英雄の笑顔、悪者の涙

【その21:並び立つ鬼】

 着替えも終わり、一行がしばらく歩いていると。
 彼らからは田一枚分離れた道を、三人の男がどこか不機嫌そうな表情を浮かべて歩いているのが見えた。
 他人の事は言えないが、端から見てどう言った集まりなのか見当も付かない。
 一人は毛皮の袖なしの上着を羽織った、小奇麗な男。腕には何かの刺青だろうか。別の一人は身なりの良い、青系統の着物を着た優男風の若者。そして最後の一人は白い僧衣を纏った、碧眼の僧侶。
 バラバラの出で立ちだが、それ程服が汚れていない所をから鑑みるに、落ち武者などの荒くれ者と言った様子はない。
「ヒビキさん、あの人達……鬼の人達じゃないですか?」
「ん?」
 彼らの纏う独特の空気を、アギト特有の直感のような物で察したのか、翔一が囁くようにヒビキに問う。その声に反応するように、ヒビキもそっとその三人組を見やり……一瞬、ぽかんとその口をあけた。
 三人のうち、二人は見知った顔。派手な印象の男は見た事のない顔だが、残る優男風の青年と碧眼の僧侶は、共に戦う鬼の仲間によく似ている。だが……やはり「よく似ている」だけだ。
 ここは過去、それも戦国時代。恐らくは自分が知る者達の「祖先」か何かだろう。やはり少しだけ、ヒビキが知る存在とは雰囲気が違う。どこがとははっきり言えないが、別人である事は分った。
「ああ。確かに鬼だろうな。……音角みたいな物も持ってるし」
 すっと指し示した先には、確かにヒビキが持つ変身音叉、音角と同じデザインの音叉が、懐の中からちらりと覗いている。
「しかし魔化魍の力があれ程とは思わなかったよ」
 田を挟んですれ違い様、優男風の青年の声が風に乗って届く。
 どうやら彼らは、一度何らかの魔化魍と戦った物の、敗北を喫したらしい。どこか泣言めいた口調で、青年の困ったような呟きが聞こえた。
「うむ。わしもまだまだ修行が足りん」
 青年の言葉に同意するように、僧侶も言葉を返す。しかしその声に、悔しげな色は見えない。ただあるがままを淡々と受け入れているような印象を抱かせる。
 その声のどこかに、「負けて当然」と言う諦念があるように聞こえたのは、ユウスケの気のせいだろうか。
 その一方で、派手な服の青年だけは、どこか苛立ったように眉を顰めてその場に立ち止まり……
「でもよぉ……本当に良いのかな、これで。このまま帰ってよぉ」
 がしがしと足元の草をけり散らしながら、彼は心底悔し気にそう呟く。
 負けた事に納得していないのか、それとも……何か許せない事でもあるのか。
 彼の様子は、「魔化魍を野放しに出来ない」と言う使命感だけから来る物とは思えない。もっと別の……彼にとって「譲れない何か」を汚されているのか。
 彼らを詳しく知る訳ではないが、自分達にも「譲れない部分」はある。
 それは「皆の居場所」、「鍛える事」、「守りたい存在」、「時の運行」、「皆の笑顔」など、人によってまちまちだ。
「……仕方なかろう。今の儂等の力ではどうにもならん」
 そう、どこか諦めたように僧侶が呟いた瞬間。彼らの……そして三人の鬼の視界に、大凧が入った。
 正確には、大凧に乗った「誰か」の姿が。
「あれは……!」
「キラメキ、見っ参っ! ……とぉう!」
 大凧から飛び降りたのは、茶色い着物を纏った、腰まである長い髪の男。
 自身でキラメキと名乗った彼は、それまでの沈みかけた空気を壊すかのごとく、物凄く明るい声でそう言うと、三人の鬼に向かって朗らかな笑みと共に言葉を放った。
「待たせたな皆! さあ行こうか! 魔化魍を倒しによ!」
 ……どうやら、空気が読めない人種と言う物らしい。少なくとも三人の周囲を取り巻いていた暗い雰囲気には微塵も気付いていなかったようだ。
 やる気満々と言わんばかりに三人が向かう方向とは逆方向へ歩いていく彼に、優男風の青年は軽く溜息を吐き……
「……もう終わったよ。負けたけどな」
「な、なぁにぃぃぃっ!? 折角仲間を集めとるって聞いて、駆けつけて来たったのによぉ~」
 どこか尾張訛りのある口調で言いながら、心底驚いたような大声を上げながら、キラメキは残念そうにがくりと項垂れる。
 出鼻を挫かれたとでも思っているのだろう。どこか恩着せがましく感じられなくもない物言いではある物の、すぐに気を取り直したように三人の顔を見やり……
「よぉし皆! もう一度戦おうか! 俺がついてれば今度こそ大丈夫だで!」
「そうだな! 皆で力をあわせれば、今度こそよ!」
 能天気と言うか、底抜けに明るいと言うか、そんなキラメキに触発されたのか、派手な青年も奮起したように……そしてどこか嬉しげに声を挙げる。
 が。そんなキラメキに冷たく……それはもう冷ややかを通り越して、全てが凍るのではないかと思える程の視線を僧侶が送る。
 小さく吐き出された嘆息は、彼の無意識の賜物か。
「儂はこいつを仲間に入れるのは反対だ。……腰抜けだからな」
「どう言う事?」
「儂は以前、こいつと一緒に魔化魍と戦った事がある。だがこいつは……すたこらさっさと逃げだしたのだ」
 視線だけではなく、声までも冷たく言い放つ僧侶に、キラメキはばつの悪そうな表情を返し……提案する。
 ……自分の力が信じられないなら、もっと仲間を集めれば良い、と。
 そこまでは聞こえたのだが……その後は風向きの関係なのか、何を言っているのかははっきりと聞き取れない。ただ、キラメキの提案を受け入れたらしい。先程よりも意気揚々と言った感じで、四人がどこかへ歩いていくのを見つめ……
 じっとしていても仕方ないと考え、一行は四人の後を追う。
「しかし、鬼三人がかりでも勝てない魔化魍って……何なんですかね?」
 うーんと唸りつつも小声で問うユウスケに、ヒビキは少し険しい表情を見せる。
 現代でも、強力な魔化魍となると三人がかりでもてこずるような相手がいる。まして装備の整っていないこの時代なら、苦戦を強いられるのも頷ける。
 ただ……彼らの実力を知らないので、如何とも言い難いのも事実だ。
 ヒビキの住む「現代」よりも、明らかに過酷な環境。その中で鍛えている彼らならば、装備が充実していなくても、自らの……本当の「実力」で補えるのではなかろうか。
 どうとも答えようがないまま……そして彼と、そして彼らの言う「魔化魍」の正体を探るべく、ヒビキ達は一行の後をこっそりつける。
 彼らが「負けた」と言う魔化魍の事も気になったし、彼らの「仲間」の事も気になる。
 勿論、この時代に逃げ込んだであろうザビーを追うのが最優先なのだが……その居場所に関しては何の手がかりもない。後手に回る形にはなるが、相手が動かない限りこちらも手の出しようがない。
 それに……幸太郎が持つ「もう一枚のチケット」……即ち、オロチの描かれたチケットの意味もまた不明なまま。何の当てもなくうろつくよりも、鬼である彼らの周りにいた方が、オロチと出逢う確率は高い。
 そんな事を思いながら、時折風に乗って聞こえる情報を整理した。
 彼らは、ある村に住み着いている魔化魍を倒すべく集った存在であり、江戸の鬼である毛皮の青年、カブキを筆頭に、北の地に住む僧侶トウキ、そして鬼の力で一介の城主と成り上がったイブキと言うらしい。
――イブキはイブキのままかぁ――
 お馴染みの顔が、お馴染みの名で呼ばれている事に奇妙な印象を持ちながらも、ヒビキは心の内で苦笑する。
 ひょっとすると、今のイブキの祖先に当たる人物なのかも知れない。城主だと言うし、イブキの家系は何と言っても「鬼の宗家」だ。可能性はある。
 そんな中、彼らが人と情報が集る安価な場所……即ち茶店へと入っていくのが見て取れた。
「……流石に、同じ店には入れないよなぁ」
「服は用意出来ますが、お金までは用意できませんから」
「じゃあ、あの辺で作ったお弁当でも食べますか。お茶も用意してます」
 ばつの悪そうなテディに対し、翔一はにっこりと笑いながらそう言うと、天道共々どこから取り出したのか、ぱっとシートと弁当らしき重箱を広げ、人目からは少しだけ離れた場所に腰を下ろした。
「……用意良すぎだろ」
「幸太郎、これが『備えあれば嬉しいな』と言う奴だな」
「いや、それを言うなら『備えあれば憂いなし』だからね」
 誰にと言う訳でもなく突っ込んだ幸太郎に、わざとなのか本気なのか分らないボケをかますテディ。更にそんな彼に、ご丁寧にもユウスケがツッコミをいれる。
 その傍らでは、幸太郎が頭痛を堪えるようにこめかみを抑え、呆れたような溜息と共に顔を伏せた。
――本当にツッコミが少なすぎだろ――
 思いながらも翔一達の作った弁当を食べている幸太郎やユウスケも同類なのだが、それを認めてしまうと何か大切な物を失うような気がするので、あえてその事には目を瞑り、茶店にいる面々の会話を盗み聞く。
「成程、ニシキか」
「ああ。奴は腕が立つ」
 ずぞぞと音を立て、蕎麦をすすりながら言うカブキ。
 口の中に物が入った状態で喋るのは非常に行儀が悪いのだが、ここでは行儀など有ってないような物らしい、彼を注意する者もなく、淡々とトウキの口に上がった「ニシキ」の話を続ける。
 そんな二人を、イブキはどこか渋い表情で見つめ……
「でもニシキと言えば、鬼の力を使って泥棒を働いてるって奴だろ? 良いのかなぁ、そんな奴仲間にして……」
「ああもう細かい事気にすんな。この際強けりゃ誰でも良いんだよ!」
 カブキが仲間内に言った瞬間、うち捨てられた瓦版らしき一枚の紙が、ヒビキの足元に舞い落ちる。
「ん? 何だこれ? なになに? ……『大泥棒ニシキ、打ち首の刑執行』」
 読み上げながら、他の面々の顔が徐々に歪む。
 恐らくそれに書かれている「ニシキ」と言うのは、今まさに話のネタになっていた鬼だろう。
 ……その力を使って泥棒を働いたと言う男は、まさに今日この日、近くの広場で打ち首にされると言う。
 因果応報だと思う反面、魔化魍退治の仲間が減るのは痛い。そう思ったのか、茶店にいた四人は物凄い勢いでその広場へと向かう。
「どうします? あの人達、行っちゃいましたけど?」
「うーん、俺達も追った方が良いかなぁ。折角の弁当なのに、悪いな青年」
「いえ。人一人の命に関わる、大事な事ですから」
 軽く言葉を交わしながら、彼らもまた折角の弁当をしまうと、そのまま広場へ向かう。
 到着した時には既に野次馬達による人垣が出来ており、そこから少し離れた所には、茶筅髷を結った男が、警吏達に取り押さえられているのが見えた。
 恐らく「取り押さえられた男」こそ、鬼の一人……ニシキと言う存在だろう。
 そう認識すると同時に、警吏の刃が天を仰ぐニシキの首を刎ねんと振り下ろされ、ニシキの首が……飛ぶ事は、なかった。
 何故なら、警吏の振り下ろした刀の刃を、ニシキは自らの歯で、受け止めていたからだ。
「え。歯で受け止めた? ……随分と丈夫な歯ですね」
「あんな事、出来るんですかヒビキさん?」
「いや、無理だと思うなぁ。結構危ない賭けだよ、あれ」
 翔一とテディに聞かれ、苦笑しつつもヒビキが答えを返す。
 一歩間違えれば首ではなく上顎から刎ね飛ばされていた、一種の賭け。鬼故の自信もあったのだろうが、普通はそんな手段に出る事はしないだろう。
 それだけでも、充分に「ありえない」のに……ニシキは更に、その刀を歯で咥えたまま、バキリと叩き折りると、自らにかかっていた縄を力ずくで破って他の警吏達と乱闘をかます。
 そして数秒とたたぬうちに。恐らくは鬼の誰かの放った煙玉だろうか。もくもくと上がる白煙で周囲の視界が悪くなり……煙が退いた時には、ニシキの姿も、そして影で様子を見ていた鬼達の姿もなくなっていた。
「行動早いなー」
「まあ、素早くないと魔化魍退治なんて難しいからな」
 やや棒読みなユウスケに、やはり苦笑を浮かべたまま答えつつも、ヒビキはそっと自身のディスクアニマルであるアカネダカを飛ばし、鬼の居場所を探る。
 ただし、相手もヒビキと同じ鬼。恐らくアカネダカの気配はすぐに分るだろうから、慎重に。
 そして待つ事数分。ピイ、と言う甲高い鳴き声と共に、アカネダカが戻ってきた。
 ディスク状に戻ったそれを拾い上げると、ヒビキはそれを音角にセット、レコードを回す要領でディスクを軽く回し……
『……うん、成程な。仲間なんのは、かまへんで。せやけどお前……いくら持ってんのや?』
『はぁ!? お前……助けてやったのに金かよ?』
 聞こえてきたのは、河内訛りの強い男……恐らくはニシキと思しき声と、それに向かって抗議するカブキの声。
「録音機能があるのか」
「そ。いつもはこれに魔化魍の声が入ってないか確認するのに使うんだけど、今回は会話を録音してくれたみたいだな」
 天道の言葉に返しつつ、彼らは更に続く会話に耳を傾ける。
『あったり前やがなお前、世の中ゼニやで!? ええか? ゼニがあったら何でも出来る!』
 河内特有の商人根性を発揮しながら、ニシキはこれまたあの辺の住人特有の声の大きさで、大げさに聞こえなくもない台詞を吐き捨てる。
 一人やたらとノリの良いニシキに対し、他の面々が返したのは沈黙。
 それで彼らが文なしと理解したのだろう。ニシキはからかうような口調ではっはと笑い……
『え? 嘘? 一文なしかい!? しゃーないなー。ほんなら俺は、降りるわ』
 「世の中ゼニ」の公言通り。ニシキは一文なしの鬼達を見捨てるようにそう言うと、立ち去ろうとしたらしい。
 しかしそんな彼を、カブキが埋蔵金話をでっち上げ……何とか交渉成功したらしい。小さくなる音声の中、「何やもう、そう言う事は早よ言いやぁ~」と言う声がはっきりと入っていた……
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