英雄の笑顔、悪者の涙

【その23:無理も道理もどちらも通す】

――あんな奴になんか、助けられたくなかった――
 思いながら、明日夢は村へと戻っていた。
 あの不思議な……どこか蜂を連想させる、鎧の戦士に襲われた彼を救ったのは、彼が憎んでも憎みきれない相手。いつもの紺色の服とは異なり、黄色い派手な格好ではあったが、見間違うはずもない。
 たった一人の肉親を見殺しにした、鬼だった。
「そりゃあ、村を……ひとえを助けて欲しいけどさ……」
 誰にと言う訳でもなく呟きながら、コンと足元に転がっていた小石を蹴って、明日夢は魔化魍の贄に選ばれた少女に想いを馳せる。
 去年も、その前も。もうずっと、村は魔化魍の指示するまま、年に一回、一人の乙女を生贄に差し出す事で、自らの身を守っている。
 明日夢が幼い頃からあった悪習であり、それを断ち切るためにも、彼は鬼……人でありながら、人を超えた力を持つ者達に助力を求めた。
 自分を弟のように可愛がってくれるカブキに、殿と言う立場を捨ててまでついて来てくれたイブキ、寡黙でどこか怖い印象があるが、強い意思を感じさせるトウキ。
 三人が協力して、魔化魍オロチを退治しようとしたのはつい先日の事。しかし、彼らの力は及ばず、村人は「余計な事をするな」と言って、彼らを帰してしまった。
 そんな彼らを追ってはみた物の、基礎体力の差から結局は追いつかず、帰り際に先の襲撃を受けたのだ。
「……猛士兄さんの師匠だったって言うのはわかってる。兄さんがあいつを敬愛してたのも知ってる。でも……」
 明日夢の兄である猛士は、大雨の中、修行の一環として山道を駆けていた最中、背に負った荷が崩れ、それを結び直そうと屈んだ。そこに運悪く土砂崩れが起き……彼は生き埋めとなった。
 その時、猛士の側にいたのは、彼の師であったヒビキと言う名の鬼。
 明日夢が駆けつけた時に見たのは、既に帰らぬ人となった兄と、雨に打たれながら彼を見下ろすヒビキの姿。それを見た瞬間、明日夢はヒビキを責めた。
 お前が見殺しにしたんだ、どうして助けてくれなかったんだと。
 彼の厚い胸板に拳を打ち付けながら、雨なのか涙なのか分らない液体で顔を濡らし、何も言わない相手をひたすら詰った。
 逆恨みだと分っている。今にして思えば、彼の手は泥に塗れていた。恐らく、必死になって兄を掘り起こそうとしてくれていたのだろうと、頭では理解出来る。
 それでも思う。どうして助けてくれなかったのかと。彼の顔を見れば、どうしてもあの日感じた怒りが再燃し、ぶつけてしまう。
 だからと言って、鬼が嫌いな訳ではない。現に明日夢は、イブキやトウキ、カブキにひどく懐いている。
――でも、きっと、もう帰って来てくれないだろうな……――
 魔化魍にあれだけの力の差を見せ付けられ、しかも村人から邪険に扱われたのだ。怒って、二度と来ないかもしれない。
 そうなったら、自分で何とかするしかない。自分でひとえを守るしか。
 そうは思うが、何も出来ない無力な……それこそ誰かに助けてもらうしかない自分が悔しかった。
 そんな諦念にも似た思いを抱きながら村に戻った彼の視界に、妙に殺気だった村人の姿が入った。
 普段は誰もいないはずの小屋が、何故か妙に騒がしい。村人はそこを好奇と恐怖、そして嫌悪の眼差しで見つめている。
 不思議に思い、人垣の近くに寄って耳をそばだてれば、時折鬼と言う単語まで聞こえてくる。
――まさか――
 不安半分、期待半分で人垣を掻き分け、その小屋に駆け込むと……そこにはカブキを中心に、七人の鬼が囲炉裏を囲むようにして座っていた。
 そんな明日夢を見止めるや否や、カブキは口元に艶やかにも見える笑みを浮かべ、まるで旧友を訪ねてきたかのような気軽さで声をかけてくれた。
「よお」
「戻ってきてくれたんだ」
 先程までの悶々とした気分は消え、嬉しさで明日夢の顔が綻ぶ。
 あれ程村人に拒絶され、そしてオロチにも惨敗したと言うのに……人数をそろえて、カブキは戻ってきてくれた。
 それが、明日夢には嬉しかった。
 カブキが明日夢の側に寄ると、彼が集めたらしい面々を見やりながら、安心させるように言葉を紡ぐ。
「仲間は揃った。……今度は勝てる」
 優しい笑顔で明日夢の頭を撫でた彼の言葉が嬉しくて……明日夢も、つられた様に笑顔になる。
 とは言え、そんな彼らを歓迎している村人はごく僅かだったらしい。
 別の村人は顰め面で首を横に振り、彼らの存在を認めようとしなかった。
 ダメだ、ここにいるな、出て行けと。
 一人が言うと、他の村人も口々に鬼達をどやしつける。
 そんな彼らを、カブキ、キラメキ、トウキの三人が黙ってギロリと睨みつけると、一瞬で彼らは黙り込んでしまった。
 ……どうして、帰れなどと言うのかと、明日夢は不思議でしょうがない。何故、助けに来てくれた人達を、こうも邪険に扱う事が出来るのか、と。
――いや、それは僕も同じか――
 ふと、先程助けてくれた男の事を思い出す。彼も同じだ、自分を助けてくれた。なのに……自分の、妙なこだわりが、彼を拒絶し、礼も言わないまま立ち去ってしまった非礼につながった。
 それと……ひょっとすると、同じなのかもしれない。
「と、とにかく、ひとえ探し出して、生贄にすれば済むんだから。な!」
 誰かがそう言うと、鬼達を受け入れられない者達は、蜘蛛の子を散らすように小屋から出て行く。
 まるでそれが、名案であるかのように。
 その様子を、明日夢は半ば呆然と眺めていた。
 彼らは鬼達を拒絶するに飽き足らず、彼の大切な……家族同然の存在であるひとえを生贄に捧げてまで、助かろうとしている。
 戦って打ち勝とうともせず、ただ自身の身を守るためだけに、他人を犠牲にする。そんな大人が、何となく醜く思えてしまった。
「ごめん、皆……」
「……お前のせいじゃねぇ。だからそんな顔すんな、明日夢」
 苦笑混じりに言ってくれるカブキの言葉にも、何だか申し訳ないような気がして……明日夢はただ、彼らに向かって頭を下げるしかなかった。

「生き埋め、か」
「…………それで明日夢君は『ヒビキさん』を恨んでいるって訳か」
 暗い雰囲気を引き摺ったまま、明日夢を追って村の手前まで来たヒビキ達だったのだが、村に入る直前、一人の女性に声をかけられた。
 彼女の名は立花ひなこ。村の長である立花藤兵衛の娘の一人であり、鬼に対して理解のある、明るい娘さんだった。
 そして彼女もまた、この時代のヒビキを知っていたのだろう。ヒビキの姿を見止めるや、明るく声をかけてきた。そして……他の面々に、ヒビキと明日夢の間にある溝と、その原因を話してくれた。
 そして全てを聞き終わり、呟きを落とす天道とユウスケ。
「明日夢君も、逆恨みだってわかってるんですよ。でも、やっぱり割り切れないみたいって言うか……」
「……だろう、な」
 軽く首を捻りながらも、寂しげに言ったひなこに、ヒビキも同じような声で返す。
 明日夢の気持ちも分るが、それ以上に彼に恨まれているであろう「ヒビキ」の気持ちの方が理解できた。
 鬼にとって弟子を取るという行為は、生半可な覚悟では成り立たない。心と体の両面から鍛えなければならないし、戦場に立てば、それこそ命がけでその面倒をみる必要がある。弟子も、その師の想いに応える義務を負い、魔化魍との戦いの中で散る覚悟だって必要になる。
 だが……弟子と認めた者の命が散らされるのは、耐えられない物があるだろう。まして、その肉親に責め立てられれば、なおの事。
「結構……堪えるな、こう言うのって」
 極力いつも通りの飄々とした表情で言ったつもりだったのだろうが……ヒビキの顔は、それでもどこか、苦しそうなまま。
 いかに普段鍛えているヒビキとは言え、この不意打ちは流石に堪えているらしい。それが伝わるだけに、他の面々は何も言えず、黙って俯くだけ。
 そんな彼らの様子を、「明日夢と顔を合わせ辛いのだ」と判断したのか、ひなこは一人何かを納得したように頷くと、ぐいとヒビキの腕を引き、村の裏道を通って一軒の小屋の前に連れて来た。
 小屋は、先程明日夢が入っていった「鬼」のいる場所を臨む事ができる。一方で向こうからは色々な物……瓦礫や家々、物置小屋らしき建物が邪魔をしている為、分り難くなっているようだ。
「この小屋なら明日夢君に見つからずにこの村に滞在できます。……あ、私この後ひとえちゃんの所に行きますけど、誰にも言わないで下さいね」
「……言わないよ。ありがとな、ひな……こちゃん」
「良いんですよぉ~。って言うか、なんで名前で詰まるんですか」
「いやぁ、つい癖で『日菜佳』って呼びそうになっちゃって」
「誰ですかもぉ。とにかく、村の人は今、『余所者』に敏感になっているんで。出る時は気をつけて下さいね」
 カリカリと頭をかくヒビキに、ひなこはひらりと手を振りながら立ち去っていく。
 彼女で何人目の「よく似た誰か」になるのか。
 小さくなっていく背中を見送りながら、ヒビキ達はその小屋で、食べ損ねた弁当を食し始めるのであった。

 既に日はとっぷりと暮れ。
 烏玉ぬばたまの夜闇の中、一人の「鬼」が「贄の少女」を探していた村人を殺めた。
 何の躊躇いもなく、無慈悲に。見ようによっては、そして見る者によっては、少女を守る為の行為だったようにも見えたかもしれない。
 その一部始終を、偶然にも贄の少女が目撃してしまった。
 しかし、「鬼」に守られたかもしれないその少女は、その所業に恐怖し、更には魔化魍から受けた呪いも相まって、その岩陰にて崩れ落ちるように倒れてしまう。音も立てず、ふらりと。
 それ故なのか、「鬼」は彼女の存在に気付いた様子も見せず、闇の中へと去る。他の……自分を「仲間」と信じて疑わぬ、純粋な者達の元へと戻っていく為に。
 そして、しばしの静寂の後……別の村人が数名、手に松明を持ってその場を訪れた。彼らもまた、少女を贄にせんとする者達なのだが……その目の前に、彼らが探していた少女が現れる。彼女は息を切らせ、恐怖に怯えた瞳で村人を見ている。足元は覚束ない様子で、彼らの姿を見るや糸の切れた人形のように、その場にガクリと膝をつく。
「お願いします、助けて下さい!」
 近寄ってきた村人に縋りついて懇願する少女に、村人は鬼気迫る物を感じたのか。不審そうにその顔を歪める。
 自分達に対する命乞い……と言う訳ではないと直感し、今にも泣きそうな少女に問い質す。何があったのか、と。
「鬼が……鬼が、皆を……」
 それだけ言うと、彼女は俯き、わなわなと肩を震わせる。その様は本当に怯えているように見えた。そして彼女が震える指で差し示した先には、無惨にも殺された村人の姿。
 本来の目的も忘れ、村人達は少女をその場に残し、その骸の側へと駆け寄った。息絶えた村人に驚き、混乱し、彼女の言葉と現状を村に伝えるべく、少女を一人残して立ち去ってしまう。
 ……再び静寂がその場を支配した。聞こえるのは浜を打つ潮騒の音。明かりなどはなく、伸ばした手の先すらも見えぬ闇の中。
 人の気配が完全に消えた事を確認すると、少女はその顔から表情を……愚かな村人に対する嘲笑を消し、迷う事なく近くの岩陰に寄った。見えぬはずの闇の中を、まるで見通しているかのように。
 そして、彼女はその岩陰に倒れている者を見て……その口の端に、邪悪な笑みを浮かべる。見ようによっては泣いているように見えた仕草も、実は笑いを必死に堪えていただけだと、誰が気付いただろう。
 倒れている者……それもまた、贄の少女、「ひとえ」。
 そしてそれを眺めているのもまた「ひとえ」。
 だが、やおら立っていた方のひとえが、拳を天に突き上げると……着物の袖が重力に従ってするりと肘の位置まで落ち、手首に黄色い腕輪のような物がついているのが見える。
 そして差し出されたその腕輪に惹かれるかの如く、何処からか飛んできた機械の蜂がそこにぴたりと止まる。
「変身」
 斜めに止まっていた蜂を、腕に水平になるように止めなおしながら、小さくそう呟くと……立っていた方のひとえの姿が、黒い瞳を持った「蜂」へと変じた。
「これで、人間は鬼を排除する。鬼は人間に絶望する」
 クックと笑いながら響いたその「蜂」の声は、既にひとえの物ではない。どちらかと言えば、青年のような声だ。
「最初から人間に絶望している鬼がいて助かったよ。……俺が手を下すまでもない」
 気を失っている少女に言い聞かせるようにしながら、「蜂」はゆっくりとその拳を固めた。
 その拳で、贄の少女を殺すために。
「後は、お前に擬態し、どさくさに紛れてあの子供を殺す。そうすれば、この世界は……」
 「奴」の言った通りならば、明日夢と言う名の少年の命一つで、この世界の歴史は狂うらしい。狂った先に何が待っているかは知らないが、所詮は異なる世界。ここがどうなろうと、「蜂」の知った事ではない。
 喉の奥で笑いながら、「蜂」は力の篭った拳を振り上げ……だが、その瞬間。
「ひとえちゃん!? どこにいるの!?」
「ひとえちゃーん!」
 不安気な女達の声が響く。
 女達を始末するのは容易いが、そうすると後々面倒な事になるだろう。何しろ自分を追ってきた連中も近くにいるのだ。見つかれば厄介な事になる。
 もう少しで、目の前の少女に成り代わる事が出来たのに。思いつつ、彼は軽く舌打ちすると、目に見えぬ速さでその場を立ち去った。
 ……かずえとひなこの姉妹が、岩陰に倒れているひとえを見つけたのは、その直後の事……

「で……これからどうします? 何か、居辛い雰囲気ですけど」
「全くな。まさかこれ程嫌われるとは思わなかった」
 火鉢を突きながら問うたトドロキに、トウキはどこか呆れたように言葉を返す。
 この村は、最初から鬼に関して批判的だった。最初のオロチ襲撃に失敗したせいで、余計に神経が過敏になっているのだろう。
 今まで通り、誰かを生贄に差し出せば助かるのだから、それで良いのだと。
 暗い雰囲気になりかけたその空気を嫌ってか、どこか苛立ったようにカブキが声を荒げる。
「かー……どうした? どんな人間でも守るのが、俺達鬼の、仕事だろうがよぉ」
「ちょっと待て!」
 ハバタキが、何かに気付いたのか、スンスンとその鼻を鳴らす。
 まるで、妙な匂いでも感じ取ったかのように。
「……ちょっと様子が変だぞ」
 軽く上を見上げながら言った彼の視界の先には……何かを燻すかのような白い煙。
 それが濛々と部屋の中に立ち込めようとしている所だった。
「鬼共ぉっ! 出てけぇ!」
 外からはそんな罵声も響いている。ようやくまずいと感じ取ったのか、全員が扉へ向かうが……外から塞がれているらしく、普通に押してもびくともしない。
 全員で体当たりを食らわせ、むせながらも何とか外に出た瞬間、炎は勢いよく小屋を嘗め上げ、あっと言う間に炭と化す。
 村長である立花籐兵衛が止めなければ、もっとひどい惨事になっていたかもしれない。
 ……それでも、村人の暴挙は止められなかったのだが。
 ようやく火が収まった頃には、月は沈み太陽が顔を出し始めていた。それでも埋み火はまだ燻っており、燃え落ちたはずの小屋の残骸を爆ぜさせている。
「おいおいおい。おめーら一体どう言うつもりだぁ? 俺達を焼き殺そうとしてたのかい!?」
 流石のカブキも我慢の限界だったのか、険しい表情で竹槍を構える村人に対し、凄みを利かせて問い詰める。だが、村人の方も怯まない。キッとカブキ達七人の「鬼」を睨みつけながら、感情に任せた声で怒鳴りつけた。
「うるさい! 人殺しはお前らだ!」
「ひとえが見てたんだよ! 鬼の姿をな! それに現場にこれが落ちてたんだよ!」
 トウキの足元に投げられる武器。三節棍のように見える。
 それは……確かに、鬼の武器。そしてその持ち主は……
「それは確か、ニシキの武器……」
「あららららら……確かにそれは俺の武器やなぁ」
 イブキの声に答えるように、ニシキはトウキの足元に転がる自らの武器を、苦笑混じりに拾い上げる。
 人が死に、その傍らに彼の武器が落ちていた。
 その事実を考えれば、ひとえが見たと言う「人を殺した鬼」は、ニシキと考えるのが自然だ。
「ハハハ……ハッハッハ。大泥棒の俺が武器盗まれるとはなぁ。せやけど俺は、物は盗んでも、人は殺さへんで」
「嘘吐け! お前ら鬼は人間の敵だ! 魔化魍と同じだぁぁぁぁっ!」
「うるせぇ! 何のつもりじゃぁっ!」
 「人が死んだ」、「仲間が殺された」と言う恐怖から、口々に鬼を否定しだす村人に、キラメキがキレた。
 彼らとしては、人間を守るつもりで来ている。にもかかわらず自身の存在を否定されるのは、非常に不愉快極まりない。
 攻撃を仕掛けたつもりは全くない。だが、キラメキの怒鳴り声……威嚇にも似た反論が、村人の恐怖を爆発させたらしい。
 キラメキに最も近い場所に立っていた青年が、手に持つ竹槍を彼の足に向けてざくりと突き立てる。
 そして、それが合図になった。男衆は手に農具や竹槍を持って鬼達に襲い掛かり、力のない女子供は手に持つ石礫を投げつける。
 口々に、出て行けと怒鳴りながら。
 腕を斬られ、腹を突かれ、その頭に石を受ける。鬼は常人より傷の回復が早い。まして戦闘経験が皆無である農民に突かれ、斬られようと死に到る事はないだろう。
 しかし、彼ら鬼は、鍛えているとは言え根本は「ヒト」。傷つけられれば痛みを感じるし、痛ければ苛立ちもする。その苛立ちが頂点に達したらしい。七人の内、三人が吠えた。
「もう許せんてぇ! お前ら全員お仕置きだでぇ!!」
「仏の顔も三度までだ!」
「かかって来いや、おらぁっ!」
 吠えたのはキラメキ、トウキ、ニシキ。変身する様子こそ見せない物の、その身を構え、人間達と対峙する。今にも、殴りかかりそうな勢いだ。
 いくら変身していないとは言え、鬼として普段から鍛えている身。そんな存在に、普通の農民が殴られて無事でいられるはずがない。
 そう思い、他の四人の鬼が彼らを押さえつけるようにして止めに入る。人間を守る為に、ここに来たのだと……本来の目的を、思い出させる為に。
 だが、堪忍袋の緒が切れ、冷静さを欠いた彼らに、その説得が通用するはずもない。
 いつの間にか鬼達は……イブキ、トドロキ、カブキ、ハバタキの四人対、ニシキ、キラメキ、トウキの三人と言う構造が出来上がってしまう。
 その様子を物陰でこっそりとその様子を見ていた翔一達は、それぞれに複雑そうな表情を浮かべた。
 人を守りたいと言う鬼達の気持ちは分かる。だが、今の村人の様子を見ると、その思いは報われていなくて……怒るニシキ達の気持ちも分かるような気がした。
「……ここまで、嫌われなきゃいけないのか? 鬼ってだけで」
「俺、こんな状況に置かれて、耐えられるのかな?」
「……俺には、無理です」
 変身し、互いにいがみ合う戦鬼を眺めつつ、ヒビキ、ユウスケ、翔一の順に呟きを落とす。
 鬼であるヒビキと、アギトである翔一にとって、この状況はあまりにも悲惨な光景だ。
 ……「人間は異形を排除する」。この時代に来た時も痛感させられたが、今もまた、「人間」と「そうでない者」の溝の深さを痛感させられた。
「自分の守るべきモノを守る。そんな事も忘れていがみ合うなら、あいつらもその程度なんだろ」
「人に感謝されたくて鬼をやってるって訳ではないのでしょう? 何故、互いに戦うのか……理解できません」
「お祖母ちゃんが言っていた。美味い料理と守るべき存在だけは、何を敵に回しても守れってな」
 暗く落ち込むヒビキ達とは対照的に、幸太郎、テディ、そして天道の三人はどこか呆れ顔だ。
 テディと言う異形を見慣れている幸太郎にとって、「鬼」だろうが人間であろうが、人を守るのであればそれは味方だと思っている。
 天道も身内に人の姿をした「人とは異なる者」を持つ。身内を守ると決めた時、例え世界を敵に回しても守ると決めた。その覚悟もないのに、戦いの場に赴くなど……彼にとっては情けないとしか言いようがない。
 勿論、戦う者全てが、自分のような意思を持てるとは思ってはいないのだが。
「やめてよ皆! やめてよぉっ!」
 互いに争う鬼達を止めようと、悲鳴にも似た明日夢の声が虚しく響く。
 止めなくてはいけない。だが、そう簡単に止められない。自分達が出て行けば、ますます混乱を招くだけだ。
 何しろ、ここにいるのは村人ではないし、そもそも鬼達を止めるには変身して力尽くでいく必要がある。鬼以外の異形……それは、村人に更なる恐怖を植え付ける事だろう。下手を打てば魔化魍扱いされるだろうし、鬼の面々の立場を悪化させるだけだ。
 そもそも、この時代に何処まで関わって良いのかも分からない。基本的に過去への干渉はタブーだ。正直に言えば、ここに来た直後、ヒビキがバケガニを倒した事もオーナーが知ればいい顔はしないだろう。
 悶々と思考のドツボにはまりかけた瞬間。何処からか馬の蹄の音が響いてきた。
 目を凝らせば、そこにいるのはこの時代ではあまり利用されていない、駿馬……現代ではサラブレッドなどと呼ばれる、「速さ」に特化した馬。それに乗ってやってきたのは、青っぽい着物を着た一人の男。
 いがみ合い、戦いを繰り広げる鬼達の間に入り込み、飄々とした様子で馬を進めて緊迫した空気を打ち壊すその人物は……翔一達も「よく知る顔」。
「ヒビキさん……!」
「いやいやいやいや。いや、諸君どうしたの?」
 轟鬼の安堵の声を聞きとめると、馬上の男……ヒビキと同じ名と顔を持つその男は、きょろきょろと鬼達を見回し、心底不思議そうに問いかける。
「あれがこの時代の俺って事かな?」
――明日夢に恨まれ、弟子を亡くした、俺――
 複雑な思いでその馬上の人物を見やりながら、小さく呟くヒビキ。
 確かに、自分と同じ顔をしている。明日夢が見間違うのも無理はない。自分すらも鏡を見ている気分に陥る。
「いや、あのね、散歩してたらさ、道に迷っちゃってさ。ははは……」
「ヒビキ……」
「何? 何どうしたの?」
 本当に何があったのか分からないのか、それともとぼけているのかは定かではないが、ヒビキの登場に毒気を抜かれたらしい。
 鬼達はその変身を解き、未だ馬から下りる気配のない鍛治師の顔を見上げた。
 一方で見られている方は、僅かに周囲を見回し……そして、気付いたらしい。明日夢の存在に。
「よ」
 ヒビキと同じ、敬礼にも似たポーズを送るこの時代のヒビキを、明日夢は複雑そうな表情で眺めていた。
 それはそうだろうと、ヒビキは思う。
 この時代の明日夢は、「ヒビキ」を憎んでいる。その憎んでいる相手に、鬼達の諍いを止めてもらった事は……彼にとって、素直に喜べない状況なのだろう。
 もしも「ヒビキ」が自分と同じような存在なら……彼が明日夢に恨まれている事に気付いていないはずもない。分かっているからこそ、彼をこれ以上悲しませたくないと思ったのだろうか。わざと明るく、能天気そうに振舞う事で、他人の苛立ちを取り除いているのだ。
 これ以上、その苛立ちを伝染させないように。そして、鬼達が……
「人間に絶望しないように、か」
 ヒビキが小さく呟いた、その時だった。
 ひとえの容態が悪化したと言う連絡が入ったのは。
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