英雄の笑顔、悪者の涙

【その27:音をつなぐは新たな解読】

「はぁぁぁぁっ!」
「でぃいやっ!」
「はっ!」
 幸太郎の一閃の直後、西鬼の蹴りがオロチの前足に炸裂、直後に威吹鬼による斉射が直撃する。オロチは苦しげに吼えたが、それも一瞬の事。あっと言う間にその傷口は塞がり、すぐに周囲の戦士達へ火炎を吐いて反撃しだした。
「あっつ! 流石に簡単にはやられてくれんか……!」
「凄い火力ですね。迂闊に近付くとウェルダンどころか黒焦げです」
「けど、どうにかして倒さないと、また村の人が犠牲になるっす!」
 吐かれた炎から距離をとり、煌鬼と翔一の悔しげな声に轟鬼が烈雷を構えながら言葉を返す。
 勿論、彼らとて轟鬼の言い分はよくわかる。わかるのだが……なかなか相手が近付けさせてくれない。それに、残念な事実だが、翔一、天道、幸太郎、ユウスケの攻撃は、魔化魍に対する致命傷にはならない。せいぜい足止め程度と言う物だ。
 他の異形であれば効いたのだろうが、相手が魔化魍で、攻撃に「清め」の力が必要となると……殆ど無力と言って差し支えない。
 分ってはいた事だが、悔しい。
 オロチの周りを、ヒビキが放つディスクアニマル達が牽制し、響鬼の放った音式神、岩紅獅子がオロチの動きを封じるべくのしかかる。
 だが、相手はそれを鬱陶しそうに払いのけると、得意の火球攻撃であっと言う間にそれらを悉く燃やし尽くす。
 数で押しても、それでも圧倒的なこの実力差。これがオロチと言う魔化魍なのかと心の中で苦笑気味に思いつつ、ヒビキは少しだけオロチから離れ、自身の武器の一つ、装甲声刃を構えて宣言する。
「響鬼、装甲」
 その宣言と同時に、オロチの攻撃を逃れていたディスクアニマル達が一斉にヒビキの体を覆い、その身を堅固な鎧と化す。今までは紫……正式にはマジョーラと言うらしい色をしていたヒビキの体が、鮮やかな赤に覆われる。
「へぇ、凄いな。強化されたのか」
「ま、俺も鍛えてますから」
 響鬼の感嘆の声に、ヒビキは軽くそう返すと、襲い来るオロチの尾を装甲声刃で軽く受け止める。
 通常の魔化魍ならば、受け止めるよりも先に断ち斬る事が出来るのだが、オロチはそう簡単にはいかない相手らしい。
 やはり厄介な相手だと思うと同時に、ヒビキはそのままオロチの尾を弾き返し、相手のバランスを崩す。その隙を突いて、オロチの後足を天道の銃撃が撃ち貫き、そこを凍鬼と羽撃鬼がそれぞれ切り裂く。
 鬼による攻撃は流石に有効なのか、オロチの足は綺麗な切り口と共に断ち切られ、更に相手の体は傾ぐ。
 流石に自身の巨体を前足と尾だけでは支えきれないのか、その体は一度大きく地に伏すが、すぐにその辺りの岩場に足を下ろして体勢を立て直し、オロチは悔しげに一声吼えると今までとは比べ物にならない大きさの火球を戦士達に向かって吐き出した。
 まずい、と思ったのは一瞬だけ。後は勝手に体が動き、その火球を回避する。
 砂浜に着弾した火球達は、派手な轟音と共に爆裂、その際に生まれた衝撃にあおられ、戦士達は四方に吹き飛ばされる。
「うわ……っ!」
――衝撃波だけでこの威力かよっ!――
 衝撃によって強制的に変身が解除され、喉に込み上げる熱い塊を吐き出しながら、ユウスケは心の中でのみ毒吐く。
 彼の知る魔化魍の中でも、このオロチは特に強いかもしれない。「響鬼の世界」で戦った牛鬼も強かったが、あれは人間と同じサイズだっただけに戦いやすかった記憶がある。
 直後にオロチとほぼ同じサイズの魔化魍が現れた事も覚えているが、あの時はユウスケの親友である門矢士ことディケイドの「ファイナルフォームライド」のカードによって事なきを得たはずだ。
 今回も同じ手を使えたら良いのだが、残念な事にディケイドはここにいない。
 見て回った印象から、ここの鬼達はオロチサイズの魔化魍との戦闘に慣れているらしいが、その前の戦闘で随分と体力を消耗しているはず。
 音撃に頼るしかないこの状況で、しかし肝心の鬼達は音撃を扱うタイミングを計り損ねている。
「どうすれば良い……どうすれば……!」
 そう、誰にでもなく呟いた瞬間。唐突に、彼の目の前へ一本のナイフが差し出された。
 色は緑、模様なのか、黒いラインが柄の部分に並んで入っている。塚には水平に、丁度カード一枚が入るくらいのスリットがある。
 そしてそれを差し出しているのは、見知らぬ一人の少年だった。年齢は十三、四と言った所か、赤に近い茶色の瞳に、赤い髪。
「君は? って言うか、こんな所にいたら危ないから!」
「俺の事はどーでも良いじゃん? それよりコレ、貸してやるよ、おにーさん」
「これは? いや、君の事もどうでも良くないって!」
「ん? コレの名前はディコードライバー。ディコードへの変身ツールだとさ。……まさかあいつ、こうなると分ってて俺にコレ持たせてたのか? だとしたら怖ぇなぁヲイ」
 ぶつぶつと自身にしか分らないであろう事を呟いている少年に、ユウスケは不審そうな表情を向ける。
 見た事のないツールだが、よく似た物ならば知っている。
 ……士の持つディケイドライバーや、自分達の邪魔をしたいのかよくわからなかった海東大樹の持っていたディエンドライバーが、ちょうどこんな感じだった。
「ディコード?」
「大ショッカーの持つ、三本目のツール。ディエンドライバーが盗まれるよりも前に、大ショッカーから盗まれた曰く付きの一品」
 ニヤリと口の端を歪めて言った少年に、何から問えば良いのか分らない。彼がここにいる理由、このツールに関してやたら詳しい事、このツールを持っている経緯、何よりも自分に向かって差し出している理由。
 既に自分はクウガとして仮面ライダーの力を持っているというのに、更に別の力で戦えと言うのか。
 いや、確かに前にいた「カブトの世界」ではヒビキや幸太郎が別のライダーに変身していたが……
――いやいや、大ショッカーの研究所で作られた物を使うって言うのは、どうなんだ? そりゃあ士や海東が使うドライバーも、大ショッカー製だけどさ――
 そんな悶々としたユウスケの悩みに気付いているのかいないのか、少年はぐいとユウスケの手にそのナイフを押し付ける。受け取れと言わんばかりに。
「俺さ、この後まだ『石』の回収に行かなきゃ行けないんだよね。『奴』の気配がしたから、この辺で当たりかと思ったんだけど……どーも今回はスカを引いたみたいだし。と、なると……やっぱ次はあの変態がいる『MISSING KING』かなぁ……」
「ちょっ……ねえ、君!?」
「時間も勿体ないし、使える物は使ってみたら? そいつなら、あの煩い蛇を黙らせる事が出来る…………かもしれない」
「かも!?」
「世の中に確定した未来などないっ! ってな訳で、ホラホラ、変身変身」
 突っ込むユウスケに言いながら、少年は半ば強引にナイフを持たせると、塚のスリット部分に一枚のカードをはめ込んだ。
 その瞬間。
『KAMEN RIDE DECODE』
 ユウスケにとってはある程度聞き慣れた、それでも少し違和感のある電子音が響き渡り、彼の姿が変わる。
 灰色の虚像が上から落ちてくるようにしてユウスケの身を包み、五枚のカードのような物が面に突き刺さる。それと同時に彼の体を鎧が覆った。クウガの様な生物的な物ではなく、ディケイドやディエンドと同じ金属的な印象。色は鮮やかな黄緑色、仮面の真ん中に大きな真円の形をした青い目が一つ。
 変身に使用したナイフは、変身と同時に槍程の長さに変わった。おそらく、この姿の武器はこの槍……スピアなのだろうと、本能的に理解できる。
「これは……緑のディケイド? でも、少し違う……」
「マゼンタのディケイド、シアンのディエンド。んで、ビリジアンのディコード。何で色の三原色にしなかったのかねぇ、あいつは。まあ、これはこれで光の三原色っぽく見えなくもないけどさ」
 戸惑うユウスケを余所に、少年の楽しそうな声が響く。しかしそれと同時に、今まで存在を忘れかけていたオロチの火球がこちらに向かって降り注いできた。
 おそらくオロチは、本能的に察したのだろう。ユウスケが変身したその存在が、己を滅する可能性を持つ者だという事を。
 だが、ユウスケは反射的に火球を持っていた武器……少年曰く、ディコードライバーを振り、その火球を逆にオロチに向かって弾き返す。弾き返されたそれは、再度吐き出された別の火球とぶつかり、宙で轟音と共に爆ぜ、消えていく。
「い、今のって……」
「とりあえずディコードのスペックはディケイド、ディエンドより上に設定してあるってよ。終焉ディエンド破壊ディケイド解読ディコードできるように」
「解読?」
 不思議そうに問いかけるユウスケに、少年はこくりと頷きを返し……
「アンタはさ、ディケイドが知る『仮面ライダー』とは異なる『仮面ライダー』を知った。それと出逢った事、その存在を知った事、そしてそいつらが存在している事……その全ての因果を、読み解くも目を背けるもアンタの自由」
 ユウスケには、少年の言いたい事の半分も理解できない。
 ディケイドが……士が知るライダーとは異なるライダー。おそらくそれは、向こうで戦う幸太郎や天道や翔一、そしてヒビキの事を指すのだろう。彼らは自分が今まで出会った仮面ライダーと、同じようで全く違う人間だ。
 その因果……彼らが異なる世界に存在し、そして自分が彼らに出会った原因と結果を解読出来るのがこの姿であり、この姿その物が「解読」……ディコードと呼ばれる者なのであれば。
 それは、この状況を突破する糸口になるのかもしれない。
――……俺には、まだ因果とか、そう言うのは分らないけ。だけど、やってみよう、俺なりに……この世界の解読を――
「ありがとう。俺、やってみ…………あれ?」
 サムズアップと共に感謝の言葉を述べようと振り返った先に、既に少年の姿はない。残っているのはかすかに揺らめく陽炎と、姿の変わった自分だけ。
――彼は、一体……?――
 狐につままれたような顔を面の下で浮かべながらも、ユウスケはオロチの鳴き声で現実に引き戻されたらしい。槍を構えて相手に向かって向かって走り出す。
 ディコードライバーの仕様なのか、使い方は何となく頭に浮かぶ。
 持っているカードは士と同じ、「カメンライド」と「アタックライド」。そして……「ファイナルフォームライド」と「ファイナルアタックライド」のカード。
 そのうちの何枚かは士が最初に持っていた時のように色あせ、何が描かれているのか不明だったが……今回目的としているカードは、きちんと色がついている。
 ……ヒビキの、「FINAL FORM RIDE」のカードは。
「すみません、少し離脱してました!」
「その声……ユウスケ?」
「青年、その姿は?」
「ディコードって言うらしいんです。俺も初めて変身するんですけど……」
 場に戻り、軽く謝ったユウスケに幸太郎とヒビキの声が飛ぶ。それに答えながらも、ユウスケは共に来た他の面々をざっと見回した。
 ……親友ではないが、変身してから「大体分った」事がある。
 このディコードとやらの「カメンライド」は、「自身が他のライダーに変身する」ディケイド、そして「他のライダーを召喚する」ディエンドとは、また少し違った能力を発揮するらしい。
 即ち……「他人を別のライダーに変身させる」能力。
 解読は、自分だけ理解できれば良い物ではない。自分が理解した事を、他人に伝える事が出来て初めて「解読した」と言える。
 それを理解すると同時に、ユウスケは手持ちのカード四枚を槍……ディコードライバーに読み込ませた。
「津上さん、天道さん、幸太郎、それとテディ!」
「何ですか、小野寺さん?」
『KAMEN RIDE KIRAMEKI、HABATAKI、NISHIKI、TOUKI』
 電子音が響くと同時に、ユウスケは持っているそれを大きく振るう。瞬間、四つの幻影がその刃先から現れたかと思うと、それぞれが翔一、天道、幸太郎、テディに向かって真っ直ぐに向かい、その体を覆った。
「な、何だ!?」
「これは……」
 幸太郎の驚愕の声が上がった、その一瞬後、彼らの姿は……変わっていた。
 アギトから煌鬼に、カブトから羽撃鬼に、電王から西鬼に、そしてテディもマチェーテディから凍鬼に。オリジナルと異なる点といえば、腰のベルトくらいのものだろうか。
「な……何やあれ!? 鬼になりよったで!?」
「どうなっている!?」
 西鬼と羽撃鬼が驚いたように声を上げる。他の戦鬼も、オロチへの攻撃を忘れ、ぽかんとその「変身」を見つめていた。
 唯一オロチだけは、こちらの変化など気にする様子も見せず、低く唸って火球を放つのだが、その悉くが「カメンライドした面々」によって打ち消された。
「ふ……成程な、これがその姿の力か」
 カメンライドと同時に得たらしい烈空を軽く振るいながら、誰よりも先に状況を理解した天道が不敵に呟く。そしてそのまま振った杖をオロチの足に深々と突き立てる。
「ぐぎゃぁぁっ!」
 呪いの声にも似たオロチの悲鳴が響き、地団駄を踏むようにオロチが暴れ始める。
 どうやら、先程の攻撃……と呼ぶのもおこがましい位の抵抗が、思いの外効いているらしい。それを理解したのか、今度はテディがオロチの背に乗ると、持っていた棍を振り下ろす。そして上がる、オロチの悲鳴。
「これってつまり……俺達も一時的に、鬼の力を使えるようになったって事ですね!」
「擬似的なものだから、すぐに効力は切れるけど……決着をつけるくらいは可能です」
 翔一の言葉にユウスケはそう返すと、今度はその顔を装甲アームド響鬼と化しているヒビキの方に向け……そして、一枚のカードを見せるように掲げた。
「ん? 何だ、青年、そのカード?」
「すみません、ヒビキさん。痒いかもしれないけど、我慢して下さい!」
「え?」
 不審に思ったヒビキに返すや否や。
 ユウスケはそのカードをディコードライバーに装填した。刹那、ドライバーはカードを認識し、その効果を発揮するためにカードの発動を告げる。
 装填したカードは勿論……
『FINAL FORM RIDE H・H・H HIBIKI!』
「は? ……おぅわっ!」
 「ファイナルフォームライド・響鬼」。ユウスケの知るカードと同じならば、このカードは対象……ヒビキの姿を、ディスクアニマルの一つである茜鷹を模した物……ヒビキアカネタカへと「ファイナルフォームライド」と呼ばれる変形をさせる効果があったはず。
 思いながら、ユウスケは僅かばかりの罪悪感と共に、ヒビキの変容を見守る。
 およそ人体の構造を無視した変形。ヒビキの姿は僅か数秒の間に、鳥を思わせるディスクアニマルのような姿に変わった。
「……もう一人のヒビキさんが、音式神に!?」
「す……凄いっす!」
「茜鷹、とは少し違うな。鋼色……?」
 威吹鬼の声に、轟鬼と響鬼も驚いたように返す。
 だが、誰よりも驚いているのはやはり「変形した本人」だろう。宙を舞い、水面に映る己の姿は、完全にディスクアニマルの一つ……アカネタカの強化体である、ハガネタカになってしまっていたのだから。
 変身……と言うか変形した関係上、声を上げる事は出来そうにないが、やるべき事は変わらない。
――よぉし、一丁やりますか――
 気合と共に、ヒビキは高く一声鳴いて高く飛翔すると、まずはオロチの角を翼で叩き折る。直後、そのまま旋回して翔一、天道、幸太郎、テディ、ユウスケ、そしてこの時代の響鬼をその背に乗せて舞い上がった。
 ……ヒビキハガネダガとも呼ぶべき姿になって、本能的に理解したらしい。ユウスケの……ディコードの持つ、最後のもう一枚のカードの効果を。
 そして他の面々も、「何となく」だが理解したらしい。ユウスケがこれから行おうとしている事が。
「それじゃあ……行きますよ。最初で最後の大合奏!」
「よぉし。やるぞぉぉぉっ!」
『FINAL ATTACK RIDE H・H・H HIBIKI!』
 オロチの背の真上まで来た瞬間を見計らい、ユウスケは最後の仕上げに入る。それに感化されたかのように、響鬼も自身の烈火を構えた。
 カードの効果により、ヒビキは鋼鷹の姿から巨大な音撃鼓へと姿を変え、そのままオロチの背に取り付く。
 その上に、ヒビキの背に乗っていた戦士達が乗り、オロチの足元では既に戦鬼達が己のやるべき事を成す為の準備を終えていた。
「魔化魍を倒すには、音撃か」
「行くぞ!」
『音撃奏、旋風一閃』
 天道と羽撃鬼が同時に宣言すると、フルートによる二重奏が始まった。
 同じ曲でありながらも、天道の奏でる音がソプラノならば、羽撃鬼の奏でる音はテノール。
 荘厳にして重厚な旋律が響き渡り、一方でオロチはぎゃあぎゃあとその音を掻き消さんと喚き散らす。
 だが。
「次は俺達だぁ!」
「いっきますよぉ……」
『音撃拍、軽佻訃爆』
 翔一と煌鬼の声が重なり、先の二人の曲の合間を縫うかのようにパァンと手に持つシンバルを鳴らす。
 時に大きく、時に小さく。緩急をつけながらフルートの音に合わせるような打楽器の音。
「音撃射、疾風一閃」
 主旋律を壊さぬよう、威吹鬼のトランペットが副旋律を奏でだす。
 管と打による曲が、一区切り付き……次にその音楽を引き継いだのは、トライアングルの甲高い音色。
 それは申し合わせた訳でもないのに、全く同じタイミング、同じ高さの音で、曲の間をつなぐようにカンカンと二つのトライアングルが鳴り響く。
「いくで!」
「そぉらっ!」
『音撃響、偉羅射威!』
 宣言と共に、一際大きくカァンと鳴らした直後……今度は轟鬼がオロチの喉元に烈雷を突き立て、旋律を引き継ぐ。
「続きます! 音撃斬、雷電激震!」
 いつもとは違う音楽だが、それでも彼はギターを鳴らす。
 いつもよりも伸びやかで、初めて弾くはずなのに弾きやすいと感じる音楽。それに乗せるかのように、白い二人の鬼がオロチの腹部を上下から殴りつける。
「戦いの時だ」
「参ります」
『音撃殴、一撃怒涛』
 ギターの音に合わせる様にして、銅鑼特有の低い音が響く。
 まるでその曲に、メリハリをつけるかの如く聞こえるその音は、「響く」と言うよりはむしろ「轟く」に近いかもしれない。
 そして……最後の締めと言わんばかりに、響鬼がオロチの背に取り付いたヒビキオンゲキコに向かって、自身の武器を振り下ろす。
「音撃打、爆裂強打!」
 繰り出された響鬼の清めの音を、音撃鼓の姿をとったヒビキが増幅し、更に強力な清めへと変換してオロチの体内で炸裂させる。
「ぎぃあぁぁぁぁっ!」
 自らの体内で炸裂した清めの音は、流石に効いているのだろう。思わず耳を塞ぎたくなる程のオロチの絶叫が、周囲に響く。
 それでも、この場にいる「鬼」達は攻撃の手を休めなかった。響鬼の一撃の直後、ユウスケもまたアタックライドカードをセットする。この大合奏に、乗り遅れないために。
『ATTACK RIDE ARMED-SABER』
 電子音が宣言すると同時に、ランス状だったディコードライバーが、一瞬だけモザイクがかかったようにその姿をぼかし……次の瞬間には、ヒビキの持っていた剣、装甲声刃に変化していた。
 装甲声刃の特徴の一つとして、「声で魔化魍を清める」と言うものがある。勿論、オリジナルのそれは、鍛えた鬼でなければ使用できないのだが……今回は違う。
 ユウスケに……ディコードによって「解読」された物……つまり、オリジナルではなく「装甲声刃もどき」なのである。
 使用方法と効果は同じだが、途中経過が違う。
「大合奏の仕上げだぁっ! 音撃合おんげきごう、『かがやき』!」
 ユウスケの宣言に、他の面々も迎合するように再び曲を奏で始める。
 それはまさに大合奏だった。
 多種多様な楽器による、一つの曲。その曲にユウスケのスキャットが合わさり、その場にいる戦士達全員が一つになったような感覚さえした。
 曲はオロチの持つ穢れを清め、更には少し離れた明日夢の心を穏やかにした。
 否、明日夢だけではない。更に離れた、明日夢の村人の心すらも、その曲は鎮め、穏やかに清めていく。
――ああ、これがきっと、鬼の……音撃の真髄なんだろうな――
 皆の清めの力を増幅させながら、音撃鼓と化しているヒビキは思う。忘れかけていた、音撃の素晴らしさ。皆が一つになり、清める感覚。周囲の事象の一つ一つをつぶさに感じ取れる程に、ヒビキの……いや、ヒビキ達、鬼の感覚は鋭く研ぎ澄まされていた。
 ……そして、完全に彼らの意思が、完全に一つになり、楽の音も最高潮に至った瞬間。
 オロチは声にならない絶叫を上げ、その場で大量の木の葉と砂、そして貝殻となって四散した。
 だが……戦士達は気付いただろうか。その「亡骸」の中に、紫色の欠片がいくつか含まれており……それが、宙を舞い、狙い済ましたかの如く、離れた島へと飛んで行った事に。

「解読のディコード……開発中に奪われたあれが完成していたのは予想外でしたね」
 戦鬼達と距離のある高台に、この時代にはおよそ似合わないスーツ姿の男が低く呟く。
 人の良さそうな表情とは裏腹に、その瞳は暗い色を湛えている。
 その視線の先には、ユウスケの変身した緑色の仮面ライダー……ディコードの姿があった。
 オロチを倒した事を、戦鬼や他の仮面ライダー達と共に喜ぶ姿。それを心底つまらなそうに見つめている。
「……あの少年がいた以上、これ以上この時代に干渉するのも危険ですね。後はもう一つの『鬼』の活躍を期待しましょうか」
 そうひとりごちた後、その場から立ち去るべく男はくるりと踵を返し……その先に立つ人物の姿を目に止め、軽く眉を顰めた。
「この時代から逃げるつもりか、『運命の輪』」
「おや、これはこれは。『魔術師マグス』ではありませんか」
 相手……鳴滝に対し、「運命の輪」と呼ばれたその男は口の端を吊り上げて声を返す。
 同時に、成程と心の中で「運命の輪」は納得する。どうやら自分の計画の邪魔をしてきたのは、この鳴滝らしい。
 「カブトの世界」から、「この世界」の「この時間」にザビーを引き入れ、明日夢を抹消、あわよくば「欠片」を用いてオロチを暴走させ、この先の時間をもまるっきり変更させてしまおうと言うこの計画。それをどこからか嗅ぎ付け、そして止める為彼ら「仮面ライダー」を引き込んだのだろう。
 自分にとっては迷惑な事ではあるが。
「……ディケイドを追っていたのではなかったのですか? あれは世界の破壊者ですよ?」
「そうだ。確かにディケイドは『世界の破壊者』。放っておく訳にはいかない存在だ。それは認めよう」
「では、こんな所で何を? 私に構っている場合ではないのでは?」
 鳴滝に、「門矢士は世界の破壊者」と炊きつけたのは他ならぬ「運命の輪」自身だ。彼が鳴滝を勘違いさせるように唆し、そしていずれ自分の邪魔になるであろうディケイドを倒させる。
 仮にディケイドが倒れなかったとしても、その時は「異なる世界をつなぐ橋」をかける事が出来る。どちらに転んでも、彼の目的が一つ達成される……はずだった。
 しかし、予想に反し、鳴滝はディケイドを倒す事が出来ず、「異なる世界をつなぐ橋」を架けるはずだった存在も、自分を裏切った。もっとも「彼」の場合は、最初から自分を利用していたのかもしれないと、今なら思える。
 だが、それも今はどうでも良い。これ以上この場にいても、何の意味もメリットもない。むしろ百害あって一利なし、と言ったところだろうか。
「お前は……まだ諦めていないのか? 世界の融合を」
 唐突にかけられた鳴滝の言葉に驚いた風もなく、「運命の輪」は軽く口の端をあげる。その笑い方は、どこか寂しそうで……向けられた方は僅かに首を傾げた。
 相手の心情を、理解できなかったから。
「あなたには分らないでしょうね、鳴滝さん。私の気持ちなど」
 言うが早いか、彼の背後に銀のオーロラが降りる。どうやら、本気でこの時代から逃げるつもりらしい。
「私は私なりの方法で、始まりの地を守りたい。その為なら、どんな犠牲も厭いません」
「始まりの地さえ良ければ、他の世界はどうなっても良い……そう言うのか、貴様」
「そうです。あの世界さえあれば、何度でもやり直せる。あなたや『皇帝』のやり方は、生温いのですよ」
 それだけ言うと、「運命の輪」は銀のオーロラの彼方へと消え……最初からそこには、鳴滝しかいなかったかのような静寂が、その場に落ちた。
 「運命の輪」。自分と同じ、「カミサマ」と呼ばれる者の一人。全てをつなげ、一つに還そうとする彼の心理を、理解できない訳ではない。彼の願いはたった一つ……「還りたい」だけなのだと言う事を知っている。
 だが、それでも彼の行動は、鳴滝には許容できる物ではない。
「その行動は……数多の命を殺す事になる。それを私は許容できん。だからこそ、私はお前を止めよう。『運命の輪』よ!」
 誰もいない……いなくなってしまった空間を睨みつけながら、鳴滝はそう宣言すると……彼もまた、銀のオーロラを降ろし、この時代からその姿を消した。
 ……これ以上、彼が手を出す必要がない。そう判断したから。
27/30ページ
スキ