英雄の笑顔、悪者の涙

【その25:ゐる理由、ゐてはならぬ理由】

「悪ぃが死んでくれ」
 その声と共に、鬼達を見送ったヒビキを出迎えたのは、魔化魍、火焔大将と……それを相棒と呼ぶ元鬼、カブキ。
 それを見止めるや、ヒビキは悲しそうな哀れむような……そして、どこか怒っているようにも見える視線を送る。しかしそんな彼の視線に気付いていないのか。それとも気付いていてあえて無視しているのか、カブキはフ、と口の端を歪め……
「丁度こいつが腹を空かしているところだ」
 くいと自分の後ろに立つ火焔大将を首で指しつつ、感情のない声で言い放ち、彼は自身の変身音叉である音角を取り出し、踵にぶつけて鳴らす。
 ……魔化魍になったと言っていたはずなのに、鬼になる為のその音は、妙に清らかな音のように……ヒビキには思えた。
 額に音角を近付けると同時に桜吹雪が舞い散り、カブキの姿を緑色の鬼……「歌舞鬼」へと変え、そのままの勢いで、音角から音叉剣を作り出す。
 その名の通り、歌舞伎役者の如く見栄を切ると……それが合図になったのか、火焔大将は変身していないヒビキに向かって容赦なくその剣を振い、襲いかかってくる。
 歌舞鬼と火焔大将の連携攻撃をかわしながら、ヒビキはそれでも歌舞鬼の暴挙を止める機会をうかがう。
 彼の心の闇は、多分、自分が想像している以上に深く、暗い。純粋に人間を思うが故に、堕ちた闇。そこから救えるなどと偉そうな事を言うつもりはないし、思ってもいないが……それでも、ヒビキは歌舞鬼を止めたかった。
 同じ、「鬼」として。そして仲間として。
 そう思った瞬間。
 声がした。思いもかけなかった声が。
「カブキぃぃぃぃっ!」
 声の方を向けば、そこには怒ったような、それでいてどこか悲しそうな、そんな複雑な表情を浮かべた明日夢が立っていた。猛士が拵えた剣をヒビキに向けて。
 それを見て、歌舞鬼が笑う。
 所詮、彼も人間。自身の手で、兄を殺した「仇」であるヒビキを葬ろうとしているのだと。そうしたければ、するが良いと。
 一方で、明日夢の心の中には「あの日」の事が去来している。
 土砂降りの雨の中、冷たくなった兄の亡骸。それを呆然と見下ろすヒビキに、泣きながら食ってかかった時の気持ち。
 ……そして同時に、この剣から感じ取れる……兄の、想い。
 ヒビキの事を許せると言えば、間違いなく嘘になる。兄を見殺しにした事実は変わらないし、きっと永遠に彼を許せはしないだろう。
 明日夢は持ってきた剣をヒビキに向け、そして確固たる信念を持つ瞳で目の前の男を見つめると……
「戦って下さい、ヒビキさん。それが……兄さんの気持だから」
 向けられた剣の「柄」と、今まで決して自分の名を呼ばなかった少年の顔を交互に見つめながら。ヒビキはやがてゆっくりとその剣を受け取った。
 愛弟子である猛士の想いが詰まった、その剣を。
 そのやり取りに飽きたのか、歌舞鬼が唐突に斬りかかる。
 敵討ちに来たのかと思ったのだが、そうではなかった。自身のあてが外れた苛立ちなのか、振り降ろされたその太刀筋はやや大振りだ。
 咄嗟にヒビキは明日夢に渡された剣を用いてその剣をかわす。猛士が亡くなって以降、鬼としての修行をやめていたはずなのに、まともに打ち合えるのは、やはりそれまでの経験故なのか。
「お願いです、ヒビキさん! 戦って下さい!」
 そう願う明日夢の顔に、愛弟子の姿が重なった。兄弟なのだから、似ていて当たり前なのかもしれないが……それ以外にも、「何か」があるのかも知れない。ひょっとすると、明日夢の体を借りて、あの世から猛士自身がこちらにエールを送っているのかもと言う気さえする。
 そんな自分の考えに、ヒビキは軽く笑い……やがて意を決したように自身の音叉を鳴らした。
 しばらく使っていなかったと言うのに、まるで音角は待ち侘びていたかのように清らかな音を響かせ、彼の体を紫の鬼、「響鬼」へと変えた。
 左手に猛士の作った剣を、右手に音撃棒、烈火を構え、ヒビキは即座に火焔大将を撃破する。あまりにも呆気ない火焔大将の終焉に、見ている者は呆然とするだけ。
 それでもすぐに、目の前に立つ響鬼が敵であると再認識したのだろう。歌舞鬼はゆらりと響鬼へ向き直ると、剣を構えて言葉を放つ。
「俺はそんなに弱くねぇぜ」
 言うが早いか、二人は激しい打ち合いを始める。
 ギィン、と金属のぶつかり合う音。一歩間違えれば、皮を裂き、血飛沫を上げるであろう一撃達が、二人の鬼の間で繰り広げられる。
 人を守る存在であるはずの「彼ら」を、「鬼」と呼ぶ理由が……何となくだが、明日夢には理解できたような気がした。
 鬼神の如き凛々しさと、悪鬼の如き鮮烈な打ち合いが、「鬼」と呼ぶに相応しく思えたのだ。ヒトを滅ぼすも守るも、彼らの意思一つ。
 打ち合い、距離をとり、そしてまた打ち合う。そして、響鬼が烈火を高々と振り上げ、開いた距離を一気に詰めるようにして躍りかかった瞬間。歌舞鬼は持っていた和傘でそれを受け止めると、開いた和傘ごと響鬼の腹を刺し貫く。
 和傘が死角になっていたためか、その剣をまともに身に受け……響鬼の腹からは赤い血がボタボタと溢れだし、その場に崩れ落ちるように膝をつく。
 そんな彼に向け、歌舞鬼は再び和傘を広げて死角を作りながら冷たく駆け寄り、再度響鬼を貫くべく、その剣を突き立てる。
 が、その殺気に敏感に反応したのか、鬼特有の驚異的な治癒力で傷を回復させると、響鬼は剣を紙一重でかわし、逆に歌舞鬼の傘を払いのけて、相手の腹部に強烈な一打を叩き込んだ。
 その攻撃に、「音撃」としての効力があったのかどうかは定かではない。しかし、少なくとも歌舞鬼の姿を「カブキ」に変えるだけの威力は持ち合わせていたらしい。
 小さく呻いたカブキが、その場に倒れこむのを確認すると、響鬼もまたヒトの姿に戻り、悲しそうな視線を彼に向ける。
 だがすぐに、自身の姿を見つめる明日夢に気付くと、そのまま彼は明日夢と共に村へと駆けだして行った。

 それは丁度、明日夢がこの時代のヒビキに向かって剣を差し出した頃だろうか。
 そこからほんの少し離れた所で、黄色い着物を着た方のヒビキが、ぴたりとその足を止めた。
 その背後には、この時代には合わぬ制服の様にも見える、黒いスーツの男の姿。その男から放たれる殺気に気付いているのだろう。ヒビキは厳しい表情で懐中から自身の変身音叉、音角を取り出し構える。
「……聞いて良いかな?」
「何だ?」
「何故、明日夢を殺そうとしているんだ?」
 振り向きながら問うヒビキに、相手は軽く首を傾げる。
 その際、胸元に見慣れぬ紫の欠片が揺れるのが見えたが、あれは何かのおしゃれだろうか。
 直感的にその欠片に何かを感じるのだが、それの正体を探るよりも先に男が口を開く。
「あの子供が死ねば、この世界の歴史が狂う」
「少年が言ってた、時間への干渉って奴か?」
「そんなものだ。一つの事象で、大幅に歴史を変える事が出来る」
 平坦な声で言いながら、男……「カブトの世界」から逃げてきた存在、ザビーこと「天堂ソウジに擬態したワーム」はちらりと明日夢を見やる。
 その先には、ようやく鬼として復帰する事を決めたらしい響鬼の姿と、それと戦う歌舞鬼の姿も見える。
「……やめてもらう訳には、いかないかな?」
「その要求、俺が飲むと思っているのか?」
「飲んでくれたら、有難かったんだけどな」
 ヒビキの提案を悪意で返す相手に、彼は苦笑混じりに言葉を返すと、そのまま持っていた音角を指で弾く。
 キィンと、まるで周囲を取り巻く悪意そのものを祓い清めるかのように澄んだ音が鳴り響き……直後、ヒビキの体を紫の炎が包んだ。
 それを見止めると同時に、擬態ソウジも高々と手を天に向かって突き出す。それに呼応するかのように、機械の蜂が彼の手首にあるブレスに止まり……
「変身」
「はあぁぁぁ……破ぁっ!」
 ヒビキが紫の炎を切り裂いて「響鬼」となったのと、相手が銀色の外装を弾き飛ばして蜂を連想させる戦士「ザビー」になったのはほぼ同時。
 互いにその姿を確認するや否や、拳を固めまずは互いの顔面めがけて殴りつける。
 が、どちらの拳も狙いは逸れ、虚しく空気を殴りつけただけ。すぐさま二人は互いに距離をとると、響鬼は背に装備していた烈火を構え、ザビーは真っ直ぐに拳を相手に向けると、蜂の針らしき物を連射する。
「おわっと!」
 響鬼はそれをひょいとかわすと、お返しと言わんばかりに烈火に纏わせた炎を、弾丸のようにして飛ばす。だが、相手もそれをすいとかわすと、即座に自身の腰を軽く叩き……
「クロックアップ」
『Clock Up』
「げ、加速!?」
 電子音の意味を理解した時には既に遅く、不可視のスピードとなったザビーの打撃を、響鬼はまともに喰らい、宙を舞っていた。
――こりゃ、何とかしないと――
 受ける攻撃の重さと、自身の置かれた危機的状況とは裏腹に、何故か不思議な余裕と共にそう思うと、響鬼は口の部分から、自身の術である「鬼火」を周囲に向かって吹き散らす。
 一見すると苦し紛れの抵抗に見えたかも知れないが……実際はそうではなかったらしい。周囲に放たれた炎は、響鬼の周りに一種の壁を作り出し、相手の軌跡を彼に知らせる。
 ゆらりと炎が揺れ、そこへ目を凝らすと同時に炎の壁が割れる。それは即ち、そこにザビーがいると言う事。
「そこか!」
 ザビーによって割られた炎の壁めがけ、響鬼は迷う事なく烈火を突き出す。その瞬間……確かな手応えがあった。
『Clock Over』
「ぐがっ!」
 鳩尾部分を突かれ、通常時間に回帰したザビーはゴホゴホと咳込みながら、数歩後ろへとたたらを踏む。そこを見逃さず、響鬼は追撃と言わんばかりに烈火でザビーの腹部を叩く。
「たぁぁぁぁ……やあっ!」
「が……はあっ!?」
 魔化魍を……邪気を清める攻撃を叩きこまれ、ザビーは苦しげにその場に膝をつく。それでも彼は、怨嗟の瞳を響鬼に向けながらも、よろりと立ち上がる。
 魔化魍程ではないが、ワームであるはずの彼にも、随分とダメージがある。
――純粋な打撃によるダメージだけではないのか――
 仮面の下で苦笑を浮かべつつ、ザビーは自身の胸元で揺れる紫の欠片を握り締める。先の一撃で、ほんの少し欠片に皹が入ったらしい。それが自身のダメージにつながっていると言う事か。
 この世界に逃げ込んだ時、彼にこの力を与え、更にカブトを消す方法を教えてくれた存在を思い出す。
――カブトを亡き者にしたければ、この世界を狂わせれば良いのです。その為には、あの少年を消せば良い。簡単でしょう?――
 そう言われた。勿論、半信半疑だった。異なる世界の存在は知っていても、この世界を狂わせる事と、カブトを消し去る事に何の因果があるのか、全く分からなかったからだ。
 だが、何もせずに倒される位なら……見知らぬ誰かが教えてくれたその言葉に従ってみるのも一興だと、彼は諦め半分で思ったのも事実。どの道、彼は元の世界に戻る事など出来ないのだから。
「倒されるものか……俺は、カブトを倒すまでは……!」
 そして、人間を滅ぼすまでは。
「だから……まずは貴様から死ねぇ!!」
 吼えると同時に、ザビーは紫の鬼に向かってニードルを連射しつつ、相手との距離を縮める。
 ザビーは基本的に近距離、それも肉弾戦をメインに想定された鎧だ。近寄らねば攻撃など当たりようがない。
「はっ!」
 ザビーが撃ったニードルを撥で叩き落とす響鬼も、相手の考えは分かっているらしい。それでいて、彼が寄って来るのを待っている節があった。
 ……響鬼もまた、基本的には近距離戦を得意とする存在なのだ。
「うををををおおおおおっ!」
『Rider Sting』
 拳に……そして手首に付く蜂の針にエネルギーがチャージされたのと。
「音撃打、火炎連打の型!」
 響鬼が宣言したのはほぼ同時。
 一撃必殺を旨とするザビーの「ライダースティング」に対し、響鬼の「火炎連打」はその名の通り一撃を入れれば、後はなし崩し的に怒涛の連打が相手を清める。
 そして……二つの影が交差する。撥の分、僅かにリーチの長い響鬼の打撃を、ザビーは寸前でクロックアップする事で回避し、逆に自身の一撃を動きについてこられない相手に打ち込もうとして……
 その拳は、響鬼の顔を捉える直前で止められた。
 赤い鎧を纏った戦士……カブトに。
「やれやれ。こんな事だろうとは思ったが」
『One, Two, Three』
「ライダーキック」
『Rider Kick』
 相手の腕を掴んだまま、放たれたその高速の蹴りが、相手の体に炸裂する。同時に、クロックオーバーの宣言が響き渡り、再びザビーはその身を近くの大地に打ち付けた。
 その瞬間だっただろうか。彼らの背後で、獅子舞のような顔を持った、巨大な異形が咆哮をあげたのは。

 ヒビキとの戦いに敗北し、倒れたカブキの側に一人の少女が立つ。町娘だろうか、この時代の人間にしては珍しく、軽く茶の入った髪色をしている。着物も派手で、この場にいる事があまり似つかわしくない。
 彼女の名はヒトツミ。魔化魍であるが、同時に魔化魍の「用心棒」的な存在でもある。少女の姿は、あくまで人間という存在を誤魔化す為の仮の姿に過ぎない。少女の姿は、相手が油断するので何かと都合が良いのだ。
 その彼女の視線の先には……ヒビキの隣で笑う、明日夢の姿があった。
「生意気な子だねぇ。ちょっと齧ってやろう」
 カブキが倒されたのは明日夢のせいだと言いたいのか。それとも、何の力もない人間の子供が、この戦場にいる事が気に食わないのか。感情の読めない声でそう呟くと、ヒトツミはその視線の先へと歩こうと一歩足を踏み出す。
 だが……彼女の足を、衰弱したカブキが掴んだ。思いの他強い力で掴まれているせいか、あっと言う間に明日夢の姿が見えなくなってしまう。
「子供に、手を出すな……!」
「馬鹿な奴だ。所詮、魔化魍にはなりきれなかったと言う訳だね」
 蔑むような視線を送ると、ヒトツミはそのかりそめの姿をやめ……銀の西洋甲冑に似た、本来の姿に戻る。
 自身の邪魔をする「鬼」を、葬るために。
――ああ、俺もここまでか――
 ヒビキに与えられたダメージが大きい。このまま自分は、ヒトツミに殺されるのであろう。明日夢を守って散り逝くのなら、それも良いかもしれない。そう、諦めにも似た感情がカブキの脳裏に過ぎった瞬間。
「させるか!」
 誰かの声が、響いた。同時にゴッと言う鈍い音が頭上で響き、掴んでいたはずのヒトツミの体が派手に吹き飛ぶ。
――何だ?――
 不審に思うカブキの視界に入ったのは、金の鎧に身を包んだ龍のような異形と、赤の鎧に身を包んだ鍬形のような異形。
 異形と言っても魔化魍とは違う。どちらかと言えば鬼に近い印象を受けるが、鬼ともどこか違う。
「う、ぐ……っ! 邪魔をするなら、お前達から齧ってやろうか!」
 腹部を蹴られでもしたのか、ヒトツミは自身の腹を押さえて呻きながらも、怒りの声を上げる。
 その目は血色の光を爛々と湛え、赤と金の異形に向けあからさまな敵意を見せている。だが、相手には全く怯んだ様子はない。それどころか彼らはぐっと拳を握り締めると、二人同時に再びヒトツミの腹部に拳を叩き込んだ。
「おのれ、お前達……っ!」
 怒鳴ると同時に、ヒトツミは持っていた槍を大きく振り回し、二人の異形を薙ぎ払う。
「うわっ!?」
 払われ、カブキの側に二人が倒れこむ。だが、彼らは未だ立てぬカブキを守るように立ち上がると、ちらりとこちらに視線を送り……
「俺は、皆の笑顔を守る。……あなたの笑顔だって、守りたい! あなたの笑顔で、救われた人がいるんだから」
 赤の方が、ぐっと親指を立てて言う。その言葉に金の方もこくりと頷き、更に言葉を続けた。
「俺も、皆の居場所を守りたい。ここはあなたの居場所じゃないのかも知れないけど……どこかにきっとあなたの居場所があって、あなた自身も誰かの居場所になれる。そんな気がします」
 その声は、鎧の面の下で朗らかな笑みを浮かべているであろう事を理解させる。
 彼らの声は、本気でそう思っている声だ。
 だが、そんな言葉をかけられる理由が分らない。人間に絶望し、魔化魍になり、村人を殺し、更には鬼同士を潰し合わせようとした自分。
 言葉の内容から考えて、彼らもカブキがした事を知らない訳ではないらしい。それなのに、何故。
「何故……俺を助ける? 俺は魔化魍だぞ!?」
 体力も殆どない状態の虚勢で凄むが、赤い方の異形は軽く首を横に振る。まるで、カブキの言葉を否定するように。
「……俺は、本当に魔化魍になってしまった鬼の人を知ってます」
「何?」
「鬼の力に飲まれて、魔化魍、牛鬼になってしまった人を」
 牛鬼。伝説の中に生きる、「鬼の力を暴走させた魔化魍」。
 そんな物、ただの御伽噺だと思っていた。
 人間に絶望し、どれ程心を失いたいと……ただの獣になりたい願っても、カブキは牛鬼になる気配もなく、ただの「鬼」のままだった。幾度となく傷付き、絶望し、そしてその度にヒトへの憎しみを募らせた。
 ……魔化魍になったと思わなければ、憎しみで気が触れそうになる程に。
「俺は、人間の大人って奴に絶望して、憎んで……」
「言い方を変えれば、それって子供には絶望してないって事でしょう?」
 落としたカブキの呟きに、金の異形が何を考えているのか分からない瞳を向ける。それはどこか、カブキの心を探るような印象がある。
 ……だが、確かに彼らの言う通りかもしれない。自分は大人には絶望したが、子供まで犠牲にする気はなかった。それが甘さを呼び、ヒトツミに倒されかけた原因でも……純真な子供だけは、守りたいと願ったのも事実だ。
 鬼や人間など関係なく、子供は皆、純粋に慕ってくれる。それを見ていると、守らなくてはと……そんな妙な使命感があったのも認める。彼らの存在が、自分をつなぎ止めていてくれたと言っても良い。
「大人って言う『現在』に絶望していても、子供って言う『未来』に希望を抱いているなら、きっとあなたは魔化魍じゃない。鬼の力を、誰かの笑顔の為に使えるんですから」
「……そうだとしても、俺の罪は消えねぇ。赦されるはずも、ねぇ」
「確かに、あなたの罪は消えないかもしれません。でも、罪を背負っていない人なんていませんよ。それに……さっきの響鬼さんの一撃で、きっとあなたの中の穢れは清められたって……俺は信じてますから」
 赤と金。二人はカブキにそう言いながら、近付くヒトツミを防ぎ、逆に攻撃を加える。
 だが、やはり鬼特有の「清めの力」を持たない為なのか、ヒトツミには大きな疲労は見えない。
「くそっ! やっぱり俺達が相手じゃ倒れないか」
「分っていましたけど、このままじゃジリ貧ですよね」
 苦笑めいた声で互いに声をかけながら、二人はそれでも諦める事なく相手への攻撃の手を緩めない。
――……どんな人間でも守るのが、俺達鬼の仕事だろうがよ……――
 鬼達を騙す為に、自身が放った言葉が蘇る。
 あれは、果たして誰に言った言葉だったのだろう。しょげ返ったトドロキだったのか。それとも、彼らを裏切ろうとしている自分自身にだったのか。
――って、考えるまでもねぇじゃねぇか――
 心の中で苦笑を浮かべ、カブキは気だるさの残る体を無理矢理起こす。
 響鬼に殴られた腹部が痛むが、それを気にしている場合ではない。ゆらりと揺れる上半身を気合で押さえ込み、カブキはヒトツミと戦う二人に向かって叫んだ。
「そのまま押さえ込んでろ! 腐っても……俺も、鬼だからな!」
 言うと同時に、二人はこちらの意図を汲み取ったらしい。こくりと小さく頷くと、ヒトツミがこれ以上カブキに近寄らないよう、拳の連打を繰り出した。
 一方でカブキは黒い音角を取り出して、自身の踵にぶつける。
 リンと涼やかな音が広がり、それを彼は額に当て……
「歌舞鬼!」
 その声と同時に、再び彼は鬼の姿をとった。
 魔化魍と与していた時とは違う。純粋に、全ての人間を守ると心に決めていた時の自分と同じ思いを身に纏って。
「貴様……やはり鬼は鬼。魔化魍とは相容れない存在だね!」
「何とでも言え。ここからが……俺の反撃の狼煙、リベンジって奴よ!」
 言うと同時に真っ直ぐに歌舞鬼はヒトツミに向かって走る。その手に彼の音撃棒、烈翠を持って。
 それに危機感を覚えたのだろう。ヒトツミはチィと一つ舌打ちを鳴らすと、両脇を固める二人の異形を槍で再び薙ぎ払う。
 だが、その大振りの攻撃が裏目に出たのか。異形達はひょいと後ろに飛んでその攻撃をかわすと、その場で高く飛び上がり……その右足を、相手の両肩に繰り出した。
 瞬間、浮き上がる金色の紋章と、身の内に送り込まれる奇妙なエネルギー。その二つに苛まれ、ヒトツミの体は仰け反るようにぐらりと傾ぐ。
 そして、その隙を逃さず、歌舞鬼はヒトツミの胸部に己の音撃鼓を取り付け……
「音撃打、業火……絢っ爛っ!」
 緑の炎とその中で舞う桜の花弁。歌舞鬼が烈翠を打ち付ける度にそれが舞い、ヒトツミの体を嘗め上げる。
 歌舞鬼の持つ「豪華絢爛」な清めの音が、緑の業火と共にヒトツミを焼き、その力を削いでいく。
「うぐ、あぁぁぁぁっ!」
――よし、これなら!――
 ヒトツミの口から響く苦悶の声に、三人が勝利を確信した刹那。
 ヒトツミはギロリと歌舞鬼を睨み付けると、再び槍を振るって歌舞鬼の体を弾き飛ばした。
 清めの音撃を叩き込む事はできたが、完全に清めきれていない。響鬼からのダメージもあるが、魔化魍として修行をサボっていた期間の長さから、全盛時に比べ鬼としての力は格段に落ちていた。それが仇となった。
――くそっ! もう一回――
 再度音撃を叩き込むべく体勢を立て直す三人。それをヒトツミは忌々しげに見つめ、口から怨嗟の声を放つ。
「おのれ……おのれぇぇっ! この私をここまで虚仮にするなんて。許さない、許さない! 貴様ら……いつか、絶対に齧ってやる!」
「いつか、ですか?」
「まさか……逃げる気じゃ!?」
 金と赤の言葉に、歌舞鬼もはっと顔を上げる。だが、気付いた時には既に遅く。
 ヒトツミは術を使って彼らの視界から消えると、瀕死の体を引き摺って、その場から逃亡したのである。
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