英雄の笑顔、悪者の涙

【その19:終の行き場、次の往き場】

「本当に忌々しい。どこまでもこの世界のカブトに良く似ている」
 ここがこの廃墟の中心なのか。バチバチと火花を散らす機械を守るようにして、クロックオーバーを迎えたザビーは、苛立った様な声でそう呟く。
 前に立つカブト……天道との距離を置きながら。天道の横には、肩で息をするガタック……アラタもいる。
「ほう? 俺に似ている奴か。それはさぞ、面白いだろうな」
 ギリと奥歯を噛み締め、敵意を隠そうともしないザビーとは対照的な、余裕綽々と言った態度で返しながら、天道はちらりと視線をアラタの方へ送る。
 多少疲弊はしているようだが、特に大きな怪我などは無さそうだ。体力面だけを見るなら、まだ彼も戦う事が出来るだろう。
 しかし、精神面では酷く脆い。ザビーの言葉に揺さぶられ、致命的な一撃を喰らいかねない危うさが感じられた。
「我々ワームは、人間に害を為す者だ。それが本能だからな、認めよう。だが……『だから我々を倒す』と言う考え方はどうなんだ?」
「何が、言いたい?」
「お前に訊いたな、アラタ。『我々が人に害をなさなければ、攻撃しないのか』と」
 ゆっくりと立ち上がるアラタに、ザビーは何の感情もない様子で問いかける。
 いや、問いかけではないのかもしれない。彼の中にはもう、その答えが出ているらしい。その声を聞けば充分にわかった。
 自信と、憎しみと、そしてほんの僅かな哀れみの混じった、その声を。
「違うな。人間は恐怖する。人の形をしていない、人と言う種に近いモノに。恐怖でないなら、嫌悪でもいい。忌み嫌い、そして排除にかかる」
「それが人に害を為す、為さないに関わらず、ですか?」
 いつの間に側に来たのだろう、どこか怒気を含んだ声でアギト……翔一は、ザビーに向かって問いかける。その横には、サソードゼクターと烈火を構えたヒビキも立っていた。
 どうやら彼らも、魔化魍の退治が終わった所らしい。
「分かっているじゃないか。人間とは、そういう醜い生き物だ。だから排除する……それだけの事だ」
「……それは、間違ってます。人間は、そんなに臆病じゃありません」
「そうそう。大体、そんな事言っちゃったら、俺達『鬼』も、排除の対象って事だろ? おやっさん達がそんな人間だとは思えないなぁ」
 カチャリと剣を構え、言い放つ翔一とヒビキ。
 そして……こちらも戦闘が終わった所なのか、ザビーの背後に、テディとユウスケが退路を断つかのようにして悠然と立っていた。
「その理論だと、ヒビキさんが排除される前に、私が排除されてしまいます。しかし私は今、ここにいる。存在する事を、認められている」
「人間が恐れるのは、姿形じゃない。……その心の奥に潜む、闇そのものだ!」
 テディの言葉をユウスケが継ぎ、テディは手の中にある武器を真っ直ぐに構え、ユウスケはその姿を、緑のペガサスから赤のマイティに戻し、いつでも肉弾戦が出来るように身構えた。
 そもそも、ペガサスフォームはその特性ゆえ、長時間その姿を持続する事はできない。一定時間を超過すると、強制的に初期状態……白のグローイングフォームに変わり、下手をすると暫くの間変身不能な状況にまで陥る。
 ユウスケがマイティに戻ったのは、それを弁えているためなのだろう。
「闇? 闇、か……」
 囲まれ、明らかに圧倒的不利にも関わらず、ザビーは余裕気にそう呟くと……高らかな笑い声を上げ、囲む彼らをぐるりと見回した。
「闇も、身を堕としてみると心地良いものだぞ?」
 その一言と同時に、周囲からライダー達を囲むように、ワームがその姿を現す。
 今まで何処に隠れていたのかは定かではないが、少なくとも十や二十ではきかない数だ。
「くそっ。まだ、こんなにいたのか!?」
「けど、魔化魍が増えないのはありがたいな」
 アラタの苦々しげな声に対し、ヒビキはのほほんと呟き返す。
 確かに彼の言う通り、ワームは増えたが魔化魍の姿はない。どうやら先程ヒビキが倒した者達で最後だったらしい。
 ワームに専念させてもらえるのは有難い。音撃とマスクドライダーシステムの併用は、思っていた以上に負荷が大きかった。
 鍛えた姿……鬼に変身して音撃を放ついつもとは異なり、ただ鎧を纏っただけのこの姿で音撃を放つのは、少々無理があったらしい。回復力の高い鬼であっても、まだ烈火を使った左腕が軽く痺れている。
「……やはり、奴らの増援は当てに出来んか。もう少し役に立つかと思ったが」
 ちらりと空を見やり、ザビーが低く呟く。その言葉に何か妙な物を感じ取ったのか、テディは相手の視線を辿る。
 高さはおよそ二メートルの所。そこには、機械の上げるスパークに呼応するように、徐々に小さくなっていく黒い「穴」があった。
 時の列車が時間の中へ行く時と同じように、その「穴」もどこか別の空間とつながっているのだろうか。向こう側からは、何者かの咆哮が響いている。
 声の大きさから鑑みるに、何か巨大な生き物なのだろう。時折見えるのは深緑色の鱗と、血色の眼。そして本物の血で染まった口。
――何だ、あれ!?――
「巨大な……蛇、か?」
 幸太郎の声に、テディもぎょっとしたように仮面の下で目を開いて言葉を返す。
 穴の大きさは人が一人出入り出来るかどうかといった程度。その為、向こう側の「巨大な蛇」がこちらに出て来るような気配はないが……
「まさか、あなたはアレをこちら側に……!?」
「それは俺の目的じゃないが……そうなるのも、良いとは思った」
 はっとしたように行ったテディに、ザビーは喉の奥で笑いながら言葉を返す。その直後、ザビーの体から強烈な殺気が膨れ上がり……漆黒の目が天道を射抜く。
 そして、次の瞬間。
「……カブトを倒す為ならなっ!」
 咆哮に似た宣言をすると同時に、ザビーは天道に向かって、そしてワーム達は他の面々に向かって一気に襲い掛かってくる。
「……私達は早くイマジンを倒さなければならないので」
「とにかく、これを終わらせて、さっさと本来の仕事戻るとしますか!」
「向こう側にいる蛇が、ちょっと気になりますけど」
 テディ、ヒビキ、そして翔一は各々の武器で襲い来るワームを退け、そこから少し離れた所で、ユウスケとアラタも相手の数を減らす。
 剣戟の合間に聞こえるスパークの音、その更に合間に聞こえる、ワームが放ったと思しき破裂音。
 相手の中にいる数体の「脱皮したワーム」の中に、どうやら小規模ながらも爆発を起こせる存在がいるらしい。
 思い、ヒビキがその存在を探す為に視線をめぐらせる。
 そしてその存在は、案外とあっさりと見つかった。
 テディの近くに立つ、アゲハチョウを連想させるフォルムを持つワーム。それが燐粉を撒き散らし、何かに触れる度に小規模な爆発が起きている。
「……ひょっとしてあの蝶、俺達の世界にいた……」
――帰りたいと願っていたワーム!?――
 同じような格好をした別個体、と言う考えも出来なくはないが、攻撃方法や動きが似ている。テディも同じ事を思っているらしく、攻撃を躊躇っている節がある。
「青年、青鬼君! そいつ、ここで倒しておくべきじゃないか!?」
「駄目ですヒビキさん。それは、時の運行への干渉に当たります」
 もしも本当に童子に擬態していたワームだとしたら、このまま野放しにする訳にはいかない。ここで倒しておけば、その先に出るはずだった被害を食い止められるから、と言うのがヒビキの言い分だ。
 しかし幸太郎とテディはその逆。目の前のワームが引き起こした事は、既に「過去に起こった出来事」である。人の生死に関わるような事柄を変えてしまえば、その揺り返しはどれ程の物になるのか。下手をすれば、自分達がこの場に存在できない「歴史」へと変わる可能性もある。
 そんな風に揺れるテディと幸太郎の心境に気付いたのだろうか。スワローテールは状況を不利と判断すると、一瞬の隙をつき、機械の側に落ちている紫色の欠片を拾い、守っていたはずの「穴」へと飛び込む。
 刹那、今まで響いていた「蛇」の咆哮は消え……同時に、スワローテールもまたその姿を消したのであった。

 スワローテールが姿を消した頃、天道は。
 怒りを露にしたザビーと対峙、その戦いの舞台を再び高速の世界へ移していた。
「何故人間は闇を受け入れない! 闇こそ、矛盾も何もない、絶対の正義のはずだ!」
「お祖母ちゃんが言っていた」
 猛烈なラッシュを仕掛けてくるザビーの攻撃を冷静に判断、回避しながら、天道は静かに口を開いた。
 自分の近くにいる、もう一つの気配を感じながら。
「正義とは自分が正しいと信じた道。俺は俺の正義を……天の道を往くまでだ」
 真正面に繰り出されたザビーの右拳を左手で軽く受け止め、天道はそう言い放つと右手のカブトクナイガン・アックスモードを思い切り振り下ろし、更にその腹を蹴り飛ばす。
 その勢いに吹き飛ばされ、ザビーはしこたまその身を近くの鉄筋に打ちつける。
 だが、決定打には程遠いらしく、彼は軽く頭を振ると、怒気を隠す気配もなく、再びゆらりと立ち上がった。
「おのれ……ふざけた真似をしてくれる……!」
「ふざけた真似をしてるのは、お前だろう?」
 構え直すザビーに答えたのは、天道ではなく……彼の背後から現れた者だった。
 真紅の鎧を身に纏い、面の目の色は青、外見は何処となく甲虫を連想させる戦士。今の天道の姿と、寸分違わぬ存在……
「異なる世界の異形と手を組み、俺を殺す為だけに、この世界を崩壊させようと企む……そう聞いているが?」
「貴様は……この世界のカブトかぁっ!」
 ザビーはそう吼えると、新たに現れたカブトに向かってその拳を突き出す。
 だが、カブトはそれを天道と同じように余裕気にかわすと、カウンターと言わんばかりに先程天道が蹴った部分に向かって拳を叩き込む。……一ミリの狂いもなく。
「あがっ!」
 天道に蹴られたダメージも重なってか、ザビーは苦しげに呻くと、殴られた腹部を押さえ二、三歩後ろによろめく。
 何処までも忌々しい赤い戦士が、目の前に二人もいる。
 ZECTによって葬られたワームは沢山いるが、その中でもカブトに屠られた同士は群を抜いて多い。怨み、辛みだって募っている。
 この場で殺さなければ気が済まない。生かすつもりはない。だが、あっさり死なれるのも面白くない。できる事なら八つ裂きにし、無様に地べたに這い蹲り、こちらに向かって泣きながら許しを乞わせ……そして無慈悲に殺してやりたい。
 だが……頭の片隅で、彼も理解していた。現状では、そんな事は不可能であると。
 分かっているのに、ワームとしてのプライドなのか、それともやはり個人的な憎悪が勝っているのか。ザビーは再び、その拳を繰り出すものの、やはりあっさりとカブトに捕らわれ、吹き飛ばされる。
「お前が、この世界のカブトか」
「あんたは、何者だ?」
「お祖母ちゃんは言っていた。天の道を往き、総てを司る男。俺の名は……天道総司」
 すっと天に向かって人差し指を指しながら言い放つ天道に、カブトは仮面の下で微かに笑い……
「そうか。俺の名も、ソウジと言う」
「聞いてはいたが、やはり面白い偶然だな」
「偶然じゃないさ。俺のお祖母ちゃんが言っていた。どんなに偶然であるように見えても、それは己の道が用意した必然だって」
「……成程な。この邂逅もまた……」
「必然なんだろう。きっと」
 それだけ言うと、彼らはようやく立ち上がったザビーにその顔を向け……
 ゆっくりと、その歩を進めた。
 彼に、止めを刺すために。
「そろそろ終わりにさせてもらおうか」
「この茶番劇を」
『One』
『Two』
『Three』
 二人とも、全く同じタイミングで、同じ動きをとる。
 まるで二人が、同一人物であるかの様に錯覚できてしまうほど。
 そして……ザビーへの攻撃宣言も、同時だった。
『ライダーキック』
『Rider Kick』
 そこだけ左右対称の動きだった。回し蹴りの要領で放たれた二人のキックは、ザビーに逃げる暇を与えずに、その身を左右で挟み込むように炸裂する。
 二人のカブトのライダーキックをまともにくらい、ザビーは大げさに吹き飛んだ。
 恐らくは、ライダーキックの威力を、少しでも殺すために、わざと飛んだのだろう。それに気付かぬ程天道もソウジも甘くはない。
 すぐさま追撃に入ろうと間合いを詰め……直後、気付く。ザビーの姿が、スワローテール同様、彼らが守っていた「穴」の向こうへと溶け込み始めている事に。
 スワローテールと異なる点と言えば、穴の大きさと紫の欠片を持っていない事、そして「蛇」の声が先程以上に大きく響いている事か。
「……そう間単に……死ぬものかぁぁぁぁっ!」
 それだけ……本当にそれだけ、怨嗟の咆哮を挙げると、ザビーは何の躊躇もなく「穴」にその身を躍らせ……その姿を消した。
「逃げられたか……」
 二度とこの世界に戻れぬ場所へ。自分達の手の届かぬ世界へと……ザビーはその身を躍らせたのである。
 そしてそれを、見ていたのは、何も二人のカブトだけではない。ワームを殲滅し終えた他の面々もまた、一足違いでそれを見る結果となった。
「畜生、逃げられた……!」
 通常のスピードの中で悔しげに呟くユウスケに、他の面々も変身を解いて悔しそうに俯く。
 だがその一瞬後、ようやくテディの憑依から解放された幸太郎が、ふと己の手の内に残る違和感に気付いた。
 いつの間に持っていたのかその手の中には二枚のチケット。
 日付は二枚とも一五〇二年五月九日。描かれているのは……どこか龍にも似た異形と、先程まで天道が戦っていたザビーの姿。
「幸太郎、まさかそれ……」
「ああ。多分、さっきの奴が逃げた時間に向かうチケットだと思う」
 ユウスケに問われ、幸太郎は何とも言えない表情で頷きを返す。
 早くイマジンを追って、一九八六年に向かうべきだ。しかし、もしも……もしも、ザビーが逃げた先が「自分達の世界」の一五〇二年だとしたら。それを転機に、過去を変えられてしまう可能性は高い。いや、ザビーのいる先の方が、より昔……過去である為、変えられた際の反動は大きな物になる。
 二枚ある理由も、そして自身の手の中にこれが収まっていた理由もわからないが……
「……あいつを追おう。文句ないよな?」
「……良いのか青年。あのウサギを追わなくても」
「奴も追う。けど、こっちの方が、より問題が大きい……と思う」
 どこか心配そうなヒビキに言葉を返す幸太郎に、アラタを除く面々は、首を縦に振るのであった。
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