英雄の笑顔、悪者の涙

【その31:蹴散らす異形】

 ドォンと奥の方で音が響くのを、翔一は建物の裏口で聞いていた。
 どうやら、ウサギのイマジン……マーチヘアは、この裏口ではなく、屋上の方に逃げたらしい。そこに、天道とユウスケがいるとも知らずに。
 なお、この場にいるのは翔一一人。ヒビキと幸太郎はもう一つ、ここよりも大きな非常口の方に向かっている。
――これは、俺も上に行った方が良いですかね?――
 と、思ったまさにその瞬間。
 翔一の目の前にある裏口から、二つの人影が文字通り転がり出てきた。
 一人は小柄な少年。見た目から察するに十三、四歳くらいだろうか。出てきた際に変な所でも打ったのか、僅かに顔を顰めて自身の腰をさすっている。
 そしてもう一人は体躯の良い二十代頃の青年。こちらは少年よりも派手に転がったせいか、ちょうど壁を支えに三点倒立をするような格好できょとんと目を見開いて呆然としている。
「……景色……逆だ」
りきが逆さになってるだけだからね」
 ジタバタと足をばたつかせて言った青年に対し、少年はどこか呆れたような声で言葉を返す。
 どうやら二人共、翔一の存在には気付いていないらしい。突っ込まれ、ようやく自分が逆さになっている事に気付いたのか、青年はようやく体を起こし、先程転がり出た扉を睨むように見やる。
 少年の方も、青年の陰に隠れるようにしながら、扉をきつく睨みつける。
「ねえねえ、どうするの? これってまずくない?」
「物凄く、まずい」
 少年に言われ、青年の方が顔を軽く顰めながら答える。
――何がまずいんだろう?――
 不思議に思い、彼らの視線の先にある物に目を向けた瞬間。翔一は半ば反射的に、自分の腰に手を当てていた。
 彼の視界に映ったのは、薄桃色の珊瑚のような格好の異形。珊瑚のはずなのに、何故かその背には鋭い爪だか牙だかが浮いているように見える。体の紋様はステンドグラスに似たモザイク仕様。
 イマジンに気を取られすぎていたせいか、目の前の異形の気配に気付けなかったらしい。目の前に現れた事で、ようやくアギトの本能のような物に引っかかってくるが……相手の放つ「気配」は、今まで知り合ったどの異形とも異なる。
 更に言えば、「異なる気配が数多存在する」と言う状況なのか、知らぬ気配が入り混じり、この立体駐車場そのものが妙な気配を生み出している。
「アンノウンじゃない。でも、ウサギとも違う。……何なんだ、この感じ!?」
 思わず上げた声で、異形だけでなく少年達の方も翔一の存在に気付いたらしい。はっとしたように彼を振り返り……そして、一瞬だけその顔を顰めた。
 自分の存在が邪魔だと思われたのか、それとも何か別の理由があるのかは分らないが、少なくとも今の自分は招かれざる客らしい。
 過去に干渉する事を、幸太郎は良しとしていない。
 先程までのオロチとの戦いの時も、「オロチのチケットがあったから倒しただけ」と、半ば自分に言い聞かせるような言葉をデンライナーの中で呟いていた。
 基本的に、イマジンに関する事柄以外には干渉するなと釘を刺されているのだが……しかし、今のこの状況。少年と青年は目の前の珊瑚の異形に襲われている最中であり、どうやら珊瑚の方は翔一にも狙意を定めているらしい。
 狙われている以上は、逃げるか応戦するかしなければならないのだが……
「うふふ……マーマン族を追っていたら、フランケン族だけじゃなくて人間までいたとはねぇ。今日はご馳走だらけね、嬉しいわぁ」
 珊瑚の体を形成する模様のひとつひとつに、男の顔が浮んで言葉を放つ。
 手で口元を擦る仕草は、まるで涎を拭っているかのように見えた。
――野太い男の声で女言葉を話して欲しくないなぁ……――
 などとぼんやり考えていると、異形の背後で控えていた牙らしき物が、少年めがけてひゅるりと飛んだ。それが危険な物だと分っているのか、少年は横に転がるようにしてそれを避け、青年の方は少年とは逆方向に転がって避ける。
 ただ……青年が転がった方にはドラム缶が積み上げられており、彼は思い切りそこに突っ込んでしまう結果になってしまったが。
「ええっ!? 大丈夫ですか!?」
「力なら大丈夫だと思うよ。ねえねえ、それよりお兄さん、逃げないんだね。強いの?」
 派手な音を鳴らしてドラム缶の山に埋もれる青年に向かい、慌てて駆け寄ろうとした翔一。しかし、駆け寄ろうとするよりも先に、少年が彼の腕を掴んで翔一の顔を覗き込むと、どこか嬉しそうな声で問いかけた。
 あんまり過去に関わるなよ、と言う幸太郎の言葉が再度脳裏に響くが、どうやらそう言う訳にも行かないらしい。この時間の住人が、自分を巻き込もうと画策しているのだから。
「あらぁん、よく避けたわね。でも……次こそは逃がさないわよ!!」
 ヒュ、と再び空気を裂いて、珊瑚の牙が再び少年と翔一めがけて襲い来る。
「危ない!」
 声を上げるのと、体が動くのは同時だった。
 翔一は少年を抱きかかえ、僅かに体を低くして、数歩分前に出る。珊瑚の牙は思いがけぬ行動に出た獲物を見失い、勢い余ってそのままアスファルトに深々と突き立った。
「あんっ! また回避されたぁ! もう、悔しい! でも、そう言う男って燃えるわぁ。食べ甲斐有りそう」
「……えーっと、俺、どっちかって言うと作るの専門なんで。食べられるのは遠慮します」
 自分の後ろに隠すように少年を降ろし、翔一は再び腰に手を当てる。
 どうやら目の前の存在は、自分を見逃してくれる気は無さそうだ。仮にここで逃げたとしても、恐らく執拗に少年達を追うだろう。
 珊瑚の言う「マーマン族」や「フランケン族」と言う存在の事は分らないが、目の前の存在を相手にしない訳には行かないらしい。
――これって、干渉に当たるよなぁ……やっぱり――
 後でこっぴどく幸太郎に怒られそうだと苦笑気味に思いつつも、翔一は更に意識を集中させ……
「変身!」
 掛け声と共に、翔一の姿が変わる。金を基調とした、龍を連想させる戦士に。
「何、だ……!?」
「これ、内緒なんですけど……俺、アギトなんです」
 ようやくドラム缶の山から顔だけを覗かせ、呆然とした様子で声を上げる青年に向かって、翔一は仮面の下でにっこりと笑いながらそう言葉を返す。
 ただ、驚いているのは相手……珊瑚も同じらしい。体に映る男の表情に浮んでいるのは、間違いなく驚愕。しかしその一瞬後には、随分と楽しそうにその顔を歪めていた。
「良いわ……良いわ、良いわ!! その感じ、すっごくドキドキする! でも……あなたが何者なのか知らないけれど、我々ファンガイアに楯突いた事、後悔させてあげる!!」
 言葉と同時に、珊瑚……ファンガイアとか言う種類らしいそいつが、その体の一部と思しき塊を翔一に向かって投げつける。
――当たったら痛そうだな――
 呑気に思い、翔一はそれをかわした……刹那。
 その欠片が、轟音を立てて爆発した。
「……なっ!?」
「うふっ。驚いた? 私の体の一部はねぇ、今みたいに爆発するの。それも、こっちの意思通りにね。ああん、アタシってばダイナマイトバディっ!」
「珊瑚なのに爆発するなんて……」
「あら、珊瑚が爆発しちゃいけないなんて決まりはなくってよ?」
 その言葉と同時に、相手は「珊瑚爆弾」とも言うべきそれを複数手に取り、構える。
 こちらに向けて一斉に投げられた場合、無傷で避けきる自信はない。それに、少年や青年の方にまで飛んでしまう可能性もある。自分が避ける事で、彼らを巻き込む可能性もあるのだ。
「うふっ。それじゃ、今度はこの数……かわしきれるかしらぁ?」
――かわせないなら、叩き落とすしかないか――
 そう考えるのと、行動に出たのは同時。翔一は金を基調にしたグランドフォームから、青を基調にした、スピード重視形態であるストームフォームに変えると、強化された左腕が持つ「斧槍」……ストームハルバードと呼ばれるそれを振るって、飛んできた珊瑚を薙ぎ払う。
 だが……珊瑚の一つが、翔一の間合いの外、未だドラム缶に埋もれる青年に向かって真っ直ぐに飛んでおり……
――しまった、間に合わない!――
 その事実に気付いた時には既に遅く、珊瑚は青年の目の前まで飛んでいた。
 青年は何が起こっているのかわからないのか、きょとんと自身に飛んでくる珊瑚を見つめ、翔一はそれでも何とかその珊瑚を落とそうと走り、ファンガイアは今まさにそれを爆発させようと構えた瞬間。
 爆発するかと思ったそれは、バシュと言う不可思議な音と共に飛んできた水の塊によって撃ち砕かれた。
「……え?」
 何が起こったのかわからず、思わず翔一は動きを止めてぽかんと砕けて散った珊瑚爆弾を見やり……そして、水の弾丸の出所に視線を向けなおした。
 確かそこには、少年がいたはずだ。ひょっとして、やたら威力のある水鉄砲でも持っていたのだろうか。
 そんな非現実的な事を考えながらも、振り向いたその先には……少年ではなく、緑色の体躯を持つ赤い目の半魚人が、軽く首を傾げるようにして立っていた。
「これ、貸しだからね、力」
「借り……また、でき、た」
「え? ええっ!?」
 緑の異形からは、間違いなく先程の少年の声がしている。声をかけられた青年の方は、特に驚いた様子もなく頷いている。と言う事は、どうやら彼は少年の正体を知っていたらしい。ひょっとすると、青年の方も異形なのかも知れないが……
「あらやだ。そう言えばいたのね、マーマンのボウヤ。すっかり忘れていたわ」
「うん、僕も忘れられていた方が良かったんだけど……僕はマーマン族の最後の生き残りだからね。生きて、血筋を絶やさないようにしなきゃいけないんだ」
「それで、普段はフランケン族に庇護してもらっている訳? 案外狡賢いじゃない」
「違うよ、逆。力は僕がいないと、迷子どころか人間の中にすら溶け込めないから。僕が面倒見てあげてるの」
「ラモンに見て、貰って……もす」
 ファンガイアとやらも知っていたのか、それ程驚いていない。と言うか、この場で彼の「変身」に驚いているのは、翔一だけらしい。
 混乱しそうになるが、一体これはどう言う事なのか。話の断片から察するに、少年だった緑の異形……ラモンと言うらしい彼は、絶滅危惧種と言う事のようだ。彼なりに、「生きる理由」をもっていて、生き残ろうとしている。
 そして力と呼ばれる青年。彼は、ラモンを守りながら、社会に何とか溶け込んで生活して行こうとしていると言う事だろうか。
 それを、ファンガイアとやらは見逃す気はなく、この場で「捕食」してしまおう……と考えているらしい。
「えーっと、俺、この件に関しては門外漢なんで的外れな事を言うのかもしれないんですけど……共存って、無理なんですか?」
「無理だよ」
「……即答だね」
「だって、僕の一族の殆どは、あいつに食べられたんだ。それに、ファンガイアは他の種族を見下してるしね」
 肩を竦めて言いながら、ラモンはぷぅと口から風船ガムを膨らませるかの様に、水の球を吐き出す。どうやら先程の水の弾丸も、この手法で作り出した物らしい。
 ほえ~っと感心して見ていると、ラモンは翔一に向かって、少し困ったように、その赤い瞳を向け……
「ねえねえ、お兄さんも手伝ってよ。このままじゃ、殺されちゃうし」
「え、でも……」
「もうっ! 良いわよ!! こうなったら、普通に殺しちゃう! それで、もっともっと……もぉっと沢山の人間からライフエナジーを食べてやるんだから!」
 こちらがどうすべきか迷っている事に痺れを切らしたのか、珊瑚のファンガイアが大量の珊瑚爆弾をばら撒く。
――人間のライフエナジーを食べる……?――
 その意味を完璧に理解している訳ではない。だが、その言葉に含まれている邪気を感じるには充分だ。相手は、人の命を……そして、居場所を奪うつもりなのだ、と。
 瞬時にすると共に、彼は本能的にストームからグランドに姿を戻すと、ちらりとラモンの方を向いて声をかける。
「……これから飛んでくるあの珊瑚、全部撃ち落してもらえるかな?」
「それは良いけど、お兄さんはどうするの?」
「……こうします」
 珊瑚をラモンに任せ、翔一は自らの足に集中する。同時に、カシャンと彼の角の部分……クロスホーンが開き、アギトの紋章が彼の足元にくっきりと浮かび上がる。
 その様は、まるでファンガイアの持つ鎧……キバの紋章に似ている。
「あれ、は…………キバ?」
 羽を広げた蝙蝠に似たキバの紋章とは異なり、アギトの紋章は角を広げた龍。闇を呼ぶキバに対し、アギトが呼ぶのは光なのか、周囲の空間が白く染まった。
 例えこの行為が、この時間への介入なのだとしても……このまま相手を放っておいて、誰かの居場所が奪われるであろう事は、翔一には許せない。
 後で、幸太郎に怒られる事になるのかも知れないが……
「はぁぁぁぁ……」
「これで、最後の一個だよ!」
 ラモンの吐き出す水の弾に、数多あった筈の珊瑚爆弾は全て撃ち落され。
「嘘でしょ!? そんな、そんな馬鹿な事って……!」
 慌てた様にその場から逃げようとする珊瑚のファンガイア。だが、その足はいつの間にかラモンの放った粘着液で固定されており、動く事すらままならない。
「やああっ!」
「そんな……馬鹿なぁぁぁぁっ!!」
 絶叫と共に、その身にアギトの紋章と蹴りを叩き込まれ。
 珊瑚……コーラルファンガイアは、この世から完全に砕け散ったのであった。
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