英雄の笑顔、悪者の涙
【その20:願いましては戦国時代へ】
「もう、行かれんるんですか?」
路上に放置していたデンライナーまで戻ってきた幸太郎達に、マユがそう声をかける。
どうやらついて来たアラタが、彼女とその祖母に彼らの出立を教えたらしい。マユの後ろには、厳しい顔で彼らを見つめる店主の姿もあった。
その手に、人数分のおでん種を持って。
「料理と捕り物は、焦ったって不味くなるもんさ。ほらほら、さっさと食べないかい!」
ずずいとおでんを差し出してくる彼女の迫力に気圧されて、結局ユウスケ達は出されたそれを口に入れる。
厳しい店主からは、あまり想像できない優しい味が、タネに染みていてとても美味しい。
きっと、彼女の……いや、彼女達の、心を投影しているのだろうなと、翔一は顔を綻ばせながら食べていた。
――人間の本心は、料理の味に顕著に表れる。だからきっとあのお婆ちゃんは、厳しいけど、本当はとても優しい人なんだろうな――
そんな風に納得できた。
のんびりしている場合じゃないと言うユウスケの意見にも賛同するが、慌てても仕方のない事は、慌てずに行けばいい。
思う翔一とは対照的に、天道は一種不遜にも見える態度のまま視線をマユに固定すると……
「……そう言えば、この世界のカブトは、お前の兄だったな」
「え……はい」
思い出したように言った天道に、きょとんとしたような顔でマユは頷く。
いきなり、何を言うのだろうと、不思議……と言うより不審そうな表情を覗かせて。
「……寂しいですね。いつ帰って来られるか、分からないのですから」
「それは、違う」
「お祖母ちゃん?」
マユに同情したように言ったテディの言葉を、あっさりと否定したのは、店主。彼女はにんまりと笑うと、自分の胸をトントンと指し示し……言葉を紡いだ。
「例え目に見える場所にいなくとも、あの子はここにいる」
「ふ……流石あいつのお祖母ちゃんと言った所か」
そんな彼女の言葉に、天道もどこか楽しそうに笑うと……どこか優しげに見える視線をマユに送り、その人差し指を天に向かって突き出す。
「覚えて置け。お前の兄は、いつも側にいる」
「え?」
「側にいない時は……もっと、側にいる」
「もっと、側に……」
「世の中で必要な真実は、その事と、お前達二人が兄妹だと言う事だけだ」
指先を天から、彼女の心臓……いや、「心」に向けてそう言うと、再び彼は目の前のおでんを一口。
その様子を見た店主は、どこか不思議そうに……同時に楽しげに口の端を歪めると、ニヤリと言う表現しか思いつかない笑みで天道に向かって問いかけた。
「お前さん、名前は?」
「……俺のお祖母ちゃんが言っていた。天の道を往き、総てを司る男。天道総司、とな」
「天の道、かい。なら……その名に恥じないよう、真っ直ぐに突き進みな」
「ああ。勿論だ」
天道は老女の言葉に不敵な頷きを返す。
こうして。
二人の赤き甲虫は、その刹那の邂逅を果たし、それぞれの道は、ひと時だけ交わったのであった。
「結局こいつら貰っちまったなぁ」
時の列車、デンライナー。
それに乗り込み、時間の中を駆け抜けている最中。苦笑気味にヒビキは自分の肩に乗る紫の蠍……サソードゼクターを指し示しながら、誰にと言う訳でもなく言葉を落とす。
あの「カブトの世界」へ置いて行こうとしたのだが、それはあの世界の住人であるアラタが止めた。そいつらは今後、ヒビキ達の力になるだろうから、と。
それ故、ヒビキに懐いたサソードゼクター、そして幸太郎に懐いた水色の蜻蛉、ドレイクゼクターは今、彼らと共に時を越えている。
「まあ、高速移動の手段としてはありがたいんだけど……正直、使い難いんだよね」
「それは俺も同感。そう何度もテディに憑依されてもな……」
「だが、そいつらがいるのといないのとでは、断然違う。……あの女が俺に渡したパーフェクトゼクターも、そいつらがいなければただの剣に過ぎないからな」
嫌そうと言うよりは、心底疲れたような口調で言う二人に、天道は口元に微笑を浮かべながら言葉を返す。
天道に渡された剣は、恐らく柄の部分にサソードゼクターとドレイクゼクター、そしてあと二体程が取り付く事で、本来の力を発揮する物なのだろう。それを思うと、何となく無下に扱う事はできず、困ったようにそれぞれに懐いてくるそれを見つめていた。
ヒビキとしては、慣れないシステムとは言え、服を犠牲にしないのは非常にありがたい。
もっとも、今来ているビラビラの服装を早くどうにかしたい気分ではあるが、だからと言って変身の度に燃やしてしまうのも環境に優しくないような気がするし……
正直、悩ましい所ではある。
「ところで幸太郎君?」
「何だよ?」
「そう言えば、さっきのチケット……蛇みたいな化物もいたけど、あれもイマジン?」
「いや。どっちかって言うと、魔化魍に近い感じがしたんだけど」
「ええ? 少年、それ見せてもらえるか?」
翔一の問いに返した幸太郎の言葉に、思わずヒビキが反応し、幸太郎の持つチケットの絵をまじまじと見つめる。
大きな蛇に似た、獅子舞のような顔の生き物。
確かに魔化魍と雰囲気が似ている気がするが、こんな姿の魔化魍を目にした記憶はない。
いや、正確には「実際に見た事がない」だけかもしれない。白黒の、紙もやや茶けた色合いの古文書で、これによく似た姿の魔化魍を見た記憶はある。
確か名は……
「『オロチ』……思い出した、こいつは魔化魍、オロチだ」
「しかし、『オロチ』とはそう言う名の『現象』だと、ヒビキさんは仰っていたような気がするのですが」
最初にヒビキ達の事を説明された際、聞いたのは「オロチ」と言う名の「魔化魍の大量発生」だった。
その事を思い出し、テディが軽く首を傾げて問う。するとヒビキも、困ったような笑みをその顔に浮かべ、彼の知る「オロチ」に関して思い出しながらも説明を始めた。
「いやな、本家のオロチは魔化魍の名前らしいんだ。数多の魔化魍の影が、オロチに見えた事から、魔化魍の大量発生現象も『オロチ』って名付けられたらしいんだよ」
「……随分と伝聞調だな」
「そう言うなって青年。俺もこの魔化魍を実際に目にした事はない。残ってる文献にも、殆どこいつの名前は載ってないんだ」
からかうような天道の言葉に、やはり困ったようにヒビキが返す。
実際、猛士に残る「オロチ」に関する資料は、驚く程少ない。現象としての「オロチ」もそうだが、魔化魍としての「オロチ」は更にその情報が少なかった。
猛士設立当初の資料にはそれなりの情報は載っていたが、保存状態が悪かったのか、肝心な部分が虫に食われているなどして解読が難しくなっていたし、何より、近代ではオロチが生息するような「環境」が減ったのか、徐々に「魔化魍・オロチ」の情報は消え、「オロチ現象」の情報のみが残されるようになっていたのも、大きな要因である。
デンライナーの向かう先は、一五〇二年五月九日。
そして到着したのは、何の変哲もなさそうな漁村。
その場に降り立ち、とりあえずデンライナーを時間の中へと返す。この時代から見れば、デンライナーは……と言うより電車全般が「奇異な物」として映るだろう。
しかし……静か過ぎる。まるで葬式でもあるかのように、ひっそりとしている。それを不審に思い、周囲を見回したその刹那。
「ひいぃぃっ! 化物だぁっ!」
誰かの悲鳴が彼らの耳を打つ。
同時にその声の方向を見ると、そこには青い体色の、これまた七メートル近くはあろうかと言う巨大蟹と、今にもそれに襲われそうな中年の男性の姿。
「あれ? バケガニじゃないですか」
「……ああ、やっぱり魔化魍ってでかいんだな……」
どこか遠い目をしながら呟くユウスケに、幸太郎もその横で頷く。
「うーん、蟹味噌とかとれますかね?」
「あれでかに玉を作ってみるのも、一興だな」
更に横では、翔一と天道が呑気にどう料理するかを考えているらしい。
「青年達、あれを食う事は、あまりお勧めしないなぁ。結構不味そうだぞ?」
「ああ、大きいだけで身がそんなに引き締まってないとか?」
「た、助けてくれぇ!!」
呑気に会話をする面々に気付いたらしい。男は腰を抜かしているらしく、その場にへたり込みながらも、ズルズルと必死の形相で後退っている。
「っと。そんじゃ、行きますか。はあああぁぁぁ……破ぁっ!」
変身音叉、音角を鳴らし、ヒビキは躊躇なくその身を鬼の姿に変えて男とバケガニの間に入ると、まずは基本の術の一つである鬼火を用いてバケガニを怯ませると、そのままその背に飛び乗る。
バケガニは、その殻の固さや、ハサミの攻撃力が特徴だが、同時に動きが鈍重である事もあり、割と倒しやすい部類の魔化魍である。
本来は「太鼓」ではなく「弦」で倒すのが主流なのだが、そこは歴戦の勇士であるヒビキ。対バケガニ戦もこなしているので、別段大きな問題はない。
背に乗る彼を振り落とさんと、バケガニはハサミを振り回すが、ヒビキは上手い具合にハサミの届かないポジションにいる。
そしてそのまま、腰につけていた音撃鼓をバケガニに備えつけ、高々と烈火を振り上げると……
「音撃打、猛火怒涛の型!」
容赦ないヒビキの音撃の連打。それが一打毎に、バケガニの中にある邪気を清めていく。
「やぁぁぁぁぁ……覇ぁっ!」
どぉん、と一際大きな一撃が放たれた直後。
バケガニは一瞬だけその動きを止め、そして……木っ端微塵に、爆散した。
それを見届けるや、ヒビキは顔だけ変身を解除すると、未だ腰を抜かす男に近付いて、にこやかな笑顔と共にその手を差し出す。
「大丈夫ですか?」
「ひぃっ! 鬼が……さ、触るな!」
「あ……」
「鬼も、さっきのと同じバケモンじゃねぇか! 寄るな、この野郎!」
ヒビキが差し出した手を、男は勢い良く払いのけるとそう言いながら怯えたような表情のまま、その場をよたよたと逃げていった。
……何故、と言う思いと同時に、彼らの脳裏に、ザビーの台詞が蘇る。
――違うな。人間は恐怖する。人の形をしていない、ヒトと言う種に近いモノに――
――忌み嫌い、そして排除にかかる――
「ひょっとしてこの時代って……『人間は異形を排除する』、典型的な時代なのでは……」
「この時代って言うより、『この土地』がそうなのかもな。俺達が過去に向かった時は、あそこまで酷くはなかったし」
どこか辛そうに聞こえる声で言うテディに、幸太郎がバケガニの残骸とも言える貝殻を拾いながら言葉を返す。バケガニの甲羅と同じ、海よりも深い、青い貝を。
その声にどこか悔しさのような物が滲んでいるのは、やはりどこかでザビーの言葉が引っかかっているからなのだろう。
「……これは、結構……堪えるな」
「お祖母ちゃんは言っていた。人間は心身共に弱い。だからこそ、鍛える必要があるってな」
どこか寂しそうに、先程払われた手を見ながら呟くヒビキに、天道は淡々と答える。
それが彼の正直な感想だと言う事は、その声からも分かる。
「つまり、自らの弱さを知っているからこそ、それを克服しようとする必要もあるって事ですよね」
天道の言葉を受け、どこか希望を抱いていると窺わせる声で放たれたユウスケの言葉が……今のヒビキには、そして見ていた翔一やテディにも……とても、ありがたかった。
「さてと。ところで、青鬼君、服……あるかな?」
「はい。これをどうぞ」
「うわ。切り替え早っ! って言うかお前もなんで普通に荷物持ちしてるんだよ!?」
幸太郎のツッコミを軽く流し、テディは「八」と書かれた袋を差し出す。
そしてそれを受け取ると、ヒビキは物陰で着替えるのであった。
「お待たせ」
着替え終わり、ひょいと現れたヒビキの服は、黄色を基調とした着物。所々黒で模様があるが、中々いなせな雰囲気を醸し出している。
オプションでついていたのか、手に持っている和傘と、懐中から覗く懐紙も、派手な服を中和するような抑えた色合いで合っている。
「ヒビキさん、着物が似合いますね。ちょっと色が原色ですけど」
「そうだなぁ。もうちょっと渋い色が、俺の好みなんだけど。まあ、贅沢は言えないしな」
ひらひらした「王子」とおさらば出来たのが嬉しいのか、文句を言いながらも、どこかほっとしたようにヒビキは翔一の誉め言葉に声を返す。
その一方で、幸太郎ははぁと溜息を吐く。
ヒビキの着ている格好は、おそらく祖父と契約するイマジンの一人……隙あらばどこででも寝る金色の熊が、好んで着ていた物と同じデザインだろう。
ひょっとすると、白刀の用意していた服には何らかの規則性があるのかも知れない。現に先程までヒビキが着ていた服に、天道が驚いたような反応を示していた。
……用意した本人がこの場にいないので、真偽の程を確かめようもないのだが。
「……どうでも良いけど、俺達も目立つ訳に行かないからな。着替えておこうぜ」
「デンライナーの中に、確かこの時代に合った服があったはずです」
言うと同時に、再度デンライナーを呼び出し……テディは中にあったいくつかの服を取り出して、天道達に手渡す。
「わぁ、俺達の分も用意してくれたんですか! ありがとうございます!」
素直に喜ぶ翔一に、黙って受け取る天道とユウスケ。しかし、ヒビキはその様子を見やりつつも……物凄く不満そうな顔でテディと、自分の袋を交互に見やる。
「……何で最初から俺にもそっちを渡してくれないかなぁ……」
「それが、白刀さんよりヒビキさんには『こちらを最優先で着せておけ』と言われている物で……」
――白刀さん、そんなに俺の事が嫌いですか――
がくりと膝をつき、その場で思い切り項垂れるヒビキを尻目に。服を渡された五人は、物陰に隠れて無言でそれを着るのであった。
「もう、行かれんるんですか?」
路上に放置していたデンライナーまで戻ってきた幸太郎達に、マユがそう声をかける。
どうやらついて来たアラタが、彼女とその祖母に彼らの出立を教えたらしい。マユの後ろには、厳しい顔で彼らを見つめる店主の姿もあった。
その手に、人数分のおでん種を持って。
「料理と捕り物は、焦ったって不味くなるもんさ。ほらほら、さっさと食べないかい!」
ずずいとおでんを差し出してくる彼女の迫力に気圧されて、結局ユウスケ達は出されたそれを口に入れる。
厳しい店主からは、あまり想像できない優しい味が、タネに染みていてとても美味しい。
きっと、彼女の……いや、彼女達の、心を投影しているのだろうなと、翔一は顔を綻ばせながら食べていた。
――人間の本心は、料理の味に顕著に表れる。だからきっとあのお婆ちゃんは、厳しいけど、本当はとても優しい人なんだろうな――
そんな風に納得できた。
のんびりしている場合じゃないと言うユウスケの意見にも賛同するが、慌てても仕方のない事は、慌てずに行けばいい。
思う翔一とは対照的に、天道は一種不遜にも見える態度のまま視線をマユに固定すると……
「……そう言えば、この世界のカブトは、お前の兄だったな」
「え……はい」
思い出したように言った天道に、きょとんとしたような顔でマユは頷く。
いきなり、何を言うのだろうと、不思議……と言うより不審そうな表情を覗かせて。
「……寂しいですね。いつ帰って来られるか、分からないのですから」
「それは、違う」
「お祖母ちゃん?」
マユに同情したように言ったテディの言葉を、あっさりと否定したのは、店主。彼女はにんまりと笑うと、自分の胸をトントンと指し示し……言葉を紡いだ。
「例え目に見える場所にいなくとも、あの子はここにいる」
「ふ……流石あいつのお祖母ちゃんと言った所か」
そんな彼女の言葉に、天道もどこか楽しそうに笑うと……どこか優しげに見える視線をマユに送り、その人差し指を天に向かって突き出す。
「覚えて置け。お前の兄は、いつも側にいる」
「え?」
「側にいない時は……もっと、側にいる」
「もっと、側に……」
「世の中で必要な真実は、その事と、お前達二人が兄妹だと言う事だけだ」
指先を天から、彼女の心臓……いや、「心」に向けてそう言うと、再び彼は目の前のおでんを一口。
その様子を見た店主は、どこか不思議そうに……同時に楽しげに口の端を歪めると、ニヤリと言う表現しか思いつかない笑みで天道に向かって問いかけた。
「お前さん、名前は?」
「……俺のお祖母ちゃんが言っていた。天の道を往き、総てを司る男。天道総司、とな」
「天の道、かい。なら……その名に恥じないよう、真っ直ぐに突き進みな」
「ああ。勿論だ」
天道は老女の言葉に不敵な頷きを返す。
こうして。
二人の赤き甲虫は、その刹那の邂逅を果たし、それぞれの道は、ひと時だけ交わったのであった。
「結局こいつら貰っちまったなぁ」
時の列車、デンライナー。
それに乗り込み、時間の中を駆け抜けている最中。苦笑気味にヒビキは自分の肩に乗る紫の蠍……サソードゼクターを指し示しながら、誰にと言う訳でもなく言葉を落とす。
あの「カブトの世界」へ置いて行こうとしたのだが、それはあの世界の住人であるアラタが止めた。そいつらは今後、ヒビキ達の力になるだろうから、と。
それ故、ヒビキに懐いたサソードゼクター、そして幸太郎に懐いた水色の蜻蛉、ドレイクゼクターは今、彼らと共に時を越えている。
「まあ、高速移動の手段としてはありがたいんだけど……正直、使い難いんだよね」
「それは俺も同感。そう何度もテディに憑依されてもな……」
「だが、そいつらがいるのといないのとでは、断然違う。……あの女が俺に渡したパーフェクトゼクターも、そいつらがいなければただの剣に過ぎないからな」
嫌そうと言うよりは、心底疲れたような口調で言う二人に、天道は口元に微笑を浮かべながら言葉を返す。
天道に渡された剣は、恐らく柄の部分にサソードゼクターとドレイクゼクター、そしてあと二体程が取り付く事で、本来の力を発揮する物なのだろう。それを思うと、何となく無下に扱う事はできず、困ったようにそれぞれに懐いてくるそれを見つめていた。
ヒビキとしては、慣れないシステムとは言え、服を犠牲にしないのは非常にありがたい。
もっとも、今来ているビラビラの服装を早くどうにかしたい気分ではあるが、だからと言って変身の度に燃やしてしまうのも環境に優しくないような気がするし……
正直、悩ましい所ではある。
「ところで幸太郎君?」
「何だよ?」
「そう言えば、さっきのチケット……蛇みたいな化物もいたけど、あれもイマジン?」
「いや。どっちかって言うと、魔化魍に近い感じがしたんだけど」
「ええ? 少年、それ見せてもらえるか?」
翔一の問いに返した幸太郎の言葉に、思わずヒビキが反応し、幸太郎の持つチケットの絵をまじまじと見つめる。
大きな蛇に似た、獅子舞のような顔の生き物。
確かに魔化魍と雰囲気が似ている気がするが、こんな姿の魔化魍を目にした記憶はない。
いや、正確には「実際に見た事がない」だけかもしれない。白黒の、紙もやや茶けた色合いの古文書で、これによく似た姿の魔化魍を見た記憶はある。
確か名は……
「『オロチ』……思い出した、こいつは魔化魍、オロチだ」
「しかし、『オロチ』とはそう言う名の『現象』だと、ヒビキさんは仰っていたような気がするのですが」
最初にヒビキ達の事を説明された際、聞いたのは「オロチ」と言う名の「魔化魍の大量発生」だった。
その事を思い出し、テディが軽く首を傾げて問う。するとヒビキも、困ったような笑みをその顔に浮かべ、彼の知る「オロチ」に関して思い出しながらも説明を始めた。
「いやな、本家のオロチは魔化魍の名前らしいんだ。数多の魔化魍の影が、オロチに見えた事から、魔化魍の大量発生現象も『オロチ』って名付けられたらしいんだよ」
「……随分と伝聞調だな」
「そう言うなって青年。俺もこの魔化魍を実際に目にした事はない。残ってる文献にも、殆どこいつの名前は載ってないんだ」
からかうような天道の言葉に、やはり困ったようにヒビキが返す。
実際、猛士に残る「オロチ」に関する資料は、驚く程少ない。現象としての「オロチ」もそうだが、魔化魍としての「オロチ」は更にその情報が少なかった。
猛士設立当初の資料にはそれなりの情報は載っていたが、保存状態が悪かったのか、肝心な部分が虫に食われているなどして解読が難しくなっていたし、何より、近代ではオロチが生息するような「環境」が減ったのか、徐々に「魔化魍・オロチ」の情報は消え、「オロチ現象」の情報のみが残されるようになっていたのも、大きな要因である。
デンライナーの向かう先は、一五〇二年五月九日。
そして到着したのは、何の変哲もなさそうな漁村。
その場に降り立ち、とりあえずデンライナーを時間の中へと返す。この時代から見れば、デンライナーは……と言うより電車全般が「奇異な物」として映るだろう。
しかし……静か過ぎる。まるで葬式でもあるかのように、ひっそりとしている。それを不審に思い、周囲を見回したその刹那。
「ひいぃぃっ! 化物だぁっ!」
誰かの悲鳴が彼らの耳を打つ。
同時にその声の方向を見ると、そこには青い体色の、これまた七メートル近くはあろうかと言う巨大蟹と、今にもそれに襲われそうな中年の男性の姿。
「あれ? バケガニじゃないですか」
「……ああ、やっぱり魔化魍ってでかいんだな……」
どこか遠い目をしながら呟くユウスケに、幸太郎もその横で頷く。
「うーん、蟹味噌とかとれますかね?」
「あれでかに玉を作ってみるのも、一興だな」
更に横では、翔一と天道が呑気にどう料理するかを考えているらしい。
「青年達、あれを食う事は、あまりお勧めしないなぁ。結構不味そうだぞ?」
「ああ、大きいだけで身がそんなに引き締まってないとか?」
「た、助けてくれぇ!!」
呑気に会話をする面々に気付いたらしい。男は腰を抜かしているらしく、その場にへたり込みながらも、ズルズルと必死の形相で後退っている。
「っと。そんじゃ、行きますか。はあああぁぁぁ……破ぁっ!」
変身音叉、音角を鳴らし、ヒビキは躊躇なくその身を鬼の姿に変えて男とバケガニの間に入ると、まずは基本の術の一つである鬼火を用いてバケガニを怯ませると、そのままその背に飛び乗る。
バケガニは、その殻の固さや、ハサミの攻撃力が特徴だが、同時に動きが鈍重である事もあり、割と倒しやすい部類の魔化魍である。
本来は「太鼓」ではなく「弦」で倒すのが主流なのだが、そこは歴戦の勇士であるヒビキ。対バケガニ戦もこなしているので、別段大きな問題はない。
背に乗る彼を振り落とさんと、バケガニはハサミを振り回すが、ヒビキは上手い具合にハサミの届かないポジションにいる。
そしてそのまま、腰につけていた音撃鼓をバケガニに備えつけ、高々と烈火を振り上げると……
「音撃打、猛火怒涛の型!」
容赦ないヒビキの音撃の連打。それが一打毎に、バケガニの中にある邪気を清めていく。
「やぁぁぁぁぁ……覇ぁっ!」
どぉん、と一際大きな一撃が放たれた直後。
バケガニは一瞬だけその動きを止め、そして……木っ端微塵に、爆散した。
それを見届けるや、ヒビキは顔だけ変身を解除すると、未だ腰を抜かす男に近付いて、にこやかな笑顔と共にその手を差し出す。
「大丈夫ですか?」
「ひぃっ! 鬼が……さ、触るな!」
「あ……」
「鬼も、さっきのと同じバケモンじゃねぇか! 寄るな、この野郎!」
ヒビキが差し出した手を、男は勢い良く払いのけるとそう言いながら怯えたような表情のまま、その場をよたよたと逃げていった。
……何故、と言う思いと同時に、彼らの脳裏に、ザビーの台詞が蘇る。
――違うな。人間は恐怖する。人の形をしていない、ヒトと言う種に近いモノに――
――忌み嫌い、そして排除にかかる――
「ひょっとしてこの時代って……『人間は異形を排除する』、典型的な時代なのでは……」
「この時代って言うより、『この土地』がそうなのかもな。俺達が過去に向かった時は、あそこまで酷くはなかったし」
どこか辛そうに聞こえる声で言うテディに、幸太郎がバケガニの残骸とも言える貝殻を拾いながら言葉を返す。バケガニの甲羅と同じ、海よりも深い、青い貝を。
その声にどこか悔しさのような物が滲んでいるのは、やはりどこかでザビーの言葉が引っかかっているからなのだろう。
「……これは、結構……堪えるな」
「お祖母ちゃんは言っていた。人間は心身共に弱い。だからこそ、鍛える必要があるってな」
どこか寂しそうに、先程払われた手を見ながら呟くヒビキに、天道は淡々と答える。
それが彼の正直な感想だと言う事は、その声からも分かる。
「つまり、自らの弱さを知っているからこそ、それを克服しようとする必要もあるって事ですよね」
天道の言葉を受け、どこか希望を抱いていると窺わせる声で放たれたユウスケの言葉が……今のヒビキには、そして見ていた翔一やテディにも……とても、ありがたかった。
「さてと。ところで、青鬼君、服……あるかな?」
「はい。これをどうぞ」
「うわ。切り替え早っ! って言うかお前もなんで普通に荷物持ちしてるんだよ!?」
幸太郎のツッコミを軽く流し、テディは「八」と書かれた袋を差し出す。
そしてそれを受け取ると、ヒビキは物陰で着替えるのであった。
「お待たせ」
着替え終わり、ひょいと現れたヒビキの服は、黄色を基調とした着物。所々黒で模様があるが、中々いなせな雰囲気を醸し出している。
オプションでついていたのか、手に持っている和傘と、懐中から覗く懐紙も、派手な服を中和するような抑えた色合いで合っている。
「ヒビキさん、着物が似合いますね。ちょっと色が原色ですけど」
「そうだなぁ。もうちょっと渋い色が、俺の好みなんだけど。まあ、贅沢は言えないしな」
ひらひらした「王子」とおさらば出来たのが嬉しいのか、文句を言いながらも、どこかほっとしたようにヒビキは翔一の誉め言葉に声を返す。
その一方で、幸太郎ははぁと溜息を吐く。
ヒビキの着ている格好は、おそらく祖父と契約するイマジンの一人……隙あらばどこででも寝る金色の熊が、好んで着ていた物と同じデザインだろう。
ひょっとすると、白刀の用意していた服には何らかの規則性があるのかも知れない。現に先程までヒビキが着ていた服に、天道が驚いたような反応を示していた。
……用意した本人がこの場にいないので、真偽の程を確かめようもないのだが。
「……どうでも良いけど、俺達も目立つ訳に行かないからな。着替えておこうぜ」
「デンライナーの中に、確かこの時代に合った服があったはずです」
言うと同時に、再度デンライナーを呼び出し……テディは中にあったいくつかの服を取り出して、天道達に手渡す。
「わぁ、俺達の分も用意してくれたんですか! ありがとうございます!」
素直に喜ぶ翔一に、黙って受け取る天道とユウスケ。しかし、ヒビキはその様子を見やりつつも……物凄く不満そうな顔でテディと、自分の袋を交互に見やる。
「……何で最初から俺にもそっちを渡してくれないかなぁ……」
「それが、白刀さんよりヒビキさんには『こちらを最優先で着せておけ』と言われている物で……」
――白刀さん、そんなに俺の事が嫌いですか――
がくりと膝をつき、その場で思い切り項垂れるヒビキを尻目に。服を渡された五人は、物陰に隠れて無言でそれを着るのであった。