英雄の笑顔、悪者の涙

【その28:区切り、ついて】

「終わった……かな」
 ヒビキオンゲキコの状態から戻ったヒビキが、やれやれと言った口調でぽつりとつぶやいた瞬間。他の「カメンライド」していた面々も、元の姿に戻った。
 どうやら、本格的に終わったらしい。
 そう思うと同時に、彼らの頭上を何かの影が過った。
「え……?」
 不審に思う暇も有らばこそ。その影の持ち主は、幸太郎にとっては聞き慣れた音楽を奏でながら、彼らの前へ滑るようにその姿を現し、停止する。
「な……何なんっすか!?」
「鋼の、大蛇……!?」
 白地に赤い線の入ったそれ……デンライナーを眺め、この時代に住まう戦鬼達が驚いたように声を上げる。
 それもそうだろう。この時代にはまだ、列車など存在していないのだから。
 テディが思うと同時に、目の前の扉がぷしゅりと音を立てて開く。恐らくはこの時代で「やるべき事」が済んだからなのだろう。
 幸太郎は、持っていた「二枚のチケット」をそっと見下ろす。チケットは二枚とも、その役目を終えたかのように白く濁り、描かれていたはずのオロチの姿もザビーの姿もなくなっている。
 その事に他の面々も気付いたのだろう。互いに頷きあうと、幸太郎、テディ、天道、翔一、ユウスケ、そしてヒビキの順で、タラップに足をかけた。
 勿論、変身は解いて。ちなみにヒビキは顔だけ変身解除した状態である。
「あ、ちょっと待った」
「ん?」
「結局さぁ、おたくらは何者だったのかな? 特におたくはさ、俺と同じ顔で、俺と同じ響鬼に変身して」
 この時代のヒビキも、変身を解除して問いかける。
 不審そう、と言う訳ではない。どちらかと言えば好奇心からの問いだろう。飄々とした表情で、自身の頬を掻きながら問いかける「この時代の響鬼」の姿は、本当に自分に瓜二つだと、ヒビキは思う。ひょっとしたら、彼は自分の先祖なのかもしれない。そう思うと、何だかくすぐったいような、気恥ずかしいような……そんな気持ちになった。
 だが……どう答えた物か。未来から来たと言う訳にも行かないし、答えない訳にもいかない。少なくとも自分が彼の立場だったら、答えて欲しいと思う。
 一緒に戦った戦友として。
「んー……そうだなぁ。遠い……とても遠い所から来た助っ人、ってトコかな?」
 困ったような笑顔を返し、ヒビキはそれだけ答えると、敬礼にも似たポーズを取り……
「それじゃあな。シュッ」
 軽くそれだけの挨拶を交わし、その姿をデンライナーの中へ滑り込ませる。
 直後、デンライナーは虚空へと、その姿を消した。
 そして残されたこの時代の戦鬼達は、しばらくの間宙を見上げ……やがて、それぞれの帰るべき場所へと帰って行った。
 「遠い所からの助っ人」の皆に、感謝をしながら。
 そして……自身のこれからの事を考えながら……

「ここは……どの辺りだ?」
 オロチの最後を見届けた時、一人傍観者と化していたカブキは、オロチの体から抜け出た「それ」に気付いた。
 紫色の、楔のような形をした欠片。それがまるで、意思ある物のように飛び、「ここ」に落ちていったのだ。
 疲労とヒビキからのダメージでぐらつく体を無理矢理動かし、その欠片を追って来たのはやはり「鬼」としての勘のような物だったのだろうか。
 何かに急かされるようにこの「村」に辿り着いた物の、肝心の欠片の方を見失い、途方に暮れてしまう。
 追う際に音式神である消炭鴉に乗ったのを考えれば、明日夢達がいた村からは大分離れているのはわかる。
 周囲は森。奥の方に堂がぽつんと立っており、その更に奥からはまばらだが人の気配が感じられる。
――こりゃぁまるで、魔化魍に襲われた村みたいな反応だな――
 怯えている空気が伝わる。門戸は固く閉じられ、嵐が過ぎるのを待つかのような気配。同時に感じるのは、憎悪。
 一瞬、その「怯え」や「憎悪」は自分に向けられたものかと思うが……すぐに違うと理解できた。
 最初に知覚したのは、小さな子供の泣き声。次に気付いたのは、泣き喚く子供の前で醜く顔を歪める「白」だった。
 人間と同じ姿形に見えるが、手に持っている巨大な棍棒をる限り、並の力の持ち主ではない事くらい、想像に難くない。ひょうきんな顔立ちだが、浮かぶ笑みは残虐そのもの。
「子供、お前を潰そう。子供を潰すと良い音がするんだよなぁっ!」
 風に乗って聞こえてきた言葉は、印象通り残虐その物。そして同時に、カブキの神経を逆撫でるには充分な一言だった。
「子供に手ェ出すつもりなのかよ!?」
 子供に手を出す事だけは許さない。
 そう思っているカブキは、反射的に己の音叉を鳴らし、変身、その銀色の男と子供の間に入り、振り下ろされた棍棒の軌道を和傘で反らす。
――重いっ!――
 細腕からは想像できぬ怪力に顔を顰めながら、それでも歌舞鬼は棍棒から子供を守ると、音叉剣と和傘を構えて相手を見据えた。
「何だテメエ!?」
「俺は……歌舞鬼だ! 子供に手ぇ出すんじゃねぇよっ!」
 驚いたように言った相手に対し、歌舞鬼は即座に切り返すと、音叉剣を振るって相手の体を袈裟懸けに裂く。だが、相手はそれを棍棒で軽く弾くと、思いがけない程素早い動きで逆に歌舞鬼の胴めがけてそれを振りぬいた。
「俺は馬鹿だからよぉ、お前が何者だかよくわからねぇが……俺達『鬼の一族』に楯突く大馬鹿野郎だって事は分るぜ!」
 怒鳴りながら放たれる打撃。スピードも速いが、何より軸線上……自分の後ろには、まだ先程の子供がいる。
――かわせねぇか!――
 瞬時にそう判断すると、和傘を広げて相手の狙いを僅かに反らし、自身へのダメージを軽減させる。それでも、相当な衝撃が体を襲う。たった二回受け流した程度だと言うのに、特製の和傘の骨は中頃からバキリと折れてしまっている。
 修理すればまだ使えるが、正直相手が修理する時間をくれるとは思えない。おまけに腕も相手の強力を受けたせいか、軽く痺れている。
――ちっ、響鬼との戦いの傷も、癒えてねぇってのに――
 ギリ、と歯噛みした瞬間。自身の後ろから、空を切る鈴の音が響いた。直後、銀色の「鬼」の足元に、一本の矢が突き立った。
 それに気を取られたのか、銀色の鬼は一瞬だけたたらを踏み、体勢を崩す。そこを見逃す歌舞鬼ではない。音叉剣を再び握り締め、相手の体めがけて渾身の突きを繰り出す。剣は銀色の腹に深々と突き刺さる。
 急所は外したが、手応えはある。おそらく無事とは言えない怪我を負わせたはずだ。
「ちっ。傷が深いか! いいぜ、ここは退いてやる。あばよ!」
 随分と引き際は弁えているらしい。その「鬼」は刺された腹を押さえながら、それでも楽しそうな笑顔で、その場を後にした。
――鈴の付いた矢がなければ、やられていたのは俺だったかもしれないな――
 変身を解き、カブキはまず後ろで座り込む子供の顔を覗き込む。
「オイ、坊主。怪我はねぇか?」
 聞かれた子供は、恐怖からか涙で顔を汚しながらも、ブンブンと首を横に振る。
 カブキも一通り子供の様子を見るが、大きな怪我はなさそうだ。その事に安堵し、彼はぽんと子供の頭に自身の手を乗せると、口の端を上げ……
「そうか。怪我がないなら良かった」
 それだけ言うと、今度は矢が飛んできた方向を振り返る。そこに立っていたのは、勝気そうな表情の女性。どうやら射手は彼女だったらしい。それが、喜色満面でこちらに近付いてきているところだった。
「お前……鬼だが、良い奴だな」
「……何?」
「子供を守ってくれたのだろう? 礼を言う」
 深々と頭を下げられれば、悪い気はしない。むしろ、彼女に助けられたのはこちらの方だと言う事実を思えば、少し複雑な気分だ。
 「鬼だが」という言い方をした事に対して疑問に思ったのだが、彼女は別の意味に捉えたらしい。
 そう言えば、先程の「鬼」は「鬼の一族」が云々と言っていた。魔化魍とは違うが、邪気のような物を彼らから感じた。ならば彼らは自分達とは異なる「鬼」……それこそ御伽草子の中に描かれるような「悪しき鬼」なのではないか。
 そう思えば、納得が行った。
「礼ついでで悪いのだが……お前に相談がある」
「あ?」
「この村をあいつらから守る為に、力を貸してくれないか?」
「……おいおい。見ただろ? 俺はお前らの嫌う鬼……」
「それでも、お前は良い奴だ。子供を助ける奴に、悪い奴はいない」
 再びにこりと笑われ、カブキはカリカリと気恥ずかしげに後ろ頭をかく。
 人間も、まだまだ捨てた物じゃないのかもしれない。
 少なくとも、この女は信じてくれている。
 ……自分自身ですら信じられなくなった、「優しい鬼」である自分を。
 だから……ここで、もう一度だけ。人間を信じてみるのも、良いかもしれない。
――少なくとも、あの鬼を名乗る連中と手を組むよりは、いくらかマシなはずだ――
 そう思い、カブキはふ、とその艶やかな唇の端を吊り上げると……
「……俺は、『お前』じゃない。カブキだ」
「カブキか。いい名だな」
「あんたは?」
「私は……トキだ」

 さて、一方こちらはデンライナー。もはや恒例となりつつある「ヒビキのコスプレ」。
 今回選んだ服は「二」で……着替え終わったヒビキは、どこか苦しそうな顔をしながら姿を現した。
 着ているのは紺色の、警察官を連想させる制服だ。苦しそうな表情の正体は、着け慣れていないネクタイのせいだろう。
「あ、氷川さん達が着てたのと、同じ制服ですね!」
「あれって、アギトの世界の……」
 翔一とユウスケの言葉に対し、ヒビキは曖昧な笑みを浮かべる。どうやら彼ら二人にはこの格好に心当たりがあるらしい。幸太郎、テディ、天道の方は知らないようだが。
 嬉しそうな……そして懐かしそうな表情を見せる翔一には申し訳ないが、実際の所、首回りや肩などが結構窮屈だと思う。
 普段が作務衣や動きやすい服を着ているせいか、やはりこう言った格式ばった制服は息苦しく感じてしまうらしい。実際はそうでもないのかもしれないが。
 そう思いながら、ふと窓の外を見た彼の眼に飛び込んできたのは……灰色の雲と、僅かに歪んだ空間だった。
 見間違い……と言う訳ではないらしい。確かに空は裂けたように歪んでいる。
「おーい少年、あれは何かな?」
「え……何だよ、あれ!?」
 その歪みに、幸太郎も気付いたらしい。驚いたように声を張り上げながら、べたんと窓に張り付いてその様子を見やった。
 それに倣うようにして他の面々も窓の外を見て……その歪みに対して絶句する。
 そして幸太郎が窓の下の景色を見つめ……そこで、初めて気付いたらしい。
 「西暦一五〇二年五月二日」の日付の意味を。
「まさか、この歪みがあの戦いに……『鬼の切り札』を巡る戦いにつながるって言うのか!?」
 おそらくはオロチを倒した際の膨大なエネルギーが、何らかの影響によって大きな歪みを生んだらしい。元々「カブトの世界」ともつながっていた事を考えれば、「この時間」はとても不安定な作りになっていたのかもしれない。
「少年、『鬼の切り札』ってのは何だ?」
「あんたらとは違う『鬼の一族』って連中が持つ、『時を駆ける戦艦』のコンソールみたいな物だ」
 かつて幸太郎とテディは、鬼の一族と呼ばれる者達と戦った事がある。
 彼らは「何らかの原因」で生まれた時空の歪みを利用し、「鬼が滅ぶ」と言う運命を変えようと、人間を苦しめ、暴れた。
 その「時空の歪み」の影響により、幸太郎の祖父である野上良太郎は若返り、そして時の運行を守る者の一人である桜井侑斗もまた、その姿を消してしまった。
 結局は、若返った祖父や自分達が鬼一族を倒す事で事なきを得たのだが……
「マジかよ……って事は、ひょっとして祖父ちゃんが小さくなったのって、俺達が原因って事か!?」
 あの戦いは幸太郎にとって「過去」、既に起こった事であり「起こらなくてはならない事」である事は理解できる。
 しかし、自分にも原因の一端があったのかと思うと、祖父に対して非常に申し訳ない気持ちになる。
――帰ったら、まず祖父ちゃんに謝っとこう――
 深い溜息と共に、幸太郎は固く決心したのであった。
「それで? 今度こそ本来の目的地にいけそうなのか?」
「『今の所は順調』としか言いようがない。またあの鳴滝っておっさんが邪魔しない限りは」
 ユウスケの問いに幸太郎が答えた瞬間、デンライナーは時間の中へと突入した。
 虹色の空と、どこまでも続く砂漠。
 そこを抜ければ、今度こそ本来向かうべき時間に行けるはず。そして今度こそ、あのふざけたマーチヘアイマジンとマッドハッターイマジンを見つけ、倒さなければならない。
――どうやら俺達には、休みってないらしいなぁ――
 はぁ、と大きな溜息がユウスケの口から漏れるのであった。

 カブキが村に世話になって数日。暗闇の中、一人の少年が黒っぽい、イモリだかヤモリだかを連想させる異形に追われている。随分と逃げ回っているのか、少年の額には玉の汗が浮いていた。
 深夜と言うにはまだ早いが、子供が出歩くには遅すぎる時間。
 それを見つけるや否や、カブキは眉根を寄せ……
「おいおいおめぇら、子供に手ェ出してんじゃねぇよ!」
 少年と異形の間に入り、ギロリと相手を睨みつける。
 この異形には見覚えがある。この島の近くに居を構える、「鬼の一族」の手下達だ。
「何だ貴様!」
「邪魔してんじゃねぇ!」
 異形達が威嚇するように声を荒げるが、カブキにとってそんな物は何と言う事もない。
 口の端を軽く吊り上げ、不敵に笑うと……彼は持っていた黒い音叉を鳴らし、宣言した。
「歌舞鬼!」
 闇夜に、桜の花が舞い踊る。桜の花弁が退いた後、現れたのは緑色の派手派手しい「鬼」……歌舞鬼だった。
「なっ!」
「鬼、だよな!?」
「おう。俺は確かに鬼よ。だけどなぁ……子供に手ェ出す奴だけは、許せねぇんだよ!」
 驚く異形達に対して答えながら、歌舞鬼は瞬時に変身音叉、音角を剣に変えると、相手を一体、また一体と切り裂いていく。
 その姿は、鬼神の如し。自分を守る為に、その剣を振っているのだと、少年はすぐに理解した。
 姿形は確かに鬼だが、この村を襲う鬼とは違う。目の前で戦う彼は、少年の知るもう一人の「鬼」と同じで、人のために戦っている。
 そう思っている間に、少年を追っていた異形は全て切り捨てられており、気付けばそこには何の形跡もなかった。
 月の光に照らされる緑色の鬼は、ふぅと軽く溜息を吐くと、再び桜の花弁を舞い散らせながら元の青年の姿に戻る。
「怪我はねぇな? 全く、子供がこんな時間に一人でうろうろすんな」
「ありがとうございます。でも……ちょっと、考えたくて」
「あん?」
 言ったカブキに礼を言いながらも、少年はどことなく寂しそうな目で遠くを眺める。その視線の先には、鬼の一族達の居城があった。
 妙に大人びた雰囲気のある子供だと、カブキは思う。この村に来てしばらく経つが、この子供には見覚えがない。こんな印象的な目をする子供など、忘れるはずがない。
「……幸太郎が捕まっちゃったのは、僕のせいだったんじゃないかって」
「幸太郎ってェと、鬼一族に捕まっちまったって言う、退治人の青い奴だったな。って事は、お前、あいつの仲間か」
「はい」
 最近やって来た「鬼退治人」を名乗る摩訶不思議な者達。確かその中でも、主に戦っていたのが幸太郎と言う名の青年だったはずだ。他にも、赤い鬼みたいな奴もいたような気がする。
「ふぅん……トキの奴も言ってたけど、お前みたいな子供を戦わせるってのは、気が進まねぇなぁ……」
 昼間、トキが鬼退治人の一人であるユウと名乗る少年に、そう言っていたのを聞いている。
 普段の彼は、村の子供を守る役回りに専念している。それは、トキをはじめとする村の衆の信頼の証だと思っている。
 何故なら、子供とはこの村の「未来」その物だから。それが、カブキには嬉しかった。
「なぁ、俺は……カブキってんだ。お前ぇは?」
「僕は……良太郎です。野上良太郎」
 にこり、と……だが、無理をしていると分る笑顔で、良太郎と名乗った少年は言葉を返す。
 それだけ、幸太郎と言う名の彼が心配なのだろう。名前が似ている事を考えると、ひょっとしたら兄弟なのかも知れない。
「心配すんな。明日になれば決着がつく……だろ?」
 ガシガシと彼の頭を撫で、カブキはどこか明日夢に似た目を持つその少年を、その夜が完全に更けるまで共に過ごした。
 その少年が……そしてその少年と共にある異形達が、鬼一族との決戦に終止符を打ってくれるとは、露程も思わずに。
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