英雄の笑顔、悪者の涙

【その30:マジなバトルへカウントダウン】

――ファンガイアを追っていたはずなのに、何故私は今、こんな得体の知れない奴に助けられているんだ?――
 テディと名乗った青鬼のような姿の異形に抱き抱えられ、「素晴らしき青空の会」の戦士、麻生ゆりはそんな戸惑いを覚えていた。
 追っていたのは、棚橋と言う画家の男を執拗に狙うファンガイア。
 現れる度にそいつを音也が倒そうとしていたが、名護と名乗る青年に邪魔をされ、未だとどめはさせていない。
 そんな中、偶々件のファンガイアを発見し、追跡していたはず。それなのにいつの間にか追っていたはずのファンガイアには逃げられ、代わるように相対しているのはウサギのような異形。
 最初はファンガイアかと思ったが、それにしては少々違和感を覚える存在。
 それが今、ソーサーの形をした円刀を周囲に投げ、この建物……最近できたばかりの立体駐車場を破壊している。
 ウサギを中心に、三百六十度方向へ投げられたソーサーの一部は、当然こちらに向かって飛んできている。
 それを自分の持つ武器、ファンガイアスレイヤーで叩き落とそうかと思ったのだが……それよりも早く、テディに抱えられてしまった。
 おまけに、彼は器用にもゆりを抱えたまま拳銃のような物を使い、こちらに向かって来るソーサーを撃ち落としている。
 彼が持っている銃が、普通の物ではない事くらいは容易に理解できる。放たれている物は、銃弾と言うよりもエネルギー弾だ。しかも、弾数に制限がない。
 見た目が水色の蜻蛉に似た形状をしているが、それは製作者の趣味だろうか。
 そんな事を思っていると、一通り撃ち落し終えたらしいテディはゆりをゆっくりと降ろし、紳士的な仕草で深々と一礼。
「失礼。確実に撃ち落せるとは限らなかった物で。お怪我は?」
「……ない」
「あー、酷い、酷いよ青鬼ちゃん! 僕の攻撃を撃ち落すなんて、可愛くないぞ? って言うか、鬼なら武器は金棒じゃないの!?」
「鬼に金棒と言う考えは、私達の時代ではもう古い。それに現在だって、モモタロスも金棒ではなく剣を使うし、ヒビキさんの武器もも金棒ではなく撥だ。……それから俺は、青鬼じゃない。テディだ」
 ウサギの言葉に返しながら、テディは再び手の中の銃をパラパラと撃ち始める。
 端から見れば異形対異形、「素晴らしき青空の会」の会員に言わせればファンガイア同士の仲間割れにも見える不思議な光景だが……少なくとも、テディは自分と敵対する気ではなさそうだと言う事は分った。
 もしも彼が敵なら、危険を犯してまで自分を助けるような真似はしないだろう。
――何か下心でもない限りはな――
 次狼と言う前例を思い出し、苦笑混じりにそう思う。彼は自分に「子孫を残させる」と言う目的で近付いてきていた。彼もそうではないと言う保証は、どこにもない。
 テディの放つ銃弾は、ウサギのソーサーが相殺、その間にウサギは逃げるつもりらしくトントンと後ろに跳び退っていく。
 逃がしては、いけない。
 本能的に感じ取ったのか、ゆりは無意識の内にファンガイアスレイヤーを振り回し、ウサギの左足を捕えて引き倒す。
 ゴンと言う鈍い音が響いたのをみると、どうやら引き倒した勢いでウサギは後頭部を床に強打したらしい。後頭部を抱えながら、相手はゴロゴロともんどりをうっている。
「んのぉぉぉぉっ!? 痛っ凄い痛っ! 後頭部モロっ!」
「……あいつ、馬鹿なのか?」
「イマジンは、大抵があんな感じです」
 ウサギの行動に、どことなく音也と通じる物があるように思いながらも、ゆりは上手い具合に相手を捕えたまま離さない。
 こう言う風に暴れる存在を相手にするのは、ゆりにとって日常茶飯事。むしろファンガイアの方が、吸命牙と言う「飛び道具」がある分、危険度は高いかもしれない。
 ウサギ……テディ曰く「イマジン」というらしいそいつは、本当に痛かったのかジタバタ、ゴロゴロとその場で転がりながら足をばたつかせ……
 ジュ。
 小さく、そんな音が聞こえた気がした。何かが焼けるような、音が。
 それはテディの耳にも入っていたらしい。
 不審に思って顔を顰めたゆりとは対照的に、彼は何かに気付いたようにはっと顔を上げると、すぐさまイマジンに向かって持っていた銃を連射する。だが、イマジンはもんどりを打っているかのように見せかけながら、その銃弾を綺麗にかわしている。
 そして……
 唐突に。パキンと軽い音を立て、イマジンの足を拘束していたファンガイアスレイヤーが、半ばから砕け、ゆりの腕にかかっていた抵抗が瞬時に消える。
「何!?」
「やはり……狙っていましたか!」
「な~はは~。気付いたのが、ちょっとばかし遅かったね~、青鬼ちゃん」
 何をされたのか、ゆりには瞬時には理解できなかった。しかし、引き戻したファンガイアスレイヤーの爛れたような先を見て、すぐに何が起こったのかを悟った。
 イマジンは、先程彼が辺りにぶちまけた強酸性の紅茶で、ファンガイアスレイヤーを焼き切ったのだと。
 理解はできるが、納得は行かない。何故なら、これはその辺にある酸ごときで焼き切れるようなやわな作りをしていないはずだから。
 それが先程自分に向けて撒かれたのだと思うと、改めて冷たい物がゆりの背を駆け抜ける。テディに救われなければ、自身の体が爛れ、下手をすれば命を落としていただろう。
 思うゆりをよそに、イマジンは自身の後ろ頭をさすりながらも自身の足元に向けて紅茶を撒き散らし、さらにひょいひょいと後ろへ下がってゆりの射程の外へと出る。
「でも、そうだなぁ。頭を打ったら、逆にちょっと冷静になったよ。要は電王達に倒されなきゃ良いんだもんねー」
 ニィと口角を上げ、イマジンは上に向かってソーサーを投げ……建物のど真ん中に、人一人分通れる程度の縦穴を開けた。
「僕がこの時代で逃げ回って暴れまわったら……歴史は狂って、時間がおかしくなる。う~ふふ~。これって、未来を手に入れたのも同然だよねー?」
「な……まさか、お前逃げる気か!?」
「その通り。悪いねお姉さん、逃げちゃうよ~ん。じゃなばい」
 ひらひらと手を振って、イマジンはウサギと言うその見た目通りの跳躍力で、トントンと軽やかに上へと飛んでいく。
 先の宣言通り、相手はこちらを無視して逃げたのだと理解すると同時に、彼女はその後を追おうとするが……その肩を、テディに掴まれ止められた。
「何をしてんだ、あいつが逃げる!」
「いいえ。逃げられません。どうやら、私の時間稼ぎは上手く行ったようです」
「……何?」
 声に余裕をにじませるテディを見やりながら、ゆりは心の中で思う。
 この存在は、ひょっとするとかなりの策士で……場合によっては、ファンガイアよりも余程危険な存在なのかもしれない、と。

「な~は~……って、あるぇ?」
「よぉ、遅かったな」
 マーチヘアが、追ってきた電王のイマジンを撒いてその駐車場の最上階、屋上とも言える場所に着地した時。
 逃げ切ったと思っていたそこには、カブトとクウガが立っていた。
「んげっ!? ななな、何で!?」
「お祖母ちゃんが言っていた。馬鹿と煙は高い所に昇りたがる。だが、天の道を往く者は、願わずとも自然と高い所にいるってな」
「あ、凄い馬鹿にされた感じ!」
「馬鹿を馬鹿にしても、意味がないだろう?」
 すっと天に指差す天道に、マーチヘアはむぅと低く唸りながらバタバタと地団駄を踏む。
 そんな唯我独尊な天道の様子に、ユウスケは仮面の下で微かな笑みを浮かべ……
「……天道さんって、やっぱり何か、士と似てるよな……」
「何か言ったか?」
「いや、何も」
 呟きを聞き止めたらしい天道に、ふるふると首を横に振って返しつつ、ユウスケは気を取り直してマーチヘアを睨みつける。
 言っても、相手はアンノウンであるファミリアーリスを陥れた張本人。ふざけた印象を抱かせつつも策を弄する「策士」だ。
 勿論、もう一体のイマジンであるマッドハッターも許し難い。彼らの連携は油断できない。かつて自分の世界に現れたグロンギよりも、こちらの方が危険な気がする。
 その外見や仕草に騙されて痛い目を見る。一人だと思わせておいて、後ろから刺す。真っ直ぐに襲ってくるグロンギの方が、まだいくらか分り易い相手だっただけに、イマジンの危険度はやはり高い。
 おまけに、マッドハッターの姿が見えないのも気にかかる。
 ファミリアーリスを貶めた時のように、隠れて攻撃の機会をうかがっているのだろうか?
 いや、それは恐らくありえない。もしもそうならば、こちらに逃げてくるような事はしないはずだ。下にいるテディを、二体で攻撃して血路を開けば良い。
 ユウスケと同じ事を考えていたらしい。天道もまた、ほんの僅かに不審そうな色を滲ませながら、マーチヘアに向かって声をかけた。
「おい、馬鹿の相方はどうした?」
「ちょっ、僕達を漫才師みたいに言うのやめてくれない!? コンビ結成記念日にしちゃうよ!? って言うか、マッドハッターの悪口言うな!!」
「質問に答えろ」
「……マッドハッターの居場所は教えられませ~ん。べろべろおにょーん」
 顔面の皮をめいっぱい引き伸ばしながら、完全に馬鹿にしたような口調でマーチヘアは答える。
 ……実は、彼の言葉に嘘はない。
 何故なら、彼もマッドハッターイマジンの居場所を知らないのだから。知らない物は教えられない……自明の理だ。
 だが、そうとは知らない天道達。無論それを、「教えるつもりはない」と言う意味に捉え……ユウスケはあからさまに戦闘態勢に入り、天道はゆっくりとカブトクナイガンをクナイモードにして構えた。
「馬鹿にしやがって!」
「馬と鹿に失礼だぞ~。馬と鹿に……謝れ!」
 声と同時に、マーチヘアのソーサーが飛ぶ。それを二人は余裕の表情でひらりとかわす。
 だが、マーチヘアはそれを待っていたかのようにニヤリと口の端を歪め……
「BANG!」
 マーチヘアのその声に反応するように、ソーサーがその場で爆発、破片となって二人に襲い掛かった。
「うっわ!」
「この攻撃は……あの時のワームと同じか」
「その通り~。彼の攻撃を参考に、作ってみました~凄い? 凄いよね!? それじゃあ今度は……出血大サービスだよんっ。勿論、出すのは君達の血って事でねんっ」
 語尾に音符マークでもつきそうな声の調子でそう言うと、先程とは比にならない枚数のソーサーがユウスケ達めがけて飛んでいく。
「やば……」
「ちっ!」
「BANG、BANG、BANG!」
『Clock Up』
「超変身!」
 電子音と、ユウスケの声、そしてマーチヘアの声が重なり……
 その日、その立体駐車場は轟音と共に黒煙に包まれたのであった。
30/38ページ
スキ