちらと入るのが鬱陶しいのか、ビショップの掌が、今度はマーチヘアに向き……
「させる訳には行かないんだよ!」
それに気付いた幸太郎が、慌ててビショップとマーチヘアの間に入り、相手めがけてマチェーテディを振るう。
ビショップはその剣戟を紙一重でかわした物の、生み出した光の狙いは大きく反れ、そのまま遥か空中で力が爆ぜて空へと散った。
ドオン、という轟音が周囲に響くが、時期が時期だ。恐らくは祝砲か、もしくは打ち上げ花火の練習か何かだろうと勘違いしてくれるはず。
……そもそも、この周囲に人がいるならの話だが。
ここまで派手に暴れていながら、誰もこちらに向かって来るような気配がない。立体駐車場はマーチヘアのせいで半壊し、屋上では未だ黒煙が燻っていると言うのに。
「その生物を先に攻撃したのは、あなただったように思いますが」
「悪いけど、イマジンは俺達が倒さなきゃいけない決まりなんでね」
「つくづく人間と言う生き物は理解できません。……理解する気もありませんが」
幸太郎に問うような形を取ってはいるが、どうやら相手は最初から答えを求めてはいないらしい。ふぅと呆れたような溜息を一つ吐き出しつつ、彼はまたしても燐粉を撒き散らし、彼らを苦しめる。
そんな中で、最も危険なのは生身のままのゆりであった。
変身していないとは言え、普段から鍛えている鬼のヒビキと、ウルフェン族である次狼は、今の姿のままでも充分に頑強だ。
しかし、ゆりは違う。いくら「素晴らしき青空の会」の戦士であり、ある程度体を鍛えているとは言え、所詮それは「人間」の範疇での話。震動が、熱が、閃光が。彼女の五感を、徐々にではあるが奪っていく。
しかも、本人もそれを自覚していた。
軽く痺れる手足、奥底で鳴り止まない耳鳴り、そして閃光によって軽くだが灼かれた網膜は、あるはずのない影を彼女の視界に映している。この状況で、足手纏いになっていないと言いきれる程、彼女も自惚れてはいない。
悔しげに唇を噛む彼女を見て、ヒビキがぽんぽんとその頭を優しく撫でた。
「こらこら。女の子がそんな顔しちゃ駄目だろ? 折角の綺麗な顔に傷が付くぞ?」
「お、女扱いするな! これでも私は、『青空の会』の戦士だぞ!」
「体だけ鍛えても、意味がない。お嬢さんはもうちょっと、心を鍛えた方が良いかもな……っと」
軽く言いながら、ヒビキはゆりを担ぎ上げて燐粉の爆煙からひょいひょいと逃れる。
「お、おい! 担ぐな、降ろせ!!」
「降ろしたらお嬢さん怪我するだろ? 大丈夫だって、青少年達が何とかするから……さ!」
「ふぎゃんっ!」
ゆりの体を自分の背に回し、ヒビキはそのまま彼女を負う様な体勢になってから、近くに来たマーチヘアイマジンに向かって蹴りを見舞う。
蹴られた方はヒビキの攻撃を予測していなかったせいなのか、情けない声を上げてその場で尻餅をつき、恨めしげにこちらを見上げた。
「酷い、酷すぎる! ウサギ虐待!」
「お前さんのやった事に比べりゃ、この程度は可愛いものだろ?」
ゆりの頬に、ヒビキの鍛えられた背が当たり、不敵に言う彼の声が頭蓋に響く。
自分が物凄く重いとは思わないが、羽根のように軽い訳でもない。それなのに自分を背負う男は、まるで何もないかのように軽やかな動きで自分を守りながらマーチヘアと戦っている。
……その仕草に、微かに懐かしさのようなものを感じられる。それは、本当に幼い頃の記憶。自分を守ってくれた、大きな人の……
――ああ……何だかこの人、お父さんみたいなのか――
彼女の記憶の中の「父親」と言う存在は極めて希薄。不明瞭と言っても良い。
それは、母の亡くなり様が強烈だったせいもあるが……それ以前に、そもそも彼女の父親は、彼女が幼い頃にその姿を消した。
亡くなったのか、それとも母と別れてしまったのか。その辺りの真相を聞く事も出来ぬまま、彼女の母は亡くなったので、その生死すらも分らない。微かに、幼い頃の自分を背負ってくれた時の、広くて、温かくて、力強い背中の感触だけが、彼女の記憶に残っているだけだ。
その感触に、ヒビキの背中が似ている。
だからだろうか。こんな状況だと、頭ではわかっているはずなのに……彼女は、絶対的な安心感に包まれていた。
「……おとうさん……」
ポツリと、おそらく本人すらも意識せず呟かれた言葉を聞きとめ、ヒビキは思わず苦笑する。
流石に、こんな大きな娘がいる年齢ではないのだから。
――それにしても、キキと言いこのお嬢さんと言い、俺はそんなに親父臭いかねぇ?――
自分の愛弟子も、自分に亡くなった父親の影を重ねていたと言う。それが弟子入りの動機だと言う事も、聞いた事がある。今でこそ、その考えはないようだが、やはりどこかくすぐったいものがある。
自分は人の親になれる程、成熟した人間ではない。まだまだ鍛える余地のある、未熟者だとさえ思っているのだから。
「でもまあ……慕われるのは悪くない、か」
照れたように口の端を上げ、出来るだけゆりを守るように動く。
それこそ、まるで子を守る父親のように。
「ゆりを背負うチャンスを逃したのは悔しいが、確実な安全は確保できていると信じるぞ、おっさん」
「おっさんって……まだ三十代なんだけどなぁ、俺」
「そうか、俺はハタチだ。そんな俺から見れば、三十代は充分におっさんだ」
ゆりを守る名誉をヒビキに取られたのが悔しいのか、突っかかるように音也は言葉を放つ。
しかしその奥には、やはりヒビキへの信用があるのだろう。見ず知らず、しかも怪しげな雰囲気も見せていたと言うのに、何故か今は彼に任せてもいいような気がしていた。
……と言うか、そもそも音也としては、初っ端からテディに守られているゆりを見ている訳で。
「あの青鬼に比べれば、おっさんの方が断然マシ」と言う、若干捻くれた思考をしているだけなのだが。
「……そう言えば、あなたはクイーンとお知り合いでしたね」
「なっ!?」
ヒビキとの会話に気を取られすぎていたのか。気がつけばビショップの顔が、今にもくっつきそうな距離で音也の前にあった。
こんな時だというのに、仮面をつけていて良かったなどと呑気な事を考えていると、胸部に強烈な衝撃が襲う。
超至近距離……ほぼゼロ距離とも言える場所で、相手の燐粉が爆発したのだと気付いた時には、衝撃でベルトからイクサナックルが外れ、イクサとしての変身が解けてしまっていた。
それでなくとも、不完全故に肉体への負担が大きいイクサのベルト。それが強制的に外された事によって、更に強大な負荷が音也の体にかかったらしい。声を押し殺して入るが、口からは苦しげな呻きが漏れている。
「あなたの存在はクイーンの意思を揺るがす可能性がある。そんなモノはファンガイアにとって必要ありません」
「それはすまないな。何しろ俺から溢れ出す愛は、自分でも制御不能なんだ。触れた者全てを俺の虜にしてしまうらしい。もっとも、俺としてもゆりだけにそれを向けたい所ではあるが」
呻きながらも、減らず口は叩けるらしい。口の端に皮肉っぽい笑みを浮かべ、小ばかにしたような視線をおまけして、音也はビショップに言葉を返した。
それを不快に思ったらしい。ステンドグラスの中のビショップの顔が忌々しげに歪み、転がったままの音也の傍へ歩を進める。
「……不愉快だ。あなたの声は癇に障ります」
言うと同時に、ビショップは燐粉を撒き散らしながら音也の腹部を思い切り踏みつけ、その動きを封じる。更にそのまま左手を音也の頭に向けてかざし……
「消えなさい」
無情な宣言と共に、その手が淡く光る。
彼の命を散らす為に。
「や……やめろぉぉぉっ!」
いち早く気付いたゆりの、今にも泣きそうな絶叫が聞こえる。
視界の端では、何とか音也を助けようと、次狼が手を伸ばしているのが見える。
幸太郎はマーチヘアにその進路を遮られ、ユウスケは動く度に爆炎に巻かれる。
――これは、流石に死ぬかもしれないな――
そんな彼らの様子を見ながら、心のどこかで音也がそう呟いた瞬間。
唐突に、ビショップの体が傾いだ。
今まで音也の体にかかっていた重みが消え、相手の体が宙を舞い、まるで四方から同時に殴られでもしているかのように、空中で縫いとめられているのが見える。
そんな中、音也の目に、微かにだが「赤」が見えた。
――そう言えば、赤い甲虫もいたな――
『Clock Over』
音也が思い出したように思ったのと、彼が普段聞くよりも遥かに流暢な電子音が耳に届く。
その一瞬後、ビショップの体は叩きつけられたように地面に落ち、その脇には地面の上でもがく揚羽蝶 を見下ろし、天に向かって指を向ける甲虫 の姿が明瞭に映った。
「く……馬鹿な! この私が、見えなかったなどと!?」
「おばあちゃんが言っていた。愛と運命は、加速してこそ真価を発揮するってな」
天道が、音也の体を引き起こしながら言葉を紡ぐ。
その言葉の意味が、そして意図が、ビショップには理解できない。恐らく次狼やゆり、そして幸太郎達も同じだろう。軽く首を傾げ、分らないと言わんばかりに目を瞬かせている。
その中で、唯一助けられた音也だけは理解したらしい。くっと小さく笑うと、グイと自身の口元に流れる血を拭い、カブトの青い目を見返した。
「愛と運命は加速してこそ真価を発揮するか。確かに名言だ。だが一つ、お前は大きな勘違いしている」
「ほう?」
「俺にとって、愛と運命は同じものだ。俺の女神、俺の運命、そして俺の愛。その全てはたった一人につながっている」
「愛と運命を切り離さないのは、あくまでお前の価値観だ。俺は俺の運命の為に加速し続ける。天の道を往き、総てを司る為に」
音也の言葉に返しながら、天道は再び天に向かって人指し指を突き出す。
そして音也もまた、足元に転がるイクサナックルを拾い上げつつ不敵に笑い……
「成程。お前が天の道を往く者だと言うなら、俺は紅蓮の炎で愛の音を奏でる者也」
その視線を、今まさに立ち上がろうとするビショップに向け直すと、イクサナックルと共に拳を相手にむかってかざした。
「俺の愛と運命は、既に神速の域にまで達している。だが、それでもなお加速するのが俺の愛だ」
『レ・ジ・イ』
「それを、簡単に止められると思うな揚羽蝶。変身!」
宣言と共に、再び音也の体を白い鎧が覆い……再びビショップと対峙するのであった。
軽やかな足音……と言うのは語弊があるが、マーチヘアイマジンが落ちてきた時程酷くはない音を立てて、二人……天道とユウスケが降り立つ。
「……おいおい、随分と派手な登場だなぁ、青年達」
「天の道を歩んだ。それだけだ」
苦笑を浮かべ、それでもどこか安堵したような声で言ったヒビキに、天道は人差し指を天に向けて指し示しながら言葉を放つ。
そんな彼の後ろでは、左胸に手をあて、呼吸を整えるユウスケの姿もある。どうやら、飛び降りると言う選択肢は彼にとって、一か八かの賭けだったらしい。
小さな声で「死ぬかと思った」と言う呟きを落としていたのだが、それに気付いている者はいないらしい。いくら彼がクウガであり、しかも今は跳躍力に富んだドラゴンフォームであるとは言え、普段は「飛び上がる」事はあっても「飛び降りる」事はまずない。
もう二度とこんな事するもんかと心の中で固く誓いながら、彼は動悸が治まるのを感じつつ、未だもんどりうって悶えているマーチヘアに視線を向けた。
「う~、痛い痛い! 動物虐待!! ウサギの耳は急所なんだぞ! 電王の馬鹿ぁっ!」
「お前はウサギじゃなくて、ウサギの格好したイマジンだろうが」
「揚げ足を取らないの!! あーもうっ! 落下の衝撃でポットとカップも割れちゃうし! これじゃあ紅茶が楽しめないじゃないかぁ!!」
自由になった両手で頭を掻き毟りながら、マーチヘアはキイキイと金切り声で幸太郎に向かって抗議の声を上げる。
その足元では、彼の言葉通り割れたティーポットとカップが、アスファルトの上に散乱している。
そんな彼らの唐突な登場に驚いたのか、次狼と音也、そしてゆりは不思議そうに軽くその目を見開き、逆に今まで優勢に立っていたはずのビショップは、すっと目を細め、彼らの姿を観察していた。
彼らにしてみれば、唐突な事ばかりだ。
イクサとは異なる「人間が作り出したベルト」を使って変身する少年。そしてその手の内に収まる剣は、青鬼が変化した姿。
それだけでも充分不思議なのに、今度は屋上からウサギの異形と、それを追う様にして鍬形と甲虫のような格好の戦士が現れた。
挙句、彼らは互いに顔見知りらしい。
そんな彼らを見ながら、やがてビショップが軽く溜息を漏らし……
「……これは、流石に予想外の展開ですね」
くいと眼鏡のブリッジを押し上げ、今まで黙っていた彼がそう口を開く。その声に、いくらかの怒りを込めて。
その声で、ようやく天道とユウスケもビショップの存在に気付いたのだろう。彼のほうへ視線を寄せ、その身の放つ悪意を感じ取ったのか、すぐに戦闘態勢を整える。
勿論、マーチヘアへの警戒も怠らずに。
「人間の作るシステムが、ここまで進化しているとは。これは、キングのご命令を仰ぐよりも、この場で消去した方が良さそうだ」
やや早口に語られる言葉の端々に敵意を感じ取ったとほぼ同時。男の姿が……変わった。
その姿は揚羽蝶だろうか。全身にステンドグラスの様な模様があり、その模様に先程の男の顔が浮かんでいるのが見て取れる。
その姿に、ユウスケは見覚えがあった。
それは、自分がはじめて「クウガの世界」以外の……「異なる世界」へ行った時に見かけた「同僚」。
「キバの世界」と呼ばれる場所に居た、「王」を守る親衛隊の一人であり、人間とファンガイアの両方を管理する補佐官的存在。
「ファンガイア……しかもその格好、まさかあんた、ビショップ!?」
「ほう? 私を知っているのですか? 生憎と私はあなたを知りませんが」
ユウスケの声に淡々と答えながら、ビショップは周囲に燐粉を撒き散らしながらも左手を真っ直ぐにユウスケに向け、青い光を放つ。
光の方は何とか回避した物の、今度は周囲に撒かれた燐粉達が次々に小規模な爆発を起こし、ビショップ以外の面々にもダメージを与えた。
……勿論、その爆発にはマーチヘアも巻き込まれている訳で。
「熱っ、痛っ! いったぁぁぁぁ!! 何、何なの、この踏んだり蹴ったり、泣きっ面に蜂、弱り目に祟り目!? へぶっ!」
かなり短くなってしまった耳を庇いながら、それでも何とか連続で起こる爆発から逃れようと身をくねらせ、時に上へ跳んだりしながらウロウロと動き回る。
それが視界にちらちらと入るのが鬱陶しいのか、ビショップの掌が、今度はマーチヘアに向き……
「させる訳には行かないんだよ!」
それに気付いた幸太郎が、慌ててビショップとマーチヘアの間に入り、相手めがけてマチェーテディを振るう。
ビショップはその剣戟を紙一重でかわした物の、生み出した光の狙いは大きく反れ、そのまま遥か空中で力が爆ぜて空へと散った。
ドオン、という轟音が周囲に響くが、時期が時期だ。恐らくは祝砲か、もしくは打ち上げ花火の練習か何かだろうと勘違いしてくれるはず。
……そもそも、この周囲に人がいるならの話だが。
ここまで派手に暴れていながら、誰もこちらに向かって来るような気配がない。立体駐車場はマーチヘアのせいで半壊し、屋上では未だ黒煙が燻っていると言うのに。
「その生物を先に攻撃したのは、あなただったように思いますが」
「悪いけど、イマジンは俺達が倒さなきゃいけない決まりなんでね」
「つくづく人間と言う生き物は理解できません。……理解する気もありませんが」
幸太郎に問うような形を取ってはいるが、どうやら相手は最初から答えを求めてはいないらしい。ふぅと呆れたような溜息を一つ吐き出しつつ、彼はまたしても燐粉を撒き散らし、彼らを苦しめる。
そんな中で、最も危険なのは生身のままのゆりであった。
変身していないとは言え、普段から鍛えている鬼のヒビキと、ウルフェン族である次狼は、今の姿のままでも充分に頑強だ。
しかし、ゆりは違う。いくら「素晴らしき青空の会」の戦士であり、ある程度体を鍛えているとは言え、所詮それは「人間」の範疇での話。震動が、熱が、閃光が。彼女の五感を、徐々にではあるが奪っていく。
しかも、本人もそれを自覚していた。
軽く痺れる手足、奥底で鳴り止まない耳鳴り、そして閃光によって軽くだが灼かれた網膜は、あるはずのない影を彼女の視界に映している。この状況で、足手纏いになっていないと言いきれる程、彼女も自惚れてはいない。
悔しげに唇を噛む彼女を見て、ヒビキがぽんぽんとその頭を優しく撫でた。
「こらこら。女の子がそんな顔しちゃ駄目だろ? 折角の綺麗な顔に傷が付くぞ?」
「お、女扱いするな! これでも私は、『青空の会』の戦士だぞ!」
「体だけ鍛えても、意味がない。お嬢さんはもうちょっと、心を鍛えた方が良いかもな……っと」
軽く言いながら、ヒビキはゆりを担ぎ上げて燐粉の爆煙からひょいひょいと逃れる。
「お、おい! 担ぐな、降ろせ!!」
「降ろしたらお嬢さん怪我するだろ? 大丈夫だって、青少年達が何とかするから……さ!」
「ふぎゃんっ!」
ゆりの体を自分の背に回し、ヒビキはそのまま彼女を負う様な体勢になってから、近くに来たマーチヘアイマジンに向かって蹴りを見舞う。
蹴られた方はヒビキの攻撃を予測していなかったせいなのか、情けない声を上げてその場で尻餅をつき、恨めしげにこちらを見上げた。
「酷い、酷すぎる! ウサギ虐待!」
「お前さんのやった事に比べりゃ、この程度は可愛いものだろ?」
ゆりの頬に、ヒビキの鍛えられた背が当たり、不敵に言う彼の声が頭蓋に響く。
自分が物凄く重いとは思わないが、羽根のように軽い訳でもない。それなのに自分を背負う男は、まるで何もないかのように軽やかな動きで自分を守りながらマーチヘアと戦っている。
……その仕草に、微かに懐かしさのようなものを感じられる。それは、本当に幼い頃の記憶。自分を守ってくれた、大きな人の……
――ああ……何だかこの人、お父さんみたいなのか――
彼女の記憶の中の「父親」と言う存在は極めて希薄。不明瞭と言っても良い。
それは、母の亡くなり様が強烈だったせいもあるが……それ以前に、そもそも彼女の父親は、彼女が幼い頃にその姿を消した。
亡くなったのか、それとも母と別れてしまったのか。その辺りの真相を聞く事も出来ぬまま、彼女の母は亡くなったので、その生死すらも分らない。微かに、幼い頃の自分を背負ってくれた時の、広くて、温かくて、力強い背中の感触だけが、彼女の記憶に残っているだけだ。
その感触に、ヒビキの背中が似ている。
だからだろうか。こんな状況だと、頭ではわかっているはずなのに……彼女は、絶対的な安心感に包まれていた。
「……おとうさん……」
ポツリと、おそらく本人すらも意識せず呟かれた言葉を聞きとめ、ヒビキは思わず苦笑する。
流石に、こんな大きな娘がいる年齢ではないのだから。
――それにしても、キキと言いこのお嬢さんと言い、俺はそんなに親父臭いかねぇ?――
自分の愛弟子も、自分に亡くなった父親の影を重ねていたと言う。それが弟子入りの動機だと言う事も、聞いた事がある。今でこそ、その考えはないようだが、やはりどこかくすぐったいものがある。
自分は人の親になれる程、成熟した人間ではない。まだまだ鍛える余地のある、未熟者だとさえ思っているのだから。
「でもまあ……慕われるのは悪くない、か」
照れたように口の端を上げ、出来るだけゆりを守るように動く。
それこそ、まるで子を守る父親のように。
「ゆりを背負うチャンスを逃したのは悔しいが、確実な安全は確保できていると信じるぞ、おっさん」
「おっさんって……まだ三十代なんだけどなぁ、俺」
「そうか、俺はハタチだ。そんな俺から見れば、三十代は充分におっさんだ」
ゆりを守る名誉をヒビキに取られたのが悔しいのか、突っかかるように音也は言葉を放つ。
しかしその奥には、やはりヒビキへの信用があるのだろう。見ず知らず、しかも怪しげな雰囲気も見せていたと言うのに、何故か今は彼に任せてもいいような気がしていた。
……と言うか、そもそも音也としては、初っ端からテディに守られているゆりを見ている訳で。
「あの青鬼に比べれば、おっさんの方が断然マシ」と言う、若干捻くれた思考をしているだけなのだが。
「……そう言えば、あなたはクイーンとお知り合いでしたね」
「なっ!?」
ヒビキとの会話に気を取られすぎていたのか。気がつけばビショップの顔が、今にもくっつきそうな距離で音也の前にあった。
こんな時だというのに、仮面をつけていて良かったなどと呑気な事を考えていると、胸部に強烈な衝撃が襲う。
超至近距離……ほぼゼロ距離とも言える場所で、相手の燐粉が爆発したのだと気付いた時には、衝撃でベルトからイクサナックルが外れ、イクサとしての変身が解けてしまっていた。
それでなくとも、不完全故に肉体への負担が大きいイクサのベルト。それが強制的に外された事によって、更に強大な負荷が音也の体にかかったらしい。声を押し殺して入るが、口からは苦しげな呻きが漏れている。
「あなたの存在はクイーンの意思を揺るがす可能性がある。そんなモノはファンガイアにとって必要ありません」
「それはすまないな。何しろ俺から溢れ出す愛は、自分でも制御不能なんだ。触れた者全てを俺の虜にしてしまうらしい。もっとも、俺としてもゆりだけにそれを向けたい所ではあるが」
呻きながらも、減らず口は叩けるらしい。口の端に皮肉っぽい笑みを浮かべ、小ばかにしたような視線をおまけして、音也はビショップに言葉を返した。
それを不快に思ったらしい。ステンドグラスの中のビショップの顔が忌々しげに歪み、転がったままの音也の傍へ歩を進める。
「……不愉快だ。あなたの声は癇に障ります」
言うと同時に、ビショップは燐粉を撒き散らしながら音也の腹部を思い切り踏みつけ、その動きを封じる。更にそのまま左手を音也の頭に向けてかざし……
「消えなさい」
無情な宣言と共に、その手が淡く光る。
彼の命を散らす為に。
「や……やめろぉぉぉっ!」
いち早く気付いたゆりの、今にも泣きそうな絶叫が聞こえる。
視界の端では、何とか音也を助けようと、次狼が手を伸ばしているのが見える。
幸太郎はマーチヘアにその進路を遮られ、ユウスケは動く度に爆炎に巻かれる。
――これは、流石に死ぬかもしれないな――
そんな彼らの様子を見ながら、心のどこかで音也がそう呟いた瞬間。
唐突に、ビショップの体が傾いだ。
今まで音也の体にかかっていた重みが消え、相手の体が宙を舞い、まるで四方から同時に殴られでもしているかのように、空中で縫いとめられているのが見える。
そんな中、音也の目に、微かにだが「赤」が見えた。
――そう言えば、赤い甲虫もいたな――
『Clock Over』
音也が思い出したように思ったのと、彼が普段聞くよりも遥かに流暢な電子音が耳に届く。
その一瞬後、ビショップの体は叩きつけられたように地面に落ち、その脇には地面の上でもがく
「く……馬鹿な! この私が、見えなかったなどと!?」
「おばあちゃんが言っていた。愛と運命は、加速してこそ真価を発揮するってな」
天道が、音也の体を引き起こしながら言葉を紡ぐ。
その言葉の意味が、そして意図が、ビショップには理解できない。恐らく次狼やゆり、そして幸太郎達も同じだろう。軽く首を傾げ、分らないと言わんばかりに目を瞬かせている。
その中で、唯一助けられた音也だけは理解したらしい。くっと小さく笑うと、グイと自身の口元に流れる血を拭い、カブトの青い目を見返した。
「愛と運命は加速してこそ真価を発揮するか。確かに名言だ。だが一つ、お前は大きな勘違いしている」
「ほう?」
「俺にとって、愛と運命は同じものだ。俺の女神、俺の運命、そして俺の愛。その全てはたった一人につながっている」
「愛と運命を切り離さないのは、あくまでお前の価値観だ。俺は俺の運命の為に加速し続ける。天の道を往き、総てを司る為に」
音也の言葉に返しながら、天道は再び天に向かって人指し指を突き出す。
そして音也もまた、足元に転がるイクサナックルを拾い上げつつ不敵に笑い……
「成程。お前が天の道を往く者だと言うなら、俺は紅蓮の炎で愛の音を奏でる者也」
その視線を、今まさに立ち上がろうとするビショップに向け直すと、イクサナックルと共に拳を相手にむかってかざした。
「俺の愛と運命は、既に神速の域にまで達している。だが、それでもなお加速するのが俺の愛だ」
『レ・ジ・イ』
「それを、簡単に止められると思うな揚羽蝶。変身!」
宣言と共に、再び音也の体を白い鎧が覆い……再びビショップと対峙するのであった。